大陸魔法協会・配信室
「よし、今回はメンバーでの料理配信だ」
ゼーリエが腕を組む。
「料理が得意な者を、できぬ者がサポートする。
役割分担は合理的だと思うが、どうだ?」
周囲に視線を向ける。
「合理的です」
フェルン、即答。
「ただし“得意側”が主導しすぎると単調になります。
サポート側に小さな裁量を与えた方が配信的には面白いかと」
「ほう」
「失敗の余地が必要です」
ユーベルがニヤッとする。
「つまり事故待ちってこと?」
「言い方……」
フリーレン、苦笑。
◇
「私はサポートをやるよ」
ユーベルがニヤリと笑いながら言う。
「自分で料理しないのか?」
「だってその方が面白いじゃん」
絶対にかき回す側である。
「真面目にやるよ?」
「……でもちょっとだけ」
一拍。
「……トラブル起こす人がいた方が盛り上がるでしょ?」
ユーベルの口角がゆっくりと上がっていく。
ゼーリエが目を細める。
「……それは“ちょっと”で済むのか」
◇
ゼンゼが小さく手を挙げる。
「……私、料理は……できます」
全員が見る。
「普段自分で作っているから……全般得意です」
ユーベルが小声で。
「優勝じゃん」
フェルンが頷く。
「安定枠ですね」
ゼンゼは少しだけ嬉しそうだが、無言に戻る。
◇
「私、味見係でいい?」
フリーレンが小さく手を挙げる。
「それは役割か?」
「重要だよ。歴史的にも毒見役は大事」
「……誰が毒を盛る」
フリーレンは少し考える。
「うーん……じゃあ、材料係」
「それは……買い出しではないのか」
「その通り、転移するからすぐに揃うよ」
フリーレンが即答。
ゼーリエは一瞬だけ黙る。
「……それ料理中は何をするんだ?」
フリーレンが自信満々に鼻を鳴らす。
「足りない物があれば都度買いに出る役割だよ」
「一番重要な仕事と言っても過言じゃないね……」
フリーレンが得意げに語る。
一同、沈黙。
(そんなことになるかなぁ……)
ゼンゼがそう思いながらボンヤリと天井を見つめる。
◇
「では、この配役でどうでしょうか」
ゼンゼが羊皮紙にまとめる。
配役(仮)
メインシェフ:ゼンゼ
サポート(かき回し枠):ユーベル
進行兼安全管理:フェルン
味見&買い出し(緊急時):フリーレン
“総監督:ゼーリエ”
ユーベルが笑う。
「総監督って……ゼーリエは何をするの?」
ゼーリエは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「全体を統括する」
ユーベルが首を傾げる。
「……つまり何もしない?」
「ふん、違うな……」
ゼーリエは堂々と言い放つ。
「物事を成す時、優秀な指導者は“必須”だ」
コメント欄が荒れそうな雰囲気が漂う。
フェルンが静かに口を開いた。
「……ゼーリエ様も一工程は担当した方が良いかと思います」
「……なぜだ」
「こういうので“やらない監督”は叩かれやすいです」
ゼーリエの眉がぴくりと動く。
「……叩かれはせん」
ユーベル、大爆笑。
フェルンは少し困った顔で続ける。
「⸻では、監督として」
「……火加減の管理をお願いできますか」
ゼーリエは一瞬だけ考え、
そして自信満々に頷いた。
「うむ」
「任せよ」
◇
ゼーリエが問う。
「……だが、何を作る」
フリーレンが気楽に言った。
「シチューとか、無難でいいんじゃない?」
フェルンが頷く。
「火加減が見せ場になりますね」
そこで、ユーベルがにやりと笑う。
「魔法禁止でやろうよ」
一同、止まる。
「……は?」
ゼーリエが眉をひそめる。
ユーベルは肩をすくめた。
「だってさ。
普通に料理した方が、むしろ事故るでしょ」
「……そっちの方が盛り上がるじゃん」
意地悪く笑みを浮かべる。
一瞬の沈黙。
そして――
ゼーリエが静かに言う。
「……だが、それは少し面白いな」
フェルンが冷静に分析する。
「魔法使いが魔法なしで料理。
コンセプトとしては強いです」
ゼンゼが少し不安そうに手を挙げた。
「私……包丁はある程度扱えます」
ユーベルが、にやにや笑う。
「よし」
「決まりだね」
◇
『魔法禁止・協会料理配信』
決定。
ゼーリエが宣言する。
「トラブルがあっても慌てるな」
ユーベルが即答する。
「無音よりマシでしょ」
フリーレン、苦笑。
フェルン、ため息。
ゼンゼ、静かに包丁を握る。
――これは荒れる。
だが、確実に盛り上がる。
◇
直後、配信開始。
同接数――前回より明らかに多い。
フェルンが静かに報告する。
「開始5分で前回の最大同接を超えました」
コメント欄、爆速。
“きた料理回!”
”今日は音声あるよな?“
“魔法禁止って正気?”
ゼーリエが腕を組む。
「当然だ。初回のような失態は繰り返さん」
ユーベルがにやにやしている。
◇
「では、材料を刻む」
ゼンゼが包丁を握る。
――静か。
トントントントン。
均一。正確。速い。
コメント欄がざわつく。
“うまっ”
“音ASMR”
”ゼンゼ職人じゃん“
ユーベルが横で小声。
「え、プロ?」
ゼンゼは照れながらも手は止まらない。
ゼーリエが頷く。
「悪くない」
コメント欄:
“ゼーリエ上から目線で草”
ぴく。
ゼーリエの眉が動く。
「……上からではない、評価だ」
フェルンが即座に。
「ゼーリエ様、拾わなくていいです」
◇
鍋が温まり、具材投入。
ユーベルが塩を持つ。
「このくらい?」
ざば。
フェルンの目が見開く。
「ユーベル様、多いです」
ゼンゼが慌てて止める。
「ま、まだ入れてません」
コメント欄、大爆発。
“致死量w”
“魔法禁止で毒殺回”
“ユーベルやばい”
ユーベル大爆笑。
「やっぱり盛り上がってるじゃん!」
ゼーリエが低く言う。
「……お前はサポートだ」
「ゼーリエ怒ってる?」
ぴき。
「……怒っていない」
コメント欄:
“効いてる効いてる”
空気が変わっていく。
◇
ゼーリエがじれったそうに鍋を見つめ、
「……火が弱いな」
ゼーリエがコンロを最大に。
魔法術式が込められたコンロの火力が
とてつもなく高いことを、
普段料理をしないゼーリエが知る由もなかった。
ボッ!!!!
鍋の底が怪しい音を立て、徐々に黒い煙が上り始める。
焦り始めるゼンゼ。
「つ、強すぎます……」
明らかに焦げる匂いが部屋中を立ちこめる。
コメント欄:
“監督何してんのw”
“やらない監督どころか戦犯”
“火力魔王”
“総監督()”
ゼーリエのこめかみに青筋。
「……最適解を探っただけだ」
そして、
「ゼンゼ、そこまで慌てるほどでもないだろう」
軽くたしなめる。
「……すみません」
ゼンゼが小さく頭を下げる。
ユーベルはーー
笑い過ぎて、呼吸が整わない。
「ちょ、ちょっと待って……」
「今日、神回じゃん……!」
コメント欄:
“神回確定”
“火力魔王は草”
“総監督かわいい”
◇
フェルンが報告。
「同接、さらに増加。コメント速度が通常の三倍です」
まだ、荒れてはいない。
ーーこの時までは、
コメント欄:
“ゼーリエが空気悪くしてる”
“プライド高そう”
“協会のトップに向いてないんじゃ?”
空気が凍る。
フリーレン、遠い目。
(来たな……)
ゼンゼも無言で視線を落とす。
ゼーリエがゆっくりと画面を見る。
「……私が向いていない、だと?」
フェルンが即座に遮る。
「ゼーリエ様、無視してください」
「だが——」
コメント欄:
”図星?“
”また拾うw“
“そういうとこだぞ”
ユーベル、爆笑しながら椅子を叩く。
「やめて……拾うたびに数字伸びるのずるい……!」
ゼーリエ、限界。
「黙れ!!!!」
机が鳴る。
配信マイクがビリ、と震える。
「……向いていない?
そう言うのであれば、貴様がやってみろ」
コメント欄、完全停止。
一瞬、完全静止。
次の瞬間、コメントが雪崩れる。
コメント欄:
“ブチギレたwww“
”過去最高“
”これが見たかった“
”ゼーリエ最高“
フェルン、即座にフォロー。
「感情表現です。演出です」
「演出ではない!」
即否定。
ユーベル、涙目で笑う。
「だめだ腹筋壊れる……」
フリーレン、遠い目のまま。
「……でもさ」
全員が見る。
「ゼーリエが今日いちばん楽しそうだよ」
静寂。
ゼーリエ、言葉を失う。
コメント欄:
“フリーレン良いこと言う”
“尊い”
“この空気好き”
ゼンゼが小さく頷く。
「たしかに……」
同接、過去最高更新。
料理はだいぶ焦げている。
だが配信は大成功。
ゼーリエが静かに言う。
「……以降は、より理性的に進行する」
コメント欄:
“無理”
“絶対またキレる”
“次も来る”
ユーベル、一言。
「私たちいつもトラブルばっかりだねー」
フリーレン、遠い目。
「……てか、やっぱり怒ったね」
フェルン、頭を押さえる。
ゼンゼは胃の辺りがキリキリと痛むのを感じた。
ゼーリエ、まだ少しピキピキしている。
だが――
確実に、ファンは増えている。
◇
鍋の蓋が開く。
見た目――若干、いや、明らかに色が濃い。
底のほうが怪しい。
コメント:
“焦げてるよな?”
“え、色やばくない?“
“魔法禁止の末路”
フェルンが慎重に器へよそう。
ゼンゼは無言。
フリーレンは遠い目。
「……私、今お腹空いてないかも」
味見係、自ら降板。
ユーベルはすでに肩を震わせている。
ゼーリエが言う。
「見た目に惑わされるな……」
「味こそが本質だ」
スプーンを持つ。
一口。
……。
咀嚼。
……。
明らかにスプーンが進まない。
コメント欄、察する。
”あ“
”止まった“
”無言やめろw“
そのとき、流れる一文。
”ゼーリエが焦がしたからじゃん“
空気が凍る。
ゼーリエの眉が動く。
フェルン、小声。
「ゼーリエ様、拾わなくて大丈夫です」
ユーベル、ニヤニヤ。
ゼーリエは一瞬、深呼吸する。
――堪える。
そして静かに言う。
「ふん……腹の中に入れば同じだ」
強引に、二口目を大きくすくう。
コメント欄爆速。
”無理するなw“
”フラグ“
”やめとけ“
”これ罰ゲームだろ“
ゼーリエが豪快に口へ流し込む。
一拍。
二拍。
……次の瞬間。
「あっつい!!!!!!」
完全に素。
喉を押さえる。
「熱……っ」
コメント欄、大爆発。
”wwwww“
”猫舌かよ“
”威厳どこいった“
フェルンが慌てる。
「フリーレン様!水を!」
フリーレンが無言で差し出す。
ゼンゼは目を見開いたまま固まっている。
ゼーリエ、なんとか飲み込む。
そして――
「……味は」
一拍。
「普通にまずい……」
少しだけ目を逸らす。
「焦げている……」
沈黙。
0.5秒後。
コメント欄が崩壊。
”言ったwww“
”正直で草“
”神回確定“
”今日いちばんの名言“
ユーベル、限界突破。
「っ……っ……ははっ……!」
笑いすぎて呼吸が乱れる。
「やば……息……でき……」
過呼吸気味。
フェルンが冷静に背中をさする。
「落ち着いてください」
ユーベルが涙目で腹を抱える。
「ゼーリエが……無理やり……かき込むから……っ」
「し、しかも……焦げてるって……!」
再び爆笑。
フリーレンは遠い目のまま言う。
「だから火力強すぎだって言ったのに……」
ゼンゼ、小さく。
「……すみません」
ゼーリエ、喉を押さえつつ首を振る。
「安心しろ、ゼンゼ」
「……お前のせいではない」
ーーその瞬間、
コメント欄が滝のように流れる。
“そりゃそうやろ”
”お前じゃい!!“
”張本人(確信)“
”諸悪の根源”
”責任のなすりつけが始まらないの好き“
“この空気感ほんと好き“
”同接やばいぞ“
フェルンが確認。
「……過去最高同接、更新しました」
ユーベル、まだ笑っている。
「焦げシチューで天下を取るなんて流石リーダーwwww」
ゼーリエは水を飲み干し、深呼吸。
そして言う。
「次回は……」
「次回こそは、成功させる」
コメント欄:
”毎回言ってる“
”失敗してくれ“
”次も見る“
焦げた鍋。
笑いすぎて涙目のユーベル。
遠い目のフリーレンとゼンゼ。
頭を抱えるフェルン。
喉をさすりながら威厳を取り戻そうとするゼーリエ。
ーー大盛り上がりだった。
切り抜きタイトルは既に決まっている。
『威厳崩壊、焦げシチューで喉を焼く大魔法使い』
確実にファンは増えた。
威厳は少し減った。
だが――
同接数は、爆増している。
⸻
まだ熱の残る配信室
ユーベルは笑いすぎて椅子に崩れ落ちている。
ゼーリエは喉を押さえながらも、威厳を立て直そうとしていた。
そして――
「……そもそもユーベル」
空気が、少し変わる。
「貴様が塩を入れすぎたからではないか……!!」
ユーベルが驚く。
「……へ?」
コメント欄:
”きたw”
“責任転嫁始まった”
“お前じゃい!(2回目)”
ゼーリエは腕を組み、続ける。
「不味いのは私のせいではない……!!」
ユーベルは涙目のまま、まだ笑っている。
「いや……火力……」
「火力は最適化だ!!」
「……焦げてたよ?」
「それは……結果論だ!!」
コメント欄は完全にユーベル側。
”ユーベル悪くないw“
“塩は未遂”
“火力魔王のせい”
ゼーリエの額に青筋が浮かぶ。
「ふざけるな!!」
机を軽く叩く。
「原因は絶対こいつではないか……!!」
ユーベルが一瞬だけ真顔になり、ぽつりと言う。
「……でも塩、止められたじゃん」
一瞬の静寂。
コメント欄:
“論破”
“終わった”
“これが最強の大魔法使いか”
ゼーリエ、絶句。
フリーレンが静かに割って入る。
「まあまあ……」
遠い目のまま。
「焦げは焦げで味だから」
「味ではない!」
ゼンゼも小さく。
「……私も火力は少し強いと思いました」
ゼーリエがゆっくりと振り向く。
「ゼンゼまで……っ」
コメント欄爆速。
“全方位から刺されてて草”
“孤立してるw”
ゼーリエ、両手を広げる。
「なぜ私が悪い構図になる!!」
完全に不満たらたら。
「監督が責任を取る構図は理不尽だ!」
ユーベル、笑いを堪えながら。
「“監督”なんだから仕方ないでしょ……」
ゼーリエが悔しそうにユーベルを睨む。
コメント欄:
“トップの宿命“
”ゼーリエかわいい”
“今日いちばん人間味ある”
ゼーリエのこめかみがぴくりと動く。
「可愛いではない!」
しかし――
フェルンが、静かに画面の数字を確認していた。
「……ゼーリエ様」
「何だ」
「チャンネル登録者、急増しています」
一瞬、全員止まる。
「……増えているのか?」
「はい。特に“ゼーリエ切れ芸まとめ”から流入が」
コメント欄:
“キレてるの好き”
“威厳あるのに感情的なの最高”
“親しみやすい”
“推せる”
ゼーリエは言葉を失う。
フリーレンが静かに言う。
「怒ってるときのほうが楽しそうだよ」
ゼンゼも小さく頷く。
「…確かに」
ユーベルがにやにや。
「ほら、私のおかげじゃん」
「何故そうなる!!」
またピキる。
コメント欄、歓喜。
“またキレたw”
“無限機関”
フェルンが冷静に締める。
「分析上、ゼーリエ様の感情表現が最もエンゲージメントを生んでいます」
「えんげーじめんととは何だ」
「人気です」
静寂。
ゼーリエ、ゆっくり座る。
「……解せん」
だが、画面の向こうではファンが増え続けている。
“威厳のあるトップ”としてではなく、
“すぐキレるけどどこか憎めないトップ”として。
ユーベルが最後に言う。
「結論、焦げシチューは神」
ゼーリエ、反射的に。
「神ではない……!!」
コメント欄:
“今日も最高”
“次も絶対見る”
“料理配信だけしろ”
同接、過去最高維持。
登録者、右肩上がり。
ゼーリエは不満顔のまま。
だが確実に――
彼女が一番の人気者になりつつあった。