飛べない暗黒竜は淫魔サキュバスと✕✕したい 作:脳内ラフレシア
森の中に突如として現れるバルサルバ洞窟はとても静かなところで、ゴブリンの生息域として知られているが入口付近ならばゴブリンはいない。涼しい場所であるため夏には多くの動物たちが涼みに来るのどかな洞窟なのである。
奥に行ったととしても主な魔物はゴブリン、運がなければ巨大蜘蛛に遭遇することもあるが、いずれにしても駆け出しの冒険者でも楽に倒せるため。経験を詰むのに最適なよい狩場であった。
今日も、冒険者の二人組がバルサルバ洞窟に足を踏み入れている。
「ふぅ。これで十匹!」
魔法使いのシリアが倒したゴブリンの心臓を油紙で包んで麻袋にいれた。これひとつでで銅貨20枚なのだから、とても割のいい仕事である。
「こっちもそんぐらいかな」
ハルトが言葉を返す。
二人とも冒険者としてはそこそこ活躍していて、シリアがDランク、ハルトはCランクの冒険者であった。
二人からしてみればこの洞窟は少々、弱い狩場である。
「そろそろ戻ろう」
ハルトがいった。
洞窟の中では外の時間を測る術がない。そのため、気が付けば一日ずっと起きているなんてこともざらで、そのことに気が付けないのである。
そうすると集中力が落ちて、普段はしないようなミスをしてそれが命取りになってしまうことがある。
ハルトはそこらの危機管理に優れていた。幼馴染であり冒険仲間であるシリアはハルトがそういう能力に秀でていることをよく知っていたから素直に従った。
「うん。そうだね」
二人は地上へと向かって元来た道を戻り始めた。
目についたゴブリンはあらかた倒しながら進んで来たつもりだが、帰り道にも何回かゴブリンと遭遇し、そのたびに心臓を戦利品として油紙に包んだ。
二人が背負う麻の袋はパンパンで、街に帰ったら得た金で何を買おうかという相談をほくほく顔を浮かべながらしていた。
そのときだった二人の目の前に4匹のゴブリンが現れた。ハルトは慌てることなく剣を鞘から引き抜いた。シリアも杖の先に魔力を込めて火球を浮かび上がらせる。
ゴブリン四匹程度ならハルト一人で五分あれば十分、シリアの火力支援も合わせれば負ける筈がなかった。
しかし、ハルトは倒すのに苦戦した。
「くそっ」
また剣が空振りする。
そうとう疲れがたまっているようだ。ハルトの顔に焦りが滲む。
シリアは後方で全体を見渡していたからすぐに気が付いた。疲労が原因ではない、ゴブリンたちがハルトへ攻撃せずに防御に徹しているからだ。
「——ファイアーボール!」
シリアの杖から真っ赤な火の玉がゴブリン目がけて飛んでいく。見事それは命中し、たちまち一匹のゴブリンが断末魔の叫びをあげながら燃え尽きた。
目の前の仲間の死に、残りの三匹の動きが恐怖で鈍くなる。
ハルトはその隙に居合切りの姿勢を取った。
「——閃斬ッ!」
雷鳴のような黄色の閃光が洞窟の闇を照らし、ハルトはゴブリン達の背後へと瞬く間に移動していた。
ぴくりとも動かないゴブリン達の体がぐらりと揺れた。そして、ぼとりと首を落として、仰向けに倒れる。
閃光のような一撃でハルトは3匹のゴブリンを同時に仕留めたのである。
「やったねハルト! もう袋もいっぱいだし心臓はいいよね?」
「あ、ああ」
ハルトは生返事を返した。
シリアの言葉はあまり耳には入ってきていなかった。
あのゴブリンたち、何が狙いだったのだろう。ハルトの胸に嫌な予感がよぎる。なぜ自分たちの前に姿を現しておいて、防御の構えを取ったのか。ゴブリンは知性が低い魔物だ。それだけに先ほどの行動は説明がつかない。
「早く地上へ向かおう」
ハルトの言葉に焦りはなかったが、シリアは事の深刻さを正確に把握して。やや急ぎ足で地上へと向かい始めた。
そのときだった。シリアの髪がふわりと靡いた。
ふと不思議に思った。こんな地下深くの洞窟で風が吹くなんてあり得ない。
「がはっ!」
しかしその疑問は目の前の光景で真っ黒に塗りつぶされた。背丈の大きい緑の肌の化物がハルトを片手で吹き飛ばしたのだ。咄嗟に受け身を取ったが、バキッと肋骨の折れる音と共に口から黒い血を吐いた。
「ハルト!」
シリアが叫ぶ。ハルトはなにかを叫ぼうとしたが喉に血が絡まって声がでない。
「——ファイアーボールッ!!」
シリアはありったけの魔力を込めて火球を作り出す。その数五つ。
複雑な軌道を描きながら緑の化物へと全てが着弾し、真っ赤な炎が洞窟の天井まであがった。
「やったっ!」
経験の浅い魔法使いを勝利を確信して歓声をあげた。あれだけの火力を四方からぶつければ骨すらも残らない。はやくハルトに回復魔法を施そうと近づこうとした瞬間、煙の中で何かが動いた
「うそ」
シリアの瞳が恐怖で染まっていく。そこには傷一つついていないあの化物が立っていてシリアを赤い瞳で睨んでいた。ごくりとシリアは唾を呑み込んだ。
ゴブリン変異種。十万から百万匹に一匹と呼ばれるゴブリンから派生する全く異なる種族。アークゴブリン、キングゴブリン、ゴブリンロード。
その化物を示す言葉は地域によって異なる。
「ッ!」
気が付くとシリアはゴブリンの群れに囲まれていた。いつもならなんの焦ることのない状況。でも目の前のゴブリンキングがかつてない窮地に彼女を追いこんでいた。
そのうえ、ハルトの息は浅い。
「覚悟を決めなきゃね」
シリアは杖を掲げた。自分のもつありったけの魔法を込めて。
「——アイス・ブレイカー!!」
無風の洞窟に嵐のような暴風が吹きあれる。
「ぎぎっ!」「ぶぎぃっ」「ぎゃぁっ!」
たちまちゴブリン達の悲鳴がとどろく。その嵐には無数の氷の刃が込められているのだ。鋭利な氷はゴブリンの肌を裂き、筋肉を破壊していく。
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
さらにシリアは魔力を込める。少しでもゴブリンキングにダメージを与えようとした。しかし無駄だ。
ゴブリンキングは一歩また一歩と嵐の中、シリアへと歩いていく。そしてついに目の前に迫ると彼女の首を掴んで持ち上げた。
「かはっ!!」
シリアは杖を落として足をじたばたとさせた。途端に氷の嵐がピタリと止んだ。
シリアの顔は酸欠で真っ赤になっている。
「はな゛しでっ」
なんどもなんどもキングゴブリンの腕をたたく。しかい太い腕はびくともしなかった。
そして、ついにシリアはがくりと首を垂れて、視界が薄れていくのを感じていた。キングゴブリンはゴブリンの群れへと彼女の体を投げた。ゴブリン達は下卑た笑みを浮かべながら涎をたらした。ゴブリンの前で力尽きた女冒険者の末路は悲惨だ。
「や、め……て」
次の瞬間、シリアの瞳に一筋の希望が宿った。
「助かったシリア」
そこには満身創痍ながらも立ち上がっているハルトの姿があった。氷の嵐は陽動だったのである。本命はハルトへの回復魔法。
「ふう。いまが正念場ってところか」
ハルトは懐から緑色のポーションを取り出すと中身を体に振りかけた。
「——ドラゴンズ・ドグマ!!」
ハルトの姿がみるみるうちに竜へと様変わりしていく。手足が緑色の鱗で覆われ、膨張する筋肉と背丈に衣服が破れた。
スキル:ドラゴンズドグマ。
竜人の姿へと変身して戦う。一種の変身術である。強靭な肉体は刃を通さず、硬い岩石も簡単に砕くことができるようになる。
「うぉぉぉぉぉっっっ!!」
竜人は拳を振り上げてキングゴブリンへと立ち向かった。
大きな拳がキングゴブリンの顔面を貫こうとした瞬間、キングゴブリンの姿が視界から消え失せて竜人の放った拳が虚空を彷徨った。
ぶしゅっ!!
次にキングゴブリンが姿を現したとき腕を突き上げてそこに立っていた。しかしハルトにはキングゴブリンを見つけられずにいた。
「ハルト!!!」
シリアが叫んだ。彼女の視線の先には首を弾き飛ばされて胴体が残った竜人が立っていた。
肉体がビクビクと震え、死んでいることに気が付いていないようだ。潰れた首が地面をゴロゴロと転がって壁に当たって止まった。
キングゴブリンは竜人の両腕を掴んだ。そしてゆっくりと持ち上げて左右に腕を引っ張った。
ミシミシと筋肉の繊維が千切れると音とともにゴブリン達のせせら笑う音が洞窟の中を響く。
「やめて。もうやめて……」
シリアは泣いていた。
しかしその思いはむなしいだけだ。
「ォォォオオオッッッッッ!!!!!」
キングゴブリンが雄たけびをあげる。同時にブチチチチチッと音をあげて、竜人の肉体が真っ二つに裂けた。
びしゃびしゃと内臓がぶち負けられ、血の匂いが辺りを充満する。
ゴブリン達は柔らかい内臓に群がってぴしゃぴしゃと音を立てて口の頬張りはじめた。
キングゴブリンはやがてシリアに狙いを定めて彼女へと近づいた。
「ごめんなさい。ゆるして。おねがいだから、おねがい。もう殺そうなんてしないから。ゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるして」
シリアは半狂乱になって叫び続けた。
しかし次に響いたのはこの世のものとは思えない断末魔なのであった。