陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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問題、もしくは答え。

「それで、遊ぶって言ったのに課題が先なのかい」

 

「お前が実際どうだかはほっといて、自分ら一応学生だからね、今」

 

 

 どさりと重なった教科書と問題集。プリントで作られた特別冊子も混ざったそれは、けして低くない山を作っている。それが二つならび、自分たちの間を仕切るようにそびえ立っていた。

 相変わらずの微笑みを浮かべる男に眉を顰めたが、こちらの感情を子供の駄々とでも思っているのかこれと言った反応は得られない。仕方ないなぁ、とでも言いたげに見えるような余裕が透けて、衝動的に舌打ちをしてしまうところだった。

 場所を考えそれを止め、心を鎮めるように出された紅茶のカップに口を付けた。

 

 経緯は実に簡単である。

 『夏休みに一緒に遊ぼう』。

 言うは易し行うは難し。

 向き合って言葉を交わしたところでどうにもならないなら、とりあえず交流しよう。お前に損はないのだから。そんな理由で一応了承された提案であるが、実の所年齢詐称している人間だとしても我々は『学生』なのだ。

 わざわざ自分の家まで来て『届けて』くれた課題を放置するわけにもいかない。夏休みに真っ白な課題を提出すれば雷が落ちる。

 これは、顔も名前も知らない上位存在に与えられた『使命』とやらを遂行するよりも先にこなす必要があるタスクなのである。

 

 ……そんな、実に面倒でありながら『勉強会をする』という一言で済む状態。

 『遊び』ではないが交流にはなるか、ついでに分からないところを聞こう。そんな軽いノリで連絡網に載っているマリスビリーの家を訪れ、分かりきっていたような顔で紅茶まで出されて今に至る。

 

 

「一人暮らしだったんだな」

 

「この街には他にも魔術師がいるから協力を仰ぐ手もあるけれど、私は『事前視察』に来ている他所の魔術師だからね。あまりいい顔はされない。保護者役として一般人に暗示をかけてもいいけれど、『いなくても問題はない』し『いない方が好きに動ける』」

 

 

 開いた問題集、それの答えはどこにあるのだったかと教科書を見ながら問いかける。聞かれたマリスビリーはと言えば、教科書を開くどころか用意すらせず、スラスラと答えを書いている。

 返答の内容は『これから』を知る者としては「そうですか」としか返す他のないもので。されど、だからこうして隠す素振りもなく『ごく普通の和室アパートの一室』なんぞで会話できるのだろうとも考えることが出来た。

 

 

「お前の……『アニムスフィア』の家系は根源とやらよりも、『人理保障』を目的としているってことで合ってるか?」

 

「そうだね、一族に課された『グランドオーダー』がそれだ。けれど、私の夢はそれとは関係ない。私が『人類を愛している』から成そうとしている」

 

「知ってる、ただの確認だ」

 

「キミは私をだいぶ酷くなじるけれど、キミはキミで酷い人だね。私の知らない『未来』を知り、そこから私を観測して判断している。『現在』のキミを『理解』して対応している私よりも、キミの方が酷い人なんじゃないかな」

 

「だから、『現在』を知ろうとしてるんだろうが。確認だって言ったろう。そこまで『わかってる』のにわざわざ言わせるんだ、お前は。自分が『酷い人』ならお前は『悪趣味な人』だ」

 

 

 流石に少しは響いたろう、と顔を上げれば短時間で低くなってる課題の山。顔を上げることを予知していたようにこちらを見つめ、ニコニコと瞳を細めているマリスビリー。

 

 

「解くの早くないか」

 

「キミだって、知ってるのに質問するじゃないか。私は本来なら『学生という年齢じゃない』、そうだろう?」

 

「はいはいそーですね、そんでそういうとこが悪趣味なんだよ!」

 

 

 意図返しに意図返し。されど負けてばかりのような結果ばかり。

 子供のように悪戯を仕掛けてしまいそうな悪心をしまい込むべく、紅茶と共に出されていた茶菓子をパクリと口にして、甘味を享受する。程よい砂糖の甘さと、生地に混ざったオレンジピールの割合が素晴らしいマドレーヌだ。推定英国人なだけあってセンスがある。思わず舌鼓をうってしまいそうなくらいだ。

 それすら少々腹立たしいので、我慢するが。

 

 

「口に合ったようで良かった。まだ、キミの好みは知らなかったからね」

 

「…………あっそ」

 

 

 我慢したところで、という話である。

 結局のところ、このマリスビリーという男の前では隠し事など出来やしない。それを何度でも痛感させられる。

 本当に、嫌だ。何度でも、何度でも。嫌になる。些細なことも、奥底に隠したい自分自身も、この男には何もかも『当たり前のように』見えている。

 

 

「キミが私を殺したら、キミは自由になれるのかな。それとも、元の君に」

 

「昨日も個人的な答えは言った。あと魔術だの神秘だのには『詳しく』ない」

 

「だから、質問するな。キミはずっとそればかりだね。コミュニケーションを取ろうと画作したのはキミなのに、肝心のキミは交流に消極的だ」

 

「……だからって人のデリケートな部分に触れるのは失礼だろうが。神経逆撫でして無理やり会話を引き出そうとするのはコミュニケーションと呼べるのか?」

 

 

 短期間の交流で分かるのは、このマリスビリーというヤツは結構強引というか、雑というか、綿密みたいで穴がある。その癖穴には落ちないようにガードレールが付いてる。そんな感じの男だ、ということだ。

 記憶の中にある彼も結構そんな感じではあるが、実際に目の前でそう行動されると『穴をつくことが出来ない』ことを痛感する。彼の異能のような『ソレ』のせいか、はたまた『魔術師』としての思考回路の問題か。

 ずっと、この男の手の上で踊っているようで寒気がする。

 

 

「じゃあ、どんな話なら私と『普通』に話してくれるのかな。キミも知っての通り、私は『見えるものが違う』。魔術師の中でも特殊な方だ。だから時計塔でも結構浮いててね」

 

「あー……らしい、ですねー」

 

「対応は『それ』でも、『わかっている』上で私と対話を試みて意思疎通しようとする人は初めてなんだ。『現在』はわからないキミは知らないだろうけれど、私はこれでも心踊っているんだよ」

 

 

 キラキラと光を反射する、相変わらずの白。場合によってはダイヤモンドのようなきらめきを放つだろう、外見だけは美青年。

 たかが三日間の内に、何度こんな感じの姿を見ただろうか。元々立っているだけで様になる男だが、何も知らなければ少女漫画のワンシーンのひとコマ、それも大ゴマを使って描かれていそうな美麗なかんばせである。

 生憎と、それが向けられているのが自分であるので少女漫画には程遠いのだが。

 

 

「……なら、このマドレーヌどこの? 美味しいから自分でも買って食べたい」

 

「なるほど、キミ自身や神秘に関わるような会話ではない『日常会話』ならいいんだね。購入時にチラシをもらったから、それでいいかな」

 

 

 腰を上げて戸棚から出されるは、ケーキ屋のチラシ。記載されている住所によれば地元の、それもこのアパート近くの店である。

 ……たしか、マリスビリーは「飲めるのなら水でも構わない」とか言ったのだったか。英国人だから茶菓子にはこだわりがあるのかとか考えたが、ただ近場の店が正解だっただけの可能性が浮上した。

 

 

「いや、きっと今日はキミが訪れるだろうと思っていたから、昨日のうちに評判のいいケーキ屋のお菓子を購入したんだ。近所だったのは偶然だよ」

 

「遠慮なく思考に返答するなよお前」

 

「でも、少し落ち着かないくらいなんだね。さっきは随分悲しいことを考えていたのに」

 

「本当に遠慮消えたな、日常会話なら被ってた猫燃やし捨てて良いわけでもないんだぞ」

 

「『でも』、キミを本当の意味で理解出来るのは私くらいだろう。キミはそこまで自覚している。だから『これくらい』じゃ拒絶しない」

 

「……サトリと会話するのってこんな気分なんだろうな」

 

「だから、私は日本の妖怪とは違うって」

 

 

 少しずつ、気安い会話と呼べるようなキャッチボールが続くようになる。ギクシャクしていたのはどちらのせいか、どちらのせいだったのだろうか。そんな反省をしたところで、活かす場面があるはずも無い。

 呼吸が軽くなったような心地すらする中、再び筆記用具を手に問題集に向き合う。交流も目的だが、あくまでこれは『勉強会』である。

 だが数学などと言う数字の羅列を前に、自分は口が止まり眉間を揉んだ。

 

 

「手伝おうか?」

 

「近ぇよ」

 

 

 課題の山がほぼ開発後の住宅街と化したマリスビリーが、自分の隣に腰を下ろす。

 脳みその出来が違うというか、処理速度が違う。仮にも学生の課題程度、知識さえあるなら彼には児戯のようなものなのだろうか? あれらは『夏休み中にやる課題』であり、少なくとも一日かからずほぼ終わるようなものではないはずだが。

 自分の山は相変わらず山である。丘にすらなっていない。

 

 絹糸のような髪が揺れると、ふわりと鼻先に薄く花のような香りが掠める。無臭のイメージがあったが、流石に何も匂わぬわけではないようだ。だとしてもフローラルな香りなのは何故だ。恐らくシャンプーかトリートメントの香りだろうが、そういうのはギャルゲーで女子と勉強会して起こるイベントではないだろうか。

 いくら中性的で美形で女性に間違われるやもしれぬ顔立ちでも、コイツはどう足掻こうが男である。細身でもはっきりと男性だとわかるような整った身体でもある。体育の時間に見た記憶があるので知っている。

 これらの心内が伝わっているだろうことを知った上で、盛大に舌打ちを打つ。心中で。それでもヤツはなお笑顔。

 いつか必ず、はっきりと、その笑顔を崩してやる。

 

 

「……それはそれとして、数学は苦手みたいだから助けてくれ」

 

「いいよ」

 

 

 先に、課題を終わらせるが。

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