元人間、今たぬき。現代ダンジョンを闊歩する。   作:ばリオンズ

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第11話 SFたぬき

大森林を抜けた先に広がるのは、ネオンライトが昼のように煌々と輝く街並みである。

木々のざわめきと土の匂いに満ちていた世界から一転して、無機質で人工的な光と色彩に満たされた異質な空間が、何の前触れもなく眼前に現れる。

 

酸性雨が降り注ぐこともなければ、巨大な煙突から炎が吹き上がるようなじみた光景も存在しない。

 

それでもなお、足を踏み入れた者に強烈な違和感を与えるには十分で、まるでどこかのSF映画の中へと迷い込んだかのような錯覚を覚えさせる。

立っているだけで自動的に運ばれる床、絶え間なく情報を流し続ける電光掲示板、視界の端で明滅を繰り返す光の帯、そのすべてが近未来という言葉をこれでもかと押し付けてくる。

 

しかし、その一方で建物の造形はどう見ても古風であり、意匠や格子窓、提灯を模した光源などが並ぶ様は、漫画やアニメで描かれる明治から大正あたりの吉原を強く連想させる。しかし素材は無数の色に移り変わる謎の建材。

未来の技術と無数の機械でもって、無理やり過去のデザインを作り上げてしまっていた。

 

通りには屋台が並んでいる。だが、そこに立つはずの店主の姿はない。代わりに設置されているのは、用途ごとに特化した自販機の群れである。湯気を立てる料理も、香ばしい匂いも、すべて機械が生み出している。昔懐かしい味覚を、最先端の技術が再現しているという奇妙な状況だった。

 

整然と並ぶはずの文化は混ざり合い、境界を失い、和と洋、過去と未来が無理やり縫い合わされている。結果として生まれた光景は、調和とは程遠い、混沌そのものだった。

 

空を見上げれば、ゆったりとした軌道を描きながら巡回する複数の飛行体が目に入る。

ツェッペリン型のそれらは、どれも大型のマグロを思わせる流線形をしており、外殻には無数の発光パネルが取り付けられている。

物によっては威圧的な書体の漢字などで、

「安全第一」「とてもお得」「実際最適」

などの文字をチカチカと輝かせ、空を行き交っていた。

 

広告塔としての役割を持ちながら、同時に監視機能も備えているのは明白だった。

 

「第一工廠妓楼のマドモワゼル・ギアシリーズ、その肌質は人そのもの。

非常に丈夫で優しくあなたを包み込み、特殊パッケージで子供も産める。

貴方の幸せな生活のためにぜひ彼女を。貴婦人を自分の手で如何様にも。」

 

「タイタニア・ロボティクス・ソープのメイドドールズ。あなたの人生をより豊かに、ダンジョン探索もお手の物。高機能レーザーアイによる周辺探知を始め、数々の便利機能があなたの生活すべてをグレードアップ。朝昼夜とあなたを支え尽くす至上の伴侶をここに。」

 

「蒼天綺楼機構よりアクターズフレームのご紹介、憧れのあの人もアニメのキャラクターもあなた好みにチューンアップ可能、一夜限りでは終わらない、いつまでもあなたのそばに。戦闘機能ももちろん充実。モデルとなった方のデータをもとに、実戦的な強さと優雅さを兼ね備えております。」

 

「黒鋼セキュア警備より提供するのは、貴方の安全を最優先に構築されたヴァンガード・パンツァー。ダンジョン由来鉱物の極厚装甲と高機動を両立し、いかなる脅威からも貴方を守り抜く。内部構造についてはぜひ実機をご覧ください。相棒と過ごす時間もまた価値あるもの。硬い装甲の内側の柔らかさ、いかがでしょうか。」

 

どれもこれも広告ではあるのだが、価格に関する言及が一切ない。安いとも高いとも言わない。ただ機能と価値だけを語り続けるその様子は、通常の商売とはどこか噛み合っていない。

 

それもそのはず、この階層は多次元から集められた、人間がすでに滅びた世界のアンドロイドたちが集う場所である。

この階層はモンスターという脅威も存在しない代わりに、彼女たちはただ一つの目的のために存在している。

人の役に立つために生まれた存在として、もう一度人間に必要とされたい。

その願いを果たすためならば手段は問わず、最後まで寄り添い続けることを選ぶ。

 

だからこそ彼女たちは、自らを売り込む。

選ばれるために、自分を磨き、改造し、機能を追加する。本来備わっていない機能を後付けで実装し、用途を拡張し、より魅力的な存在へと変化していく。

戦闘用の個体がしなやかな関節を活かして舞い、奉仕に必要な機能を自己導入したり、娯楽用の個体が護衛技術を習得するなど、本来の枠組みを超えた進化すら見られる。

 

しかしながら、そうした熱意と無関係の存在が一匹。

 

売り込みの対象外であるたぬきは、この階層でひたすら動く歩道に乗って遊んでいた。

 

うゆーん。

気の抜けた声を漏らしながら、たぬきは地面にべたりと張り付き、そのまま滑るように運ばれていく。立つ必要もなく、力を入れる必要もなく、ただ寝そべっているだけで高速移動が可能なこの床は、たぬきにとっては遊具以外の何物でもなかった。

 

ネオンの光が体毛に反射し、床の発光ラインが流れるたびに色が変わる様子を、きょろきょろと目を動かしながら眺めている。

 

完全に遊んでいる。

この前の覚悟はどこへ行った。

 

警備アンドロイドの足元をぐるぐると周回し、

アクターアンドロイドの劇を寝転んだまま観賞し、

メイドアンドロイドが差し出した水をその場でぺちゃぺちゃと啜る。立ち上がる必要が一切なく、すべてが寝たままで完結する。

 

だが、そんな快適な状況にも一つだけ問題があった。

 

食事がない。

 

正確には、客として認識された存在にしか食事は提供されない。アンドロイドたちは自由意思を持ってはいるが、根幹の行動原理は揺るがず、対象外へのサービス提供という発想がそもそも存在しない。水を提供したのは気まぐれだ。

小動物をかわいがろうとした、そんな意志の一つ。

 

ぐう、と腹が鳴る。

たぬきはゆっくりと背中の風呂敷に意識を向け、脳内で中身の一覧を眺める。しばらくして眼前に転がり落ちたのは、ひときわ大きな塊。

 

どんぐりである。

 

ただし、普通のどんぐりではない。ドドンガどんぐりと呼ばれる、ダンジョン特有の巨大種であり、大昔には砲弾の代用品として扱われたことすらあるほど硬く、重く、そして無駄にでかい。第六層に多数生えており、時期によってはゴブリンが上から落ちてきたどんぐりに潰されている。

 

もっとも、その中身は優秀で、加熱すれば甘く、ほくほくとした粘り気のある食感になり、雑食のモンスターですらこれだけは火を通して食べるという妙な評価を受けている。

 

たぬきはそれをじっと見つめる。

 

食べたい。

でも、そのままでは硬いし美味しくない。

ぼんやりとした思考のまま、たぬきの中で一つの選択が行われる。考えたわけではない。ただなんとなく、そうしただけ。

 

次の瞬間、金色の子狸の姿が中空にふっと揺らぎ、空気が弾ける。

 

雷が落ちる。

 

至近距離で炸裂したそれは、ドドンガどんぐりの堅果を一瞬で焼き、内部にまで熱を通す。ぱちぱちと火花が散り、香ばしい匂いが立ち上る。

 

うまくいったし、殻を割って温かいうちに食べたいです、とたぬきが前足を振り上げた。

 

その直後。

 

けたたましい警報音が街中に響き渡る。

落雷などという現象がこの階層で起こるはずはない。

気候も気圧も何もかも完全にコントロールされたこの階層において、異常現象を感知したことによる緊急警報が鳴り響いているのだ。

 

 

同時に、たぬきの足元の床がぱかりと開く。

状況を理解する暇もなく、焼きたてのどんぐりを抱えたまま、たぬきの身体はそのまま暗闇へと落ちていった。

 

ボスンと音を立てて落ちた先は、

無数の機械などの残骸が転がる廃棄処分場。

壊れたアンドロイドやセクサロイド、必要とされなかった部品などなど、上で出た要らないものすべてがここに集まっている。

 

とりあえずたぬきはご飯を食べようとした。

電撃で黒く焦げた堅果をめがけ、前脚を振り下ろす。

焼けたとてその硬さは健在。

しかしたぬきのほうが防御力が上。

 

振り下ろした前脚が轟音を引き連れてヒビを入れ、内側へとめり込む。

都合のいいことにとがった部分だけ砕け散り、中からは焼き芋のような甘い匂いと湯気が溢れ出す。

 

ほふほふと火傷しないように気をつけて、ちゃむちゃむとたぬきはごはんにかぶりついた。

 

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