陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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否定、もしくは肯定。

 あの後、意識を失った自分は緊急搬送された。傍から見れば急に苦しみ、倒れ、謎の言葉を転校生に吐いた学生だ。内臓はもちろん脳障害の心配までされたが、問題なし。熱があったが原因不明なのでストレス性のものと診断され、終業式には出席せず一晩だけ入院の形をとり、翌日には帰された。

 そして、迎えた夏休み一日目。なるべく安静にしろと言われベッドに横になる中、ピンポンと鳴らされた呼び鈴。両親はともに居ない状態で、自分が対応するのは当たり前のことだった。少しだけ鏡をチラ見して、ボサボサの髪をちょっと整える。服装はラフなものだが見苦しくないことを確認し、「はぁい」と間延びした声で扉を開いた。

 

 

「やぁ、体調はどうかな?」

 

「……いま最悪になった」

 

 

 色素異常でも生じているのかと聞きたくなるような、真白の美人。

 それが安っぽいビニール袋にパンパンに詰まった何かを片手に、そこにいた。

 

 

「昨日、先生たちに頼まれてね。渡し損ねた夏休みの宿題なんかを私が届けに来たんだ。ほら、君と私は隣の席で、君は私と仲良くしてくれただろう?」

 

「……そうだな」

 

 

 グラスに氷と麦茶を入れて、マリスビリーが腰を下ろした正面の座卓に置く。カラリとグラスと氷があたる音がして、少しだけ涼やかなモノを感じた。

 この強い日差しの中、わざわざ訪ねてきた相手を追い返すのも気が引ける。彼に思うことは様々あれど、招き入れてお茶を出す程度は『客人』に対して当たり前の対応だ。彼の向かい側にドカりと胡座をかいて座る。

 彼に差し出されたのは課題の冊子類。コピー紙を綴じたものもあれば、元から配ってある問題集のここまでが課題範囲だと書かれたプリントなど、担当教諭によってバラバラなそれが積まれる。

 当たり前のことだが、夏休み中にこれを全て終わらせなければならない。長期休暇中の学生全ての悩みのタネというやつである。小さなため息と共に受け取って、改めて「ありがとう」とお礼を告げる。

 

 

「それで、キミは私を殺さないといけないようだけど、どうするんだい?」

 

「単刀直入だな」

 

 

 分かってはいた。

 どうにも、この『マリスビリー・アニムスフィア』という男は、『外見だけで人の中身を理解出来る』特殊なモノを持っている……らしい。

 故に、昨日倒れた『自分』の身に何があったのか。自分の『中身』がどうなっているのか。そういった、本来目で見えないモノを既に認識しているのだろう。

 自分の記憶に捩じ込まれた、『誰か』の記憶。この先で起こる、宇宙レベルの大犯罪。それらの計画が未来で成立する。マリスビリーの計画が成功する。

 『最終的には阻まれるが、ほぼ成し遂げることが出来る』。

 自分の頭の中にある『コレ』は、マリスビリーにとって証明に他ならない。少なくとも、計画のほとんどが成立することの。

 

 そして同時に、『自分』は『マリスビリー・アニムスフィア』を殺すための存在になった。

 

 それら全ては、彼にはどう足掻いたところで隠すことなど不可能で。テスト中に答えを見ているようなもので。

 

 

「聞いてどうする? 聞かなくても『わかる』んだろ」

 

「私は『わかる』けど、キミは『わからない』だろう? 私たちにはどうしようもない構造の違いがある、話し合うのも大切だ」

 

「そりゃあ、どうも」

 

 

 今度は、深いため息をひとつ吐く。

 相手が『ある程度』の自分の理念を、思想を、特異体質を理解しているからと、あちらも隠し事無しで来るとは考えもしなかった。

 いや、『魔術師』という存在の異様な思考回路であるとか『常識』だとかを、一般人相手に隠しきって『中性的美人で頭のいい海外からの転校生』の役を演じていたような男だ。

 既に知られているならば、素でも問題ない。

 それはむしろ合理的な判断と言えるだろう。

 

 

「キミも分かっているみたいだけど、私がキミをどうこうするのは多分簡単だ。生命活動を止めることも、記憶を消すことも、廃人にすることも、『リソース』にすることも出来る」

 

「まぁ、自分はお前と違って一般人なんでね。そうでしょうよ」

 

「『多分』というのは引っかからないのかい? いや、自覚はあるんだから疑問にはならないか」

 

「あぁ、解説はいらない。知りたくもない。ただ自分にわかるのは、『自分』がこうなったのは所謂高次元の何某かの介入だろうってことだけだ。ゆで卵は生卵に戻らない。何某かに文句こそあれ、疑問を抱いてもどうにもならない」

 

 

 その言葉に少しだけ表情が崩れたのが見える。『今』の彼は分からないが『未来』は知識にある自分と、『全て』が分かっている……という気になっている彼。

 武力だなんて物騒な話で言えば、試合開始前から不戦敗をキメるような差がある。

 しかし、あくまで個人の、一人の『人間』として相対するなら、何だかんだどちらかが完全有利とまでは至らない。生憎、人生経験の差なんて出されたら武力と同じ結末を辿るだろうが。

 

 

「それで、話は戻るけど」

 

「なんで戻すんだよ、戻さなくていいだろ。誰が好き好んで『クラスメイト』殺すんだよ」

 

「でも、キミは私をそう思えないだろう? もちろんキミが出している結論は『わかっている』。君は身を引き裂かれるような苦しみの先で──」

 

「その先は嫌な予感がするな、やめてくれ。『わかってる』なら尚更だ、改めて自覚させないでくれ」

 

 

 危惧した通りというべきか、個人的にあまり触れて欲しくない所にまで踏み込もうとしてくる。

 イヤというわけでもない、古傷というわけでもない。自分は「やめろ」と言ったが、つい先日出来たばかりのソレに触れられたところで傷口が開く訳でも抉られるわけでもない。それは、どう足掻いたところで事実でしかないのだ。

 

 だからとて、眼前の男の劇に巻き込まれて思い通りに踊りたい訳でもない。ストップをかけるのは、自分からすれば当然の事だった。

 ……無論、恐ろしいことにそれすら見透かされている可能性の方が高いのだが。

 

 

「じゃあ、どうするんだい。キミは『見捨てる』ことが出来る人間かな? それともまた別の案でも考えているのかな?」

 

「……相手がサトリみたいなものなのに質問してくるって、すっげー不気味だな」

 

「日本の『人の心を読む妖怪』とは別だよ、私は。それで、どうするんだい」

 

 

 どうするもこうするも、その『答え』は昨日の内に告げている。

 それすら分かりきった上で質問してくる、というのをコイツは繰り返す。それは実に、実に腹立たしく、『マリスビリー・アニムスフィアは人類を愛している』などと言う、文章だけならロマンチックな情報を肯定しているようにも思える。

 その上で、実に癪だが『同じ答え』を返す。

 

 

「少なくとも、自分はお前の『人類愛』を否定する」

 

「私の『これ』は愛ではない、と?」

 

「……いや、愛してるんだろうさ。理解出来ないだけで、それがきっとお前の『愛』の形なんだろう。少なくとも、そう結論付けたやつもいたからな。違うと言ったやつもいたが、『誰か』はそうじゃなかったらしい」

 

「そうか、それは嬉しいね。同意者がいると言うのは素直に喜ばしいことだ。どうやら散々な言われようみたいだから」

 

 

 否定する、と正面から言ったにも関わらず、その男はにこやかな笑顔を浮かべて声を静かに弾ませる。自分の言葉を聞いていないのか、それとも『それ以外』の方にばかり意識がいっているのか。

 『記憶』の中にある情報からして、マリスビリーは色々改ざんして高校生している立派な成人男性のはずである。年代的にそうなる。年甲斐もなく浮かれるとも考え難く、全くもってどこまでが『真実』でどこまでが『虚偽』なのかわからない。

 もしかすると、本人はどちらだけのつもりも無く、ただ対応した応答を行っているだけなのかもしれないが。

 

 

「自分は、『間違っている』と言ったんだが?」

 

「そうだね。それで、どうするんだい」

 

 

 貫かれる。何も描かれていないキャンバスのような白であり、全てを塗り潰そうとしている白の瞳に。

 何も知らない『自分』だったら、きっと臆していたのだろう。あまりに美しく、美しすぎて背筋が凍てつくような、深淵を覗くような瞳だった。

 しかし、生憎と自分は『知って』しまった存在で、実にやかましいアラートが脳髄に響きっぱなしの身の上である。

 高々『人類を愛している』だけの、夢物語のような世界のために馬鹿みたいな手段を取った男を恐ろしくは思えない。理解出来ないことは恐怖であり、未知もまた恐怖である。さりとて、あらかじめ『理解が難しいだけで子供のような夢を抱えた男』だと分かっているのだから、怖がる必要は何も無い。

 

 

「とりあえず、夏休み一緒に遊ぼう」

 

 

 自分用のグラスに注いだ麦茶で、渇いた唇と喉を潤す。

 マリスビリーの前に置かれた麦茶の氷は溶けて、最初より大きく涼やかな音を出した。

 

 

「額付き合わせて話し合ってもどうにもならないだろ、思想なんて宗教みたいなもんなんだから」

 

「遊ぶ中で私を変えられる、と?」

 

「さぁ、わからないね。残念ながらお前みたいなのとはハジメマシテだから、初めての試みになる。でも何もしないよりはマシだし、課題はやらなきゃいけないし、『これから先』を考えるなら、ちょっとした遊戯に付き合うくらいいいだろ」

 

「『自分の中身が計画の証明になるのだから』?」

 

「そういうこと」

 

 

 何度でも言うが、この『記憶』が、くだされた使命らしきものが、『マリスビリー・アニムスフィア』の計画の証明になる。それを止めるために物騒なことをやれと言われているのだから。

 少なくとも、自分がケツを叩かれている内は保障されているわけだ。

 だからこそ、少しばかり寄り道に付き合えと言った。

 人殺しをする度胸はない、それも仮にもクラスメイトを殺す度胸など。実に憤慨なことに無理やり圧縮されたが、一晩掛けても流し込まれた記憶も情報も何もかも整理できたわけでもない。

 突然知らない人間が一応知り合いを連れてきて、「コイツは将来大量殺人犯になります、殺してください」と拳銃を渡されたからと殺せるか? という話だ。

 そして、自分にはそれはできなかった。それだけの話。

 

 じゃあまた今度、と口にして、元凶とも言える存在をぐいぐいと玄関に押し出す。当の本人はその行為に何も思っていないのか、いつも通りの微笑みを浮かべてされるがままだ。玄関口からさようなら、それでおしまい。やることやって、やることを考えようとした。

 しかし、「ところで」と扉を閉めようとしたマリスビリーがこちらを振り返る。さして離れてもいない距離。教室の中でも時折あったような、されど少しばかり近い距離。人種の違いを感じさせてくる高めの位置にある顔を見上げる。声に釣られて見たそこは夏の強い日差しに照らされていて、白い彼の肉体は日の中に溶けるように混ざり込んでいた。

 陰の内にある部分と目が合って、それは言葉を続ける。

 

 

「キミのことは、なんて呼ぶべきかな」

 

「……勝手にしなよ」

 

 

 無理やり追い出し、扉を閉めて、締める。

 本当に、擬態するための配慮がなければ、デリカシーが皆無な男である。

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