カーテンの隙間から朝日が差し込む。
目覚ましは鳴らない。
マネージャーからの「5時入りです」というメッセージもない。
静寂。
ユーベルはベッドの上で天井を見つめた。
「……静かすぎ」
スマホを手に取る。
画面には、昨日までの騒ぎを示すニュースや記事が並んでいた。
ドラマ撮影終了の報道。
主題歌好評の記事。
初回から右肩上がりの視聴率グラフ。
ファンからのメッセージ。
昨日までの怒涛の日々が嘘のようだ。
ユーベルはキッチンへ向かい、コーヒーを淹れる。
久しぶりにゆっくりと一口飲む。
「終わったんだ」
実感が、じわりと胸に広がった。
⸻
色々あったけど、
全部ちゃんと乗り越えた。
「……やってよかったなー」
多幸感に包まれる。
ソファに倒れ込み、天井を見上げる。
「怖かったけど」
「でも、楽しかった」
静かな部屋。
やり切ったあとの軽さ。
今までにないほどの充足感。
⸻
ふと携帯をいじる。
自分のプロフィール画面。
肩書き:
『アイドルグループ、アーク・アルカナの“センター”』
『女優』
『一級魔法使い』
指が止まる。
「……あれ?」
思い出す。
最近、一級魔法使いとしての公的任務。
ゼロ。
依頼履歴、真っ白。
「私、一級魔法使いの仕事最近全然してないけど」
「やばくない?」
数秒考える。
そして、吹き出した。
「まあいっか。世界平和ってことで」
◇SNS投稿
写真:
部屋着姿でソファに寝転びながら笑っているオフショット。
メイクなし。自然体。
投稿文:
『ドラマ撮影終わって、久々の完全オフ。
やってよかったなーって思ってる。
でもさ、そういえば私、
一級魔法使いの仕事最近全然してないけど大丈夫?笑』
送信。
◇
反応は一瞬だった。
即トレンド入り。
「一級魔法使い兼主演女優って何者」
「世界平和だから問題ない」
「アイドルだけの人だと思ってた」
「魔法より演技が一級」
「依頼殺到しそう」
ゼーリエから即リプ。
『任務ならあるぞ』
ユーベルがすぐ返信。
『今日は休み』
フリーレン:
『魔法は逃げない』
フェルン:
『体力回復優先です』
ゼンゼ:
『明日、打ち合わせあります』
ユーベル:
『グルチャでやろうよ、このやりとり笑』
◇
スマホを置く。
窓の外を見る。
「……ほんと、忙しかったな」
でも。
少しだけ誇らしい。
アイドルも。
女優も。
魔法使いも。
全部、自分。
「欲張りでいっか」
ソファに沈み込みながら、目を閉じる。
今はただ、静かな一日。
◇
ピンポーン。
突然インターホンが鳴る。
ユーベルは眉をひそめた。
(今日マネージャーは来ないはずだけど)
重たい体を起こし、ドアスコープを覗く。
長い髪で仏頂面の小柄な少女。
「……ゼンゼじゃん」
玄関を開ける。
ゼンゼはぼんやりと視線を合わせてきた。
「……休んでる時に悪いね」
ユーベルが笑う。
「珍しいじゃん、家に来るなんて」
「あがってく?」
部屋の方へ指を向ける。
ゼンゼは首を振った。
手には白い袋。
「……これ、ゼーリエ様から」
押しつけるように手渡す。
袋の中には果物が入っていた。
「……ゆっくり休んで」
「それじゃ」
ユーベルに返す間も与えず、
それだけ言うと、ゼンゼはすぐに背を向ける。
目の下には大きな隈があった。
(あんたが休みなよ……)
フラフラとした足取りで帰っていく小さな背中。
遠ざかるその背中に、ユーベルは小さく呟く。
「いつも助かってるよ」
長い髪の少女の耳が、ピクリと動いた。
ほんの少しだけ、歩く速度が落ちた気がした。
◇
ユーベルはすぐに携帯を開く。
メッセージアプリ。
送信先はゼーリエ。
『ゼンゼが差し入れ持ってきてくれたんだけど 、
なんか知ってる?』
すぐ返信がくる。
『なんだそれは』
ユーベルはふふっと笑う。
『いや、知らないならいいよ』
『それだけ』
メッセージはそこで終わった。
◇
ゼーリエは携帯を見つめる。
「……変なやつだ」
そう呟き、
小さく首を傾げた。