陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
「互いに白Tを着て準備は整ったな? よーしぶち殺しあおうじゃないかスケスケにしてやる頭からつま先まで海水まみれにしてシルキーな髪の毛バリバリの乾燥麺にしてやるから覚悟しろよクソが」
「楽しそうで何よりだ、私も嬉しい」
「中身『見た』上でそれは煽りでしか無いんだわ印刷前のコピー用紙がよォ!!」
海の家の店長からレンタルした水鉄砲を構え、波打ち際の砂浜にて相対する。これから始まるは決闘だ。酷く個人的な行き場のない感情が固形化しているが、決闘ったら決闘なのである。
よりずぶ濡れになった方が負け。当たった箇所がわかりやすいようにと、互いに透けやすい服を購入。デカデカと『冬木~海の家~』と書かれた簡易お土産Tシャツである。何故か観光地に売ってたりするアレ。ちなみにこちらマリスビリーのポケットマネーから買った。本人がウキウキで支払っていた。よほどカップルドリンクが面白かったらしい。そこに自分は腹を立ててるんだが?
「負けたら罰ゲーム? それとも勝った方が……」
「勝った方は負けた方に命令一つ。ただし金銭や本人の尊厳に関わるようなもの、相手が本気で拒絶するようなものはナシ」
「だいぶ腸が煮えくり返っているようだから、土下座しろとか言うのかと思ったよ」
「そこまで短絡的じゃない。勝てるとは思ってないし、別に土下座とかされてもスカッとするわけじゃないからな。勝負事である以上『景品』があった方が良いってだけだ」
たかが水鉄砲、されど水鉄砲。
そして相手はあの『マリスビリー・アニムスフィア』である。
本人も言っていたが、彼の前では外側は意味を成さない。肉眼ならば視認できないはずの『中身』をも観測できる彼にとって、それらは同時に存在し観測できる。その概要全てが彼の口から明かされたことも、『記憶』の中で説明されたこともない。だが、その異能の力は明らか。基本的に『隠しごと』は彼に通じない。
すなわち、『考えて動く』時点で、彼には自分がこれから行うことのほぼ全てが見えているのだ。
「だから、ただの八つ当たりみたいなもの。と。段々とキミの年相応の姿が増えてきて安心しているよ、そして私がそれを独占しているというのも喜ばしい。特別な関係だね」
「そーですね初めましての瞬間から『特別な関係』ですからねェ!!」
それは事実だが事実とは別の意味を付与しないでほしい。本当に。マリスビリーのような人間ならばそれ以外があっても困らないのかもしれないが、自分のような人間は困るのである。
交流はする。理解はしたい。だが、『友人』だとか特殊なラベルがつく間柄にはなりたくない。『クラスメイト』でさえ躊躇すべきものだったというのに、それ以上など吐き気がする。
互いに向けられたコミカルな色合いを持つプラスチックの銃口、タンクに貯まっているのはミネラル豊富な海水。どちらが開戦の合図をする必要もなく、目が合った瞬間引き金を引いた。
「ぶっ!?」
「当たるはずない、なんて考えながら当てることに集中するからだよ。避けることに集中しないと」
「避けることに集中しても避ける先に射線置くだろお前!」
「うん」
まさかの初手顔面命中。無論マリスビリーではなく自分の顔面である。
目を開けるのが辛くなったが、シャツで無理やり顔を拭い水分を拭き取った。ボタボタと髪の毛から滴る海水を拭く時間はない。ご丁寧にアドバイスを頂いたので、『マリスビリーに当てる』ことはやめる。意識するから『わかる』のだ、意識しなければいい。
それが『見えた』のか少しだけ目を丸くするマリスビリー。だがどうしようも無い、避けられるかどうかは本人の身体能力の問題だ。
銃口はもちろんマリスビリーに向いている。だが、固定しない。やぶれかぶれの連射。狙いを定めているようで定めていない、海水の弾幕だ。
「っあはは、私に対しては最適解だ!」
「いいからさっさとずぶ濡れになれ!!」
飛び交う不殺傷の弾丸。互いに当たったり外れたりを繰り返しているが、やはり自分の方が被弾率が高い。弾の供給を行いながらやっている戦いであるが、『戦闘』をまるっきりしたことがない……というわけでもないマリスビリーと自分の力量さは、体質とか体格とかそれ以前の問題だ。サバゲーに軍人が混ざりこんだとかに近いだろうか。
撃ち出す先を意識しないことで『見る』ことが出来ないようにする、などだいぶ力技な戦法だ。長く通じるはずもない。
なれば、更に『おかしな』戦法を取るしかない。マリスビリーが海水を組むためにタンクを外した瞬間近づき、『素手で』海水を掬いあげる。海面に反射した光でより色が見えない瞳が、ほんの少しだけ見開かれた。
「オラァ!!」
そして、海水を浴びせる。水鉄砲ガン無視である。『記憶』の中にある日常モノアニメの水着回で水を掛け合って遊んでいる姿を思い浮かべれば、大体合っているだろう。
ただし、あんな可愛らしいものではない。相手を濡らすことに全力を向けている、戦いの動きである。
自然物の液体が浮かび上がり、重力に伴って落下する。そこに『人間の意思』は介入しない。海水の弾丸よりずっと多く、マリスビリーの身体を濡らすことに成功した。色白の身体に白のシャツでわかりにくいような気もするが、身体に張り付いているので間違いなく濡れている。
「それはルール違反じゃないかな」
「残念ながら『水鉄砲を使わなくてはならない』なんてルール作ってない」
「それもそうだね、それじゃあ……私も失礼」
パッと水鉄砲を手放し、マリスビリーが自分と同じように海水を掛けてくる。元よりだいぶ濡れていたが、塊のような海水のせいで大範囲が海水を浴び、身体に張り付いた。
そうなればあとはもう、ルール無用ならぬ『水鉄砲無用』である。肉体で海水を掬いあげるとか、濡れている身体の飛沫で相手を濡らすとか。まさに児戯のような水合戦。身体全体を使ったそれらに膨れ上がっていた感情が消費され、いつしか笑いながら掛け合っていた。可愛らしいやつではないが。
「私もキミも全身ずぶ濡れだ、楽しかったね」
「お前なんで頭だけ無事なんだよ……」
「髪にはかかってるよ」
「しっとりしてるくらいじゃんそれ」
太陽に茜色が混じり始めた頃、ようやく戦いは終わった。
ビーチパラソルを設置したそこに座り、色の変わっていく海と太陽を眺めながら感想戦が始まる。
昼からずっとやっていたわけではないが、一時間以上は余裕でやりあっていただろうか。普通に長時間である。最初は浅瀬だったが、段々腰が浸かる程度まで移動したため下半身は完全に濡れ鼠。上半身もほぼ同じ有様である。一応海水にどっぷり浸かっていたわけではないが、流石に皮膚がふやけている。
「頭しか差はないとはいえ、その差が勝敗を分けたってやつだな。濡れてないとこ多いのはそっち。はい、お前の勝ち。命令何?」
「どうしようかな、考えてなかった」
「考えとけよそこは」
「キミだって、私が勝つこと前提で考えてたから考えてなかったろう」
「まぁ……それはそれ、これはこれってやつで」
ぶるりと、小さな寒気が走る。全身浸かっていたわけではないが、ずぶ濡れはずぶ濡れだ。身体が冷えたのだろう。そう意識すれば生理現象も押し寄せて、ため息と共に立ち上がった。
「ちょっとトイレ。その間に考えといて」
「一緒にいこう。単独行動はダメなんだろう? 『危ない』んじゃないかな」
「お前と連れションとか物理的に無理。ナンパされたら普通に追っ払えよー」
背中に声を掛けてくるマリスビリーを置いて、海水浴場に設置されたトイレに向かう。どういう設置意図なのか、建てられている更衣室の裏手にあるようだ。薄暗くて少しばかり視界が頼りない。
ちょうど誰も居ないのか、簡単に用は済んだ。手洗いも済ませ、さっさと設置ミスみたいなここから戻ろうと、踵を返す。
「よぉ、さっきの見た目詐欺外国人のお連れさんよ……」
人がいた。三人。
強くなり始めた夕焼けと、比例して濃くなった建物の影の中で顔は見えない。しかし、そのうち一人から発せられた言葉で、何者かは直ぐにわかった。
「あー……ナンパしてた人? ビーチパラソル持ってる白髪幸薄外国人を?」
「そうだよ! あの妙に力強い野郎をナンパしたやつらだよ!! アザまで出来てクソイテェんだよ!!」
「しかも顔こえーしよォ!! いや美人なんだけどなんか背筋が寒くなったんだよアイツの顔!」
顔は見えないが、約一名が悲痛な声と共に訴える。そういう身体に『作られた』から力が強いのか、強化系魔術で力を『込めた』のかは知らないが、予想以上にだいぶ力を入れていたようだ。
自業自得と言えば自業自得なのだが、まぁたまたまナンパしたのが男な上『一般人』ではないとはかわいそうな確率を引き当てたヤツらである。
「だから、お前にやり返してやる」
「は?」
「随分仲良く遊んでたじゃねぇか……しっぽりヤってる仲か? えぇ?」
「普段は選り好みしてるが、この際関係ねぇ。一回妥協したんだ、二回でもかわらねぇよ。アイツを不快にさせるためならなんだってやってやらぁ」
「いや自分ただのクラスメイトっス、ホント。なんかそういうアレじゃなくて」
「あぁ!? 仲良しじゃねぇと海水浴来ねぇだろ!」
──それは、そうかもしれないが。でも。
いやそうじゃない。しまった、困った。ようするに今の彼らは水鉄砲大会前の自分と同じだ、苛立ちを誰かで解消したくて堪らないのだ。こんな形で見せられると自分の中で反省会をしたくなる。
ただ一つだけ、彼らが本当に勘違いしていることもある。自分は、むしろ『マリスビリー・アニムスフィア』の敵なのだ。
誰でもない何かの願いで生まれた、『マリスビリー・アニムスフィアを殺すことが使命』の生命体。ただ、そのために注がれた『記憶』が、『知識』が。彼の計画の成功の証明に他ならず、彼からしても『物珍しい』から見逃されているだけの、いつでも殺せる命。
彼は嬉しいだとか楽しいだとか、友人だとか親友だとか。そんな好意的な発言をよくする。
しかし、『記憶』は否と叫ぶ。『見えて』いるのだから、相手の心を溶かす発言は簡単にする。嘘はつかずとも全て話さないことによる『誤解』は生む。
『マリスビリー・アニムスフィアを信用するな』と、訴えてくる。その思考を『見た』上で彼は言ってくるのだから、彼の意図を完全に理解することは出来ないのだろう。
自分が行う彼の感情の予測など、所詮は予測に過ぎないのだから。
「抵抗するなよ、痛いのは嫌だろ」
「っこの、離せ……!」
掴まれた腕は、振り払えない。
あの掴まれた時よりも、ずっと力が籠っている。力で敵うはずない。それはわかっていた。最悪なことに、この三人組はガタイはいい。顔は知らない、そんなジャッジするような興味はない。
まさしく『危機』と呼ぶべき状況に、ぐるりぐるりと思考が回る。関係あることとない事が綯い交ぜになって、役立ちそうな『記憶』も『知識』も浮かばない。
叫ぼうとした口を一人に塞がれて、抵抗しようとした手を完全に拘束されて、最後の一人が砂浜に押し倒してくる。無駄にチームワークがいい、もしや『こういう』ことの常習犯だろうか。警察が必要そうだ。いや、今の自分にも必要なのだが。
「こいつ、やっぱり水着着てなさそうだな。ちょいと脱がすのが手間だ」
「ずぶ濡れでスッケスケだけど、あの外国人の趣味でこんなことしたのか? 随分マニアックだ」
「いいからさっさとやる事ヤるぞ、まだ日は完全に沈んでねぇ。目撃者が出来たらどうする」
力を入れる、動かせない。力を入れる、動かせない。力を入れる。動かせない。力を入れる。動かせない。力を入れる。動かせない。
呼吸が荒くなる。冷静であろうと努めたが、こういったことは想像以上に恐怖が湧いてくるようだ。分かっている。分かっている。力で敵わない。敵うはずが無い。そこにはどうしようも無い『違い』があるのだから。それでも、と抵抗しようとして、それでも何も出来ない。
作戦会議のように言葉を話す三人組の声が、段々遠くなるような感覚を覚える。脳が処理出来ていないのだろうか。まさか与えられた使命のせいで生命の危機が訪れるより先に、別のものの危機が訪れるとは誰も思うまい。
そうして、今度は逃げるように思考の先が眼前の状態から変化する。黄昏時の影の中で動く、より暗い影三つから目を逸らすように。
そうこうしている内に腹の当たりが撫でられ、濡れたシャツが捲りあげられ────
「────『彼女』から、手を離してもらおうか」
────光が、走った。
それらは自分を押さえつけていた三人組を的確に撃ち抜き、悲鳴と共に押さえつけられていたものが解放される。
「っけほ……」
美しき茜色に照らされた真白の男は、ゆるりと影の中に入ってくる。
痛みか、それとも別の何かが要因なのか。苦悶の声を零し倒れている三人組の間をするりと抜けて、白は……マリスビリーは、自分を支え起こした。
「だから言ったろう? 一人じゃ危ないって。キミは『女性』なんだから、そんな薄着で彷徨いたら危険だよ」
「……そうだね」
息苦しさから解放され、また咳が零れる。
ごもっともと言えばごもっともだが、これはお前から始まった因縁だぞと言ってやりたい。しかし、助けてくれたのもまた元凶。責めるのも忍びない。
恐らく魔術を用いて助けてくれたのだろうが、何をすれば倒れ伏し唸るだけの状態になるのだろうか。精神的苦痛にしろ肉体的苦痛にしろ、一般人相手に容赦ない。神秘の秘匿はどうした。
「それに関しては、今から秘匿処理するから問題ないさ。あぁ、キミはいいよ。でも見ない方がいい」
酸欠か、もしくは先程までのストレスか。どうにもふらつく自分の身体を支えるためだろう、胸元を貸してくれるのは少し有難い。物理的に頭が揺れて、気持ち悪くなりそうだったので。
ただ、見せないためとはいえ手のひらで目を覆わないでほしい。砂が少し付いてて痛い。
耳の近くで何か詠唱する声や、男たちに触れて何かしているのか砂を擦るような音がする。三人分あるはずのそれをいとも簡単に済ませたマリスビリーは、自分を支えたまま立つように促した。
「記憶処理のついでに、私とキミに関する記憶を消しておいた。これで因縁をつけてくることはないだろう」
「わぁすごーい……さすがロード様ですねー……」
立ち上がる。立ち上がれるが、どうにも身体が震える。
怖かったのだと、思う。性的な意味で狙われて、その理由が別人にあるとか初経験だったもので。怖い、とは思えない。先程のことを自分のことに思わないように処理しているのだろうか。けれど肉体は素直なもので、恐怖を現している。
「あまりにキミの負担になるなら、キミの記憶も『処理』しようか」
「いい、別に……でもちょっとだけ、胸貸して」
「もちろん」
マリスビリーの胸に顔を埋める。身長差のせいで肩に埋めるのは少し難しかった。目の前にあった、埋めやすいのがそこだった。いつぞやの花のような香りは無いに等しい。互いに潮風に一日中晒され、ずぶ濡れになった身体からは、潮の生臭さが混じった香りが強く匂った。
腹立たしい、コイツにこんな所を直接見せるなんて。『見られている』のだから隠し事など意味は無いが、それを実際口に出すとか見せているとか、それはまた別の話だ。こんな風に、弱っているところなど、会話の中で神経を逆撫でされる時とは別のものだというに。
「ごめん、すぐに助けられなくて」
「べつに、未遂だし、たすかったのは本当だし」
「でもキミは記憶を消すつもりが無い。今日のことがいつまで傷口になるか分からない。なら、私はあの時キミについて行くべきだった」
「うるさい」
ぐりぐりと頭を擦り付ける。顔が見えるはずもないが、何時もより落ち込んでいるというか、声が沈んでいるのがわかる。『らしく』ないと『記憶』が叫ぶが、そんなこと言われても自分は困る。
「ありがとう……お礼言ったんだから、素直に受け取れ」
「……それなら、『素直』にいただこう」
その言葉を聞いて、頭を離す。視線を上げれば『いつも通り』の微笑みを浮かべたマリスビリーがいた。
「それじゃあ、帰ろうか。そろそろ海水が渇いて大変なことになってしまうしね。送るよ」
「……『普段通り』に両親と接せる自信がない、泊めて」
「私は男だよ? ご両親にはなんて説明を?」
「お前は別に『そういう』ことしないだろ、散々入り浸るの許して注意が遅い。あと両親にはいつもお前を『友達』で通してるからそれでいく。分かりきった質問は無し」
「キミがいいなら私はいいけど。それは……うん、まぁ……そうだね。私も『嫌ではない』し、むしろ『喜ばしい』。問題ないね」
『友達』扱いが面白いのか、ようやくマリスビリーの声が明るくなる。いつもの訳分からん喜びポイントで少しテンションが高いくらいが、こちらとしても接しやすい。
マリスビリーの部屋には固定電話がないため公衆電話の連絡になるが、どうか両親には許していただきたい。まぁ、そこまで行くかどうか分からないが。恐らく杞憂である。
夜の空気が近づき、より冷え始めた身体を寄せて体温で暖をとりながら、帰路についた。
────翌日、男性三人が精神に異常をきたした状態で発見された。
そのニュースを、彼女は知らない。