元人間、今たぬき。現代ダンジョンを闊歩する。   作:ばリオンズ

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第5話 たぬきと温泉

ちゃぷちゃぷと湯船に揺られるたぬきといぬ。

それぞれの飼い主に全身泡まみれになるまでしっかり洗われ、ようやく湯船に入ることができたのである。

 

なんかノミとりシャンプーとか、その他いろいろ使われていた気がするが、たぬきは全く気がついていなかった。

というか、気づく余裕などなかった。

 

痒いところに手が届くとはまさにこのことか、と人に見せられないようなだらしない顔になっていたからである。

かゆみ取りのために背中を岩壁にこすりつけていたときなんか、調子に乗りすぎてちょっと怪我もしたくらいだ。

 

それでもやめられない止まらない。

かゆみとは恐ろしいものです。

 

そんなこんなでようやく解放されたたぬきといぬは、動物専用のお風呂へと連れて行かれた。

 

どぼん。

 

遠慮のない飛び込みによって、大きな二つの水しぶきが上がる。

 

お行儀が悪い。

いいえ、違います。

これはたぬき的には不可抗力です。

 

たぬきは泳がずにはいられません。

 

しゃかしゃかしゃか、とたぬかきでお湯を掻き分け、あちらこちらへ泳ぎ回る。

人間の頃には大した広さに思わなかったお風呂も、たぬきサイズになれば立派なプールである。

 

ああ、楽しや。

 

しかもこのお風呂、ちゃんとたぬきのサイズに合わせて深さが調整されている。

つまりどういうことかと言えば。

 

力尽きても沈まない。

これは大事なことです。

 

脱力して大の字になってお湯にぷかりと浮く。

湧き出るお湯の流れに身を任せて、ゆぅらり、ゆらり。お外の景色は秋真っ盛り。

もみじが風に流され、お風呂に浮かぶなんて、風情がありますね。

 

湯気の向こうで天井の灯りがぼんやり揺れる。

たぬきの耳に届くのは、湯の流れる音と、いぬさんののんびりした鼻息だけ。

 

これはもう、眠気を誘われても仕方ないですね。

 

ふと見ると、いぬさんもだいぶリラックスしている様子です。

というか、半分くらい寝ています。

 

ぽかぽかというものは、どうしてこうも生き物をだめにするのでしょうか。

恐ろしい文化です。温泉。

 

その後もサウナやら岩盤浴やら、人間の頃には縁のなかったものまでこれでもかと楽しんだたぬきは、最後にぶるぶるっとたぬどりるで水気を吹き飛ばした。

 

さあ脱衣所へ。

と、思った瞬間、

飼い主さんに捕獲されました。

 

わっしゃわっしゃと、ふかふかのタオルで全身を拭かれ、

ぶおおおお、とドライヤーで乾かされる。

 

途中で何度か逃げようとしたのですが、逃げるたびに捕まります。

どうやら飼い主さんは捕獲の達人のようです。

 

結果。

 

たぬきはいつもの1.5倍のもこもこ毛皮になりました。

 

これは素晴らしいことです。

ふわふわは世界を救うのです。

 

温泉のあとは無論、牛乳です。

牛乳なくして温泉は締まりません。

これはたぬきの導き出した真理です。

異論は賄賂なしには認めません。

 

自販機の前で、飼い主さんが買った珈琲牛乳をじっと見つめていたところ、案の定、半分ほど分けてもらえました。

 

やりました。

 

ぷはーっ。

 

腰に手を当てて飲みたいところですが、たぬきの体では難しいので普通にぺろぺろ飲みます。

それでも美味しいものは美味しいのです。

 

その後お部屋に通され、現在たぬきは飼い主さんの抱き枕にされています。

 

これはこれで悪くありません。

むしろ、ふかふかの毛皮を存分に活用できている気がします。

 

ちなみに、いぬさんの飼い主さんとは別部屋です。

あの人はロイヤルスイートルームに泊まっているみたいです。

 

どうやら元々魔族の貴族さんだったらしいのですよね。いぬさんと一緒にすやすやする前に教えてもらいました。おっきいおうちとたくさんのメイドさんが昔はいたみたいです。

 

最初にお肉のついた姿を見たときはびっくりしました。

ムキムキマッチョで悪魔の翼の生えたイケメン美人さんだったのです。王子様系?

 

イケメンなのか美人なのかどっちなんだ、と言われると困りますが、とりあえずすごい顔面だったことだけは確かです。

 

 

たぬきはかしこいので、深く考えるのはやめました。

 

では、いぬさんは何なのか。

 

聞いてみたところ、どうやら犬の妖精さんのようでした。

大きくなったり小さくなったりできるのも妖精だからとのことです。

 

種族の名前はクー・シーというらしいです。由緒正しき一族らしいですね。

 

ですが、たぬきは難しいことを覚えるのが苦手です。

 

なので。

 

いぬさんは、いぬさんです。

それで十分なのです。

 

さて、お風呂も済み、部屋に備え付けのテレビを飼い主さんとだらだら転がりながら見ていれば、自然とお腹が鳴り出す時間になります。

 

ぐぅ。

……ぐぅぅ。

 

2人揃ってお腹を鳴らしてしまいました。

 

飼い主さんも普段は骸骨ですので、あんまり固形物をお食べにならないそうです。

いぬさんの飼い主さんのところに牛乳を買いに行ってはそれを飲むだけ、そんな生活をしていたとか。

こうしてお肉をつけた姿になっているときは、どうにもお腹が減るらしく、よく腹の音が鳴るのだとか。

 

まぁ、肉がなけりゃ普通、腹の音なんて出ませんよね。骨だけだと空気を押せる部分もないのでそんなものかしら。

 

お腹と背中がくっつくような苦しみとかあったんですかね。白骨化してたらお腹と背中って具体的にどこを指すんでしょうか。

 

世の中にはまだまだ知らないことが多いものです。

 

晩御飯を心待ちにしながら、飼い主さんとボードゲームに勤しむのもまた楽しい時間でした。

 

ダンジョンの外では、たぬきの言葉を誰も理解できませんでしたし、人間に見つかればだいたい食われかけて終わりでした。

 

ですから、人とこうして穏やかな時間を共有する、なんてことは考えたこともありませんでした。

 

人生、いえたぬき生、なにがあるかわかりませんね。

 

ちなみにゲームはオセロです。

 

結果、たぬきは七連敗です。

 

なんということでしょう。

石を置くたびに挟まれ、挟まれ、ひっくり返され、気がつけば盤面は真っ黒です。

角とかどうやって取るんですか。

 

世の中は厳しい。

たぬきがしょんぼりといじけ始めた、その頃でした。

 

ぬっ。

唐突に、女将さんが壁から出てきました。

 

びっくりして全身の毛が逆立ちました。

危うく気絶する寸前です。お助けぇ。

 

しかしそれよりも、女将さんのほうが大慌てのようでした。

 

なんと、次の階層にいるゴブリンの大群がこっちへ来てしまったそうです。

 

ゴブリン。

 

たぬきでも知っている、あの緑色の小さいやつです。臭くて悪賢くて野蛮なやつです。

 

女将さんの話によれば、ゴブリンは飼い主さんやいぬさんの飼い主さんでも意思疎通のできない危険な存在だそうです。

 

つまり話し合いは無理。

 

おそらく、この旅館を拠点にして、たぬきには想像もできないようなおぞましいことをするつもりなのでしょう。きっとたぬきは食べられてしまうに違いありません。

 

女将さんは小難しい言葉でいろいろ説明していましたが、たぬきの頭では半分も理解できませんでした。

 

とりあえず。

 

ゴブリンいっぱい来る。

ここ危ない。

 

だいたいそんな感じです。

 

なるほど。

 

たぬきの出番…?

出番ですかね、これ。

 

飼い主さんは普段骸骨の一般人ですし、まともに戦えそうなのは、いぬさんといぬさんの飼い主さんくらいのものではないでしょうか。

 

しかし。

 

たぬきにも一宿一飯の恩義というものがあります。

 

温泉に入れてもらい、

珈琲牛乳を分けてもらい、

ふかふかに乾かしてもらい、

抱き枕にまでしてもらったのです。

 

ここで何もしないのは、たぬきとしてどうなのでしょう。

 

たぬきとしてだけでなく、たぬきの中に残った人間のころの自分も、何かすべきだと騒いでいる気がします。

 

それに、ゴブリンくらいなら、

たぬきも何度か倒したことがあります。

まぁ、数匹くらいなら…、ですけど。

 

たぬきは、ぐっと前足を握りました。

やってみせます。

飼い主さんたちに、いいところを見せるのです。

たぬきだってやればできるのです。

 

たぬき、総勢一名、出陣。

うゆーん!

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