陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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虚栄、もしくは現実。

 あたまがいたい。

 

 自分が真っ先に思ったのはそれである。

 昨晩、『命令』を聞いて改めて洗いざらい吐いたわけであるが、何故恋心まで暴露してしまったのだろうか。しかもめちゃくちゃ泣いてしまった。マリスビリーの前で。みっともなく。仮にも好きな男の前で。言ったら取り返しがつかなくなりそうだから言わないように、意識しないように気をつけていたというのに。

 これの羞恥を本人に言えばまたも「キミは赤子のようなものだろう? 泣くのが仕事じゃないか」などと言うかもしれない。だが、自分は『生まれてひと月足らず』であって『精神年齢が赤ん坊レベル』というわけではない。二人の人間の『精神(経験)』は自分の中に存在するものであるし、ただそれらを元に生まれた自分に『精神(経験)』があまり積み重なっていないというだけだ。決して、赤ん坊と同じではない。

 

 ……グズグズとみっともなく泣きじゃくり続け、マリスビリーに背中を撫でられ宥められていた記憶がある。あそこで話は途切れ、寝かしつけまでされた気がする。何やら色々言っていたような気もするので、魔術で暗示でもかけて眠らせたのだろうか。そしてこの痛みはあれだ、多分泣き頭痛というやつだ。血管が膨張して痛むとかいうアレ。どの道、醜態に違いはない。最悪である。

 視界に映っているのは、昨日ひーこらして設置したテントの天井。モコモコとした寝袋の中に体が収まっている。どうやらしっかり眠る場所にまで自分を連れてきたようだ。変なところで面倒見の良いやつである。

 ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がり、自然と横に視線が動いた。

 

 

「おはよう、鎮痛剤は必要かな?」

 

「……もらう」

 

 

 マリスビリーが起きていた、普通に。寝袋の中に収まったまま、起きたばかりとは思えない爽やかな笑顔で。

 いつぞやマリスビリーの家に泊まった時にも思ったが、何故先に起きていながら人が起きるのを待っているのか。人が眠っているのを観察しているのか。もしや寝ていても『中身』を『見る』ことができるから、そこから情報を更に得ようとしているのか。

 キャンプ用の少し大きめなカバン……の、横に置かれた救急箱の中から市販の鎮痛剤を渡される。まだ荷物があったのか、多すぎだろ。

 一緒に渡されたミネラルウォーターと共に、錠剤を飲み込む。共に無味無臭なそれに感想は抱かないが、冷たい物が喉を通る感覚は心地よい。

 

 

「その調子だと、今日の『遊び』を実行するのは大変かな。帰ろうか」

 

「……薬飲んだし、そのうち楽になる。『遊ぶ』のも命令の一環なんだろ、何すんの?」

 

「この辺に洞窟があるらしいから、そこに行く予定だ。あぁ、『冬木の大聖杯』とは関係ないごく普通の洞窟だ。ただ立ち入っては行方不明者が出るという曰くがあるだけの」

 

「前言撤回、帰る」

 

 

 普通に危険な場所に行こうとするな。

 

 

「『自己責任』ということを前提に許可はもらっているから、無断で立ち入るわけではないよ」

 

「問題そこじゃねーから」

 

 

 マリスビリーならば最悪魔術でなんとかなるのかもしれないが、自分がそんな所に行ってもどうにもならない。しかも頭痛などというデバフ付きで。マリスビリーの足を引っ張るだけだ。

 

 

「キミ一人守るくらい成し遂げてみせるとも、そういった心配なら無用だ」

 

「……お前さ、自分は一応告白したわけだけど、その自覚なしスケコマシみたいな言動止めないワケ?」

 

「別に問題ないだろう、私のこの発言がキミを不愉快にさせている訳でもないんだし」

 

「……とにかく、行かない。最初に提案された通り、大人しく帰るよ」

 

「私から言ったことだが、改めて言われると寂しいものがあるね。けれど、キミに無理をさせたいわけではない。朝食を済ませたら帰ろうか」

 

 

 なんというか。こうなるだろうとは何となく考えていたが、まさにその通りになるとは。

 この男、昨晩のことが全く響いてない。少なくとも見える分にはそう。生憎マリスビリーのような便利な力は持っていないので、『俺』の『知識』と自分の人生から推測することしか出来ないのだ。

 ちなみに『私』は役に立たない。マリスビリーと積極的に関わった訳でもなく、彼女が見ていた『マリスビリー・アニムスフィア』は一応『転校生』の仮面を被っていた。『私』の使える情報など、ヤツの下駄箱から滝のようなラブレターが流れ落ちたことくらいだ。ちなみに送り主に丁寧に返事の手紙を書きことごとくお断りしていた。逆恨みされないよう相手をたてた内容にしたと自分も聞いた。

 

 朝食の準備を手伝おうとすれば制され、「体調不良者は休んでいてくれ」と紅茶が入ったカップと共に座らされる。いつの間に紅茶を煎れたんだお前。しかも冷えてる、アイスティーだこれ。いつ冷やしたんだ。

 ……マリスビリーが何かしている時は、大抵自分も何かしている。自分が何かしている時にマリスビリーが何もしてないことはあるが、逆は無い。珍しくもマリスビリーが働く姿を、紅茶を嗜みながらのんびり眺められるというわけだ。

 昨日『明日の朝食用の食材もある』と言ったのは真実だったようで、食パンにレタスにトマトにベーコンと、次々材料らしきものが取り出されていた。

 

 そして、そんなあくせく動くマリスビリーを見ているだけで自分の心が熱く、それでいて穏やかになるのがわかる。……否、訂正しよう。起きてマリスビリーを目にした時から、そんな感じである。

 目を逸らして押し込めて隠していたそれを、『知られている』と分かりながらも態度にも口にも出さなかったのはこれを危惧したからだ。言霊とでも言うべきか。

 平たく言えば──ときめきが止まらないのである。好きな男がそばにいて、心配してくれて、守るとまで言って、朝食も作ってくれる。逆に聞くが、性は関係なしに『好きな人』につくされて心臓が高まらない人間がいるのか? 存在するにしても少数派だろう。

 無論、マリスビリーにそんなつもりはないだろう。からかっているというか、お遊びの延長線上のはずだ。だが、されてる方としてはたまったもんじゃない。確かに、確かにマリスビリーのおかげで救われているが、『おかげで』アイデンティティの問題に直面しているのだぞ、自分は。

 

 

「お待たせ、ベーコンレタストマトのホットサンドだ。お味噌汁もあるよ、絹ごし豆腐だ」

 

「わぁ全く一緒ではないけどなんか近しいラインナップで構成された朝食を作った覚えがある」

 

「『朝食のメニュー』を考えたら、どうしてもあの日が浮かんでしまってね」

 

「お前近い未来女に刺されるから覚えとけよ」

 

「魔術刻印があるから簡単には『死ねない』んだ。生きてさえいればどうとでもなる」

 

「問題そこじゃねーよ」

 

 

 飲みかけの紅茶を置き、対角の頂点を切られ三角形となったホットサンドを頬張る。食パンの外側のカリカリさと、挟んだ野菜の瑞々しさ、ベーコンのジューシーさ。それらが見事にマッチしたホットサンドだ。

 簡易的なものとはいえ料理も出来るとか、こいつ無敵か?

 

 

「お味噌汁はどうかな」

 

「今からだよ、急かすな。なんかまたウキウキしてる?」

 

 

 言われるままに汁椀を手に取り、温かな湯気の踊るそれを一口含む。深みのあるコクと強すぎない味噌、そしてわざわざ絹ごし豆腐にしただけあって舌触りも良い。これもまた間違いなく美味である。

 

 

「……おいしいよ。これ、お前ん家に置いてあった味噌とは別だよな? 風味が違う気がする」

 

「あぁ、ストックしていた出汁入り味噌ではないよ。かつお節と昆布で出汁をとって普通の味噌を溶いたんだ」

 

「キャンプ飯にかける手間暇じゃねぇ……」

 

「どうせならおいしいものを、だよ」

 

 

 いつだか聞いた言葉を口にして、マリスビリーは微笑む。

 思い出に残したいだの、そのうち笑い話になるだの、コイツはやけに『未来』の話をする。その未来を無くそうとしているのも、マリスビリー自身だと言うのに。

 彼の『計画通り』にことが進めば、白紙化……否、『ロストベルト0』による塗りつぶしが起こるのは今から約二十年後。自分の肉体年齢は約四十歳、『自分』の年齢は成人を迎える程度だ。

 そこから『先』、最終的には『カルデアの善き人々』が勝つか『マリス・カルデアス』が勝つかで世界は決まる。カルデアを信じていないわけではないが、『俺』の『記憶』はあくまで『勝った世界線』をゲームという形で観測したに過ぎない。『マリス・カルデアス』に負けたカルデアも、そこまで辿り着けなかったカルデアも、何処かにはいるはずだ。

 つまるところ、『カルデアが勝つ』という博打に手を出すくらいなら、『計画を実行する前のマリスビリー・アニムスフィアを殺せ』と叫ぶ『誰かたち』は間違っていないのだろう。

 

 

「物騒なことを考えているね、私はキミとの食事を楽しんでいるのだけれど」

 

「それはすいませんね。お前がいると幾分か楽になるとはいえ、頭の中がうるさいのに変わりはないもんで」

 

「誰なんだろうね、『彼ら』は」

 

「知ったところでだよ。前にも言ったろ、いわゆる上位存在か何か相手に殴りかかれないってさ。次元とか実力差とか、そういうやつ」

 

「私にはすぐ食ってかかるのに」

 

「お前は普通の人間だろ」

 

 

 まぁ、普通でないところもあるけれど。

 再びホットサンドを口にして味わう。うむ、やはり美味い。

 瞳を細めながらアイスティーに口をつけているマリスビリーと共に、食事を続けた。

 

 

「片付けやってないんだけど」

 

「私がやるからキミは気にしないでいいよ」

 

「こういう時は『片付け含めてキャンプだ、またちょっと苦労しようか』とか言うやつだろお前は」

 

「体調不良者に無理はさせないよ。ほら、バスに間に合わなくなるよ」

 

 

 食事後、マリスビリーに肩を押されキャンプ場を去るように言われた。理由は前述の通りである。

 そこまで散らかしたわけではないが、アレを一人で始末させるのも気が引ける。自分もすると言い張ったが、マリスビリーは「キミは帰って休んで」の一点張りである。昨日バカみたいに山中を連れ回し虫取りさせた男が何をほざくか。

 

 

「……じゃあ今度、『命令』とかじゃなく『借りを返す』ためになんかするからな。自分はマリスビリーに借りを作った、だから今度返す」

 

「キミはそういったところがシビアだね。お互いの天秤を釣り合わせたがる」

 

「は? お前が生きてるだけで助かってる身としてはこれ以上恩押し付けられても困るだけだが?」

 

「おや、一周まわって吹っ切れ始めた。悩みが一つ消えて良かったね」

 

「地雷原でタップダンスして全部爆発させて『爆弾解除しました!』は無理があるわ」

 

 

 だいぶクセになったため息を吐いて、大人しくバス停への道を歩き始める。遠ざかる背後の気配にふと『言い忘れ』を思い出し、振り返った。

 

 

「──キャンプ、楽しかったよ。ありがとう」

 

 

 本当に不意のことだったからか、マリスビリーも予見していなかったらしい。珍しく少しだけ目を見開いて、いつもよりずっと自然に、柔らかく笑みを浮かべた。

 

 

「────それはよかった」

 

「じゃ、また遊ぼうな」

 

「あぁ、キミの体力に合わせた遊びのプランを用意するよ。またね」

 

 

 そうして別れて、帰路について、一日休んで泣き頭痛も治って。

 

 

「プラネタリウムにいこう」

 

「ねぇ昨日キャンプから帰ったばっかだよねバカなの? しかもなんで自宅凸してきたの?」

 

 

 ──マリスビリーの行動力の強さに、別の意味で頭が痛くなりそうだった。

 鎮痛剤であり病原菌かコイツは。

 

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