陽炎の色彩 =同級生がマリスビリーを殺すまでの話=   作:新ツキハ

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生来、もしくは変容。

 キャンプに行くことになった。

 なんでだ!? と叫びたかったというか、叫んだ。しかして「キャンプに行ってその中で『会話』するのが命令だよ、さっきの言葉を無かったことにするかい?」などと言われてしまえば引き下がる他ない。

 彼の『命令』に応じることを選んだのは紛れもなく自分であるし、今すぐだのなんだの指定が無かったのも事実。『こういう場所で』『こういう時に』とあちらから指定され、従わなければすわりが悪いというもの。

 あくまで事前準備はマリスビリーが整えるそうだ。つまりテントだとか寝袋だとか、そういったキャンプ用品を揃えるのは彼。自分はせいぜい動きやすい服と着替え、必要なら菓子の類などを持ってこい。と言われた。キャンプの準備をする親と子か。何だこの差は。

 

 ため息をつきながら帰路を進む。マリスビリーと朝食をとった後、最低限の連絡事項を交わして別れたからだ。別れたというか、ただ自分がマリスビリーの家から出ていっただけなのだが。

 ヤツは「また絡まれるといけない、私が送ろう」と言ったが全力で拒否した。今までは運良く知り合いと遭遇しなかったが、万が一、そう万が一二人仲良く並んで歩いている所を目撃されれば連絡網使ったのかってスピードで噂が回るだろう。よくない噂が。

 海の家の店長もそうだが、何故人という生き物は肉体の性別が違う個体が並ぶだけでカップルだなんだ囃し立てるのだろうか。『記憶』の中の『コンプラ』なるものが浸透すればそんな悩みは消え失せるだろうに。

 あの店長も店長である、本当に。彼は事前にマリスビリーがパラソルの購入という交流があった故に、マリスビリーの性別を勘違いしなかった。だが自分はマリスビリーのように中性的でもなく、どっからどう見ても日本人女性である。女子高生である。そんな二人がたまたま共に食事をとり、気安く会話しているくらいでカップル認定しないでほしい。何がひょろひょろしてるのにがんばったな、だ。マリスビリーを見ながら言うのは傍から見れば普通だが、事実は異なる。そいつはその細腕で宇宙丸ごとひっくり返す男だぞ。

 見た目に騙されるな。

 

 ガサガサと音を立てるビニール袋、その中に入っている『海の家』Tシャツ。二度と着ることはなく、タンスの肥やしになるだろうそれ。マリスビリーの家に置いていくのも何となく嫌で、ジリジリと照りつける太陽の下それを片手に足早になる。

 

 

「ん、おーい!」

 

 

 遠方から、聞こえる声。知っているが知らない声だ。

 反応しようかと考えるが、具体的に名指しされた訳でもないから無視しようと前を向き続けた。

 

 

「お前だよお前! ███!」

 

「███ちゃん元気!? もう大丈夫なん?」

 

 

 ……呼ばれてしまった。しかも駆け寄って来ている音までする。

 完全に近づかれる前に深く深く息を吐いて、『███の顔を貼り付けた』。

 

 

「うん……ありがとう、大丈夫。お医者さんも問題ないって言ってたから」

 

「ほんと? だってすごく苦しそうだったよ?」

 

 

 居るのは二人、クラスメイト。一年生の頃から、いや中学時代から友人らしい男女二人。少々面倒だ。バレないだろうか、気づかれないだろうか。

 久しぶり、いやクラスメイト相手は初めてか。両親は両親であったので問題なかったが、友人相手だとどうだろうか。おかしくないだろうか。

 

 

「ほんとに大丈夫だって。原因とかよくわかんないから、心因性? ってやつらしいけど」

 

「今は痛いとか苦しいとかフラフラするとか、なんか困ってることないか? 俺たち親友だろ、甘えていいんだぜ」

 

「大丈夫、大丈夫。もう元気だよ、私」

 

 

 違う、ずっと痛い。

 違う、ずっと苦しい。

 違う、ずっと倒れてしまいそうだ。

 違う──親友じゃない。

 自分は、『そう』じゃないから。

 

 この二人は、酷く優しい。『記憶』でも知っているから、わかる。けれど今その優しさは、傷口を返し針のようなハケで撫でられているようなものだ。

 これならば、両親のようであったほうがずっとマシだ。

 

 

「──でも、なんだか辛そうだよ」

 

 

 『知らない』のに『知っている』人間とは、これほどに残酷なのか。

 この半月程の付き合いで、自分という人間は想像以上に『マリスビリー・アニムスフィア』に甘えていたらしい。彼は余計な事は言うし、触れてほしいと思えない所に触れる。

 しかし、『見える』故に、絶対に越えてはならない線は越えなかった。本当に、何も知らねば『良き友人』と思える男だ。

 

 

「あはは……海を見に行ってたんだけど、眩しくって。暑いし気分が悪くなって帰る所だったの、よくわかったね」

 

「倒れたのは二週間くらい前か? もう二週間とか思うなよな、もうちょい大人しくした方いいぜ」

 

「でもせっかくの夏休みだよ? 海に行きたい気持ちもわかるなぁ」

 

 

 『良き友人』だ。さぞや仲が良かったのだろう。彼らから伝わってくるのは、純粋な心配でしかない。『見る』ことが出来ない自分ですら分かるほどに、優しい色が滲んでいる。

 

 

「とりあえず、今は大人しく帰って休むから、安心して。心配してくれてありがとう、じゃあね」

 

「おー! 気をつけてなー!」

 

 

 手を振り返しながら、離れる。少しだけ、分かりにくい程度に足早に。急いで離れようとしていることが分からないように。

 そして、前を向こうとして。

 

 

「──『またね、███』! 夏休み中か夏休み明けか分かんないけど!」

 

「そうそう、お前の頭が頼りなんだぜ███ー! 出来れば宿題教えてくれよー!」

 

「それは自分でやりなって、いっつもギリギリまでやらないんだから!」

 

 

 少しだけ騒がしい声と、再会を望む声。それに「またね」と聞こえる程度の返事をして。

 今度こそ、帰宅した。

 

 

「ただいま」

 

 

 誰かがいるわけもない、扉を開けて中に入る。カーテンは締め切られ、電気もついてない室内。それにいつものように足を踏み入れて、食卓に置かれた『お金』を回収する。傍に置かれたレシートの裏にはいつも通り「今日の分です」と乱雑に書いてあった。

 彼らは共働きらしく、平日は家にいない。それはまぁ良いのだが、休日や祝日になれど家にはいない。理由はそれぞれ違うようだが、まぁいわゆる『大人の遊び』というやつだ。

 別に、自分はどうでもいい。最初からそうだったから気にしない。そういう人間もいるだろう。むしろ、こうやって比べればやはりこちらのほうが『マシ』だ。先程の『親友だった人々』より干渉されない分、少しだけいい。考え事が少なくて済む。

 

 持ち帰ったシャツも、昨日洗ってどうにか乾かした衣類も、改めて洗濯機に入れて洗う。

 そうして今度こそ本当にキレイな私服を身にまとい、ベッドに埋まるように倒れ込んだ。

 

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

──『マリスビリー・アニムスフィアを殺せ』

 

 しつこい、と独り言を口にする。しかしてその声が止まるはずもない。

 わかっている、それは『ずっと』聞こえているのだから。『ずっと』、『ずっと』。生まれた時からどんな時もずっと、『使命を果たせ』と言わんばかりに叫んでいる。

 ドス黒い殺意のような声は、頭の中を黒く塗りつぶす。それしか考える必要はない。それしか考える意味はない。それこそがお前の意味だと言わんばかりに、黒く、黒く。星の瞬かぬ夜空より黒く、ブラックホールのように全てを飲み込む。

 

 枕元に置いた、白い猫のぬいぐるみを抱き寄せる。少しばかりゆるっとした、抱きかかえる程度の大きさ。

 マリスビリーが自分にくれた物。海の家Tシャツなんかと同じ、『自分のもの』。この家の中にある、正真正銘自分のもの。

 白を、脳裏に浮かべる。何色にも染まり、何色をも塗りつぶす白。『マリスビリー・アニムスフィア』。彼と過ごした日々を思い起こせば、少しずつ、少しずつ、暗闇の中に白が宿る。満天の星空のように黒を照らして、塗りつぶされた『自分』の形が見える。

 星が、自分を照らしてくれる。導いてくれる。

 

 

「…………キャンプ、いつかな」

 

 

 本当に、難儀な関係性だ。

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