陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
ざざぁん、ざざぁん。押し寄せる白波と、引いていくそれに引きずられる小さな海の生き物。目を瞑ればヒーリングミュージックになりそうな光景が、眼前に広がっている。
実に心地よい光景である。実に心地よい音である。夏はやっぱりこうでなくては、と『記憶』の中の誰かが囁く気もする。
何やら水着になって無人島サバイバルしたり毎日がコミケしたり監獄脱出したりホラー映画したり全てが呼延灼になった『記憶』なども流れている気がするが、あればなんかちょっと毛色が違うので無視。
とにかく、眼前に広がるは白い砂浜と青い海に遠い空。夏に行くものランキング上位だろう場所に、自分はいた。
「あまり人がいないね、なんでかな」
「お盆に海水浴は来ないんだよ、普通」
ただし、お盆真っ只中。隣にはいつも通りマリスビリーをたずさえて、である。
「なるほど、日本の宗教的思想……いや、この場合は過去の事例に基づいた事故回避の言い伝えなのかな」
「まぁ水場は危ないってのはぶっちゃけ盆以外もそうだからな、盆だからなんか結びつけてるだけなんじゃねーの」
とはいえ、『記憶』と比べれば過去の時代。先達の血で作り上げられたルールを守る人間がまだ多かった頃である。「そういうものだから」という理由で海水浴に行かない者も多く、海水浴場はガラガラ。
お陰様でマリスビリーはいつもより、そういつもよりは目立たないで済んでいる。人が少ないので。
流石にゲーセンに行ってから海水浴に至るまで数日間あったが、自分がマリスビリーの家に行かないと自宅訪問して来るので渋々マリスビリーの家に行く日々であった。数日だが。出かけるのは辛い流石に休ませろと抗議して、ただマリスビリーの家でゴロゴロしながらくだらない話をしたり、時折映画鑑賞をするような、そんなありふれた数日間であった。結局休めたと呼べるのだろうか。
そして今日、「だいぶ回復してるね、海に行こう」と連行されたのである。突然。準備も何も無しに。周囲が水着を着ている中、我々はどう見ても普段着のまま隅っこの階段を椅子代わりに座っていた。たまたまフード付きの服を着ていて助かった。蒸し暑いが直射日光は一応回避出来ている。暑いものは暑いが。
「せめてさぁ、海行くなら前日に言ってくれよ。日焼け止め塗ってねーよ、ビーチパラソルは無いけどテントぐらいは持ってきたよ。見なよあのサンサン照りの太陽。この情けないフードほぼ貫通してるよ?」
「水着とかは用意するつもりはないんだね。別に恥ずかしがるものでもないだろう? 水泳の授業で水着になって泳いだじゃないか」
「スクール水着で海水浴来るやつは男だろうが女だろうがレアだと思いますけどねぇ」
隣に座る男は人種的に紫外線に弱い白人であるはずだが、肌が赤くなるようなダメージが全く見受けられない。個人差はあるだろうが黄色人種である自分すら肌が痛く感じる程度には強めの日差しだと言うのに。
魔術でも使っているのか? それとも『アニムスフィア』の家系はアインツベルンのようにホムンクルスだとかで、特殊な方法で生まれたのか? 『記憶』の中ではオルガマリー・アニムスフィアの母親に関しても明らかになっていないため、後者の可能性が高そうで少し悪寒がする。
「ふふ、知りたいかい? 説明がほしいならするよ」
「しなくていい、いらない。そこまでわかってるんだから聞くなって」
「そっか、じゃあ遊ぼう」
「普段着なんだが?」
「泳げなくても遊べるだろう? 幸い人は少ないし、自由に動けそうだ。でもビーチバレーはふたりじゃつまらないね、スイカ割りも寂しいかな?」
「人の中身読みながら案を上げるな」
ニコニコと笑顔のマリスビリー。本当に、基本コイツは笑ってばかりである。少し困ったような顔もあると言えばあるが、ベースは笑み。『外』だけで『中身』もわかるのだから、誰かの行動に驚愕するということがないのだ。
さりとて、完全に『全て』理解していたわけではない……ということは、召喚したサーヴァントとの些細なすれ違いからも感じられるらしいが。
「あぁ、でもそれより飲み物かな。だいぶ暑そうだね、汗がすごい」
「そこまでヤワじゃねぇよ」
「日陰、はないからパラソルも買ってくるよ。それなら涼しくなる」
「帰るって選択肢ないのかお前」
少し待っててね、と言いこの場を離れる男。確かに海の家では水着からビーチボールやらテントやら幅広く海水浴関係の商品が取り扱われているだろうが、さらっと「買ってくる」とは何なのか。確か金銭不足で聖杯戦争に参加したのではなかったのか。……それでも、元々が長く続く家ではあるはずだ。魔術師は何かと金銭が必要、というか裕福よりな一族が多かったような気がすると『記憶』も言っている。と、なれば。貧困だった訳でもないだろう。そう考えれば『お金はある』のか。
扇子もうちわも持っていない、仕方なく手のひらで顔を扇ぎ風を送る。これで『記憶』よりも涼しいというのだから時代の変化とは恐ろしいものである。簡単に熱中症にはならないだろうが、ある程度注意するのは悪いことでもないだろう。
ちらほらと見える遊んでいる人々、波の動き、流れる雲。そんなものをぼぅっと眺め待機するが、そういや彼一人で運べるのかと不安になった。
視線を海の家の方へ移す。
意外にも、それは簡単に視界に入った。砂に同化するかと思ったが、砂浜よりも白い彼は逆に目立つ。むしろゲーセンに行った時とは別ベクトルに太陽光で髪をきらめかせ、雑誌のモデルのように異彩を放っていた。太陽光を遮るためのビーチパラソルは決して小さく軽いものではないはずだが、顔に見合わず『男』らしい筋力があるのか容易に持ち上げ運んでいる。
そういえばゲームセンターで簡単に肩を引き寄せられたりしたな、と思い出し、案外筋力があるかもしれないことに納得する。あれならばほっといても戻ってこれるだろうと視線を外そうとし、止まる。
囲まれている。
何やらいかにもカツアゲ目的ですって見た目の日焼けした海パン三人組に囲まれている。外見で日本語通じるかわからない相手に話かけるとか別のことに行動力使えと言いたくなる。
そして囲まれたマリスビリーは笑顔でクエスチョンマークを浮かべていた。恐らく『見る』ことは出来たが「そんなことに意味はないだろうに」とか思ってる時の顔である。かと言って口に出してもなぁみたいなことを思っているだろう。三人組は多分言葉が通じても会話できないタイプだと思われている。
確かにマリスビリーは『人類』を愛しているが、『合理的なら行うし、合理的なら行わない』のである。つまり眼中にない。だから会話しない。可哀想だと思われている、文字通り哀れな奴らである。
ビーチパラソルを確保するためにも仕方ない。ほっといてもどうにもならないだろうし、日差しは当たるままである。
重い腰をあげ、マリスビリーと彼を囲む三人組に足を向けた。
「すんません、そいつツレなんですけど」
「お? カモが増えたなぁ。腰巾着か? なぁアンタ、この美女に伝えてくれよ。ちょっと遊ばねぇかって。痛くしないからよォ」
……まさかのパターンである。
この三人組、多分マリスビリーを女だと思っている。つまりカツアゲではなくナンパ目的。
気持ちはわかる、自分も顔を見て何度も「顔だけなら超絶美女だなぁ、ミスコン一位余裕だろ」とか思った。だがソイツは男だ。
制服の時は案外わかりやすい。『男子用の制服』であるという見た目と、その肩幅だとか男性的な骨格がわかりやすい構造をしているからだ。しかし、着痩せするタイプなのだろうか。男女どちらが着ても違和感がないような、カジュアルな服を身に纏うと途端に分かりにくくなる。パンツスタイルの海外骨格の女性と言われたら「そうかも?」になる。
だが男だ。
アストルフォとかいうトラップ呼ばわりされる英霊のようにスカートを履くとかしてるわけでもなく、普通に紳士モノを着ているのに一瞬「どっちだ……?」になる。これで身長も低かったら完全に美少女。
だが、男だ。
残念ながら男なのだソイツは。
ゲレンデマジックとかビーチマジックの類か分からんが、三人組がナンパ目的で声を掛けた美人は男なのだ。三十代は越えてる。
「ごめん、待たせて。少し不思議なことを彼らが言うから戸惑っててね」
「え日本語喋れるの!? つか声ひっく!?」
「ソイツ男なんで……」
そう、だが声は普通に男性。
マリスビリーが口を開けば全て解決した話である。おめー面倒事引き寄せてんじゃねーよ、の意味を込めて睨みつけたが、当の本人は何やら嬉しそうである。笑ってんじゃねーよ。
男にナンパしてたことに天を仰ぐ三人組の間を縫い、マリスビリーの手を掴んで去ろうとする。あとは勝手に反省会なり開いていて欲しい。恐らく『男性でもいい』わけではないだろう、男であることには驚いていたようであるし。
さっさと離れようとしたところで、手首を掴まれた。マリスビリーの腕を掴む、その腕の手首を。疑問に思いつつ振り返れば、掴んでいたのはナンパ三人組のウチの一人だった。
「あー、すみません。カツアゲですかね? 自分ら突発的に来たのでお金は持ってなくて……」
「そっちがダメならお前でもいい、どうだ?」
何言ってんだテメー。
思わず反射的に口に出さなかった自分を褒めて欲しい。
マリスビリーとの顔面格差に無理だと悟ったが、自分なら行けると? 自暴自棄か? 穴があればいいやとか開き直ったか? ともかくお断りである。
拒絶の言葉を吐こうとして、止まる。視界の中で、マリスビリーが三人組の方へ振り向いた。そして、片手に持っていたビーチパラソルが落ちる。自由になった彼の白魚のような手が、自分の手首を掴む男の腕を掴んだ。知恵の輪のような絡まりようだ、とふと思う。
「この手を離してくれないかな」
「あぁ? そっちのややこしいヤツじゃなくて俺は今こっちの……」
「この手を、離してくれないかな」
ミシリ。小さくだが確実に『何か』が軋む男。引きつった悲鳴のような声と共に男の手のひらは自分から離れ、マリスビリーはその腕を遠ざけるように彼の方へ振った。
マリスビリーの顔は見えない。ずっと、三人組の方へ向いている。ただ、『痛い目』にあったらしい男以外も小さな悲鳴を零しているあたり、普段とは違う顔なのだろう。
「ありがとう、今日は『二人で』『楽しく』遊びに来たんだ。君たちだって遊びに来たんだろう? どうか、お互いに嫌な事はないようにしよう」
そういってマリスビリーが手を振れば、蜘蛛の子のように散る……というか去るナンパたち。
元気ではあるようだ。
「大丈夫かい? 痛くなかった?」
「いや別に……」
少々強めに掴まれはしたが、痛いようなものではない。マリスビリーから手を離して、掴まれた箇所を見る。アザになっているわけでもなく、いつも通りの自分の腕だ。問題ないだろう。
マリスビリーは砂浜に落としたビーチパラソルをひょいと拾い、畳まれた状態でも陰を作るそれの中にたまたま顔が入る。反射光の多い中の小さな日陰。それはやけに暗く見えた。
「じゃあ……私が怖くなった?」
「元から怖いわボケ、未来の自分が何するか思い出せ」
「はは、そうだね。知ってる、うん。知ってるよ」
くすくすと、マリスビリーはいつものように笑う。いや、いつもよりなんだか喜びが入っているような? 気のせいだろうか。
随分と乱暴でらしくない方法ではあったが、少しばかり『力』を込めてナンパ野郎の腕を掴むのを目撃したくらいで恐れるものか。それよりも『地球の白紙化』とかいう人類巻き込み計画と、『人理保障』の為に宇宙全土を巻き込む飛んでもSF規模計画の方がずっと恐ろしい。
美人の怒りの形相は恐ろしいというし、笑顔であれ般若であれ、彼らには『怖い』表情だったのだろう。見ていないので具体的には知らないが。そして顔の件も同様である。顔よりも『中身』が恐ろしいのだから、そんなものに怖がってもあそこまでビビりはしないだろう。
自分はマリスビリーが恐ろしい。ただ、あのナンパ三人組が怖がったのとはベクトルが違うだけで。
「とりあえず空いてるところにパラソル立てるぞ、あと飲み物は?」
「はい、水」
「……そこは気を使ってスポーツドリンクとかにしろよ、お前」
「また買いに行こうか」
「また勘違いでナンパされそうだから単独行動はやめろよ」
長い一日……否、濃い一日になりそうである。