陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
結局、課題が全て終わるまで1週間費やした。いきなりそこまで根を詰めるほどではない、少しずつやればいい話である。
しかし、このマリスビリーという男はやけに『遊び』の方に興味があるようで。
「私が教えるから『先』に全て終わらせてしまおう、水を差されることもなくなる」
などと抜かしやがったのである。
確かに優先事項のひとつではあるが、そんな一気に終わらせるもんではないのである。
自分の脳みそなど、魔術師などという言わば研究職の処理速度と比べればまさに玩具。ファミコンみたいなものだ。
だと言うのに毎日マリスビリーの家に通い、午前中から夕方近くまで課題に取り組む。夏休みとは思えない健康的で授業に出席していた時と変わらぬ生活リズムだ。両親が居ない時間であるので外出理由も何も説明する必要はないが、ずっと頭を使ってオーバーヒートするのではないかと思えた。
問題のマリスビリーといえば「確か日本には『通い妻』というものがあるんだっけ」などとほざく始末。「お前と自分では成立しない」と言い切るも、情けなく彼にご教授される日々だった。
それが、ようやく終わったのが昨日。
あとは課題のない日々である。自分は疲れて寝込み掛けたが、ヤツはルンルンで「明日、どこに行こうか」と言ってきた。あの見た目で体力があり過ぎやしないだろうか。コイツは己の分を解いた上で自分に教えているはずだが? 二倍脳みそを回しているはずでは?
言っておくが、自分が軟弱というわけではない。確かに元々は図書館通いの文学を愛する青少年ではあったらしいが、別に体力がないわけでもない。おかしいのはマリスビリーとかいう男のほうである。
「……で、なんでゲームセンター?」
そして現在、自分はマリスビリーに連れられゲームセンターにいた。
記憶にあるような多種多様できらびやかなものではない。まだまだ成長途中のゲームセンター、『記憶』に言わせれば昭和レトロなアーケードゲームやクレーンゲームの数々。
そんな実に俗っぽい空間の中に佇む、周囲に光のエフェクトがかかっているかのような白の美人マリスビリー。すばらしく合っていない。ごく普通の服装であるのに浮きまくっている。たとえるなら、合コンで皆がカジュアルな服装の中フォーマルな格好で来た時以上に浮いているのではなかろうか。
そんなわけで、周囲の視線も実に痛い。運がいいのか悪いのか、同じ学校の生徒が居ないようで「なんだあの美人……なんだあの美人の隣にいるヤツ……」みたいな視線が突き刺さっている。同じ学校のヤツが居たら居たで面倒だが。
「来たことがなかったからね。こういうところは『友人』と来るものだろう?」
「お前の友人カテゴライズ早過ぎないか」
「時間関係なく、お互いにお互いのことをよく『理解』している。ならば私たちの関係は『友人』と呼ぶものだろう? それとも『親友』の方が良かったかな、流石にいきなり過ぎると言われるだろうから遠慮したんだが」
「友人でも充分いきなり過ぎるわ、知り合ってそんな経ってないだろ」
「キミの人生の割合で見ればだいぶ大きいと思うけれど」
「自分の倍どころじゃない長さを生きてる人からしたらそうでしょーねぇ」
入り口に突っ立っている訳にもいかず、遊ぶ機体を探すように横に並んで歩く。傍からしたら意味不明な会話内容は、ゲームセンターの爆音で他者まで届かない。
そして、何度か隣のマリスビリーに微かに黄色い声が飛ぶ。しかし自分を見て消え失せた。
悪かったなこんなのが一緒で。
「それで? ゲーセン初めましてのマリスビリーさんはどういうゲームがしたいんですか?」
「キミの『記憶』とも違うみたいだし、こういった場所で頼るものでもないようだ。どうする?」
「言い出しっぺがノープランすぎるだろ」
「遊ぼうと言っていきなり勉強会をしたキミに言われてもな」
それを言われると少しばかり痛い。
しかし謎の上位存在に与えられた遠い未来の大事件を回避するための使命と、目の前に見える夏休み課題を天秤にかけたら課題に傾くものだろう。『学生』なのだから。
なんとも返答し難く思わずむぅと顔を顰めると、隣から聞こえる囁くような笑い声。顔を見ればクスクスと笑みを零すマリスビリー。実に絵になる表情だが、それは挑発のようにも思えてなおのこと腹立たしくなる。
「あのなぁ」と口を開いて向き合おうとした、はずだった。
「危ないよ」
ぐい、と肩を抱き寄せられる。抵抗する意思もなかった身体は、ぽすりとマリスビリーにあたる。
隣りを通り抜けるのは控えめに言ってガラの悪い男性陣。あのままの距離で歩いていれば、肩がぶつかり難癖を付けられただろうな、といった風貌の方々である。
抱き寄せられた意図を理解し、彼らが通り過ぎた後にマリスビリーを見る。
学生ならば皆持つ竹定規ほどの距離しかない位置にある顔。真白の自然物であれば全て当てはまりそうな白い瞳と視線が交差する。様々な色の光があるこの場では、何時ぞや考えた時のようにダイヤモンドのごとき光の屈折を起こす緩いウェーブと三つ編みの髪。瞳を縁取る長いまつ毛もきらきらと反射して、瞳そのものが輝いているような錯覚をも覚える。
今までで一番のカットではないだろうか。何度でも言うが中性的な顔立ちなだけあって、ギャルゲーのヒロイン密着イベントスチルのようである。多分幸薄い系とかお嬢様系ヒロイン。
だが残念ながらマリスビリーはマリスビリーである。マリスビリー・アニムスフィアである。
自分と彼がそういう関係になるのは、どう足掻いても不可能なのである。
「ありがとう。そして離れろ、そういう趣味はない」
「私をキレイだとか美しいだとか思ってくれてるのはわかってるよ、恥ずかしがらないでこのままでもいいんじゃないかな。親友だろう?」
「さりげなく親友にグレードアップするな。自分はお前と交流するつもりはあれど、友人にも親友にもなるつもりはない。あとお前とくっついても嬉しくない」
「でも少しドキッとしたみたいだね。確かに私の容姿は男女ともに好ましいように形作られているけれど、今までは『便利』くらいにしか考えていなかったな。キミのお気に召すならこの容姿で良かった、そう初めて思えたよ」
「なぁここ騒がしいとはいえ外なんだけど、聞かれたら妙な勘違い起きそうな発言やめろ。あとそういうのは普通にデリケートな部分だから『理解』してても言うな」
笑顔のままではあるが、少しだけ眉が下がったマリスビリー。彼の手を肩から払い、その辺にあった機体に目をつける。
なんて事ないクレーンゲーム。中にあるのはデフォルメされた、白くてまるっこい猫のぬいぐるみだ。サイズは抱きかかえる程度、それなりの大きさだ。『記憶』の中でたとえるなら、アスキーアートなどで見かける猫が近いだろうか。
「とりあえずこれでも取ってみようぜ」
「話の変え方が強引だ。……猫が好きなのかい?」
「すぐそこにあったからテキトーに選んだだけだよ、猫とか触ったことないし」
「へぇ、私みたいだと思ったんだね。同じなのは色くらいだと思うのだけれど」
「なぁそういうのやめろって言ったばっかりだよな?」
チャリンと小銭を入れ、操作する。
マリスビリーにやんややんやと言ってあれではあるが、自分もゲームセンターに来たことはない。機体も違うのだから『記憶』もアテにならない。とりあえず、とぬいぐるみの中心を狙いアームで持ち上げる。
そして、落ちる。
これぞクレーンゲーム。『記憶』ほどではないが、ある程度アームの強さを弄っていそうだ。もしくは確率機というやつだろうか。パチンコの趣味はないのだが。
兎にも角にも、すかさず連コインをして再挑戦する。
「こういうのを友人とする場合、交代でやるんじゃないのかい。キミの『記憶』はそう言ってるけど」
「うるせーそれでお前がコイツ取れたらなんか……なんか嫌なんだよ!」
無論、勝負はしていない。あくまでただ「このぬいぐるみ取ろうぜ」してるだけだが、マリスビリーに交代してマリスビリーが取った場合、なんだか負けた気分になりそうで嫌なのだ。
つまり、意地である。自分という人間は意地の塊である。だって生まれた時から意地で動いているのだ。そういうところがあってもおかしくないだろう。
だが、取れない。落ちる。途中で落ちる。何度でも落ちる。段々と落とし口に近づく、も。落ちた衝撃で跳ねて逆戻りする。
「交代しない?」
「……しない」
「でもキミばかり遊んで『ずるい』だろう。キミを見ているだけでも結構楽しいけれど」
「人が四苦八苦してる様を見て楽しむな」
「じゃあ、はい。じゃーんけーん……」
「あっちょっ」
反射的に出したのはパー。相対するはチョキ。わざわざ指でパーの形をした手を挟み、「ハサミで切れるから私の勝ちだね」と言ってくる。
相手を『理解』出来るなんて『心を読む』系の異能持ちというモノは、普通相手の顔色伺ってばかりの引っ込み思案になるのではないだろうか。なんでコイツはこんなにも逆撫でしまくるのだろうか。
なんて事ない顔をして、マリスビリーはコインを入れる。そして傍から見たら自分と大して変わらない操作でぬいぐるみを掴み──ポフン、と。ぬいぐるみらしい軽い音と共に取り出し口に落ちた。
「魔術使ったろ」
「使ってないよ」
「じゃあ確率機かこの野郎じゃんけんさえなければ今頃は……!」
思わず「魔術を使ったか?」なんて口にするも、年若い魔術師ならともかく年季の入った魔術師のマリスビリーが『こんなこと』に使うはずはない。消去法で怒りはクレーンゲームに行く。
決して自分が下手くそとかそんな可能性から目を逸らしているわけではない。
むむむ、と珍しくマリスビリーではなくクレーンゲームを睨みつける中、彼は軽い動作でぬいぐるみを取り出し、『自分に差し出した』。
「…………これは?」
「私には必要ないからね。『取ろうとした』のはキミだし、これはキミの物だ」
「お情けだろいらねーわ」
「なら、今日付き合ってくれたお礼ってことにしよう。お礼だから受け取ってくれ」
「無茶苦茶だよホント」
「『未来』と比べたら、これぐらいまだ『無茶苦茶』じゃないだろう?」
「……そーですね」
遺憾の意を表明しつつ、仕方なしにぬいぐるみを受け取る。
持つと改めて思うが、まぁまぁデカイ方ではある。部屋に置くのに困らないような大きさではあるが、これを部屋に置くというのは、なんというか。
「私が部屋にいるみたい? それは光栄だ、キミの傍にいるような錯覚があるなら、プレゼントした甲斐があるよ」
「ちげーわようするに重いんだよ! 友達と初めて遊んだ時にゲーセンで自分イメージのぬいぐるみ押し付けてくるやつとかいねぇからな!?」
「友人と認めてくれるんだね、よかった」
「お、お前……お前ホントさぁ……!」
わなわなと震えて言葉を捻り出そうとするも、問題の相手は何やら全てポジティブに捉え始めた。ネガティブかポジティブ、どちらかに突き抜けた人間というものほど厄介な存在はいない。こちらが何を言っても話にならないのだから。少なくとも『記憶』ではそう。
元より、結局のところ人生経験の差で敵わないことばかりである。抱いたぬいぐるみに力を込め、どうしようも無いこの感情を押し付けた。
そして大きな荷物が出来たことを理由に無理やり解散し、帰宅する。これ以上はまた疲れそうだった。いや元から脳みそは疲れていたのだが。
自室に入り、腕の中にいる『マリスビリーに見えなくもない猫のぬいぐるみ』を見る。重い、やはり重い。部屋に置きたくない。
かと言ってリビングなどの共有スペースに置けば両親の目に止まり、「どうしたのこれ」と話が始まるだろう。凄く嫌だ、面倒だ。手放すのも論外だ、流石に貰い物をそんなふうにするような恥知らずではない。
うんうんと悩み、仕方なく枕元に置いた。元より、ぬいぐるみの置くスペースなどない。置ける場所があるならここくらいだ。だからこそ余計嫌だ。ぬいぐるみを枕元に置く、というのは可愛らしい乙女のすることだろう。何故自分がやらなきゃいけないのだろうか。
どうしようも無い感情をぽふぽふとぬいぐるみを軽く叩くことで少し解消する。マリスビリーを殴ってる気分になれてお得だ。そう考えれば、ストレス発散用のぬいぐるみとしてイケるのかもしれない。
……でも、やはりこれと毎晩一緒に寝るのは嫌だ。マリスビリーに添い寝されているようにも思えてしまう。心理的に宜しくない。
それでも結局、他に案もなく。自分はそのぬいぐるみを枕元において就寝するはめになったのだった。