陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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運命、もしくは色彩。 =中編=

「あ──」

 

 

 声。

 震える声が、彼女から零れる。

 滴る鮮血が滲むそこを見て、呼吸が浅くなる。苦しくなる。深く、息が吸えない。

 血が出る。死ぬような傷ならば、きっとそうなるだろう。

 息が荒い。苦しみが呼吸を浅く早くするのは、よくある話だ。

 足が震える。現状のショックが、身体に影響を与えている。それだけだ。

 しかし。

 

 

「なん、で……」

 

 

 それらは全て、自分の身への反応ではない。

 文字通り、眼前。自分ではない、『彼』への反応。

 

 ────『無傷の彼女』が、『包丁が刺さったマリスビリー』を見て、目を見開いている。

 

 

「なんで……なんで自分を殺さなかった! 反撃しなかった、マリスビリー!!」

 

 

 届くはずのない刃が届き、傷つくはずない人間が傷つき、無傷であるはずのない人間が擦り傷ひとつ無く立っている。

 全て、名も無き彼女からすれば想定外に他ならない。殺したかった、だが殺せるはずなかった。マリスビリー・アニムスフィアは死ぬ訳にはいかないはずだ。だから、『自分はその前に死ぬはずだ』。

 なんで、の声が頭を埋めつくし、理論立った『問いかけ』が出てこない。それほどに、彼女は動揺、いや混乱していた。

 

 文章になっているかあやふやな『何故』の問いかけに対し、マリスビリーは笑顔のままだ。深々と刺さった包丁の柄を愛おしそうに撫で、むしろ不思議そうに彼が質問する。

 

 

「どうしたのかな。これくらいじゃあまだ、私は死なないよ。さっきも言ったろう? ほら、これを抜いて、また私に刺さないと。ちょっと回数が必要だけど頑張ってね」

 

「何をっ……!? なんで……!!?」

 

 

 殺したい。殺さないといけない。マリスビリーが悪く言われるのがいやだから。

 そんな理屈で殺意の刃を突き立てたはずの彼女は、いまやただただ混乱の渦の中にいる。

 『何故、マリスビリーが素直に刺されたのか? しかも死ぬのに乗り気なのか?』

 それがあまりにも分からない、理解出来ない。

 『だって、死ぬ理由がない』

 彼女のそんな姿を、いや、『中身』を見たマリスビリーは、困ったように話し始めた。

 

 

「私としては、あのままキミが私を連続で刺し、切り裂き、絶命させてくると考えていたのだけれど……私に『刺さった』だけでそんなに動揺するとは、少し計算違いだ」

 

「っは……?」

 

「『好きだから殺す』、か。あれも計算外だ。あらかじめ『私(マリスビリー)を殺さなくてはならない』と殺意を強める為に、『キミのために』と発言したつもりだった。結果的に『私を殺す』という決意に転んだようで安心していたが、そうか、キミは私が好きすぎるのだから、本質としては『私を傷つけたくない』。当たり前の話だ。結果的にキミを困惑させ、より苦しませる選択を私はしたのかもしれない」

 

「わかんない……お前が何言ってるのかわからないよ!!」

 

 

 予想外の現状。理解出来ない反省を口にするマリスビリー。彼女の中では『恋した人を傷つけた』という現実に視界がクラクラ回り、恐怖し、『わからない』を募らせる。

 

 

「キミに私を殺して欲しかった」

 

「そっ……そこからっ! そこからおかしいだろ!? まだ計画が完成してないし、始まってもいない! いま、今、し、死んだらっ『地球白紙化』は起こらず、マリスビリーの『夢』は叶わない!!」

 

 

 わけのわからない状況に、彼女の視界はぼやけ、声に嗚咽が混じる。

 それでも、マリスビリーはあくまで『淡々と』、「仕方ないか」とでも言いたげに答えていく。

 

 

「そうだね、私は『キミがどうだろうと』夢を叶える。私の目指した『人理保障』を、人間が穏やかに暮らせる世界を作る」

 

「じゃあ、なんで」

 

「そして、それは『私のちっぽけな感情』も例外じゃない」

 

「……マリスビリーの、感情?」

 

 

 きょとん、と。

 涙を浮かべたまま、今度『よく分からない』という顔をしたのは彼女の方だ。マリスビリーが感情面に置いて、何か『夢』と矛盾するものを抱く姿というのは、彼女には浮かばなかった。

 ──『その』可能性は彼女が『ありえない』と否定し、元から視野にいれていなかったもの故に。

 

 

「確か、キミの『記憶』の中にいるサーヴァント……『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』はこう言ったそうだね。『恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は、恋の前では無力になる』……そう、私の『人類愛』は無力になった」

 

 

 星空を見上げる。

 マリスビリーは、いつぞやの彼女のように、数多の色を持つ星々が輝く、暗闇に光を与える空を見上げる。

 そうして、『いつもとは違う』、困ったように、気恥ずかしそうに、彼は笑った。

 

 

「────好きだ、名も無きキミよ。私はキミに、恋している」

 

 

 信じてもらえないのは、分かっていた。

 彼自身、その『気持ち』に気づいた時は信じられなかったのだ。『マリスビリー・アニムスフィア』が未来で成し遂げる事を、『マリスビリー・アニムスフィア』の在り方を、『分かって』いる彼女に話したところで、あしらわれて終わるのは目に見えている。

 だから、伝えずに終えようと思っていた。自分の命を終えて、『恋心』に起因する『目的』を果たそうとした。

 それらも全て、彼が想い、中身を見、そして想定した以上の『恋する乙女』によって叶わなかったのだが。

 

 

「すっ……? は……あ……!?」

 

「おや、流石に混乱が強くて茶化しだのなんだの返す余裕がないね。良かった、流石に告白して否定されるのは私も堪える」

 

「……!? ……!!?」

 

 

 もはや混乱することしか出来ない彼女を前に、畳み掛けるようにマリスビリーは言う。

 

 

「もちろん、キミほど『最初』からじゃない。そうだね、ハッキリ自覚したのは海でキミが襲われていた時だ。触れていた男たちに、私らしくもない殺意を抱いた。それはキミには見せないようにしたけど、実はこっそり彼らの精神を壊しておいた。どうしても許せなくてね、『キミに触れたこと』すら許せなかった」

 

 

 彼女からはわからない、彼の身の内に秘めていたモノ。それらを容易にポロポロ零す。いや、むしろ今まで押しとどめていたからこそ、止められないのだろう。

 彼女が、恋心を吐露した時のように。

 

 

「そもそも、キミは私が『友人』にあんな甘い言葉をかけたり、距離を近めたりすると思ったのかい? 場合によってはキミの役目を折るための策略だと思ったようだが、心外だ。『むしろ下心しかない』。私の家に泊まった時、私に抱きしめられながら寝てても特に反応がなかったのもそうだが、キャンプで一泊した時も同じテントであることを気にしなかったね。私をなんだと思っているんだ? 確かに途中からキミの思い込みを利用し、存分に触れ合い距離を近め、寝顔も堪能させてもらったが」

 

 

 ……なにやらだいぶ、彼女より煩悩に塗れているような気もする。

 

 

「キミは飲み物はソーダが、食べ物はあのケーキ屋のチョコレートケーキが好きで、それらを口にしている時は瞳がわかりやすくキラキラしていてかわいい。私の煎れた紅茶も好みのようだね、でもアイスティーの反応は良くなかった。それでも、『何かを食べる』行為自体がキミは新鮮だから、どれもこれも美味しそうに食べてたのをよく覚えている。とてもかわいらしかったから。勉強は『知識』がある割に詰まりがちだったね、『隣の席』の彼女は、どちらかと言えば秀才だったのだけれど。『精神』の違いはそこにも影響があるのだろうか? いや、今は関係ない。でもあの勉強会について考えることがあるとすれば、もっと距離を近めてキミを強く感じるべきだったという反省になる。あと毎晩私がプレゼントしたぬいぐるみを抱いて寝ているなんて、ひどく嬉しかった。きっととても愛らしい光景だ。目にしてみたかった」

 

 

 しかし、紡がれるそれは『マリスビリーにとっての夏休み』に違いはない。

 彼女がようやく、ようやく彼の言葉を理解して、整理して、飲み込んで、羞恥と喜びと悲しみと苦しみが混ざった、涙の止まらぬ赤い顔で、マリスビリーへの言葉を考え始める。

 

 

「あと実はキャンプの夜に渡したココアには自白系の魔術(暗示)をかけていたから、キミが告白したのは私の魔術が原因だ」

 

「何やってんだお前!!?」

 

 

 考え始めた矢先、実にロマンチックじゃない言葉が出た。

 どうか彼女を許してやってほしい。心が落ち着き始めたが故、反射的に突っ込んでしまったのだ。

 

 

「キミが私を好きなのはわかりきっているのに、全くそれっぽい仕草も言葉も見せてくれないから、つい。『好き』って言って欲しかったんだ。キミから言えばセーフだろう?」

 

「セーフじゃないが!?」

 

 

 『いつも』のようなマリスビリーのズレた返しと、『いつも』のような彼女の言葉。それに少しだけ空気が緩くなって、「そうじゃなくて」と彼女が話を戻そうとした時、マリスビリーは言葉を重ねて抑えるように、声を届けた。

 

 

「────そんな、キミとの日々が輝かしかった」

 

「…………」

 

「私は、『夢』を諦められない。私は、『人理保障』を叶えようとしている。『ずっと』。だからつまり……そうだね、『学生の夏休み』なんてものの経験は無いんだ。まっさら。私は昔から『こう』だったから」

 

「……それで」

 

「キミは中々信じてくれなかったけど、『本当に楽しかった』のさ。実に簡単な話だろう? 『キミと過ごしたこの夏休み』は、真っ白な私にとって、本当に、本当に────夜空のように、沢山の色彩(いろ)をくれた日々だった。キミが、私との日々にそう思ってくれたように」

 

「……」

 

「それが、『白紙化をしたくない』感情だよ」

 

「……自分の事を思うなら、むしろ白紙化したいんじゃないのか」

 

「あぁ、建前として言った『友人のために』の件か。さっきも言ったけれど、あれは全部キミに殺されるための嘘だ」

 

「そこが結びつかない。お前が……自分を、好きだとして……それがどう、『白紙化をしたくない』になるんだ。こないだのマリスビリーの理論は……間違って、いない」

 

「そうだね、『キミという生き物』は救われるだろう」

 

 

 けれど、と。

 真っ直ぐに、真っ直ぐに。『名も無き彼女』を真っ直ぐに。

 

 

「『宇宙の更新』を終え、人間を私が夢見る精神構造と力を持つ生き物にした時……『作り替えられたキミ』は、『いま私の目の前にいるキミ』と同一なのか? ……なんて、考えてしまったんだ」

 

「……どういうことだ?」

 

「『宇宙の更新』、在り方を変える、と言えば突然変わるとか上に情報がプラスされるようにに聞こえるけれど、内部で行われているのは言わばデータの組み換え。『宇宙の更新』をした先にいる人間は、更新前の人間のスワンプマンのようなものとも言える」

 

 

 少し、マリスビリーが目を伏せ、泳がせ……そして、改めて彼女を見つめた。

 

 

「つまり『私の計画の先で笑うキミは、私が恋したキミではない』。そう思ってしまった。しかも、私が好きになったのは『自己存在について悩んでいる』キミだ。悩みを克服したのではなく、『それすら受け入れる生き物』になったキミは、果たしてキミなのか? と、ね。言ったろう? 愛が恋にて無力になったって。私は、『私自身の恋心』が出した結論に負けたのさ。もちろん、キミが私に恋しなければ、私もキミに惹かれなかった可能性はあるが」

 

「……じゃあ、計画を止めればいい! ……それで、それでいいじゃんか! だから、病院、今すぐ病院に」

 

「『マリスビリーは計画を止めない』、『夢を諦めない』、私もキミも言っただろう? 私は生きている限り、必ず『夢』を叶えようとする。止めたいなら、止めるためには『殺す/死ぬ』しかない。だが死ぬつもりはない。……だから嘘を混ぜてキミに突破をかけたのに、ご破算になって私自身も丸裸だ。キミに無理やり告白させたツケというやつかな?」

 

 

 告白されて、好きな所を言われて、同じように強く想われていた。

 それが分かったというのに、彼女は苦しくて仕方ない。先程までの少し抜けた空気なんて簡単に消え失せて、『わかりきってる』結論を改めてお出しされる。それも、『恋した相手』から。

 マリスビリーは包丁も、滴る血もそのままに彼女に歩み寄る。自身より小さな震える手を優しく掴み、そっと包丁の柄に添えさせる。

 

 

「『私が恋した名も無きキミ』、『お願い』だ。私は、キミにいなくなって欲しくない。私がいない世界のその先の出来事だとしても、私がそれを目にすることはないとしても、恐ろしい。でも、私はまだ自殺『できない』。──『キミが恋した私』のために、私を殺してくれ」

 

 

 声、否、音が漏れた。なんと文字に形容すれば良いのか不明瞭な、『咽び泣く声』。恋した男に刺した包丁を無理やり握らせられ、恋した相手に『お願い』されて、殺したくないという秘めた本音に気づかれて、殺さなくていいかもしれないと希望を持って、両想いだとわかって。

 そして、殺さなくてはならない。

 泣いている彼女すら愛おしそうにマリスビリーは見つめ、「大丈夫」と根拠のない落ち着かせる言葉を吐き、頭を撫でて彼女を宥める。

 

 ──これから始まるのは、両思いなのに引き裂かれなければならない憐れな二人。

 その片方の恋心をもってして、もう片方を殺さなければいけない。殺人であって殺人ではない、矛盾した『恋のカタチ』だ。

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