陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
「なんでプラネタリウムなんだよ」
「本当はキャンプの時に一緒に天体観測するつもりだったんだけど、それどころじゃなくなっただろう? だから小さなリベンジというわけだ」
「……それは、ごめん。そんでありがとう。でもプラネタリウムって、『そういう』施設に行くもんじゃねーの?」
「そっちも考えたんだけどね、『こっち』の方がいいと思って」
突然「プラネタリウムに行こう」と言って襲撃してきたマリスビリーに連れられて、たどり着いた場所。それは『マリスビリーの家』だ。
襲撃は……まぁこの際いいだろう。突然のことではあったが、会えて嬉しいので。惚れた弱みというやつである。自宅にはいつも通り自分しかいなかったし、道中で『私』の知り合いとも出会わなかったので問題ない。
……天体観測、という言葉にロマンチックなものを感じていることも、恋心を口にした後である今ならば認められる。というかこいつは人をホイホイ誘うが、男女が横並びで親しげに歩いていたらカップルだと思われるという発想には至らないのだろうか。しかも家に呼ぶなど。
いや既にめちゃくちゃ遊びに行ってたしなんなら男の部屋に一晩泊まっておいて何言ってるんだ、と言われればご最もな話だ。耳が痛い。
「いつも通り楽にしていいよ」
「あ、冷蔵庫にソーダあんじゃん。もらうわ」
「元からキミの為に購入してるんだ、好きだろう? ソーダ。好きに飲んでくれ」
「……お、おう…………」
確かに海の家で注文したし、色々思うところがありつつ結局あのカップルグラスとカップルストローで飲んだりもしたが、ソーダは好きである。というか好きだからあの場で注文したのだし。
しかし、まさかたった一回の出来事を覚えているとは。他はマリスビリーに合わせて紅茶を飲んだり、麦茶や水を飲んだりばかり。マリスビリーの前で飲んだのは一回ポッキリのはず。記憶力がいい。
マリスビリーの部屋でだらだらしている時のように、座卓にグラスを置きながら腰を下ろす。だいぶ頻繁に訪れているので、何か些細な変化があっても気づける自信がない。
が、いわゆる家庭用プラネタリウム機械があれば流石に気付く。そんなものは見当たらない。いつも通りの、ツラに見合わぬ安アパートの畳部屋。寝具としてパイプベッドはあるが、どう足掻いても『昭和日本の安アパート』のイメージそのままといった部屋である。強いて言うなら『海の家』Tシャツが飾るようにハンガーにかけられているくらいか。
セキュリティ面が不安にならなくもないが、マリスビリーは魔術師であるし魔術でどうとでもなるだろう。『知識』はあれどさほど詳しくはないので、ぽやぽやとしか考えられない。『俺』はいわゆるエンジョイ勢というか、設定は読めど全て暗記しているような『ガチ勢』ではないらしい。
「で、ここでどうやって『プラネタリウム』鑑賞するんだよ」
「私なら、その気になればどこでも『プラネタリウム』を再現出来るからね」
その言葉に自分が首を傾げる中、マリスビリーはカーテンを閉めた。よくよく見ればいつものカーテンとは違う、分厚い遮光カーテンだ。簡単に薄暗くなった部屋の中、柔らかな光がいくつも浮かび始める。
「は、いや、これって……」
「私は『天体科』の君主(ロード)、マリスビリー・アニムスフィア。軽く鑑賞する程度の『宙』の模倣はそこまで難しくない」
「お前一応自分に魔術見せないようしてたよね? いきなり『神秘の秘匿』とやら放り出すなよ」
「キミ相手ならそんなこと些事だよ、今更だ」
「開き直り度が上がっている……」
柔らかな光に見えたそれは、よくよく見れば確かな球体の形を持っている。マリスビリーはそれらを軽く指先の動作で操作して、縮小。さらに天井の方に追いやった。
「とりあえず、こっちの方が見慣れた光景かな。ほら、有名な夏の大三角も見える」
「いや確かに見えるけどさぁ……時計塔の君主(ロード)をプラネタリウム代わりにしたの絶対自分が初めてだわ」
わざわざ強調するように光で線を結び『夏の大三角』を示しているが、この光景を時計塔の魔術師などが見たらどんな反応をするのだろうか。
しかもこの男、それぞれの星の名前や星座の名前も解説してくれている。言うなれば専門家であるマリスビリーが。有名な大学教授が遊びで近所のガキに専門知識与えてるようなもんでは無いのだろうか。知ってる人が見たらやはり卒倒するのではないだろうか。
……キリシュタリアなる男あたりは案外大丈夫かもしれない。
「私の話はつまらないかな、他人のことを考える余裕がある程度には」
「珍しくしょぼくれないでくれ……ちょっと驚いて現実逃避していただけだよ」
「そう? なら続けようか。じゃあ次は」
悲しそうに眉を下げた表情から一変、いつも通りの笑顔に戻る。
そして『夏の大三角』を手元に引き寄せた。
「実際のところ、あくまで地球から見える星々を二次元的に線で繋いでいるから『星座』になるだけで、星の位置は三次元だ。実際は軸がズレてこうなっている」
「こういうことも出来るのか……本当に贅沢すぎないかこのプラネタリウム」
「必要ならプラネタリウムになるけど、自分から『遊び』でプラネタリウムになるのはキミ相手くらいだよ」
「ときめくからそういうの止めない?」
いつも通りの曖昧な微笑みで返される。答えろ。
……そもそも、人が一応告白したというのに『イエス』も『ノー』も『時間をください』もないのは、それはそれで不誠実なのではないか。マリスビリーからすれば「知ってたよ、ようやく言ってたね」で終わりでそれ以上特に何も無いのかもしれないが、自分からしたら文字通り一世一代の告白と言っていい代物だったというに。
自己矛盾の感情を口にしたんだぞ、もう少しそれに対して反応しろ。
「──それで、これが私たちが生きる地球だね」
くるりくるりと回る『宙』の話は終わり、マリスビリーの手のひらに青い星が降りてくる。周囲にある衛星もセットだ。そりゃ月も天体の一部か、地球をアップにすれば付いてくる。
地球を中心に拡大したので、部屋の中にあるのはいわゆる太陽系の星々だ。教科書や『知識』で見た姿が、マリスビリーの魔術によって目の前にある。本当に贅沢なプラネタリウムだ。
青の色彩で構成された惑星、地球。『地球は青かった』と誰かが言ったように、確かに全体的に青い。陸地らしい別色も見えるが、大抵は青。確か七割程が海なのだったか。それは青くなるだろう。
そんな『星』を見て、感傷に浸ったつもりはない。
ただ、恋心を正式に認めて、伝えて。一区切りついたような感覚があったもので、再び確認したいだけだ。
「白紙化、やるんだよな」
「もちろん」
不意に発した言葉だったというのに、マリスビリーは迷わず返答する。
「『本当にやるつもりなのか?』、『やめないか?』。そんな言葉ではなく、実行することの確認か。キミは私をとても信じているんだね」
「この約一ヶ月間、散々お前に振り回されたんだぞ。お前は周囲がどれだけ止めようが『やる』と言ったら『やる』し、『する』といったら『する』だろ。自分の制止が効いたことあったか? ないだろ? お前は何があったとしても、『白紙化』を成し遂げるよ」
「私の夢が叶う、そう言ってくれるのはとても嬉しいよ」
「言ってねーよ……いや、言ってるようなもんか」
マリスビリーの手のひらに浮かぶ地球が、白く染まる。いや、『何も無くなって、白に塗りつぶされる』。それと同時に周囲に浮かんでいた星々が消え失せ、『宙』には地球ひとつが浮かんでいる。
「キミを構成する『情報』を使い、私はより良く『計画』を編むことが出来る。まず、人類最後のマスターは日本人らしいね、一般人枠は日本から集めないようにしようか。レフ・ライノールの感情的な行動も想定内になる。少しだけ『オルガマリー』の性格も調整し、癇癪のようなイレギュラーを減らそう。他にもいくつか改良の余地はあるだろうね」
白い地球がふわりと、部屋の中心に浮かぶ。
「──そうすればきっと、キミが『見て』いた『私』よりも、私は夢に近づく」
「『ひとりぼっちの惑星』、ね。心配性が行き過ぎるとこうなるのか」
「何もおかしな不安ではないだろう? 事実、『記憶』の中では異聞帯といえどORTが目覚めて猛威をふるっている。その恐ろしさの断片をキミも『見た』。『地球の外』の脅威は実在するんだよ」
「そこは否定出来ないが……なぁ、マリスビリーにとって人間って、そんなに『苦しそう』に見えるのか」
マリスビリーの『地球白紙化計画』における地球以外の星への対処は、あくまで『ついで』だ。
本命は根源とやらのコピーである『マリス・カルデアス』の宇宙の更新。『マリス・カルデアス』はマリスビリーという男を誤解していたようなので、彼女? のもたらす結果にはマリスビリーの想定とはズレがあるかもしれないし、ないかもしれない。
ただ、『物語』の中でとある男はこう言った。
「マリスビリーは人は人のままで理想社会を築いてほしい、と夢見た」
マリスビリーは『外見だけ』でその人間の在り方を把握出来る。故にこそ、秘していた本心も、恥ずべき醜い本性も、それを受け入れた上で穏やかな関係を築く。そんな関係であって欲しい、と。
そこにあるのは紛うことなき人間への愛であった、とも。
その結果の出力が『アレ』なのは、結局『魔術師』としての価値観の違いか何かなのだろうが。
聞いたところで、自分に理解できるような思想であればいいのだが、と。シュワシュワと弾けるソーダで喉を潤した。
「──少なくとも、キミは苦しんでいるだろう?」
──そして、硬直する。
「キミは私以外には認識されない、理解できない。魔術師であれば『理屈』は分かるかもしれないが、本当の意味でキミを『理解』できるのは私だけだ」
「そ、れは」
「けれど、私の『夢』が叶えばそれも無くなる。『キミは全ての人間に理解されるようになる』。歪んでいるわけではない、狂っているわけでもない。ただ混ざって『生まれてしまった』だけのキミを、私以外の人間も理解し、許容し、穏やかに関係を築くことが出来る」
「それ、は……!」
「私の『夢』は、まさにキミのような人間の『苦しみ』を無くすためのものだ。だからこそ、この出会いは『運命』と呼べる。キミが生まれ、出会い、遊び、交流したこの一ヶ月間。とても楽しかった、キミはだいぶ疑っていたようだけれど、本当に楽しかったんだ」
声が、出ない。
水分を持たせたはずの喉がカラカラになり、音が張り付く。
「────だから、キミという『大切な友人』の為にも、私は必ず『夢』を叶えるよ」
最悪だ。最悪だ。最悪だ。
よりによって、そんな方向に転ぶなんて。
なんでそんな、わかりやすい。『理解できる』理由に、転ぶなんて。