フェルンの提案で、
オリジナル曲以外にも流行りの曲や定番の曲を取り入れることになった。
いわゆる――入口を広くする作戦だ。
問題は。
「……覚えられん」
ゼーリエが真顔で呟く。
「……歌詞多すぎない?」
フリーレンが楽譜を見ながらぼやく。
「流行曲ってこんなに難しいのか……」
ゼンゼも顔をしかめる。
流行に疎い三人は、必死に曲を覚えた。
夜遅くまで練習し、
次の日にはまた路上ライブ。
そして——
変化は、確かにあった。
足を止める人間が、明らかに増えたのだ。
これまで多くても三人ほどだった観客が、
今では五人ほど。
わずかな差だが、確かな前進だった。
銅貨が落ちる回数も増えた。
それでも――
「……まだ、足りないな」
ぽつりと、ゼーリエが言った。
「……え?」
ゼンゼが驚いたように振り向く。
「明らかに状況は良くなった」
少し、間。
「だが……もうひと押し足りん」
「いやいや」
フリーレンが眉をひそめる。
「三人でやってた時より、だいぶマシになったじゃん……」
「それは認めよう」
ゼーリエは頷く。
「だが、やっていることは“入口を広げただけ”に過ぎん」
「遅かれ早かれ、壁にぶつかる……」
腕を組む。
そして——
「……足りないものがある」
フェルンが静かに尋ねる。
「……何が足りないんですか?」
ゼーリエは、はっきりと言った。
「センターだ」
「明るく踊れる、本物のアイドル……」
「それが欲しい」
沈黙。
フリーレンが呆れたように言う。
「……そんな人、都合よくいるわけないでしょ」
沈黙が流れる。
だが、
「……一人、心当たりがあります」
フェルンが真顔で言った。
「……なんだと?」
ゼーリエが目を細める。
「少し、待っていてください」
そう言って、フェルンはどこかへ歩き出した。
取り残される三人。
「……大丈夫でしょうか」
ゼンゼが不安そうに呟く。
「誰連れてくるんだろう……」
フリーレンが頭を抱える。
「……シュタルクだったらどうしよう」
「男はダメだぞ」
ゼーリエが即答する。
「……斬新すぎる」
沈黙。
やがてゼンゼが口を開く。
「……とりあえず待ちましょう」
時間だけが過ぎていく。
◇
三十分後。
遠くからフェルンの声が聞こえた。
「連れてきました」
そして。
もう一人の声。
「やっほー」
「面白そうだから来たよー」
三人が同時に顔を上げる。
そして――
同時に、頭を抱えた。
「……」
「……」
「……」
「え、なんでこの人たち落ち込んでんの?」
首を傾げる少女。
緑の髪。
不敵な笑み。
どこか危うい雰囲気。
____ユーベルだった。
フェルンは首を傾げる。
「……さぁ、わかりません」
三人の心の声が完全に一致する。
((ユーベルかぁ……))
微妙な空気が流れる。
だが。
ゼーリエはすぐに切り替えた。
「……とりあえず始めるとするか」
ユーベルが笑う。
「いいね。そうこなくっちゃ」
妖しく、楽しそうに。
まるで遊びに来た子供のような表情だった。
その目には、
不安も、恐怖もない。
あるのはただ――
これから起こる出来事への
興味と期待だけだった。
◇
改めて、ユーベルを加えーー
五人で路上ライブを再開した。
兆しは、確かにあった。
だが。
状況は、劇的には変わらない。
立ち止まる人間は少し増えたが、
人の流れは相変わらず通り過ぎていく。
期待していたほどの変化は、ない。
そして――
ライブは終わった。
◇
静まり返った広場。
石畳の上に、夜風だけが吹く。
足元の箱の中。
売上――銅貨数枚。
「……」
ゼーリエは無言。
ゼンゼは俯く。
フェルンも、何も言えない。
しばらくして。
ゼンゼが小さく口を開いた。
「申し訳ありません……」
「そもそも、私の提案が——」
「……違う」
ゼーリエの声は、静かだった。
だが。
どこか、弱い。
「私は……魔法を極めた」
ぽつり、と呟く。
「戦場を制し、歴史を変えた」
拳が、わずかに震える。
「だが……」
小さく息を吐く。
「誰も立ち止まらんのか」
その声は、
ほんの少しだけ、傷ついていた。
「平和とは……残酷だな」
長い年月を生きてきた誇りが、
路上の冷たい石畳の上に、
そっと落ちる。
ゼーリエの心が、
わずかに軋んだ。
「……向いていないのかもしれんな」
ゼンゼが顔を上げる。
「そんなことは——」
その時。
軽やかな笑い声が響いた。
◇
「ねえ、もう一曲やろ?」
くるり、と回る。
ユーベルだった。
誰も見ていないのに。
それでも、楽しそうに踊る。
歌う。
音程?
少し外れている。
振り付け?
完全に自由。
だが。
——楽しそうだ。
心から。
「……見てください」
ゼンゼが小さく呟く。
一人。
子供が立ち止まる。
二人。
商人風の青年。
三人。
旅人。
少しずつ。
本当に、少しずつ。
人が増えていく。
ユーベルは気づいていない。
いや——
気づいているが、
気にしていない。
「楽しいね、ゼーリエ」
歌いながら笑う。
「誰もいなくても、楽しいよ」
ゼーリエは、その姿を見る。
(……楽しんでいる)
評価でもない。
名声でもない。
ただ。
歌うことが楽しい。
それだけ。
ふと。
子供が拍手した。
ぱち、ぱち。
小さな音。
だが。
それに釣られて、
もう一人。
また一人。
気づけば——
十数人が残っていた。
決して多くはない。
だが。
ゼロではない。
ゼーリエは静かに息を吐いた。
「……もう一曲だ」
ユーベルが笑う。
「やっと本気?」
「……最初から本気だ」
ゼーリエの口元に笑みが浮かんだ。
光魔法が夜空に花を描く。
だが今度は、
派手さではない。
温かい光。
観客の顔を、優しく照らす光。
歌が終わる。
拍手。
銅貨は、相変わらず少ない。
だが。
一人の子供が言った。
「ねえ、またやってよ」
ゼーリエの目が、
ほんのわずかに見開かれる。
「……ああ」
短く、答えた。
◇
帰り道。
夜風が静かに吹いている。
ユーベルが隣を歩く。
「心、折れた?」
「折れていない」
「ちょっとヒビ入ってたよ」
「……入っていない」
ゼンゼが、くすっと笑う。
「明日もやりますか……?」
ゼーリエは空を見る。
少しだけ考え、
そして言った。
「当然だ」
少し間を置いて。
「……次は客を二十人にする」
ユーベルが笑う。
「目標低くない?」
「現実的だ」
遠くで。
さっきの子供が手を振っている。
大陸魔法協会の再建は、
まだ始まったばかり。
路上から。
銅貨から。
そして——
楽しそうに踊る、
一人の魔法使いから。