収録後の控室。
フェルンはスマホを握りしめていた。
画面には、すでに文章が打たれている。
『本日の収録、私のミスでメンバーにご心配をおかけしました。
ライブでは必ず――』
そこで止まっていた。
止まったはずの涙が、
また瞳の奥に浮かんでくる。
投稿ボタンの上に、
指をゆっくり移動させる。
その時。
背後から声。
「やめろ」
ゼーリエ。
フェルンは振り向かない。
「でも……」
小さな声。
ゼーリエは一歩近づく。
「……謝るな」
低く、はっきりと。
「失敗を固定するな」
フェルンの手が震える。
「でも、ファンに……」
言い切る前に、
ゼーリエが言葉を重ねる。
「ファンは」
少し間。
「お前の失敗を見に来るのか?」
沈黙。
フェルンは答えられない。
ゼーリエが静かに続ける。
「違う」
そっと、
フェルンの手からスマホを取る。
画面を一度見る。
そして、
文章を削除した。
「……ライブで黙らせろ」
突き放すような言い方。
だが、
それは一番強い信頼の言葉だった。
フェルンはゆっくり息を吸う。
さっきまであった涙は、
もうなかった。
◇
楽屋の奥。
誰もいないスペース。
ユーベルは壁にもたれていた。
笑顔はない。
深呼吸。
「……やば」
小声。
本当は気づいていた。
今日、全体の空気が揺れた瞬間。
(私がもっと引き上げられたんじゃない?)
自責。
手が少し震える。
そこへフリーレン。
「探したよ」
優しい声。
ユーベルは一瞬で笑顔を作る。
「……なに?」
フリーレンはじっと見る。
「無理してるね」
沈黙。
笑顔が少し崩れる。
「私が一番笑ってなきゃダメじゃん」
「誰が決めたの?」
フリーレンは静かに言う。
「ユーベルが笑うのは武器。でも、鎧にしなくていい」
一瞬、目が潤む。
「……バレてる?」
「うん」
小さく笑う。
ユーベルは息を吐く。
「……ライブ、絶対勝ちたい」
本音。
フリーレンは頷く。
「うん。だから一人で背負っちゃダメだよ」
その言葉で、
ユーベルの呼吸が整った。
⸻
レッスン終わり。
床に座り込み、
5人は自然と円になっていた。
疲労の残る静かな時間。
その中で、
珍しくゼンゼが口を開く。
「一つ、共有していいですか」
全員の視線が向く。
ゼンゼは少し考えてから続ける。
「……ライブが終わった後」
言葉を選ぶように、
ゆっくりと。
「……会場が静まり返る瞬間がある」
フェルンが首を傾げる。
「……静まり返る?」
ゼンゼが頷く。
「そう、最後の余韻で」
少しだけ間。
「……その時」
静かな声で続ける。
「ファンたちの」
「“ああ、来てよかった”って顔が、広がっている」
とても具体的だった。
その光景を、
本当に見てきたかのように。
ゼンゼは少し視線を落とす。
「……その景色を見たい」
小さな言葉。
でも、
そこには確かな熱があった。
ユーベルがふっと笑う。
「なんか映画みたいだね」
ゼンゼもわずかに口元を緩める。
「……目を瞑れば浮かんでくるんだ」
その言葉に、
ゼーリエが腕を組む。
少しだけ考え、
短く言う。
「……そうだな」
それだけ。
だが、
その表情はどこか温かかった。
“目を瞑れば思い出せる景色”。
それはきっと、
ステージに立つ者だけが知る
特別な瞬間。
フリーレンが目を細める。
「……じゃあ」
静かに言う。
「その景色を、私たちの目標にしよう」
フェルンがゆっくり頷く。
「……はい」
その声は、
もう震えていなかった。
⸻
空気が変わる。
失敗の空気ではない。
“取り返す”空気でもない。
“見せる”空気。
緊張はある。
でも。
折れてはいなかった。
そして、
ついに、
地上波の、
放送日当日を迎えた。
配信タイトル:
【地上波一緒に観よう】
開始5分前。
同接――過去最高を更新。
◇
部屋は少し暗め。
中央に、大きなテレビ。
ゼーリエは椅子に腰を掛けている。
その周りで、
フリーレン、フェルン、ユーベル、ゼンゼが
床にラフな格好で座っていた。
ライブ前日とは思えない、
どこかゆるい空気。
だが。
一人だけ違った。
フェルン。
明らかに顔色が悪い。
青ざめている。
ユーベルが隣で小声。
「大丈夫?」
フェルンは小さく頷く。
「……多分です」
全然、大丈夫じゃない声。
フリーレンがその様子に気づく。
そっと手を伸ばし、
フェルンの手を包む。
「……フェルン、手が冷たいよ」
フェルンが少し顔を上げる。
「……フリーレン様」
その目に、
うっすら涙が浮かぶ。
フリーレンは何も言わず、
ただ手を握る。
少しだけ力を込めて。
「……大丈夫だよ」
静かな声。
フェルンの指が、
ほんの少しだけ
フリーレンの手を握り返した。
二人の思いを他所に、
コメントは流れ続ける
“きたああああ”
“正座待機”
“フェルン可愛い”
“緊張してる?”
◇
番組スタート、
オープニング。
司会者の軽いトーク。
テロップ。
【今、巷で話題の5人組】
コメント欄爆発。
“来た来た来た”
“心臓やばい”
フェルンが固まる。
「……やだ」
小声。
フリーレンが肩に手を置く。
「フェルン、深呼吸……」
ゼーリエは腕を組み、無言。
ゼンゼはテレビとフェルンを交互に見ている。
ユーベルは笑顔でカメラに手を振る。
◇
VTRが流れる。
収録日の映像。
あの日の自分たち。
フェルンの喉が鳴る。
イントロ。
本番映像。
コメント欄が一気に流れる。
“衣装最高”
“センター強い”
“ユーベルえぐい笑顔”
フェルンのターン。
あの瞬間。
ほんの半拍のズレ。
フェルンが目を伏せる。
「ごめんなさ……」
しかし
コメント欄の流れは違った。
“えぐい!!!”
“地上波デビュー、尊い”
“生歌強すぎ”
“フェルン声綺麗”
“フェルン、ダンスうめえな”
フェルンが顔を上げる。
「……え?」
画面では、
フリーレンが自然に寄り、
ゼンゼが半歩調整し、
ユーベルが笑顔を弾けさせ、
ゼーリエが圧倒的に中央を締めている。
全体で見ると、崩れていない。
むしろ迫力がある。
コメント欄は歓声。
“鳥肌立った”
“ライブ行くやつ羨ましい”
“前日とかズルい”
フェルンの目が潤む。
「……そんなに、悪くない?」
ユーベルが笑う。
「だから言ったじゃん」
フリーレンが小さく頷く。
「テレビは全体で映る」
ゼンゼが冷静に補足。
「主観と客観は違います」
ゼーリエ、低く。
「結果が全てだ」
画面ではラストポーズ。
完璧に決まる。
スタジオ拍手。
番組側の称賛コメント。
【圧巻のパフォーマンスでした】
コメント欄、最高潮。
“覇権”
“明日現地行く”
“泣いた”
フェルンの頬に涙が伝う。
今度は、違う涙。
「……ありがとうございます」
誰に向けたのか分からない。
メンバーか。
ファンか。
自分か。
◇
ユーベルがカメラを見る。
「どう?ライブ前夜、仕上がってるでしょ?」
フリーレン。
「明日、もっとすごいよ」
ゼンゼ。
「今日より完成度上げます」
ゼーリエが前に出る。
視線が強い。
「明日、証明する」
短い。
コメント欄が震える。
◇
フェルンが最後に言う。
「……明日、会場で」
声はもう震えていない。
「全力で歌います」
◇
配信終了。
同接、歴代最高。
トレンド入り。
部屋の空気が変わる。
不安は消えた。
残ったのは、
覚悟。
ライブ開演まで、あと20時間。
本作中で好きなキャラ
-
ゼーリエ
-
ゼンゼ
-
フリーレン
-
フェルン
-
ユーベル