陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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運命、もしくは色彩。 =前編=

「なんで学校の鍵なんて持ってるのかな」

 

「午前中は部活で空いてるから、そん時に学校入って学校内にいた先生に『図書館使いたいです』っつって長居。部活終わって帰るから帰ってって言われたら『じゃあ絶対代わりに閉めるからスペアキー貸してください』って頼み込んだ」

 

 

 ガチャリ。差し込んだ鍵を回して、学校の扉を開く。

 これは本来ならやってはいけないことであるし、『記憶』のような防犯設備なら一発アウトしかねないやり方だ。これから先、真似する生徒が居ないことを祈るばかりである。

 

 

「よく渡して貰えたね、スペアキー」

 

「『私』は文学大好き図書館大好き本の虫な青少年だったからな、図書館に居座ってもそんなに違和感持たれなかったよ。むしろ家庭環境伝わってたみたいで『まぁしょうがないか……』みたいな顔されたし」

 

 

 内履きに履き替えて、マリスビリーと共に廊下を歩く。太陽がほとんど沈み、夕焼けに照らされた茜色の廊下。

 自分にとっては初めて見る景色だ。午前中も校舎は見て回れなかったし、生まれた日以外ここには来ていない。

 だから、校内の全ての『知識』はあれど、『経験』はなかった。

 

 

「知ってるなら家庭環境の改善に手を貸せばいいのに。いや、私もキミの『記憶』に影響されてるのかな? この時代ではキミくらいの放棄はまだマシなほうか」

 

「まぁそういうこった。それに『私』はともかく自分は気にしてないし、別にどっちでもいいんだ。『私』のフリしなくて済むし」

 

「あぁ。と、なれば明日からの方が大変だ」

 

「お前以外は知らないからなぁ、『私』が死んだこと。かといって自分として振舞っても困惑させるだけだ」

 

「そういえば、行き先は教室じゃなくて屋上なんだね」

 

 

 階段を上がり、『私』とマリスビリーの教室の階層の更に上を目指す。

 

 

「『学校で生まれて、学校で出会った』のは本当だろ。あと夜空見るならこっちの方が開けてるし」

 

「正真正銘のリベンジだ。まさか夏休み最終日にこんな機会を貰えるなんてね」

 

「結構気にしてたろ。いやホントまじで気にしてたみたいだったからさ、今度こそ頼みますわ天体科の君主(ロード)サマ」

 

 

 『いつも通り』に、本当に『いつも通り』に会話して、屋上に立ち入る。誰もいないそこは『二人きり』を強調させた。

 太陽が全て見えなくなって、キラリと見えた一番星。どちらが言うでもなく並んで座って、「あれは」と解説を始めるマリスビリーの声に耳を傾ける。時折入る天然ボケや価値観錯誤によるズレに突っ込みながら、本当に、本当に、本当に。いつも通りに、仲良く交流した。

 満天の星空と呼べるほどに星が瞬いた頃、彼は調子を変えずに、自分に問いかける。

 

 

「それで、改めてキミの口から『結論』が聞きたいんだけど」

 

「ははは、ほんと悪趣味」

 

「でも、私たちは会話を大切にしているだろう? 『最期』まで、それは変わらないはずだ」

 

「ま、そうだな」

 

 

 だから、自分も。自分も調子を変えないで。

 悩んで悩んで、苦しんで苦しんで、生まれた時以上の苦痛を味わって、出した『答え』を口にする。

 

 

「──自分は、お前を殺すよ」

 

 

 通学鞄に入れていた包丁を手に持って、「頑張ればこれで死ぬ?」と問う。マリスビリーは問題の答えを聞かれた先生のように、「魔術刻印があるからちょっと大変かな。沢山刺すといい、切るのもいいね」と返した。

 お互いに分かっていたから、そこに驚きはない。自分は『マリスビリーならこう返すだろうな』と思ったし、マリスビリーは自分を見た瞬間『あぁ殺す気になったんだ』と気づいている。

 

 

「一応、殺すことにした理由を聞いてもいいかな」

 

「あー……まず、この数日間めちゃくちゃ『殺せ』って言われたんだよな。いつもより酷い爆音だったよ。最悪だった。洗脳ってああやってするんだろうな」

 

 

 今も、声は響いている。

 今も、頭が割れそうで、吐きそうで、苦しい。

 自分がどういった過程で結論を出したに関わらず、きっとこの声は響き続けるのだろう。『使命』を果たしたら消えるのかも結局謎だ。まだ達成していないのだから、当たり前であるが。

 けれど、『決めた』後の心はひどく凪いでいた。いま自分が『いつも通り』に振る舞える理由の一つ目は、それ。

 

 

「『洗脳』か。古典的な手法ではあるけれど、確かに『言い聞かせる』のも洗脳の手段だ」

 

「本当は、自分が生まれないか生まれたばっかの自分洗脳してザクッ! て感じだったのかね。まぁ実際生まれたのは、生まれたてなのに『精神』混ぜこぜなせいで簡単に言葉に従うような無垢さがないヤツだったわけだたが」

 

「じゃあキミは『洗脳』されて、『使命』に従うことにしたのかな」

 

「いや別に」

 

 

 すっぱりと、それは否定する。

 それはない。

 

 

「『そんなの』の言うこと誰が聞くかよ。あれだよ、神話とかでよくある『造られたものが創造主に逆らう』みたいなもんよ。早めの反抗期」

 

「抑止力かもしれないものを『そんなの』なんて、キミは繊細なようで図太いよ」

 

「『これ』が抑止力なわけないだろ、高々一個人無理やり改造して殺そうとするとか。抑止力ってだいたいさり気ない手助けか、馬鹿みたいな過剰戦力の投下らしいじゃん。お前を確実に殺すなら守護者でサクッとした方がいい」

 

「抑止の守護者か。確かに今の私の実力なら敵わないね」

 

「あと、自分はお前が好きだからな。好きな人殺したいヤツとかレアだろ、特殊性癖過ぎる……まって『知識』がそういうサーヴァントいるって言って来た。難儀だなソイツ」

 

「サーヴァントの知識もだいぶ多い、私と一緒にカルデアを運営したりしないかい?」

 

「ヤダよ、コネ入社とか」

 

「それで、結局なんで殺すことにしたのかな?」

 

「話の戻し方ざっつ~」

 

 

 手にしていた包丁を一度置いて、先程までのように空を見上げる。

 真っ暗な中を照らし、明るくする星々。何度見る機会があっても、抱く感想は同じだろう。

 この光景は、マリスビリーが自分に与えてくれたモノと同じだ。マリスビリーが、自分の暗闇に光を、色彩を与えてくれた。

 

 

「……『俺』はまぁ、なんかよく分からんがこの世界を『ゲーム上の物語』として知ってて。『俺』以外にもプレイヤーはいたし、他のプレイヤーの感想とか見る機会あったんだわ。『地球白紙化』とか、作中のお前に対する感想とか、まぁ色々」

 

「あぁ、おかげで私は友人と理解者と証明者を同時に得ることが出来た。それで?」

 

「万人にいい評価を貰える物語も、キャラクターもいない。当たり前だよな」

 

「そうだね、当然のことだ」

 

「で、まぁお前に対する評価も散々だったんだよな。『俺』みたいにお前を善人寄りで見ながら否定してるヤツはいい方で、罵倒みたいな文字の羅列してるヤツとかもいたし。というか罵倒だわアレ」

 

「私の『人理保障』が受け入れ難い人の反応が凄まじかったと。私からすれば『机上の空論』と言われた夢だが、プレイヤーからすれば『物語内で成立した理解出来ない理論』になるわけだね」

 

 

 悪人のように言う奴がいた。

 そう言葉にしたところでマリスビリーに響くものはない。マリスビリーは、人間のそんなところも『愛している』から。

 

 

「そういう『記憶』見てたら……なんかイラついてきた」

 

「推定、別世界の住人たちの『空想』への感想に?」

 

「相手がなんだろうが好きな人を悪く言われて腹立たないやつはいないだろ、少なくとも自分はイヤ。……『何も知らないくせに』って思った」

 

「そんなに『知らない』のかい」

 

「『アイツら』は、『マリスビリー・アニムスフィア』のほとんどを知らない。大抵が伝聞で、推測で、憶測で、正しい情報か分からないものの方が多い。そりゃそうだ、お前一応作中開始前に死んでたから出番とかまともにあるわけない」

 

「『記憶』曰く自殺するんだったかな? 自殺しなくとも活動限界を迎えて、どの道『物語』前には私は死んでるだろうね」

 

「……お前は確かに、魔術師らしい魔術師で、価値観ぶっとんでるし、宇宙巻き込んでだいぶやばいことやろうとしてるし、『ああ』言われるのもわかる、分かるんだけど」

 

「……けど、何かな?」

 

 

少し、多く息を吸い込む。

 

 

「…………お前はさ、めちゃくちゃ勉強出来る。人間が好きで人間を理解して一般人に擬態できるのに、たまにクソガキみたいな行動力で小学生みたいなことする。男女云々言うくせにお前自身から距離詰めてきてどの口ってなるし発言も結構ノンデリ入ってる。魔術プラネタリウムとか一般人に見せるのお前くらいだと思う。何故かクレーンゲームが上手い。あと、キャンプで食べたホットサンド美味かったから他の料理も多分美味い」

 

 

 言い淀まずに、この一ヶ月の『自分』記憶を見て、『マリスビリー』を見る。

 ベースとなった誰かの『記憶』ではなく、自分自身の記憶の中に刻み続けているマリスビリーを。

 

 

「自分の『知った』マリスビリーは、そういうやつだ」

 

「あはは、だいぶハッキリ覚えてるね」

 

「だからさ、なんか好き勝手言われてるというか、悪く見られるのイヤだなーってなった。自分が嫌なんだよ、お前がどう思うとか、実態がどうとかじゃなくて」

 

「それが、どうして私を殺すことに繋がるのかな?」

 

 

 わかっているのに、『そこ』まで言わせようと言うのか。悪趣味だ、とまた言おうとして、やめる。『会話』すると決めたのだから。

 

 

「────お前が『地球白紙化』をしなければ、お前はアイツらに認知されず、悪く言われないかもしれないだろ」

 

 

 隣は見ていない。ただ、小さなクスクスという笑い声は聞こえた。

 

 

「『会話』で止めたりはしないんだね」

 

「こないだ言ったろ、お前は止まらない、止められない。必ず『白紙化』を成し遂げる、必ず。だから……止めるためには、『殺す』しかない」

 

「随分矛盾したやり方だ。私が嫌われるのが、悪く言われるのが嫌だから、好きな私を殺すなんて」

 

「お前も似たようなことして理想郷作ろうとしてるだろ」

 

「……ふむ、確かにそれもそうだ」

 

 

 包丁を持って、立ち上がる。自らを傷付けないように気をつけながら、マリスビリーから離れた、マリスビリーの正面に。

 星明かりだけの暗闇の中でも、マリスビリーの絹のような髪はよくわかる。むしろ、暗いからこそ小さな光を反射して、星のように見えた。

 笑う、笑顔を浮かべる。どうせ『最期』なら、いつも通りに、くだらない話をして、バカやってる時みたいに。その延長線上にあるように。彼の記憶に残るのが、そんな自分であるように。

 

 

「────好きだから、殺す」

 

 

 これが、自分の答えだ。

 あぁ、本当に。とても矛盾している。マリスビリーと同じで、あべこべな愛情表現だ。好きな人だから、殺したくないから。でも、『好きな人が悪く言われるのはもっと嫌だ』なんて、本当の子供のような駄々でしかない。

 だが、殺す。

 使命だとか、未来だとか、そんなものはどうでもいい。『別世界』、あるいはマリスビリーが白紙化を成し遂げなお生き残った『誰か』。それらがマリスビリーの思想を、願いを、夢を見て、彼を悪く言うのが嫌だ。全体ではなくごく一部でも、一過性のものだとしても、嫌だ。

 自分は、そんなチグハグでめちゃくちゃな、『恋心』のために恋した人を殺す。それはおかしいだとか、狂ってるとか、そんなことはわかっている。けれど、

 ……あぁ、『似たような』サーヴァントに文句は言えやしないな。

 

 

「キミにそこまで思ってもらえるなんて、本当に光栄だ。嬉しいよ」

 

「はいはい」

 

「信じてないね? 悲しいな」

 

 

 眉を下げ、いかにも落ち込んでいるような表情でマリスビリーは立ち上がる。

 星空の下、自分とマリスビリーは相対する。『どちらが生き残るか』など、分かりきった戦いだ。いや、これから行われるのは戦いですらない。『力量差』は分かりきっている。

 

 

「いつでもおいで」

 

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

 シンプルに、包丁を握りしめて。マリスビリーの腹を突き刺すようにぶつかりに行く。自分に出来るのは、それくらいなもので。

 

 ──自分は、今から死ぬ。

 当たり前だ、マリスビリーが反撃しないわけが無い。自分の『知識』を持ってより良い計画を、とは本人の弁だ。要約すれば「やる気がより出た」といった意味となる発言もある。

 別に、自分がいてもいなくても、マリスビリーは『白紙化』計画を進め、実行する。計画のためにも簡単に自殺が出来る人間が、たかがひと夏の友人を『殺さない』という手段で無力化するはずない。相手は殺意を抱いているのだから。

 イレギュラーを減らすためにも、『自分』は殺しておいて損は無い。殺す気のなかった頃はともかく、今マリスビリーを殺そうとしているのも、語った感情も全て本物だ。『マリスビリーの為にマリスビリーを殺す』女など、放置しても損しかない。

 だから、自分は殺される。マリスビリーに、殺される。

 ここまでマリスビリーは『見た』上で、自分に彼は対応している。マリスビリーも、それを良しとしているからだろう。

 

 つまり、これは茶番だ。

 分かりきった結果を、敢えて後回しにして途中を見せる。

 マリスビリーなりの優しさだったらいいな、などと少し思う。だったら嘘ついてでも彼氏になってくれよ、とも思う。

 たった一ヶ月の人生に幕を下ろそうとしているのにそんなことを考えて、辛くて苦しくて、でも楽しくてうれしかったなぁと考えて──。

 

 

 

 ────暗闇の中に薄ら浮かぶ、マリスビリーと彼女の影が重なる。重なったそれはしばらく硬直し、片方がふらつくような足取りでゆっくりと離れた。

 ポタリ、ポタリと。滲み零れる鮮血。離れた人物は、それをじっくりと見て、目を見開いて、震えが収まらない身体を押さえ込み。

 

 

「────。」

 

 

 声にならない声を、零した。

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