陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
ガラリといつものように扉を引いて、見慣れた教室に足を踏み入れる。
そこに普段と変わった『何かしら』があったわけでもない。ただ、ごく普通に、いつも通りの教室、ルーティン。しいて違うことがあったとすれば、その日が夏休み前の最後の登校日で、いわゆる終業式の当日だったくらいだろうか。
そんな、予定があるだけで『なんでもない』日常のひとコマであるはずだった。
自分の席に座ろうと、視線が先にそちらに向かう。自然と隣の席に座る友人が目につき、白が見えて────くらりと、視界が揺れる。いや、違う。脳髄に警笛を直接流し込まれてるような、響くような『ナニカ』。それに中身をかき混ぜられるような、耐え難い奔流が『自分』を流し去ろうとするような、ただ喩えることしかできない、理解不能なモノが自分の中身を埋め尽くす。
──『それは、未来を取り戻す物語』。
──『Grand Order』。
──『魔術王ソロ█ン』。
──『ビースト█ゲー██ア』。
──『虚空には神ありき』。
──『空想█』。
──『この宇宙に生まれた、最低の知的生命体』。
──『異█カルデアス』。
──『ざまぁみろ』。
──『██████・███████を殺せ』
──『██████・███████を殺せ』
──『█リ███ー・██ム████を殺せ』
──『█リ█ス█ー・█ニム██ィ█を殺せ』
──『█リスビリー・█ニム█フィアを殺せ』
唸り声と共に、頭を抱えて崩れ落ちる。膨大な知識、あるいは記憶。『自分ではない誰か』の思い出と感情と、薄っぺらい機械らしきものに流れる物語。
『誰か』の空想と現実が、『自分』を塗りつぶさんばかりに入り込む。仕上げと言わんばかりに、酷い内容のアラームのごとき言葉で『自分』と『誰か』をまとめて丸めて、一つのカタチを取らせた。
痛みと呼ぶには生温い、苦痛としか言えない時間がようやく終わる。ぐらつく視界に映るのは、心配そうに集まり何やら声を掛けてくる級友たち。パタパタと消えた者は養護教諭を呼んでいるのか、その辺にいるといい教職の誰かを探しているのか。水は飲めるかだの何処が痛い気持ち悪いだの、実に優しい声を掛けてくる。
それら全てを認識して、思考した上で、たった一人が視線を射抜く。
ふらつく全てを無理やり動かし、足で立ち上がり、『ソイツ』へと向かう。
春先に転校してきた『ソイツ』は、イギリスからの転校生だった。理由はこの際どうでもいい。
ただ今『ソイツ』がいることが、いま眼前に存在することが、問題……とでも言うべき現象だった。
何色にも染まるようなスノーホワイトの、緩くウェーブのかかった三つ編みの髪の毛。同じような『色のある色のない瞳』の、中性的な顔立ちをした彼。海外から来たことと美しいかんばせ、成績も優秀で結構モテる。恨み言を吐こうにも、あまりに『他人に理解がある』。
自分が彼の方へと歩いていくのを見て、彼が口を開こうとするのが見える。それよりも早く腕を掴む。彼の言葉を遮って、たった一言を、真っ先にぶつける度に。
何よりもまず『どうせ全て理解されるのだから』、『それよりも少しだけでも先に』。
それだけの、ちっぽけな意地で。
「──お前は、間違っている」
長く整った睫毛に装飾された、白い瑪瑙のような瞳が少しだけ見開かれる。
そんな小さな変化だけを見送って、限界に達した脳ミソと身体は力無く倒れ込む。薄れゆく意識の中でも、念押しのように『ナニカ』は聞こえてくる。
──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』──
あぁ、クソったれ。
どこのどいつだかは知らないし知りたくもないが、事前知識を与えるから同級生の宇宙レベルのやらかしを防ぐために殺せだなんて、実に悪趣味なことをほざきやがる。