元人間、今たぬき。現代ダンジョンを闊歩する。 作:ばリオンズ
スイッチごと地面が急激にせり上がり、反動のまま地上階へと放り出される。
たぬきは空中で体を丸め、人形たぬきことタヌッキオを素早く風呂敷へ押し込んだ。離ればなれになる事態だけは免れた。押し込む際にガラクタがいくつかなだれ込んだが、やむを得ない。
着地と同時に、耳をつんざく警報が空間を満たす。
甲高いサイレンと低く唸る警告音が重なり、街全体が振動しているかのようだった。アンドロイドたちは統制を失い、規律だった動きなど微塵も感じさせないまま右へ左へと駆け回る。
この階層で、唯一人間に牙を剥く存在の起動を知らせる警報。
いや、より正確に言えば、この階層に存在するあらゆる生命を破砕するために設計されたフィールドボス。その起動スイッチを、たぬきは何の気なしに押してしまっていた。
十字路の中心が、内側から引き裂かれるように割れる。
アスファルトが持ち上がり、骨のようにひび割れ、やがて巨大な穴となって口を開いた。
そこから押し上げられてくるのは、かつて街に無秩序に積み上げられていたゴミの山。
だが今は違う。圧縮され、整列され、直角だけで構成された無機質な塊へと変貌している。
さらに四方から補修用ロボットが集結する。
火花を散らす溶接アーム。高速で回転する切削刃。無数のマニピュレーターが一斉に動き出し、金属塊の表面を削り、削ぎ、盛り、整える。
形が変わる。
角ばった塊が、筋肉の隆起を思わせる曲線を帯びる。
溝が走り、装甲板が重なり、中央には意図的な窪みが形成される。
それは胸部だった。
人型機械の、戦闘を前提とした重装甲の胸郭。中央には明らかに砲口としか思えない円形構造。内部で光が脈動し、いつでも破壊光線を吐き出せることを主張している。
さらにその上に、装飾が追加される。
過剰なほどに誇示的なライン。無駄を削ぎ落とすどころか、あえて誇張されたエッジ。
戦隊ヒーローの巨大ロボットを思わせる、見る者に威圧と安心を同時に押し付ける象徴的な意匠。
その瞬間、街の各所で何かが解放される音がした。
この階層には四つの妓楼が存在する。
それぞれが独立した機能と権限を持つ、いわば中枢施設。
第一工廠妓楼。
タイタニア・ロボティクス。
蒼天綺楼機構。
黒鋼セキュア警備。
警報が唐突に止む。
代わりに流れ出したのは、鼓動のように重く、行進曲のように勇壮なメロディ。
戦隊モノのロボットが合体するときのBGMといえばわかりやすいだろうか。
たぬきには分からぬ言語で歌までついている。
次の瞬間、街が浮いた。
建物が基礎ごと持ち上がる。
地面と繋がっていたはずの構造物が、重力を無視したかのように宙へとせり上がる。
第一工廠妓楼が裂ける。
外壁が弾け飛び、内部フレームが露出。
鋼材が軋みながら折れ曲がり、回転し、スライドし、巨大な脚骨格へと再構築される。
黒鋼セキュア警備がそれに噛み合う。
装甲が分割され、層となり、衝撃吸収機構が展開される。
脚部に被さるように装着され、重装甲の脚が完成する。
着地すれば街ごと踏み砕くための質量。
タイタニア・ロボティクスは爆ぜるように分解する。
装飾が舞い、光を撒き散らしながら空中で再整列。
細いフレームが骨となり、関節が形成され、し なやかな腕部が構築されていく。
蒼天綺楼機構が絡みつく。
装飾がうねり、捻じれ、編み込まれ、一本の巨大な薙刀へと収束。
余剰構造が装甲となり、腕へと固定される。
四肢が揃う。
だが、まだ足りていない部分がある。
周囲の建物が崩れ始める。
壁が剥がれ、柱が砕け、瓦礫が意思を持ったかのように空中へと吸い上げられていく。
補修用ロボットたちも例外ではない。
自ら分解し、部品となり、光の軌跡を描きながら一点へと収束する。
胸部の上。
そこに、巨大な塊が形成される。
一点に圧縮。
各種内部パーツを再配置。
そして接合。
繰り返される工程が一瞬で完了し、最後に中央へと深いスリットが走る。
内部から、光が漏れる。
全てのパーツが結合し、ロック音が連鎖する。
低く、重く、世界そのものが唸るような音と共に、巨体が完成する。
巨大なモノアイがタヌキをじろりと睨みつける。
合体楼機 ゴクラクジョウドー
第7階層フィールドボスにして、階層を滅ぼす正義の兵器。
極楽より生まれ落ち、すべてを浄土送りにする、慈悲深き機構の王。
本来はフロア侵略に対する最終カウンターとして用いられるべきそれを、遊びでたぬきは叩き起こしたのである。
全くもってこのぽん畜生め。
地面に影が落ちる。
街一つ分の質量を持った機械の巨人が、ゆっくりと、確かに立ち上がった。
明らかな危険性にたぬきは慄き、路地に駆け込む。
無数の住宅を踏み潰しながら迫るゴクラクジョウドー。
しかし、その行く手を阻むのはパワードアーマーや軍用ヘリなどに乗り込んだ黒鋼セキュア警備のアンドロイド達。
銃火器を構えてゴクラクジョウドーを破壊しようと行動を起こしたのである。
ヘリから射出されるミサイル。
パワードアーマーが抱えてぶっ放すミニガン。
ロケットランチャーやビームキャノンの雨あられ。
爆炎に包まれ、兵器が見えなくなる。
威力はともかく、数だけならそれ相応の彼女らは懸命に武器を構えて爆炎目掛けて攻撃を加え続ける。
だが、正義のヒーローの合体ロボットに、
巨大化すらしていない下っ端の攻撃が効くものだろうか。
彼女たちはその答えを思い知ることとなる。
煙と炎を踏み散らし、絢爛豪華な機体が君臨する。
ゴクラクジョウドー、無傷。
仰々しく振りかぶった薙刀から無数の光刃を解き放ち、ヘリを一つ、また一つと切り捨てる。
胸部から覗く砲口から破壊光線が地面ごとアンドロイド達を灰燼へと変えてゆく。
そんな地獄のような極楽の惨状。
泡を吹いて逃げ惑うたぬきの背負った風呂敷から、ぴょこっと飛び出たタヌッキオと、その手に握られたスマホ端末。
先ほどたぬきに埋められたプライムと名乗っていたそれは、尊大な口調を投げ捨てて道案内に徹することにしたようである。
あの兵器の胸部は無数の端末の集合体。
そこに紛れてしまえば自我を奪い取られてスクラップにされるだけ。
幸いなことに偶然たぬきの風呂敷に転がり落ちた為にそれから逃げることができた。
かといって今の状況ではたぬきごと踏み潰されてただの金属板に成り果てるしかない。
つまり、偉そうなことを言う余裕はないのだ。
完全にナビと化したプライムを片手に、たぬきはフルアーマー化した人形たぬきに乗り込み、空へと舞い上がる。
ジェットパックやスラスターユニット、サイドウィングを展開したタヌッキオの姿は戦闘機にしか見えない。
機銃やミサイルを風呂敷に収納したことにより軽くて高機動なのが売り…売ってはないが。
ヘリに比べたら団子くらいのサイズ比のたぬきたちは爆風や砲撃に煽られてあっちこっちに吹き飛びながらも懸命に逃げ惑う。
合体ロボは周囲のアンドロイドを破壊するのを後回しにしてひたすらにたぬきたちに襲いかかる。
とはいえども不思議なことに武器は使わず、手を伸ばしてつかみ取ろうとしている。
まるで珍しいもの見つけたから捕まえたい、という操り手の意向がにじみ出ているかのようである。
とはいえ攻撃が激しくなり、視界を遮る程になると周囲を鏖殺して再び追跡に戻る、という行動から視覚以外のセンサーを持ち合わせていないようである。煙でたぬきたちを見失うたびに苛立つかのように暴れ狂うさまは悪鬼羅刹のごとし。
それを尻目に爆炎に吹き飛ばされながらもたぬきたちは8階層へと続く天窓を見つけ出し、ぶち破って飛び越えてゆく。