事務所の仮宿泊部屋。
ゼーリエはベッドに腰掛け、スマホを握っていた。
――深夜に投稿するなとはどういうことだ。
――投稿前にグループチャットで相談?
――ふざけるのも大概にしろ。
だが。
通知が鳴っている。
先ほどの投稿に返信が増えている。
“自撮りもっとあげてほしい”
“可愛い”
“色々なゼーリエ様が見たい”
“ぎこちないのが逆に良いまである”
“ゼーリエたんマジで可愛い”
「……ゼーリエたん?」
眉がぴくりと動く。
「気になる呼び名ではあるが……」
スクロール。
肯定的な声も多い。
「……わかっている者もいるではないか」
顎に指を当てる。
「仕方ない」
「一肌脱いでやる」
「SNSとは、こういうものだろう」
自信満々。
◇
──10分後。
投稿①
「お風呂に入った」
真顔。
下からのアングル。
湿った髪。
なぜかライトが強い。
◇
投稿②
「エルフ耳、わりと気に入ってる」
「ただ、結構水入りやすいからそれが辛い」
耳のドアップ写真。
◇
投稿③
「夜やたらお腹減る」
プロテインバーと一緒の自撮り。
最後に一文。
「ふふ…喜べ
貴様らの欲しいものだ…」
満足げにスマホを置く。
3分後。
通知、爆発。
“下からのアングルやばくて草”
“耳のドアップ興奮する”
“ な ぜ 下 か ら 撮 っ た ”
“プロテインバー脂質多いのでやめたほうがいいですよ”
“自撮り多いな!!笑”
“1000年以上生きててこんな感性なのか…”
“こいつマジで魔法使えんのか”
“↑大魔法使いらしいよ、知らんけど”
“耳、でっか!!笑”
“誰かゼーリエ様に自撮りの仕方教えて差し上げろ”
“ユーベル、自撮り教えてやれよ”
ゼーリエ、静止。
こめかみに血管。
「……」
震える。
抑えろ。
ゼンゼの声が脳裏に浮かぶ。
“返信は1日3件まで”
「……抑えるんだ」
拳を握る。
震える。
呼吸が荒い。
「こういう時は、ポジティブな情報を見るに限る」
SNSの検索窓を開く。
【 アークアルカナ 】
「勢いがある我々だ」
「ライブ直前」
「称賛に満ちているに違いない」
意気揚々とタップ。
──表示。
“アークアルカナって全体的にダンス下手じゃない?”
“アークアルカナのゼーリエって偉そうで苦手だわ”
“アークアルカナのユーベルまじですき、それ以外のメンバーは知らん”
“アークアルカナのライブ10000キャパ完売してるって嘘やん”
“↑手法やばいらしいよ”
“アークアルカナって歌上手いのフリーレンだけやん”
”↑ゼーリエも上手いぞ。他メンバーは微妙だけど“
”アークアルカナよりアビクラのがクオリティー圧倒的に高いよ“
“↑アビクラとかデビューしたばっかじゃん”
“↑いや、デビューがいつとか関係ないからw”
“↑↑アビクラのライブ行ってたら一瞬でどっちが上かわかるよw”
“アークアルカナの新曲コケてほしい笑”
沈黙。
数秒。
さらにスクロール。
肯定もある。
“アークアルカナのライブ楽しみ”
“アークアルカナの新曲、絶対最高だろ”
“アークアルカナのライブのために明日の仕事がんばろ”
だが、もう目に入らない。
視界が赤い。
「……ダンス下手?」
「偉そう?」
「コケてほしい?」
呼吸が荒くなる。
指が返信ボタンに触れる。
止まる。
ゼンゼの顔が浮かぶ。
「返信は3件までです」
「最も影響力があるからです」
歯を食いしばる。
「……黙れと言ったな」
しかし。
今は言えない。
ベッドにスマホを叩きつける。
立ち上がる。
部屋を歩く。
歩く。
止まる。
鏡を見る。
そこには
さっき下から撮った顔ではない。
ライブセンターの顔。
「……ライブで判断しろ」
低く呟く。
再びスマホを手に取る。
新規投稿画面を開く。
打つ。
消す。
打つ。
消す。
深呼吸。
そして、たった一文。
⸻
『ライブに、来い』
⸻
送信。
それだけ。
返信しない。
検索しない。
スマホを伏せる。
ベッドに横たわる。
天井を見る。
怒りは消えていない。
だが、方向は定まった。
ライブまで、あと2日。
ゼーリエは初めて知る。
SNSは戦場ではない。
火薬庫だ。
……そういえば。
エゴサ中に気になるコメントがあった。
◇
“アークアルカナよりアビクラのがクオリティー圧倒的に高いよ”
◇
アビクラ?
聞いたことがない。
だが、何故か。
ーー胸が少しざわついた。
◇
“アビクラとかデビューしたばっかじゃん”
“↑いや、デビューがいつとか関係ないからw”
“↑↑アビクラのライブ行ってたら一瞬でわかるよw”
◇
コメントの流れを思い出す。
(どこの誰だかは知らないが)
ゼーリエは小さく呟いた。
「負けるつもりはない」
そう言って、
眠りに落ちた。
⸻
前日リハが終了。
楽屋。
ハンガーに並ぶ衣装。
ゼンゼが一歩前に出る。
「皆さん、明日の衣装です」
布が広がる。
淡い光沢。
繊細な装飾。
動くたびに揺れる軽い素材。
ユーベルが目を輝かせる。
「おー可愛いねー!」
くるりと回る。
フリーレン、静かに微笑む。
「うん、悪くないね」
落ち着いた評価。
フェルンは裾を指で測る。
「少しスカート短いですね…」
真面目。
ゼンゼ、即座に対応。
「フリルパンツがある」
さっと見せる。
「安心していい」
フェルン、ほっとする。
その空気の中。
ゼーリエだけが動かない。
スマホと睨み合っている。
親指が止まらない。
スクロール。
またスクロール。
「……ふむ」
昨日から止まらない。
エゴサ。
褒め言葉を探しに行く。
途中で刺さる言葉を見つける。
怒る。
抑える。
また検索。
繰り返し。
目が明らかに充血している。
ゼンゼは横目で見る。
(完全に間違えた)
アカウントの権限を渡したこと。
深夜の連投。
そして今日。
目の下、わずかなクマ。
だが、何も言わない。
今言えば反発する。
「ゼーリエ様、衣装どうですか?」
ゼンゼがあえて話を振る。
ゼーリエが顔を上げる。
「……ん?」
数秒遅れ。
「ああ、衣装か」
視線を布へ向ける。
「可愛らしいな」
淡々とした感想。
そしてまたスマホへ。
すぐに、
気になる投稿を見つける。
“ゼーリエあんま知らんけど、SNS見る感じ絶対ややこしい奴やんw”
こめかみに筋が浮かぶ。
小さく舌打ち。
ユーベルが苦笑する。
「まだ見てるの?」
フリーレンももう察している。
「気にしてる?」
ゼーリエ、即答。
「……していない」
スクロール。
フェルンが小さく言う。
「ゼーリエ様、ライブ明日ですよ」
ゼーリエは一瞬、
バツが悪そうな顔をする。
「……わかっている」
だが、
指は止まらない。
その時。
スマホが震える。
通知
“明日行きます”
“目を鍛えろTシャツ作って”
“新曲こけたら笑う”
こめかみに血管。
深呼吸。
抑える。
ゼンゼが一歩近づく。
静かに。
「ゼーリエ様」
反応なし。
もう一度。
「ゼーリエ様」
低く。
「今一番見るべきものはそれではありません」
沈黙。
ゼーリエの指が止まる。
数秒。
ゆっくり顔を上げる。
「……何だ」
ゼンゼは衣装を指す。
「これです」
「明日の景色です」
「画面ではありません」
空気が少し張る。
フリーレンが柔らかく続ける。
「昨日のさ」
「“明日、来い”って投稿良かったよ」
ユーベルも乗る。
「リプ欄、あれで一気に空気変わったし」
フェルン、小さく。
「楽しみにしてる人の方が、多いです」
ゼーリエ、無言。
スマホを見る。
画面をオフにする。
ポケットに入れる。
「……当然だ」
短い。
だが。
完全には切れていない目。
ゼンゼは理解している。
火種はまだ燻っている。
だが。
明日はライブ。
戦場は画面ではない。
ゼーリエが衣装に手を触れる。
布の感触を確かめる。
「これは動きやすいか?」
「はい」
「なら問題ない」
スマホには触れない。
数秒。
そして小さく。
「明日、黙らせる」
ゼンゼは内心で思う。
(どうか、明日だけは検索しませんように)
ーーその時。
ポケットの中で、
小さく震える感触。
ゼーリエの眉がわずかに動く。
通知。
ほんの一瞬だけ、
視線がポケットに落ちる。
数秒。
……触らない。
ゼーリエは顔を上げる。
だが。
歩き出す瞬間、
誰にも見えない角度で
小さく呟いた。
「……帰ったら見るか」
そして何事もなかったように、
楽屋を出ていった。
ーーライブまで、あと18時間。
本作中で好きなキャラ
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ゼーリエ
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ゼンゼ
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フリーレン
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フェルン
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ユーベル