<昆布の佃煮の作り方>
用意するもの
昆布(だしを取った後のもの)/醤油大さじ2/砂糖大さじ1/みりん大さじ2/酒大さじ2
①昆布は好きな細さに切る
②昆布以外のものをすべて鍋に入れ煮立て、昆布を入れた後、汁気がなくなるまで弱火で煮る③さめたら完成
全世界を突如として襲った氷河期によって人類は食糧不足に陥り、強奪略奪が横行する寸前にどこかの国の偉い科学者が1食分の栄養が全て詰まったエナジーバーを生み出した。
それはあっというまに全世界に広まり全人類の標準食となった。歯の弱い高齢者や子供、病人のために粘度があるリキッドジェルまで生み出され、ゆりかごから墓場までこのエナジーバーとリキッドジェルが付いて回る。なんというディストピアだろうか。
3大欲求のうちの「食欲」が減少すると「性欲」と「睡眠欲」が増えた。つまりわかりやすく説明すると男女問わず恋愛対象となり、高速道路のインターチェンジ近くのラブホテルは大盛況で、産休・介護休暇に加えて冬眠休暇が設けられるようになった。
男同士で子供が欲しい場合には、国に申請をし人工子宮を用いて子供を得ることが可能だ。
この画一的な世界で少年は絶望をした。男同士の夫夫の間に生まれたことはまだいい。今日のご飯として出される離乳食がピンク色をしていたからだ。ちなみに味は薄く甘い。
「今日は何の味にする?」という問いかけではなく「今日は何色にする?」といわれたことも絶望に一役買っていた。一応エナジーバーのメーカーや種類によって若干のしょっぱい、辛い、苦い、甘いの違いはあるらしい。
ちらりと夫夫の食事風景を見るもエナジーバーしかない。この夫夫だけそんな食事なのかと思ったが、テレビのコマーシャルで「新発売!ビビットイエロー&ピンクマーブルエナジーバー!」と流れ少年は死にそうになった。ちなみに昔話にでてくるきびだんごもおむすびもエナジーバーに変わっている。
嗜好品は流石にあるだろうと思っていたがお茶、コーヒーはある。しかしミルクを入れる代わりにリキッドジェルを入れているようだ。
甘味も効率化を重視しているのかドライフルーツのように砂糖をまぶした果物を乾燥させたものがほとんどだ。酒はあるが神事で使うものという認識が一般的らしい。ちなみにキリスト教の聖餐式で使用されるため、ワインとパンも存在しているが、パンはカッチカチの乾パンのような固さだった。Hallelujah,See you in hell!
スーパーに色とりどりのエナジーバーとリキッドジェルが並ぶ。端の方に野菜や肉などの生鮮食品があるが主にプレゼントやパーティーなどの装飾として用いられているらしい。
少年は耐えた。毎日毎日出されるリキッドジェルと時たま出されるエナジーバーの破片を無心になって食べた。冷蔵庫と鍋は存在するが、リキッドジェルや飲み物を冷やしたり温めたりするのに使うらしかった。
言葉を発することができるようになるとスーパーで親に米と塩を強請ったが、当たり前に買ってもらえずハンガーストライキをしたところ、病院でリキッドジェルを点滴として注射された。そういう使い方もあるんか…という少年の心のうちは誰も知らない。
クリスマスで盛り付けられた色とりどりのエナジーバーの周りにぶつ切りにされた生のじゃがいもとブロッコリーが円を描いている。ブロッコリーを食べようとすると慌てて止められ食べることは叶わなかった。
クリスマスプレゼントは考えに考えて醤油と砂糖にした。変なものを強請る子だという視線を受けたが、ゴリ押しして通した。
スーパーに並ぶ醤油は200mlで5,000円もする。ここまで高い理由としては醤油の製造会社が小さく、装飾品の色付けという位置づけのためらしい。市場は小さいが絶滅しなかった理由は直会という、祭祀の最後に神事に参加した者たちで神饌を食する際に使われるかららしい。その食べ方は簡単で全部鍋にぶち込んで大量の水と醤油を入れる。イギリス人もびっくりの調理法に少年は驚いた。
皿の飾りとして使われゴミ箱に捨てられたじゃがいもとブロッコリーを拾って茹で、醤油と砂糖を混ぜたものにつけた。本当はすりごまが欲しいところだったがそれでも食べると涙が出た。
できることは何でもした。親の家事を手伝って小遣いを稼ぎ、調味料をそろえ、道端に生えているつくしを集めたり、山でたけのこを掘ったりと忙しい。休みになれば祖父母の家の裏山で食べれるものを探した。
変なことばかりする少年を親は諦めており、元気ならそれでいいと言われている。
転機を迎えたのは高校で一人暮らしが決まったときだった。
父親が海外転勤が決まったが治安がいい国ではないと聞き、少年は高校も決まっていたため日本に残りたいと両親を説得した。その結果こそこそせず自由に料理を楽しめる生活が始まった。
鍋で白米を炊くのは慣れたもので、道端で摘んだつくしの佃煮は春の訪れを感じさせた。入学後、中学からの友達とともに部活動勧誘を考えていると「家庭科部」というのが目についた。これだ!と少年は思いつく。
家庭科部は女子生徒が3人しかいない部だった。その3人も被服に興味があり、各々自由に家庭科室のミシンを使っている。そんなところに「家庭科部に入るんでコンロ貸してください!」と飛び込んできた男子生徒は当たり前に注目された。
家庭科室には9つの大きなテーブルがあり、それぞれのテーブルには蛇口と流し台、コンロが1口ついている。
「家にもコンロあるけど1口だから、ここの使えば時短になるし」
その言葉は他の部員には理解されなかったが、部員が1人でも増えることで歓迎された。
自己紹介がてら家庭科室で作ったのはただの塩むすびだった。というか材料がそれしかなかった。それでも大うけで鍋で炊きあがった白米の甘さに興味を持ってくれたことに一安心した。
それからちょくちょく部員におすそ分けをしているとだんだんと口伝えに広まり、いつしか金をもらって商売をすることになった。毎日はきついため週に2度。メニューは少ないが毎回完売するほどの人気ぶりに満足していた。
潔世一の高校では月曜日と金曜日の4限後、多くの生徒が家庭科室を目指して走る。潔もその一人で、いつもは他の運動部を押し合いへし合いしていたが、その日は4限の数学が早めに終わったことが功を奏し、列の12番目に並ぶことができた。30番目以降に家庭科室にたどり着いた者はとぼとぼと踵を返して教室に戻っていく者もいれば、すでに並んでいるものに縋り付いている者もいる。
「今日のおにぎりの中身は昆布、照り焼きチキン、塩の3種類。おやつはマフィンでーす」
どれも1つ250円、一人1種類1つまで!という言葉とともに家庭科室のドアが開く。
家庭科室にはひょっとこのお面を付けた学生服の男がいる。その前には白い丸いものが3列に並べられ、端には黄色っぽいものが入った透明の袋が並べてある。
皆ごくりと唾を飲み込んだ。当たり前だが皆全種類買っていく。潔もその一人だ。合計額である1,000円を握りしめている。
白いポリ袋に入れて渡されたものを隠すようにして持って帰る。見つかれば最後強請られて耐え切れずに分けてしまうからだ。誰もいないサッカー部の部室に入るとホッと一息ついた。
透明なラップに包まれた3つの丸にはそれぞれ付箋で塩、昆布、照り焼きチキンと書かれている。初めて目にする照り焼きチキンの前に定番の塩を手に取った。
どこの角度から見ても真っ白だ。少し三角になるように丸められており、潔はその頂上にかぶりついた。
真っ先に塩気を感じる。しかし何度も咀嚼すればだんだんと甘さが出てきた。その甘味を何度も噛み締めた味わった後、次の照り焼きチキンに手を伸ばす。
見た目は塩と同じだが、少し丸みを帯びている。割ってみるとゴロゴロとした中身が出てきた。落としそうになり慌てて口で拾う。じゅわりと口の中に広がる味に目を見開いた。噛むたびに出てくる汁と、時折カリッとする食感に本能的にもう一口、さらに一口を食べてしまう。
残った昆布については部活の後に食べようと懐にしまう。
マフィンも定番だ。慎重に袋を縛る紐をほどくとゆっくりと掴んだ。力を入れすぎると簡単に潰れてしまうことを潔は経験則で知っていた。
食べるとふんわりとした食感と鼻に抜けるかぐわしい匂いにうっとりとする。口の中でゆっくりと溶けるような甘さにほっと一息ついた。
おにぎりより小さめのマフィンを大事にちびりちびりと食べていたがすぐに終わってしまい呆然とした。
部活の後に食べようと残していた昆布は他の部員に見つかったことで一口分しか潔の口に入らなかった。
昼食に出されたエナジーバーを食べながら蜂楽が口を開く。
ブルーロックに収容された潔が月曜と金曜の昼前になるとそわそわしだすのを蜂楽は疑問に思っていた。ブルーロックで出される食事はエナジーバーだが、順位によって選択肢が増えるほか、時折おやつとしてドライフルーツも出てくる。
「なーんで、潔って月曜と金曜のこの時間になるとそわそわしてんの?」
「あー、俺の学校でその日はおにぎり屋が出るんだよ」
「「おにぎり屋」?なにそれ?」
「なんていうか、…めちゃくちゃうまい」
「「うまい」?」
「いつも教室からダッシュで買いに走ってたんだけど、ここにいると無理だしなぁ」
「そんなならさ、絵心ちゃんに言ってみれば?ゴールポイントでゲットできないか」
その手があったか!潔はそんな顔をした。「言ってみるだけタダでしょ♪」という蜂楽の言葉に潔は決心を固めた。
「すんませーん、絵心さん」
『なんだ』
「ゴールポイントの景品についてお願いというか要望があって」
『言ってみろ』
「おにぎり屋のおにぎりが食いたいです!」
『……なんだそれは』
「俺の学校で月曜と金曜にだけ売られる食いもんです!めちゃうまいんです!あれがあれば俺は何点だってゴール決めれます!」
『…そうか、考えておいてやる』
「ァザっス!!!」
絵心は潔の話を聞いて頭痛がした。「おにぎり」?なんだそれ?というのが正直な感想だ。
ゴールポイントでゲームや嗜好品、ベッドなどは用意していたが、想像を超えた要望に戸惑うばかりだ。
帝襟に調べてもらったところ、定期的に校内で数量限定で販売している食べ物と判明した。
生産者は不明だが、販売している者は学生服を着ているため生徒が関係している。こうなると乗り込むしかなかった。こういうときに日本フットボール連合という肩書は強い。
絵心の指示で帝襟はわざわざおにぎり屋が来る曜日と時間に合わせて一難高校に足を運んだ。昼休みも半ばになると家庭科室は静けさが戻っている。部屋の中に人の気配がするため帝襟はドアをノックした。一瞬物音が止まり、ガタガタとドアの施錠が開く。
目に飛び込んだひょっとこに帝襟は目を剥いた。
「なんの用ですか?」
「その、あの…おにぎり屋さんってここであってるでしょうか?…」
「あー、今日はもう完売しちゃって」
「え、あ、そうじゃなくて、私こういう者なのですが」
帝襟は自身の名刺を差し出した。
「日本フットボール連合の帝襟さん…」
「今日本中のストライカーを集めてブルーロックという施設で日本一のストライカーの養成をしています」
「はァ」
「そこに現在入寮している潔世一というこの高校の生徒が「「おにぎり屋」さんのおにぎりが食べたい」といっておりまして」
「なるほど」
「どうにかなりませんか?もちろん御礼はします」
「その施設からここまでどれぐらい時間がかかりますか?」
「大体2時間ほどです」
「うーん。一応生ものなので高温多湿での保管は避けた方がいいんですけど…」
「あ、じゃあ、ブルーロックに来ていただくことは可能でしょうか?」
「え」
「食材や必要な道具などはこちらで用意します!」
「行きます!!」
「いいんですか?!」
「食材が使い放題なんて最高じゃないですか!おにぎり以外のものも作れる!!」
「え、でも、どんな食材が必要かわからないので、先に言っていただかないと…」
「あ、そっか。ちなみにキッチンはどんな感じですか?」
「コンロは1つあります」
「最低2つは欲しいです。もし大人数に作るなら3つは欲しい」
「3つも!?何に使うんですか?!」
「あー、そうですね。ちょっとこれ俺の昼飯なんですが、まだ口つけてないんでどうぞ」
そういって渡されたのは白い丸い塊とコップに入った茶色い液体だった。茶色い液体の方は熱いのか湯気が立っている。
「丸い方がおにぎり、茶色い液体は味噌汁です」
「おにぎり、みそしる…」
恐る恐る手を伸ばす。見たことがない白いものにおっかなびっくりで、包んでいるラップを開いても決心がつかないでいる。選手に食べさせるなら確認が必要だ。やっとの決心を付けて帝襟はかぶりついた。
ふんわりと握られたそれは口に含むとほろっとほどけていく。中に入っていた何かは細長く甘いがくどさはない。どんどんと食べすすめ、あっという間におにぎりを食べきってしまった。
「中のこの黒っぽいものってなんですか?!」
「昆布の佃煮です。味噌汁もどうぞ」
そういって少年はコップを勧めてくる。鼻を近づけるとふんわりと何かが匂った。
「具材はなんもはいってないんで、すんません」
やけどしないようにゆっくりと飲む。懐かしいような不思議な気持ちが胸いっぱいに広がる。
「……おいしかった、です」
「よかったです。これで合格でしょうか」
「え、あ…合格とか不合格とかそういうつもりじゃ…」
「じゃあ、どうか!3つ口コンロお願いします!!」
少年に手を合わせ拝まれ、帝襟は腹をくくった。
「――――まかせてください!」
こうしておにぎり屋ブルーロック支店が生まれた。