陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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使命、もしくは恋。

 どうすれば良いか、分からない。

 汚濁のような思考が踊る中、ふらつく足取りでマリスビリーの家から帰り自宅のベッドに倒れ込んだ。

 あの後、どんな会話をしたのかはハッキリと覚えていない。簡単に思い出せるのは、「顔色が悪いね、お開きにしよう。送ろうか」と言う彼を断って、一人で帰路についたことくらいである。

 

『──少なくとも、キミは苦しんでいるだろう?』

 

 先程の言葉がリフレインする。喉の奥から酸っぱいものが込み上げて、ベッドに沈んだ体をトイレに向けた。喉も、口も、舌も。痛い、苦い、酸っぱい、苦しい、気持ち悪い。

 先程飲んだサイダーが、炭酸が抜けた生暖かく甘い液体として便器に零れていく。

 

『キミは私以外には認識されない、理解できない。魔術師であれば『理屈』は分かるかもしれないが、本当の意味でキミを『理解』できるのは私だけだ』

 

 そうだ。

 だから、だから自分はマリスビリーを、好きになってしまったのだから。

 『私』に無関心な両親も、『私』の元からの友人も、『私』が死んだことに気づいていない。『俺』の断片にも気づかず、混ざりあって生まれた『自分』にも気づいていない。

 マリスビリーは全て分かった上で、人間二人の犠牲の上で生まれた『誰でもない』自分を、『自分』として見て扱ってくれた。

 だから、この夏休みの日々は……『使命』の声の汚染を差し置いても、間違いなく輝かしいものだったのだ。

 

『けれど、私の『夢』が叶えばそれも無くなる。「キミは全ての人間に理解されるようになる」。歪んでいるわけではない、狂っているわけでもない。ただ混ざって「生まれてしまった」だけのキミを、私以外の人間も理解し、許容し、穏やかに関係を築くことが出来る』

 

 あぁ、マリスビリーの夢は、そういうものだ。

 『賢くなりすぎた』ことを憂いて、どんな『中身』が表層でわかるようになっても『受け入れられる』、穏やかなユートピア。誰もが自分も他人も受け入れて、『そういうもの』だと気にしない。

 

『私の「夢」は、まさにキミのような人間の「苦しみ」を無くすためのものだ。だからこそ、この出会いは「運命」と呼べる。キミが生まれ、出会い、遊び、交流したこの一ヶ月間。とても楽しかった、キミはだいぶ疑っていたようだけれど、本当に楽しかったんだ』

 

 確かに、自分の苦しみは無くなるだろう。自分にこそ必要な『救い』と言えるだろう。

 『使命』と『生まれ』。自分の苦悩は、これらから生まれている。その片方が無くなれば、きっと楽になるだろう。いや、『使命』すら気にしなくなるのだろうか。そういうものだ、と。脳髄を揺るがし続ける爆音を、誰もが『当たり前』に受け入れる。

 もしかすると、『宇宙の更新』の中で自分の『使命』に関する異常を消去する可能性もあるかもしれない。

 マリスビリーの成すことは、自分には利しかない。『この苦痛から解放される』という一点において、それは事実だ。何も否定できない。『楽になる』方法だ。

 

『────だから、キミという「大切な友人」の為にも、私は必ず「夢」を叶えるよ』

 

 だが何より──何より『コレ』が最悪だ。

 さりげなくフラれてら、なんて笑う暇もない。思い出せばまた喉奥から込み上げてくる。

 

 

「お、ぇ……」

 

 

 知りもしない隣人でも、出会えるか分からない地球の裏側の見知らぬ人でも、何処かで苦しんでいるかもしれない誰かでもない。

 友になった、出会うことが出来た、目の前にいる『誰でもない自分』の為にも、と。大きな理由ではないかもしれないが、彼の計画の小さな理由に、『自分』が含まれた。

 

 好きな人に「君のために世界を変える」なんて言われて、喜ばない人はいるだろうか。

 あまりに愛が大きすぎるが故に、人間全てを等しく愛するが故に、『娘』をも計画の一部に取り込んで幸福を作ろうと、理想社会が存続するように宇宙をも巻き込むような。そんな男に「君の為に」と、言われた。

 これを、『特別扱い』と言わずなんと呼ぶ!

 

 

「ッぐ、あっ……!」

 

 

 『恋する乙女』としての喜びとは裏腹に、『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』の声は強まっていく。彼が意志を強めたと宣言したからだろうか。声の主はどこから見ているのか。

 そんなくだらないことも一瞬考えて、耳を塞ごうが聞こえる『声』は響き続ける。

 

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

──『マリスビリー・アニムスフィアを』

 

 

「うるさい!!」

 

 

 怒鳴ったところで声は消えない、そんなことは知っている。

 掃除はしているが不衛生に思えて座りたくもない、トイレの床に座り込む。立ち上がれない。気持ち悪い。うるさい。苦しい。目眩がする。うるさい。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい──!

 

 分かっている。ずっと、そんなこと分かっている。

 自分は、マリスビリーを好きになってはいけなかった。会話すべきじゃ、対話すべきじゃ、この夏休みの日々を過ごすべきじゃ、なかった。

 生まれて二日で口にした、誰が好き好んでクラスメイトを殺すか、なんて。『クラスメイト』だった日々がない自分に言える言葉ではない。彼に提案した「夏休みに遊ぼう」なんてものも、所詮先延ばしにすぎない。

 あの時点で、自分は惹かれ始めていた。彼なら、自分を理解してくれるはずだと『知って』いたから。

 だから殺したくなかった。自分のエゴのために、精一杯『生まれた理由』から目を逸らした。自分を理解して、どうか肯定してほしくて。でもそれを口にするのは怖くて、たった一つの肯定の為に先延ばしにした結果、どうしようもない『恋心』を抱いてしまった。

 

 現状を産んだのは、自分のせいでしかない。自業自得だ。当然の報いだ。

 痛む頭も、響く声も、回る視界も、酷い味を伝えてくる口内も、吐き気のするような気持ち悪さも。

 ────前より一層、『殺したくない』と願ってしまうのも。全て、全て、自分のせいだ。

 殺せるわけ、ないだろう。好きな人なんだ。自分の唯一無二の理解者で、自分に色彩(いろ)のような日々をくれた人で、自分の為に世界を変えてくれると言った、好きな人なんだ。

 彼が本当の本当に、心から思って『そう』言ったのかは分からない。自分はマリスビリーとは違い、彼のような力はないのだから。

 でも、それでも、好きな人には変わりないのだ。仮にここまでの行動全てが計算づくで、自分が彼の命を狙わないようにするためにした『偽りの夏休み』だったとしても、それでも好きだ。それでも自分は、彼に恋をしたのだ。

 

 

「うぅ……!」

 

 

 好きだ。どうしようもなく、好きなのだ。

 自分の生まれてきた理由を、使命を放棄してもいいと思えるくらいに──好きなのだ/殺したくない。

 

 後始末を済ませ、部屋に戻る。『声』のせいか頭が火照り、体温が上がっているような感覚がある。身に纏う衣類がうっとおしくなって、脱ぎ捨ててベッドに転がった。マリスビリーがプレゼントしてくれた、彼っぽいぬいぐるみ。いつものようにそれを抱きしめて、顔を埋める。

 殺したくないとどれだけ叫んでも、『誰か』もしくは『誰かたち』は声を響かせる。ずっと、ずっと、ずっと。いつも通りに、いつもより大きめに。ずっと、ずっと。

 思考がまとまらない。殺したくないと叫ぶ恋心に、殺せと制する声が重なる。

 

 まるで、務めを果たせと言うように。

 

 そうして、数日間『声』に抵抗して、抵抗して、抵抗して、抵抗しつづけて。日めくりカレンダーが『八月三十一日』を示した日に、ようやく自分は行動を起こした。

 通学カバンを手に、見慣れてしまった道を歩き、見慣れてしまった建物を訪れる。これまた見慣れたナンバープレートの部屋のチャイムを押して、見慣れた男と顔を合わせた。

 

 

「──よぉ、久しぶり。数日何もなしで悪かったな。今日は、遊べるぞ」

 

「それはよかった、『決まった』ようだね」

 

「あぁ、『決まった』。遊びはこれで『最後』になるな」

 

「随分面白いところを『最期』に選んだね」

 

「まぁ、よくある話だろ? 『始まった場所』で話が終わるとか」

 

 

 いつものように横並びに、軽口を叩くように会話して、道を行く。

 ──向かう先は我らが『穂群原学園』。自分とマリスビリーが出会った場所。日付けは夏休み最終日。

 『そこから先』の予定は、存在しない。

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