陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話= 作:新ツキハ
微睡みから始まり、意識が少しづつ明瞭になる。モゾモゾと起き上がろうとするが、重たい何かのせいで起き上がれない。暑くはないが、何やらあたたかいものに当たっているようにも感じる。
面倒臭さを覚えつつ寝ぼけ眼をどうにか開き、謎の重しをどかそうとした。
「おはよう、ゆっくり眠れた?」
眼前に広がる中性的で整った顔。カーテンの隙間から差す朝日が色のない髪の毛に反射して、それ自体が輝いているかのよう。長い睫毛がふるりと揺れて、その下にある瞳を装飾していた。
それが、すぐ側にある。というか密着している、抱きしめられている。
「自分じゃなかったら変な勘違いされてるぞアホ、人を抱き枕代わりにするな」
「こうしないと狭いじゃないか」
額に容赦なくデコピンを放ち、マリスビリーの腕の中から逃れる。
マリスビリー宅の簡素で狭いパイプベッドの譲り合いが発生し、最終的に『二人とも使えばいい』などと言う結論に達したのだったか。肉体的にも精神的にも疲れ果て、それでも風呂に入って身体の海水を洗い流した後に発生した問題だった。
だいぶ消耗していた自分は「もうそれでいいや」と受け入れて、二人仲良く一つのベッドを使ったのだ。
無論、性別的には男女であるが自分にそんな気はなく、マリスビリーに至ってはそんな欲があるか疑問な男である。どうやら抱き枕のように抱きしめられていたようだが、致した形跡はまるっきりない。あるはずもない。
「信用はされているけれど、なんだか妙な信用だ。一応、機能としては存在しているよ」
「でも使う気ないだろ」
「キミと子を成しても、私の望む機構を宿したモノにはならないだろうね。キミの持つ『記憶』の私のように『デザイン』した方がいい」
「そういうところだぞお前」
にこやかな笑顔で一般人からすればだいぶドン引きものの発言をするマリスビリー。これで魔術師らしい魔術師の小さな側面でしかないというのだから、『魔術師』という生き物は恐ろしい。
さて、と昨日手洗いし部屋干しした衣類を取り込む。『記憶』のような時代であれば、夜だろうがコンビニに行けば下着も衣類も大抵揃うものだ。しかし、自分の生きる時代はそれより前。まだあれ程の品揃えはなく、着替えなど用意不可能だ。
水合戦する前に着ていた私服はあるが、あれはあれで汗と潮風にやられている。ちなみに下着の替えなど持っているわけもないのでそれらも洗った。
ではいま全裸か? といえばそうではない。マリスビリーがある程度は私服を用意していたので、それをパジャマ代わりに借りた。……そして紳士用だからなのか、肩の位置が合わなかった。あとネックホールが広い。要するに大きい。ズボンも寝巻き向けの紐があるものだったので今は大丈夫だが、あいつは腰は細いが骨格は普通に男なので、そのままだとずり落ちた。
めんどくさいことこの上ない。眠れはしたが、あの顔面詐欺とパッと見の体格マジックをどうにかしろ。
どうにか乾いた昨日の衣類を脱衣場で身にまとい、部屋の中で普通に着替えたマリスビリーの元に戻る。
自分は未だどこか怠いというのに、爽やかな笑顔という名前の胡散臭い笑顔を浮かべている。体力どうなっているんだお前は。
ため息をつきつつ、置かれた小さな冷蔵庫を叩く。
「中身使っていいか? 昨日は『世話』になったし、朝飯くらい作る」
「使っていいけど、まだ疲れてるんだろう? 休んでていいよ」
「いいからやらせろ、貸し借りなしにしたいんだよ自分は」
部屋の主をしっしっと追い払い、中を覗く。ガラガラというほどでは無いがギチギチではない。ある程度のストックがあるが多過ぎないと言った塩梅か。やりくり上手な男である。相手は推定英国人であるし、生卵とベーコンでベーコンエッグでも作ってやろうか。
しかしメインの白米が炊かれていない。一応炊飯器はあるが、今から炊いても地味に大変である。悩みながらもう一度冷蔵庫を見る……食パンがあった。開封済みのやつだ。確かに夏の湿気を避けるためにそうする『記憶』があるが……いやまさかあいつ『記憶』見たから採用したのか。というか食パン食べるのか。
色々考えつつ、出すものは決まった。
「ベーコンエッグ、トースト……それに味噌汁か」
「お前が味噌をストックしているのにコンソメをストックしていないのが悪い」
ベーコンエッグとトーストだけ見れば海外だが、そこに並ぶ玉ねぎと溶き卵を入れた味噌汁。日本人の食事など和洋中混ぜ込んだキメラである。主食であるお好み焼きをおかずに主食の白米を食べたりもするような人種だ。自分は『記憶』のこともあり違和感などないが、マリスビリーからすれば珍しいのか少しばかり瞳を瞬かせている。
作っている最中にも『見て』いただろうに、何を驚くと言うのか。それとも本当に珍しいのか。
「いや、なるべく私に合わせた朝食を作ってくれて、おまけに味噌汁も。となると、『毎朝味噌汁を作ってくれ』とでも言うべきかと思ってね」
「お前マジで相手が自分じゃなかったらコロッといってるからな」
一般人相手ならその『体質』と美貌だけで大抵手のひらの上で踊らせることが出来るだろう。
この男はだいぶこう言った謎ジョークを言うが、ジョークがジョークとして通じず刺されたことはないのだろうか。いや、勘違いされたい時か相手がジョークだと伝わる場合しか言わないとかだろうか。
トーストにベーコンエッグを乗せてモグモグと味わう。焦げてないし程よい塩加減でよろしい。
「あぁそうだ、『命令』について考えたんだけど」
「有耶無耶になり掛けてたからなそれ。言い出しっぺ自分だから別いいけど、何?」
水鉄砲大会というか、水合戦というか。ようするに昨日の勝負で勝ったのはマリスビリーである。
『勝った方は負けた方に命令一つ。金銭や本人の尊厳に関わるようなもの、相手が本気で拒絶するようなものはナシ』
実に簡素なものだが、禁止項目に触れるような無茶振りをしてくるわけもない。あるとしたら『見た』だけの『記憶』について、自分に根掘り葉掘り聞く質問権とかだろうか。
ずずず、と熱過ぎず冷めてはいない味噌汁を啜り、マリスビリーの『命令』内容を待つ。
「キミとしっかり話したいんだ」
「……あー、やっぱり『知識』に関して? 別いいけど、何を」
「違う」
コトリと置かれた箸、『いつも』の薄笑いの中で笑っていない瞳が自分を貫く。
「『キミ』自身のことについて、キミの口から聞きたい。キミが私と対話の道を選んだように、私にも『キミ』と対話させてほしい」
「……『わかる』のに?」
「『わかる』のにだ、いま言った通り。そしてキミ自身が『考えて』いるように、コミュニケーションは頭の中ではなく、言葉を交わして行いたい。キミの視点に合わせて『会話』したいんだ」
「それはまぁ、随分と……酔狂なもので」
『わかっている』のに対話する。
それは確かに、自分が最初に選んだ道だ。しかしそれは、なんというか。なんだか、違う、ような。
「嫌なら嫌でいい、そういう『ルール』だ。キミの心打ちがどうであれ、口にした言葉を『真実』として受け入れよう」
「…………」
対話、会話。それは確かに自分がマリスビリーに求めたもので。
そして、拒絶したものでもあった。自分の口でなんだかんだ言いながら、自分のことに関しては『わかっているなら口に出すな』と封じ込めようとした。改めて自分の行いを見れば、実に不平等だ。対話したいといいながら、一番それを嫌がってしようとしなかったのだから。
『口で言うのは簡単だ』。本人がそう言ったのだから、拒絶すれば別の『命令』になるだろう。それが何になるのかは分からないが、コレとは別の物になるのは確かだ。たった一言、「それはいやだ」と言えばいい。
故に。
「あぁ────『話そう』」
肯定を、返す。
お互いに分かりあっていながら、分かりあっていない。
マリスビリーと自分の関係は、つまるところそういうものだ。分かっているけれど分かっていない。どういうことだと言われるような、矛盾。されどそれ以上に相応しい言葉もない。
自分は彼との友人関係を否定してきた上で、間違いなく『楽しい』日々を過ごしてきた。自分ですら分からない、『自分』という存在。矛盾で固められた関係と、矛盾を押し固められた自分。
夏休みも折り返しを過ぎた。
────いい加減、見つめるべきなのだ。現実を。
「そう、それはよかった。じゃあ」
瞳を伏せながら笑みを零し、小さく息を吐くマリスビリー。
そうして『対話』を始めるのかと、「朝食が冷めそうだ」なんて考えながら見ていた時だった。
「キャンプの準備をしよう」
「待てや」
前言撤回、とは少し違うが。決意した矢先にそれを挫くような話を始めないでほしい。切実に。