飛べない暗黒竜は淫魔サキュバスと✕✕したい 作:脳内ラフレシア
すっかりと太陽が高くなった昼前。グリアとレイは大きな門の前に辿り着いた。
森の魔物から人々を守るための城壁はちかくだと首を痛くするほど曲げてようやく全貌が見える。
日中は人々の通行は自由でグリアもレイもなんの警戒心を抱かれることなく通ることが出来た。
「グリアのおかげで三日も早く到着したよ。ありがとね!」
レイは嬉しそうにいった。
この大きな荷物を運でいてはゆっくりとしか動けなかったのだろう。
「これぐらいなんともないよ。それよりこれからどうするの?」
グリアは新天地での生活が少し不安だった。衣食住のこと、それに暗黒竜だってバレずに過ごすことができるのか。
でもレイはあまり心配せずにいった。
「まずは宿にいこう。しばらくはそこを仮住まいにすればいいや」
レイは門番をしている衛兵に声をかけた。
「すみません。この街で宿はどこにありますか?」
サキュバスを見て衛兵は少し驚いた様子だったがすぐに気を取り直して答えた。
「ようこそ塔の街へ。ここをまっすぐにいったら中央広場に出るから、そのまま北に向かって登り坂を登った途中のところに宿があるよ。キミたちは旅人かい?」
衛兵はレイとグリアを見て尋ねた。
グリアは少し心臓の鼓動が早くなるのを感じた。もしかしたら暗黒竜だと怪しまれるのではないかと思ったからだ。
でもそんなのは杞憂だった。
「ううん。この街で働こうかと思ってきたんです」
「サキュバスなんて珍しいね。同じ森に棲む者同士心から歓迎するよ」
その言葉にグリアはほっと胸をなでおろした。
二人はその後衛兵にお礼を言って、言われた通りの道を歩き始めた。
森の中にある街はいろんな建物や家そして塔でぎっしり詰まっていて、空を見上げると塔と塔を結び付けるかけ橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「ここはね森の街とも呼ばれるけど同じくらいよく塔の街なんて呼ばれてるんだよ」
レイが説明してくれた。
「へー」
初めて見る不思議な光景にグリアは思いを馳せていた。
通りはレンガで詰められていて森の中とは違って足も痛くならずとても歩きやすかった。
そして三十分ほど歩くと、街の中心部である中央広場へと出た。
中央広場は広々としている。中央には噴水があった。
「きれいだね」
グリアは素直な感想を口にした。子供たちがきゃっきゃっと楽しそうな声をあげながら遊んでいる光景がこれまでに抱えていた不安を吹き飛ばしてくれた。
「だね。この街でこれから過ごすんだよ」
レイはグリアの前に躍り出てぱっと両手を広げてみせた。レイの胸には未来への希望がいっぱい詰まっているようだ。そんなサキュバスの姿をみてふっとグレイは笑みを浮かべた。
「それじゃあ、わたしたちの家に行こうか」
そう言ってレイは上り坂になっている道へと歩き始めた。
この街は中央広場がいちばん低くなっていて、外縁に行くにつれて高くなっていくすり鉢状になっているらしい。家々の間を階段が複雑に交差しているのが目に入った。
「神話だとね。隕石が落ちたところに街をつくったんだって。最初は炎に包まれた土地で人間なんてとても棲むことのできない街だったけど、そこに何百年もかけて塔を建てて人々は塔の上で棲むようになったらしいよ」
「だから塔がこんなにたくさんあるんだね」
グリアは納得したように塔を見つめた。
たしかに街の建物よりも塔のレンガは古ぼけていて苔が張っていた。
「それにしてもレイは物知りだね」
「えへへ。そんなことないよ。でも昔から本を読むのが好きだったからね。たまにくる人間さんから貰った本で知ったの」
二人が坂を上り始めて額に汗がにじんできたころに宿へと続く小路地が見えた。
草原を割ってできたその路地は階段になっていて少し高い場所に煙突から煙をだしている。その家屋には大きな樹木を象った絵の看板が吊るされている。
それは宿り木の紋章である。この大陸では宿屋ギルドに属している宿はこの看板を吊るすことが許される。宿り木に認められるためには一定の質を保つ必要があるから旅人は好んで宿り木の宿を使う。
「あそこだ!」
レイはようやく見つけた宿屋に向かって階段を勢いよくかけあがった。
「ごめんくださーい」
「ようこそヤドリギへ」
宿主は気前のよさそうな小太りの老婆だった。眼鏡をくいとあげてグリアとレイの二人をまじまじと見つめる。
「一泊するかい? それとも休むだけかい?」
「とりあえず一週間分を二人お願い」
レイは懐から銅貨の詰まったずっしりとした袋を出すと老婆に渡した。
「あいよ。ちょうど二人分いただいたよ。部屋は二階にいって廊下の突き当りを右のところだよ」
レイは鍵を受け取ると二階にあがっていった。部屋に入ると窓を挟むようにベッドが二つ並んでいた。
狭い部屋だが住むには困ることはないだろう。
「とうちゃくー」
レイはふかふかのベッドにごろんと横になった。それを見たグリアも真似するようにベッドに横になる。
「すっごく柔らかい。雲の上にいるみたいだ」
「竜ってどんなところで寝てるの?」
「地べただね。だからこんな柔らかいの初めて。人間っていい生活をしてるんだね」
グリアは心の中で、硬い地面に眠っている仲間たちのことを思いはせてふっとほくそ笑んだ。
きっとアイツらはこんな楽園みたいな生活があるなんて知らないんだろうな。そう思うと馬鹿にされていたことがどうでも良いことのように感じてきた。
「ニコニコしてどうしたの? なにかいいことでもあった?」
「ひみつ♪」
グリアはごろりと仰向けになった。
ずっと歩きっぱなしだったせいか眠気が襲ってきた。だんだんと瞼が落ちてきて視界を狭めていく。
「それじゃグリア! お仕事を探しにいくよ!!」
眠りかけていたグリアの体をゆすってレイが呼びかける。
「おひごと?」
眠りかけていたグリアは呂律が回らない舌で返事を返した。
「そうだよ。これからどうやって生活するつもりなの?」
グリアは人間たちがお金に支配されて生活していることを思い出した。
「うーん。でもどうやってお金を稼ぐの?」
「それはねー。説明するより行ってみれば分かるよ。早く早く!」
レイはグリアの腕をひっぱってベッドから引きずり下ろした。
「はいはい。今行くからー」
そうして二人は宿の外へと出た。
レイに連れていかれるまま向かった場所は宿屋からかなり歩いたところにある大きめの建物だった。
そこには酒場を示す看板が吊り下げられている。
「ここは?」
「入ったらわかるよ」
大きな木の扉を開けて中に入ると屈強な男たちや弓を背負った女エルフたちが酒を片手に大声で騒いでいた。
「ここって本当に酒場? なんていうか……ゴロツキのたまり場みたいだけど」
「酒場というよりは冒険者ギルドだね」
「冒険者ギルド?」
「詳しい説明はギルド嬢がしてくれるから」
レイはそう言って受付にいる女の人へと話しかけた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ギルド嬢のカミラよ」
「冒険者登録をしにきました」とレイは言った。
「わかったわ。冒険者登録ね。ではここにお名前と血印をお願いします」
と紙を二枚渡した。
「ありがとう」
レイとグリアはそれに自分の名前を書きこんで針で指をさすと血を髪に押し付けた。血は魔力を多く含むから本人であることの証明となるわけだ。
「お二人はこれで冒険者というわけです。ランクはFランク“駆け出し”からです。それじゃあ二人に冒険者について説明するわね」
そう言うとカミラは説明用の紙を二人に見せた。
「冒険者というのは簡単にいうと雇われで魔物や盗賊を退治する人たちのことよ。あそこの壁に掛かっている依頼書をここに持ってきて受注。依頼書に書いてある認定物を持ってきたら依頼達成で報酬がもらえる。たくさん依頼をこなしたり昇級試験を受けたらランクが上がってよりたくさんの依頼をこなすことができるわ。それとここは酒場として使うこともできるからよかったら利用してね。説明は以上よ。他になにかあるかしら?」
そう言うとレイはごそごそとカバンを漁って狼の毛皮を取り出した。つい昨日、グリアが倒した狼の皮だった。
「これ魔物の素材として換金できる?」
「え、ええ。もちろんできるけどこれ魔狼の毛皮よね? 二人が倒したの?」
「ううん。わたしじゃないよ。この子がひとりで倒したの」
とつぜん話に巻き込まれたグリアはぺこりと頭をさげた。
「銀貨五枚といったところね。それにしても熟練者ランクでも苦戦する魔狼を倒すなんて期待のルーキーさんね」
カミラが言うと、とつぜんレイの体が持ち上がった。
「おいおい。こんな駆け出しが魔狼を倒せるはずはねえ。さてはほかの冒険者が狩った魔狼を漁夫の利したな?」
レイの首根っこを掴んで持ち上げたのは背丈がグリアの倍ほどもある巨体の狼獣人だった。
丸太のように太い腕はレイの体をひょいと持ち上げている。
「そんなことしてない! ほんとにグリアがひとりで倒したんだよ」
レイは反論した。
「やめなってブレイド。初心者いじめはよくないよお」
酒をあおって顔を真っ赤にしている女エルフがけらけらと笑いながら言う。
「ふん。よく言うぜ。駆け出しをボコす光景を肴にしてるくせによ。ほらほら痛い目を見たくなかったらその銀貨をこっちに渡しな。罰金ってやつさ」
「ほんとに嘘じゃないから!」
とレイが反論すると狼獣人は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「なら体に教えてやるよ!」
ブレイドはレイを思い切り床に叩きつけた。
バーンっ!! と床の木板から大きな音が鳴り響いた。
「レイ!」
グリアはブレイドに飛び掛かろうとした。しかし次の瞬間、グリアはピタリと体を制止させた。
なんとレイが狼獣人の腕を浮かんで、寝転んだ体勢から引っ張りブレイドを逆に床に叩きつけたのだ。
「うぐぅっ?! このガキがぁぁっ!」
血走った眼で怒りを露わにした狼獣人が太い腕でレイの首を掴もうとする。しかし次の瞬間、びくっと震えてブレイドの体が止まった。
「ぐ、ぐぅっ!」
「動けないでしょ? どう洗脳魔法を喰らった気分は?」
レイの紅い瞳が妖しく輝いている。
「いまのあなたはわたしの思い通りのまま」
レイが地面を指さすとブレイドの体が出来の悪い人形のようなおぼつかない動きで手を床において土下座の姿勢を取った。
「サキュバス風情のくせに! ゆるさないわよ!」
唖然としていたエルフが怒りに震えた指で矢を放った。至近距離で放たれた矢は一直線にレイの頭へと向かっていく。
「いてて……」
グリアが矢を掴み止めた。
女エルフは青ざめながらあとずさった。
「あ、ありえない。こんな近距離で矢を掴んで止めるなんて」
怒りよりも恐怖が大きくなってガチガチと歯を鳴らしている。
「まだこれ以上私たちにちょっかいを出すつもりなら……」
グリアは拳に力を込めるとぼきりと矢をへし折ってみせた。
「わ、わかったわよ」
女エルフは降参というように両手をあげてみせた。それを見てレイは洗脳を解除する。狼獣人のブレイドは屈辱的な感情に顔を歪めていたが勝てないと踏んだのだろう。なにもいわずにギルドを出た。その後を女エルフが逃げるようについていく。
「とんでもない新人さんが来たわね」
カミラはぽつりと漏らした。
「騒いじゃってごめんなさい」
「ごめんなさい」
グリアとレイが謝るとカミラは手を振って遮った。
「いいのいいの。あの二人じぶんたちより弱い冒険者を見つけてはいちゃもん付けて暴れ回ってたんだからいい御灸になったわよ。こっちこそ助けられなくてごめんなさいね」
カミラはお詫びにと魔狼の報酬に銀貨をもう三枚足して合計五枚もくれた。
「これでしばらくは暮らしていけそうだね」
ギルドの外にでたレイは銀貨を袋にいれてそう言った。
「それじゃ街を探索しにいこうよ。これだけ懐が暖かかったら美味しいものがいっぱい食べられるよ!」
「うん!」
ギルドを出たレイの後ろをグリアが歩いた。
「そういえばレイってあんなに強いんだね。なんだか意外」
「サキュバスってだけで人間よりも数倍は力持ちだからね」
グリアはそういえばレイの荷物がとても大きかったことを思い出した。
「あの狼獣人にはなにしたの? 急に動けなくなったかと思ったら土下座までしてびっくりした」
レイはニヤリと微笑んで答える。
「あれはねサキュバスが得意の洗脳魔法。ああいう頭空っぽの獣人には特によく効くんだ」
レイは得意げに語った。グリアは意外のレイがサキュバスな性格をしていることを思い知った。
「そっかー。もしかして私に洗脳して思い通りに操っていないのよね」
「そんな酷いことしないよ! それにレイの洗脳魔法はグリアには効かないと思う」
グリアが質問を重ねる。
「どうして?」
「そりゃグリアの魔力が何十倍も強いからね」
「そっか。べつにレイになら洗脳されてもいいけどな」
レイがはっと振り向く。
「ええ? いまなんて言ったの?」
「なんでもないよ。ほらほら早く!」
グリアは市場へと向かって走り出す。
「あ! まってよー!!」
それをレイは追いかけて走っていくのだった。