陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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外側、もしくは内側。 =後編=

「魔術の世界において、人間とは三つの要素で構成されているらしいな。三位一体、魂、精神、肉体。科学の産物で言うなれば、肉体が入れ物であるハードで精神が記憶や情報の積み重ねのデータ、魂が生まれ持った揺るがないベースのソフトだったかな」

 

「概ね、それで合っていると思うよ。面白い解釈方法だね」

 

「『記憶』から引っ張ってきただけだ」

 

 

 名も無き彼女は指先でひょいとハート型のマシュマロを摘み、柔らかな感触で遊ぶようにふにふにと押しつぶす。

 相対するマリスビリーは、そんな彼女を急かすこともせず、話の続きを待った。

 

 

「あの日──この肉体と魂の持ち主だった、お前の隣の席の『私』が教室に入ったあの時。別世界か、もしくは別次元の『俺』の『精神』が肉体に入ってきた。別人格だとかそういうものではない、全く別人の、性別も、時代も、経験も、『何もかも』が違う約四十年分の『精神』だ。魔術とかに関係する家の中には、『男女の人格によって陰と陽を司り』云々みたいなのもあるらしいが、自分のはそういう目的じゃなかったから、『規格』があってなかった」

 

「ふむ、『両儀式』? それはそれで気になるね、それに関しても後で聞いていいかな」

 

「後で解説するから話の腰を折るな」

 

 

 マリスビリーの口に持っていたマシュマロを押し付け、物理的に口を塞ぐ。

 しかして、塞がれた本人は反省しているのかいないのかも分からない。彼女からすれば『相変わらず』と評する他ない笑みを浮かべ、押し付けられたマシュマロをパクリと口に入れて食む。

 少し気の抜けたようなため息を吐き出して、彼女は話を続けた。

 

 

「……水100ミリリットルしか入らないコップに、追加で油200ミリリットル入れるようなもんさ。入れ物である肉体と元々入っていた精神は悲鳴をあげる。しかも、混ざるはずないもの同士が零れることすら許されない」

 

「水と油か。それは確かに、混ざるはずも無い」

 

「……あぁ、『でも』自分はそうならなかった。自分に『使命』を与えた何者かは、器の損壊も精神の崩壊も許さなかった。二つの精神を、『それでもなお一つの器に押し込めた』」

 

 

 今度摘まれたのは、二つの色違いのマシュマロ。白いハートと赤いハート。可愛らしいそれを手に取った彼女は、それらを擦り合わせ、練り込むように捏ね始める。

 

 

「押して、押して、押し込んで……体積すら無視して入れ物の中に押し込められれば、『私』の精神と『俺』の精神がどうなるかは明白だ」

 

 

 彼女の手の中で粘土のように弄ばれたそれが、マリスビリーに見せるように手のひらを転がっている。白と赤が混ざり合い、ハートのカタチも無くなったピンクの丸い物質。

 それは、『白いハートのマシュマロ』でも『赤いハートのマシュマロ』でもない。

 

 

「──『混ざった』。混ざるはずない物が混ざった結果生まれたのが、『自分』だ。『私』の知識と記憶を持ち、『俺』の記憶と知識を持つ、どちらでも無くなった『誰か』」

 

 

 見せていた『どちらでもないマシュマロ』を咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。

 

 

「『混ざり物』のサーヴァントは事情込みでいないでもないらしいが、自分はサーヴァントじゃない。ただの人間だ、乱暴にもほどがあるやり方だ。混ざりたての頃は『量』の関係で自認は男性寄りだったし、口調だって『俺』に引っ張られていた。精神としては『俺』の方が強かった」

 

「でも、あの海水浴で『肉体』の意識が強まった……そうだね?」

 

「まぁな。運がいいのか悪いのか、魂は変質していないし肉体も無事だ。『女として見られる』経験は、良くも悪くも混ざり合いを早めどちらでもない『自分』の形成をひと押しした」

 

「確かに、今はほとんど混ざりきっている。キミは『キミ』に落ち着いた、という感じかな」

 

「……お前、結構意図して混ざりかけの中身混ぜたりしてきたろ。精神的動揺とかで、どの口だよ」

 

「そこは『手伝った』と言って欲しいな、キミの悩みを解決する手伝いだよ」

 

 

 彼女が『ギリギリ』と評した、『中身』に関する話題。確かにそれはマドラーでかき混ぜるような行為ではなかったが、表面を風が撫ぜるだけでも『少し』中身は混ざる。

 この半月ほど、彼女はマリスビリーと会ってない日が珍しい程に顔を合わせ、言葉を交わした。何度も小さな波をたてれば、積み重なって大きな影響を与えるのだ。

 

 

「そも、『魂』が変質しておらず、器たる『肉体』も変質していないなら『君』は変わっていないとも言えるんじゃないか? ただ別人の経験を上乗せされただけでは?」

 

「……本質たる魂が変質していないならば、それは『私』である。そういう考え方も確かにあるだろう。混ざりあったとは言うが、人の『中身』の積み重ねがバラバラになっただけと言えなくもないからな」

 

 

 だが、と彼女は続ける。

 

 

「『私』はマリスビリーと目が合ったあの瞬間、『間違っている』と言うような人間じゃ無かった」

 

「彼女は、確かにそうだね。私を気にかけてはくれたが、自己主張が少なく家庭環境に問題を抱えている『思春期の女の子』だった。与えられた情報に耐えて、私に『間違っている』と言える子ではない」

 

「じゃあ『俺』になったのか? と言えば違う。『俺』はお前に否定的だし、自分もそうだった。しかしなんというかまぁ、『俺』はオタク趣味な人間だった。漫画とかそういうのが好きなやつ。自分にはそういった衝動や願望はない」

 

 

 故に、『どちらでもない』。

 そう自分自身を定義したのだと、彼女は語る。

 夜も深まり、明かりは焚き火だけ。お互いの顔も良く見えない中、彼女は静かに目を伏せた。

 

 

「だから……だから、自分が生まれたのは『あの時』で、自分の人生はお前と一緒に過ごした半月ちょっとだけだ。実年齢で言えばお前の言う通り、キャンプには来ないな。生後一ヶ月足らずの赤ん坊なんてさ」

 

 

 彼女は、自分の生まれや使命については意識の表層に出さないように努めていた。否、そうしなければおかしくなってしまったから、防衛本能によって『別のことで覆い隠していた』と言うべきか?

 もし、彼女の視点から物事を鑑賞していた『誰か』がいるならば、いくつかの事実との食い違いや認識の違いは生まれて当然のものでもあった。

 名も無き彼女は自嘲するように笑い、より差し迫った『中身』を語り始める。

 

 

「……ずっと、うるさいんだ。頭の中でさ、老若男女区別なく『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』って、サイレンみたいな爆音が鳴り響いている」

 

「あぁ、本当にいつ『見て』も酷い声だ。生まれたばかりの子供に人殺しの罪を負えと、聞き逃す事が出来ないような音量で押し付けてくる」

 

「…………ずっと、ずっと、うるさくて。何度もその声に従えば楽になれるんじゃないかって思った。従えば、声が止まるんじゃないかって空想して。考えるのをやめろって言ってくる、悪魔の囁きみたいだった」

 

「ごく普通の人間であれば、当たり前の逃亡だ。考えてもおかしくない」

 

「………………それで、頭の中が、真っ黒になって。何者でもなくて、生まれたことも気づかれない『自分』すら、消えてしまいそうで」

 

 

 ──空を、見上げる。

 夜の帳が落ちたこの世界で、暗闇の夜空に瞬く様々な色の星々。満天の夜空。

 眼前の男がそれを『内側』に仕舞い込もうとしていることを知った上で、そんな男に自らが抱いていた感情の名前が筒抜けな上で、彼女はそれでも口にした。

 

 

「でもお前が────マリスビリーが自分に、色彩(いろ)をくれたんだ」

 

 

 うるみ始めた瞳を無理やり拭って、嗚咽が混じった酷い声で。それでも、それでも。彼女は続ける。

 くだらない日々だった。最悪な日々だった。腹立たしいことも面倒なことも、恐ろしいこともあった。今日だってそうだった。

 けれどなにより、その『あたりまえ』のような日々をくれたことが、そのくだらなくて最悪な日々が間違いなく楽しかった。

 生まれた時から与えられた暗闇に、光をもたらしたのがマリスビリーだった。『自分』という存在に、『気づいて』くれたのがマリスビリーだった。

 彼女に与えられた使命が、生まれた意味が何であれ、『マリスビリー・アニムスフィア』という男は、彼女の『唯一』になっていた。

 

 

「お前のせいで自分は生まれてこんな苦しんでるのにさぁ……お前に救われちゃったんだよ……どうしろってんだよ……」

 

 

 俯いて、瞳を覆い隠す。止められなくなったそれを隠して、ぽたぽたと太ももを濡らす。

 マリスビリーはそんな彼女を柔らかい瞳で見つめて、『次』に言おうとしている言葉を待った。

 彼女の推察通り、マリスビリーは『知って』いる。彼女が意識しないように努めただけで、その思いは彼女の中にずっとあった。だからずっと知っていた。その上で、彼女の意志を尊重し、彼は口にしなかった。

 だから、彼自身のとある思いと共に、彼女の言葉の続きを待つことが出来た。

 

 

「──好きだ、マリスビリー。自分は、お前に恋している」

 

 

 そうして最後まで、本当に全てを口にした。

 それは、一番奥底に仕舞い込んでいた気持ちだった。口にしては、もう『使命』も『生まれた意味』もどうにかなってしまいそうで。『物語』を『善き人々』を愛した誰かの愛情から生まれた『マリスビリーを殺せ』という命令を、恋心は簡単に壊してしまいそうで。

 だから奥底に大事に大事に仕舞い込んで、『知られている』と知りながら、おくびにも出さないようにした。

 だと言うのに、マリスビリーという男はそれを言えと言ってきた。白状しろと『命令』した。彼女は本当に酷いヤツだと思いながら、言うはずのなかった告白をした。伝えるはずのなかった思いを『口』にした。

 

 嗚咽混じりの告白をマリスビリーは味わうように受け取って、「知ってるよ」と彼女に近づき、落ち着かせるべく優しくなだめ始める。

 夏休み前に生まれたばかりの、大きくて小さな同級生を。

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