ライブまで、あと12日。
スケジュールは、もはや常軌を逸していた。
朝:ラジオ出演
昼:雑誌撮影
夕方:ダンスレッスン
夜:ボイストレーニング
深夜:ミーティング
睡眠時間は、削られ続けていた。
⸻
その日も、スタジオ。
ダンスの通し練習。
新曲のサビ前。
フォーメーションが高速で入れ替わる難所。
「もう一回いきます」
インストラクターの声。
ゼンゼの動きが、わずかに遅れる。
「……ごめん」
小さな声。
「大丈夫?」
ユーベルが寄る。
「平気」
そう言って、立ち位置に戻る。
音が鳴る。
ステップ。
ターン。
ジャンプ。
――その瞬間。
視界が、暗転。
崩れる。
床に落ちる音。
音楽が止まる。
⸻
「ゼンゼ!?」
ユーベルが駆け寄る。
フェルンは即座に脈を確認。
フリーレンは膝をつく。
ゼーリエは、動かない。
ただ、目だけが鋭くなる。
⸻
意識はある。
だが、立てない。
「……ごめん」
かすれ声。
「謝るな」
ゼーリエの声は低い。
怒っているわけではない。
だが、怒りに近い何かがある。
“自分たちの無理”に対して。
⸻
教会の神父の診断。
過労。
睡眠不足。
軽度の脱水。
「数日は安静に」
当然の言葉。
⸻
協会の会議室。
空気は重かった。
フェルンが資料を見ながら口を開く。
「ライブまであと12日です」
静かな声だった。
フリーレンが腕を組む。
「フォーメーション、組み直す?」
その言葉を――
ゼーリエが遮った。
「いや」
短い一言。
会議室の視線が一斉に集まる。
「ゼンゼは出る」
迷いのない即断だった。
ユーベルが顔を上げる。
「でも――」
言いかけたところで、ゼーリエが続ける。
「だが、削る」
再び沈黙。
「無理なパートは再構成する。演出で補う」
冷静な声。
そこに感情はない。
あるのは、
“アーク・アルカナ”リーダーとしての判断だけだった。
⸻
その夜。
配信は急遽中止。
SNSには簡潔な報告。
「ゼンゼ、体調不良のため数日休養します」
コメントは心配で埋まる。
”無理しないで“
“健康第一”
“待ってる”
◇協会・病室
ゼンゼは天井を見つめていた。
静かな部屋に、扉の開く音が響く。
入ってきたのはゼーリエだった。
何も言わず、ベッドの横の椅子に座る。
しばらく沈黙が続く。
やがてゼンゼが口を開いた。
「……みんなに迷惑をかけてしまいました」
ゼーリエはすぐに答える。
「違う」
即答だった。
「……私の采配ミスだ」
珍しい言葉だった。
ゼンゼが目を見開く。
ゼーリエは静かに続けた。
「……勢いに酔った」
淡々とした、自己分析。
そして――
「だが」
ゼーリエの目が鋭くなる。
「……ここで崩れるわけにはいかん」
その言葉を聞き、ゼンゼが少しだけ笑った。
「……出ます、ライブ」
ゼーリエが鼻を鳴らす。
「ふん」
そして短く言った。
「……当然だ」
その表情と声色は、
いつもより少しだけ柔らかかった。
⸻
ライブまであと9日、
ーー協会内レッスンスタジオ
音楽が止まる。
フリーレンは思わず息を吐いた。
目の前で踊るゼーリエを見ながら、心の中で呟く。
(ゼーリエ、すごい)
(前よりもダンスが上手くなってる)
フェルンも同じように驚いていた。
そして、すぐに察する。
(……ゼンゼ様の分まで支えようとしているんですね)
曲が終わる。
ゼーリエは額の汗を拭いた。
だが、すぐにプレイヤーへ手を伸ばす。
再び曲を流そうとしていた。
その時――
「……ごめん、もうちょっとだけ休憩させて」
ユーベルだった。
さすがに体力の限界らしい。
ゼーリエは静かに頷く。
「……うむ」
短く言う。
「……休め」
そして、ほとんど聞こえないほど小さな声で、
「……すまないな」
そう呟いた。
次の瞬間。
ゼーリエは一人でダンスを始めていた。
フリーレンとフェルンが顔を見合わせる。
そして、無言のまま踊りに加わった。
ユーベルも立ち上がる。
「……負けないよ」
そう言って笑い、ステップを踏む。
ゼンゼがいなくなった穴を埋めるように、
三人は必死に動き続ける。
だが。
その穴が埋まらないことを、
彼女たち全員が理解していた。
それでも。
レッスンは続く。
彼女が戻ってきた時、
その負担を少しでも減らせるように。
音楽は、何度でも流れた。
⸻
アーク・アルカナは、
初めて、“勢い”が止まった。
だが同時に、
彼女たちは理解した。
無理をすれば壊れる。
壊れれば終わる。
守りながら、勝つ。
それが本当の勝負だった。
⸻
ライブ前日
控室兼スタジオ。
全員、メイクは薄め。
衣装はまだ着ていない。
だが緊張は隠せない。
配信タイトルは――
【明日、1万人】
同接:過去最大 30000超
コメントは止まらない。
“ゼンゼだけが心配”
”ゼンゼマジで体調気をつけて“
“ゼンゼ愛してる”
“明日楽しみすぎて寝れねえ”
“生ユーベルマジで楽しみ”
“今更だけど、大陸魔法協会って何?”
“ゼーリエ様〜”
“フェルン美しい”
“ビジュが神”
“フリーレン!!”
“ゼンゼ様無理しないで”
“明日の物販でもメンバー出てくるのかな?”
“↑流石にこの規模だと難しいんじゃね”
“なんか寂しさあるな”
◇
ゼンゼは、少し痩せたが、座っている。
「大丈夫です」
自分から言う。
コメントが一斉に流れる。
“無理すんな“
“ほんとに大丈夫?”
“心配”
「出ます」
短い言葉。
それだけでチャットが温かくなる。
そして、ユーベルが空気を変える。
「明日さ、1万人だよ?」
「私、未だに信じられないよ」
フリーレンが頷く。
「最初、同接300とかだったよね」
コメント欄ざわつく。
“正直、初期がよかった”
“あるあるだけど、やっぱ寂しい”
“初回の手売りでユーベルから買った。未だにその時チケットとってある”
初期からのファンたちが古参アピールを始まる。
◇
ゼーリエは静かに画面を見る。
「初期が良かった、か」
そのコメントを拾う。
一瞬、空気が止まる。
「規模が大きくなれば、距離は遠くなる」
正直な言葉。
「……だが」
目が鋭くなる。
「熱量まで薄めるつもりはない」
チャット爆発。
“信じてる”
“それでいい”
“こいつ、ちょくちょくかっこいいな”
“ゼーリエのくせにかっこいいのやめろ”
フェルンが補足する。
「コメントにありましたが、」
「明日、物販へのメンバー参加はありません」
少し残念な声が流れる。
「……ですが」
「終演後、特別な発表があります」
ざわつくコメント欄。
“なにそれ”
“怖い”
ユーベルが笑う。
「怖くないってw」
でも少しだけ目が真剣。
◇
「大陸魔法協会って何、か」
コメントを読むフリーレン。
「いや、私にもわかんないよ」
苦笑い。
◇
終盤、
ゼーリエが前に出る。
「……明日」
一拍。
「私たちは、証明する」
何を、とは言わない。
「1万は通過点だ」
チャットが震える。
◇
配信終了後。
部屋は静か。
誰もすぐには立たない。
ユーベルが小さく言う。
「なんかさ」
「戻れない感じするよね」
フリーレンが頷く。
「うん」
フェルンは資料を閉じる。
ゼンゼは目を閉じる。
ゼーリエは立ち上がる。
「戻る必要はない」
低く、強い声で、
「……進むだけだ」
スタジオの天井を、まっすぐ見つめる。
その目に映っているのはーー
“アーク・アルカナ”の未来。
ライブまで、あと数時間。
胸に渦巻くのは、
緊張。
不安。
期待。
そして、ほんの少しの寂しさ。
彼女たちは
もう“地下”ではない。
明日、
それが証明される。