陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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劣勢、もしくは優勢。 =中編=

「うん、さっきよりは涼しいね」

 

「まぁ、さっきよりはな。でも近ぇよ、離れろ」

 

「単独行動しないように、って言ったのはキミだろう?」

 

「いま座ってるんだわ、単独行動も何もねーんだわ」

 

 

 ビーチパラソルの生み出す日陰の中。直射日光を避けられることに安堵し、ようやくフードを脱ぐ。日除けのために被っていたが、風通しの悪さで蒸し暑さも感じていたところだ。パタパタと払うように動かして、熱せられた空気を追い出した。

 そしてそんな自分の隣に座るマリスビリー。ほぼ体が当たっている。小学生の全校集会じゃないんだぞ。

 先程の会話の何が嬉しかったのか、楽しかったのか。どこか浮き足立つように自分を見てくる。好意というよりは生暖かい目とでも言うべきだろうか。実験体のマウスでも見ている気分なのか?

 

 

「まさか。前にも言ったろう? 私はキミに『理解』してもらえてるのが嬉しいんだ、キミと同じようにね」

 

「だから読むなって……」

 

「キミは『理解』されたいけれど、口には出されたくない。それだけだ。キミ自身自覚があるように、他人に『自分』という存在を突きつけられるのが怖い」

 

「……大抵の人間は、サトリモドキは怖いんだよ」

 

「そうだね。けれどキミの場合、一番求めているものでもある。変わっていく自分を、キミは外から見ることができない。自覚はあっても、いざ『どこが?』と聞いたら答えられないだろう? だから知りたい、理解してほしい。そういった願望がキミの中に確かにある」

 

「……」

 

「それと、うん。そうだね。改めて考えると、確かに楽しんでいる節はあるかもしれない。キミにもわかりやすく言うとするならば、絵の具が混ざっていく所を眺めているみたいで中々興味深い。珍しいからね」

 

 

 さくりさくりと針を刺すように、心に着た鎧の隙間から入ってくる言葉。いや、そもそもこの男の前では鎧を着ることすらできないのだった。

 そして、と。マリスビリーは繋ぎの言葉を口にする。この男はまだ話を続けるつもりのようだ。

 

 

「どうなったかに関わらず、キミは私を殺さなくてはならない。キミはその為に生まれたのだから」

 

「役割で言やそうなる。全く、短い人生だったな。というかよく『見て』てうるさいとか思わないのか。どう見えてるかは知らんかが、うるさいだろこれ」

 

「そうだね、とても騒がしい。今こうして私と会話出来るのが不思議なくらいだ。けれど問題はそこではない、また話をずらしたね」

 

「いきなりヤな話始めたのはお前」

 

 

 そう言うところは、嫌いだ。かの正義の味方が言うところの古い鏡ではないが、目を逸らしている現在を見せられているようで。人が嫌だと言っているのだから、大人しくやめたらいいのだ。

 殺したくなくても、自分は殺さなくてはならない。話し合う時間を設けても、殺さなくてはならない。お互いに理解することが出来たとしても、殺さなくてはならない。

 人間の思考や思想なぞ、所詮可変的なものだ。それこそ、季節のように、波のように。必ず移ろうものだ。立場に、経験に、時代に、年齢に合わせて変化する。生物的にはそれが正解だ。かといって、変わらない者を愚者と呼ぶつもりもない。自分の心の中に、決して裏切れない『星』がある。そんな人間は敬意に値する。

 それはきっと、自分が生きている間にできるか分からない生き方だから。

 

 

「……これは酷い、前よりずっと触れられたくない話題だったんだね。落ち込み様が比じゃない」

 

「ふぅん、そりゃ驚きだ。お前にもわかんない事なんてあったんだな」

 

「今、キミはすごく活発だ。それは波を撃ち殺せと言うようなものだよ。確かに『わかる』けれど、私は万能でも全能でもないんだ」

 

「ああそう……じゃあ、もう触れないでくれ。今度こそ。普通に海遊びといこう」

 

「そうしようか。キミと楽しく遊びたい、と言うのは本当のことだからね」

 

 

 じゃあ何で遊ぶ、といいかけて「くぅ」と小さく鳴る腹の虫。それを飼っているのは、間違いなく自分の方で。

 

 

「先に昼食にしようか」

 

「微笑ましそうに見るなこちとら華の十代だぞ燃費が違うんだよバーカ!!」

 

 

 食事を求め訪れたのは海の家。マリスビリーがビーチパラソルを購入した場所である。売店もレンタルもお食事処もセットなタイプのようだ。そういえば、パラレルはレンタルという手もあるのだし案外購入はしていないのかもな、とか考えたのだが、ガッツリ購入したらしい。お前それ使う機会ないだろ。一人で来るのか海水浴に、ソレ持って。

 もとより人が少ない日、例のナンパ三人組もおらずすんなりと席に座れた。

 

 

「何食う?」

 

「おすすめとかあるかな」

 

「こういうとこの飯は基本シチュエーションで美味くなるから、そういうのはあてにならん」

 

「言い方が悪かったね、キミのおすすめは?」

 

「えぇ……焼きそばならハズレはないんじゃねーの? 普通のソース焼きそばで不味くなる方がレアだよ」

 

 

 ぐだぐだとくだらない会話を挟みつつ、一人で切り盛りしている店長らしきおじさんにソース焼きそばを二つとソフトドリンクを二つ注文する。ソフトドリンクまで合わせてソーダ注文とか嫌がらせか何かか? と内心おもいつつ、店長は悪くないので笑顔で注文。笑顔で。悪いのはマリスビリー。あと店員さんには優しくしろと『記憶』がうるさい気がするので。

 合計四つ、それだけの注文をしっかり注文票に書く店長。それ自体はごく普通の対応なのだが、マリスビリーをまじまじと見、次に自分を見、絵に描いたような『ハッとした顔』になる。そして何かを『理解』したようにうんうん頷いて、「ご注文承りましたァ!」と元気よく厨房に消えた。

 待て、何を『理解』したんだアンタは? 今の反応おかしいだろ、なぁ。

 『見て』いただろうマリスビリーを見れば、笑っている。面白いことがあった時の笑顔を浮かべている。いったいあの店長は何を考えていたんだ。聞くのが怖い。嫌な予感がする。

 

 答えは十分足らずで分かった。百戦錬磨の動きで素早く作られただろう、お祭りで見るようなざく切り野菜と肉と油が光るソース焼きそば。それが二皿。それはいい。人数分間違いない。遊びに来ている、という心理状態によるブーストがあると理解してなお美味しそうだ。『あたり』の焼きそばである。

 問題は、向かい合わせにテーブルに座ったマリスビリーと自分の間、焼きそばの脇にドカリと置かれたトロピカルカラーのグラス。少し大きめのジョッキぐらいのサイズに並々と注がれたソーダと、それに浮かぶ丸いバニラアイスに真っ赤なさくらんぼ。

 そして、その『ひとつのグラスに刺さったハート型の二又ストロー』

 

 

「あのすいませんフロートは頼んでないしカップルドリンクも頼んでないんですが」

 

「俺の奢りだ! あのナンパ野郎どもに絡まれてたろアンタら、アイツら客にも絡むから困り果ててたんだ。一応注意はしたんだがなぁ。追い払い切れなくて悪かったって詫びと、さっき助けるために彼氏サンが頑張ったの見たから勇気を称えてってことだ」

 

「いやそうじゃなくて」

 

「ヒョロヒョロしてんのにすげぇぜアンタ! 彼女さんと仲良くな!!」

 

 

 店長は言うだけ言って、厨房に引っ込む。恐らくこの焼きそばを作った時の後片付けをしているのだろう。

 笑顔を作っていた頬が引き攣る。瞼が痙攣する。ストレス反応というやつだ。『記憶』の知識にそういうものがあった。

 訂正すべき事を訂正できず、残ったのはカップル用のグラスにインしてるフロート。出来たての焼きそば。耐えきれずに上品な笑い声を零し始めたマリスビリーの方へ、油が切れたブリキ人形のように首を向ける。

 

 

「ふふっ……それじゃあ……冷める前に、頂こうかっ……」

 

「お前マジでなんで修正しようとしないんだよ笑ってんじゃねぇよ後でぶん殴ってやろうか」

 

「キミは私を細いだのなんだの言うけれど、君の方が細身で筋力もないだろう。何より『やろう』と思えばすぐわかる、避けるのは簡単だよ」

 

 

 ではこのどうしようも無い感情は何処に向ければいい?

 確かに自分は、魔術抜きでもマリスビリーより弱いだろう。仮にもびっくり人間ショー出身みたいな肉体の男と、ごく普通の高校生で一般人の身体である。

 とりあえず上位存在と呼んでいる何某よ、あんな物騒な使命を与えるならば、この男と張り合える肉体をプレゼントすべきだ。不公平である。

 

 マリスビリーを衝動のまま怒鳴りかけ、声を飲み込む。罵倒するのは容易だが、厨房の店長に聞こえてはいけないような単語がまろびでてはいけない。

 あと自分は文化人である。怒鳴るなんて物騒というかあれだ、はしたない。

 

 

「イタダキマス……」

 

「いただきます」

 

 

 『遊び』だ、遊びでボコボコにしよう。実に健全な海遊びで完膚無きまでに勝ってやろう。

 そう意気込んで、焼きそばを頬張った。

 

 

「……めっちゃ美味い」

 

 

 ……早食いはせず、味わって食べよう。店長にも悪いので。

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