ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼーリエ、新曲発表をする

その日から、制作は本格的に動き出した。

 

ーーヨネヅ・レモン

 

まだ“国民的”とまではいかない。

だが、音楽好きの間では確実に名が挙がる存在。

インターネット界隈で数々の名曲を生み出している。

 

彼のスタジオでは、無数のメロディ断片が生まれては消えていく。

 

一方、アークアルカナは。

 

地方番組収録。

ラジオ再出演。

配信。

ライブ準備。

 

スケジュールは隙間がない。

 

深夜の控室。

 

ソファに沈むユーベル。

 

「……いやー、しんどいね、これ」

 

珍しく弱音。

 

誰もすぐには返さない。

 

フェルンは壁にもたれ、目を閉じている。

 

ゼンゼはタブレットを握ったまま、数秒止まっている。

 

フリーレンは天井を見つめていた。

 

静かな疲労。

 

その空気を、ゼーリエが破る。

 

「……だが、勢いがある今こそ勝負を仕掛ける時だ」

 

声は低いが、芯がある。

 

ユーベルが苦笑い。

 

「……まあ、わかってるんだけどさ」

 

視線を天井に向ける。

 

「休みたくなるときもあるよね」

 

フリーレンがぽつり。

 

フェルンが小さく頷く。

 

「ですが、今止まれば波は引きます」

 

ゼンゼが静かに補足。

 

ゼーリエは窓の外を見る。

 

「我らは今、加速している」

 

振り返る。

 

「この速度を保てるのは、永遠ではない」

 

部屋の空気が引き締まる。

 

ユーベルが起き上がる。

 

「……だよね」

 

軽く拳を握る。

 

「売れたいんでしょ?」

 

ゼーリエは即答。

 

「当然だ」

 

フェルンの瞳に光が戻る。

 

「最高の曲で、最高のステージを」

 

ゼンゼは冷静に。

 

「ヨネヅ氏から、デモ第一稿が届いています」

 

全員が顔を上げる。

 

「もう?」

 

再生。

 

静かなピアノ。

 

そこに、切実なメロディ。

 

サビで一気に広がる音。

 

部屋の空気が変わる。

 

ユーベルの目が見開く。

 

「……やば」

 

フェルンは息を飲む。

 

フリーレンが小さく呟く。

 

「これ、当たるよ」

 

ゼーリエは無言で最後まで聴く。

 

曲が終わる。

 

沈黙。

 

「……面白い」

 

それは、最高評価だった。

 

ユーベルが笑う。

 

「しんどいとか言ってる場合じゃないかも」

 

フェルン。

 

「この曲を、完璧に仕上げたい」

 

ゼンゼ。

 

「プロモーション戦略も再構築します」

 

ゼーリエが言う。

 

「我らは登る」

 

ゆっくりと。

 

「止まらん」

 

疲労はある。

 

だが。

 

それ以上に、確信があった。

 

この一曲で。

 

アークアルカナは、

 

次の段階へ進んでいく。

 

________

 

新曲の制作と並行して――

 

アークアルカナのレッスンが本格化した。

 

地方番組の収録終わり。

深夜のスタジオ。

 

鏡張りのダンスルーム。

 

音楽が鳴る。

 

「フリーレン様、そこの振り付けまた間違えてます」

 

フェルンの冷静な指摘。

 

「え?」

 

止まるフリーレン。

 

「今のターン、逆でした」

 

「……あ」

 

三回目である。

 

フリーレンは鏡の前で腕を組む。

 

「フェルン……これ私無理かもしんない」

 

弱音。

 

フェルンは即答。

 

「大丈夫です。頑張りましょう」

 

「フェルン〜話を聞いてよ〜」

 

だがフェルンは音楽を再生。

 

「5、6、7、8――」

 

無慈悲。

 

ユーベルは隅で笑いながらも必死に食らいついている。

 

「これ体力削られるやつじゃん…」

 

トレーナーの声が飛ぶ。

 

「ユーベルさん、表情はいい!足が追いついてない!」

 

「逆でしょ普通w」

 

汗が床に落ちる。

 

 

一方。

 

ゼーリエ。

 

真顔。

 

だが明らかに動きがぎこちない。

 

「……」

 

ワンテンポ遅れる。

 

振りを間違える。

 

ターンで軸がぶれる。

 

「ゼーリエ様、そこ逆です」

 

ゼンゼが淡々と修正。

 

「わかっている」

 

わかっていない。

 

もう一度。

 

音楽。

 

ステップ。

 

……遅れる。

 

「……」

 

無言でやり直す。

 

額に汗。

 

珍しく、眉間に皺。

 

フリーレンが小声で。

 

「ゼーリエも苦戦してるね」

 

フェルンも気づいている。

 

「珍しいですね」

 

ゼーリエは完璧主義だ。

 

できないことを嫌う。

 

だから余計に苛立つ。

 

「もう一度だ」

 

トレーナーが止める。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

「まだやれる」

 

即答。

 

「ゼーリエ様」

 

ゼンゼが静かに言う。

 

「無理は効率を落とします」

 

一瞬、視線がぶつかる。

 

数秒。

 

ゼーリエは目を閉じる。

 

「……10分休憩だ」

 

やっと譲る。

 

 

床に座り込むメンバーたち。

 

ユーベルがそのまま寝転んだ。

 

「売れるって大変だねー」

 

フリーレンも隣に腰を下ろす。

 

「思ってたより体育会系」

 

フェルンはタオルで汗を拭きながら言う。

 

「ですが、この曲にはこのレベルが必要です」

 

ゼンゼは呼吸を整えながら続けた。

 

「……完成すれば、間違いなく代表曲になります」

 

ゼーリエは壁にもたれたまま、静かに口を開く。

 

「……私は不器用だ」

 

珍しい言葉だった。

 

全員が少しだけ驚く。

 

だが、ゼーリエは顔を上げる。

 

「……だが、できないとは言わん」

 

ユーベルが笑った。

 

「それでこそリーダーだよ」

 

フリーレンが小さく頷く。

 

「うん、一緒に間違えよう」

 

フェルンがすぐに訂正する。

 

「正確には、一緒に直しましょう」

 

ゼンゼが淡々と付け加える。

 

「データ上、反復回数で解決します」

 

全員が、少しだけ笑った。

 

やがて音楽が再び流れる。

 

「5、6、7、8――」

 

動きはまだぎこちない。

 

だが。

 

確実に揃い始めていた。

 

汗と疲労の中で。

 

アークアルカナは、

 

“駆け出しアイドルグループ”から

 

“人気アイドルグループ”へと

 

変わり始めていた。

 

 

しばらくが経過し、

王都・ボイストレーニングスタジオ

 

ピアノの音が鳴る。

 

発声練習。

 

スケール。

 

ロングトーン。

 

トレーナーが腕を組む。

 

「……流石に素晴らしいですね」

 

フリーレンの歌声は、安定感が増していた。

 

元々柔らかく澄んだ声質。

そこに芯が通り、音程のブレが消えている。

ライブの経験も大きく、

歌唱力に更なる磨きがかかっていた。

 

続いてゼーリエ。

 

低音域の支えが強くなり、

高音への跳躍も滑らか。

 

力で押す歌い方から、

響きで聴かせる歌い方へ。

 

見学に来ていたヨネヅ・レモンが小さく呟く。

 

「……凄いですね」

 

視線は楽譜の上。

 

「初期も下手ではない印象でしたが、

さらに上手くなってる……」

 

ボソボソ。

 

ゼーリエの眉が動く。

 

「……貴様、いい加減ボソボソ喋るな」

 

スタジオが一瞬静まる。

 

「忙しくてイライラしているんだ……」

 

空気が張り詰める。

 

「ちょっ、やめなよゼーリエ……」

 

フリーレンが慌てて制止。

 

ヨネヅは、無言。

 

コーヒーのカップを持つ手が止まる。

 

沈黙。

 

ユーベルが手を叩く。

 

「私たちも頑張んないとね」

 

空気を変える。

 

フェルンもすぐ続く。

 

「はい、全員で底上げです」

 

ヨネヅが、少し顔を上げる。

 

「……ユーベルさんも」

 

一同、視線が向く。

 

「最初に比べたら、確実に上手くなってますよ」

 

やっぱりボソボソ。

 

「え、ほんと?」

 

ユーベルが目を輝かせる。

 

「嬉しーありがと〜!」

 

全力で喜ぶ。

 

その様子を見て、ヨネヅがほんの少しだけ笑う。

 

ゼーリエは腕を組んだまま、横目で見る。

 

「……当然だ」

 

ぶっきらぼう。

 

だが声はさっきより柔らかい。

 

トレーナーがまとめる。

 

「この曲は繊細さと爆発力の両立が必要です。

今の伸びならいけます」

 

ヨネヅがぽつり。

 

「サビ、もっと抜けるはずです」

 

ゼーリエが視線を向ける。

 

「ならば、出す」

 

再びマイクの前へ。

 

深呼吸。

 

サビ。

 

声が空間を突き抜ける。

 

ヨネヅの目が、わずかに見開く。

 

(……やっぱり、この人たちを選んでよかった)

 

曲は、確実に形になり始めていた。

 

そして彼らもまた、

 

確実に“次の段階”へ進んでいた。

 

________

 

その日の夜、

 

配信開始ボタンが押される。

 

タイトルは――

 

【告知】

 

同接数、開始数分で14000。

 

知名度に対して異様な数字。

 

勢いを証明するには、十分すぎた。

 

コメントが滝のように流れる。

 

“最近配信減ってて寂しいよー”

“ユーベルかわいー”

“ゼーリエ様〜”

“ゼンゼ疲れ切ってて草 可愛い”

“ゼーリエ様老けた?”

“ゼーリエ様の髪ボサボサやな”

“フェルン本当にすこ”

“最近メディア露出増えてきてるよね”

“告知ってなんやろか”

“ライブかな?”

“ゼーリエ、ゼンゼ様に被ってて邪魔だからしゃがんで”

 

ゼーリエ、即反応。

 

「誰がボサボサだ」

 

前髪を直す。

 

「老けたとは何だ」

 

フリーレンが横で笑う。

 

「しゃがめって言われてるよ」

 

「なぜ我がしゃがむ」

 

ユーベルが爆笑。

 

「やっぱり、ゼーリエがアンチ拾う配信好きだよ私」

 

初期と変わらない空気。

 

ゼーリエはイライラしながらも、爆発しない。

 

成長である。

 

ゼンゼは確かに少し疲れている。

 

「ゼンゼ、目死んでるって」

 

「通常です」

 

即答。

 

フェルンが小声で。

 

「最近、寝てませんからね」

 

ユーベルも普段は疲労が溜まっているはずだが、配信では大笑い。

 

「仕事でヘトヘトだけどさー、配信は別腹!」

 

コメント欄もそれに呼応。

 

“この空気が好き”

“なんか安心する”

“帰ってきた感ある”

“フリーレン老けた?”

 

フリーレンがピクリと反応する。

 

「……老けてない!」

 

少しニヤけるフェルン。

 

そして、

 

ゼーリエが姿勢を正す。

 

「よし、告知だ」

 

空気が変わる。

 

コメント速度がさらに上がる。

 

「次のライブは2ヶ月後」

 

一拍。

 

「10000キャパの箱で行う」

 

一瞬、チャットが止まり。

 

次の瞬間、爆発。

 

“は?????”

“1万!?”

“デカすぎだろ”

“マジ?”

“埋まるの?”

“挑戦だな”

 

ユーベルがニヤリ。

 

「やっちゃうよ〜」

 

フェルンは真剣。

 

「本気です」

 

フリーレンが穏やかに。

 

「ちょっと広いね」

 

ゼンゼが補足。

 

「動員計画は既に動いています」

 

ざわつきが止まらない。

 

ゼーリエが続ける。

 

「そして――」

 

静寂。

 

「その時、新曲を発表する」

 

コメント欄、再び加速。

 

“きたああああ”

“ついに”

“代表曲くる?”

 

ゼーリエはゆっくり言う。

 

「作曲家は、知っている者もいるかもしれん」

 

間。

 

「“ヨネヅ・レモン”という者だ」

 

一瞬、沈黙が落ちた。

 

そして次の瞬間――

 

チャットが爆発する。

 

“え?????”

“ヨネヅレモン!?”

“マジで?”

“あの?”

“ちょくちょく曲バズってるよね”

“ボカロの人じゃん”

“やばいだろそれ”

 

画面がコメントで埋まっていく。

 

ユーベルが楽しそうに笑った。

 

「びっくりした?」

 

フェルンが落ち着いた声で言う。

 

「全力で準備しています」

 

フリーレンも続く。

 

「いい曲だよ」

 

ゼンゼが静かに頷いた。

 

「……期待していただいて構いません」

 

その瞬間。

 

同時接続、16000を突破。

 

配信はトレンド入りする。

 

ゼーリエは流れ続ける画面を見つめ、静かに言った。

 

「10000を埋める」

 

その一言で、

 

チャットの流れがさらに加速する。

 

“埋めよう”

“絶対行く”

“歴史の目撃者になる”

“アークアルカナ本気だ”

 

ユーベルが拳を突き上げた。

 

「いくよー!」

 

五人の姿は、確かに変わっていた。

 

だが、空気は変わらない。

 

始まりの頃のまま。

 

それでいて、確実に大きくなっている。

 

アーク・アルカナは――

 

一世一代の賭けに出た。

 

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