ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼンゼ、無理やり休む

 

ゼンゼにとって、今日は久しぶりの休日だった。

 

大箱ライブの直前に倒れ、入院して以来のまともな休み。

 

——しかし、

 

休んでいられなかった。

 

ゼーリエには何度も言われている。

 

「休め」

 

と。

 

だが。

 

やることはいくらでもあった。

 

アーク・アルカナのメンバーのスケジュール調整。

SNSの運用。

ライブ業者との打ち合わせ。

イベント会議。

 

挙げれば、きりがない。

 

そのほとんどを、ゼンゼが回している。

 

だから今日も——

 

ゼンゼは仕事部屋にいた。

 

 

そこは元々、大陸魔法協会がゼンゼに与えた仕事部屋だった。

 

だが今は、様子が少し違う。

 

部屋の隅にはパソコン。

 

壁にはライブ衣装。

 

机の上には、グッズの試作品。

 

資料と書類が積み上がっている。

 

奥には簡易的な寝具。

 

ゼンゼが帰れない夜のためのもの。

 

最近は、ずっと引きっぱなしだった。

 

ここはもう、個人の仕事部屋ではない。

 

アーク・アルカナの事務所。

 

そんな場所になっていた。

 

カタカタ。

 

キーボードの音が部屋に響く。

 

ゼンゼはパソコンを見つめながら、メールを打っていた。

 

ライブ業者の担当者とのやり取りだ。

 

その時。

 

扉が開いた。

 

ゼンゼは顔を上げる。

 

そして。

 

目を丸くした。

 

「……ゼーリエ様?」

 

立っていたのは、ゼーリエだった。

 

珍しい。

 

ゼーリエが自ら玉座の間を出ることはほとんどない。

 

レッスンでも会議でもないのに、ここへ来るなど——

 

なおさらだ。

 

ゼーリエは部屋を見渡す。

 

机の書類。

 

開きっぱなしのパソコン。

 

そして。

 

ゼンゼの顔。

目の下には、はっきりと隈があった。

 

それを見て、ゼーリエが大きな溜め息をついた。

 

「……はぁ」

 

少し間が空く。

 

「……ゼンゼ」

 

「いい加減、休め……」

 

ゼンゼは苦笑する。

 

「ありがとうございます……」

 

そう言いながらも、手は止まらない。

 

キーボードを打ちながら答える。

 

「休んでいます……」

 

ゼーリエの眉が動いた。

 

「嘘をつくな」

 

低い声。

 

ようやく、ゼンゼの手が止まる。

 

ゼーリエは腕を組む。

 

「一度、お前は倒れている」

 

「……それを自覚しろ」

 

部屋が静かになる。

 

ゼーリエは続けた。

 

「お前に倒れられて困るのは」

 

「私たちだけではない……」

 

一拍。

 

「ファンもだ」

 

ゼンゼは少し目を伏せる。

 

ゼーリエは言い切った。

 

「応援してくれる者たちを、裏切るな」

 

ゼーリエがさらに言う。

 

「休むことも仕事だ」

 

「いい加減、覚えろ」

 

ゼンゼはしばらく黙っていた。

 

だが。

 

やがて、静かに口を開く。

 

「……ですが」

 

ゼーリエを見る。

 

「私が休めば……」

 

一度、言葉を選ぶ。

 

「……誰がこの仕事をするのでしょうか」

 

ゼーリエは何も言わない。

 

ゼンゼは気まずそうに続けた。

 

「……お言葉ですが、」

 

「業務は、溜まっていく一方です」

 

「既にフェルンと分担していますが……」

 

少し言いづらそうに目を伏せる。

 

「私抜きで、この業務量を捌き切るのは難しいかと……」

 

部屋が静かになる。

 

やがて、キーボードを打つ音がまた部屋に響き始める。

 

それが、事実だった。

 

ユーベルは、芸能活動が多い。

 

そのため、マネージャー業務は外部に委託している。

 

だが——

 

アーク・アルカナは、事務所に所属していない。

 

“大陸魔法協会”直下の独立したアイドルだ。

 

その分、生き残るには多くの仕事が必要になる。

 

そして。

 

その大半を回しているのが、ゼンゼだった。

 

表舞台。

 

そして。

 

裏舞台。

 

その両方を支えている。

 

さらに。

 

ゼーリエの、大陸魔法協会での業務。

 

そのスケジュール管理まで含めれば——

 

外部マネージャーと連携するのは、現実的ではなかった。

 

だから。

 

結局、ゼンゼが背負う形になっていた。

 

ゼーリエはしばらく黙っていた。

 

そして、言う。

 

「……それも含めて」

 

一度、息を吐く。

 

「一度、皆で考える」

 

ゼンゼが顔を上げる。

 

ゼーリエは続けた。

 

「とにかく……」

 

「休め」

 

低い声。

 

だが、どこか柔らかい。

 

「今までお前に任せきりにしていて」

 

「言えた身分ではないが」

 

一拍。

 

「お前ばかりに押し付けるのは」

 

「もういい加減、辛抱ならん……」

 

ゼンゼは黙ったままだった。

 

そして。

 

ゆっくり頷く。

 

「……わかりました」

 

小さく息を吐く。

 

「では、」

 

「今日だけは、ちゃんと休みます……」

 

椅子から立ち上がる。

 

足取りは、少しふらついていた。

 

ゼンゼはそのまま部屋を出ていく。

 

家路へ向かう背中を見送りながら——

 

ゼーリエは小さく呟いた。

 

「……魔力切れで」

 

少し目を細める。

 

「転移魔法すら使えんのか……」

 

その表情には。

 

わずかに、申し訳なさが滲んでいた。

 

 

ゼンゼが家に着いたのは、日も落ちた頃だった。

 

静かな部屋。

 

久しぶりの、自宅。

 

ゼンゼは靴を脱ぎながら小さく息を吐く。

 

「……休み」

 

ぽつりと呟く。

 

「ゼーリエ様に、休めと言われたけど……」

 

部屋の中央で立ち止まる。

 

そして、考える。

 

「休む……とは」

 

しばらく沈黙。

 

腕を組む。

 

「……何をすればいいのか」

 

真面目に悩む。

 

とりあえず。

 

「……寝るか」

 

そう呟いてベッドを見る。

 

だが。

 

横になろうとした瞬間——

頭に浮かぶ。

 

仕事。

 

「……ゼーリエ様」

 

スマホを見る。

 

「……SNSで変なことを言っていないかな」

 

次。

 

「……急に配信して炎上していないかな」

 

さらに。

他のメンバーたちのことも浮かぶ。

 

「……ユーベルは撮影現場で何かやらかしていないかな」

「……フリーレンは仕事サボったりしてないかな」

「……フェルンは過労になっていないかな」

 

次から次へと浮かぶ。

——止まらない。

 

ゼンゼは頭を抱えた。

 

「……だめだ、落ち着かない」

 

ベッドの端に座る。

 

考える。

 

しばらくして。

 

ふと、顔を上げた。

 

「……そうか」

 

ぽつりと言う。

 

「自分一人だからダメなんだ……」

 

立ち上がる。

 

「誰にも見られていないから、落ち着かない」

 

少し考える。

 

そして。

 

結論に至る。

 

「……敢えて」

 

「人に見られる状況を作ればいい」

 

一拍。

 

ゼンゼは頷いた。

 

「……よし」

 

スマホを持つ。

 

「配信をしよう」

 

名案だ、とばかりの顔。

 

だが。

 

ゼンゼは気づいていない。

 

かなり疲れていることに。

 

そして。

その発想が、しっかりとズレていることにも。

 

いま、もっとも“危険”な配信開始ボタンが、

ゆっくりとゼンゼの手によって押された。

 

 

配信が始まった。

 

初めての、ゼンゼ一人の配信。

 

アカウントは昔作ったもの。

 

SNS運用を始めた時に作成したまま、ほとんど触っていなかった。

 

それでも。

 

配信が始まると、少しずつ人が集まる。

 

同時接続。

 

3000。

 

3500。

 

4000。

 

伸びる気配はない。

 

だが——減りもしない。

 

集まっているのは。

 

かなり濃いファンばかりだった。

 

ゼンゼが口を開く。

 

「……ゼンゼです」

 

それだけ言う。

 

それから。

 

何もしない。

 

画面の前で、ぼーっとしている。

 

コメント欄:

“なにこれ”

“ゼンゼが見れて幸せ”

“喋らなくてもいいからずっとつけてて”

“生まれてきてくれてありがとう”

“今わかった。この配信を見るために生まれてきたんだ、俺”

 

コメントはどんどん流れる。

 

だが。

 

ゼンゼは、ただ画面を見つめているだけだった。

 

ぼーっと。

 

同接は、ほとんど変わらない。

 

増えない。

 

減らない。

 

異常な安定。

 

二時間が経った。

 

ゼンゼの目が、少しずつ閉じていく。

 

うとうと。

 

コメント欄:

“うとうとしてるの可愛い”

“何の配信かわからないけど、可愛いことだけはわかる”

“俺、二時間画面と向き合ってる。家のこと何もできない”

“あーまじで結婚してほしい”

“↑●ね”

“↑↑新規か?肩の力抜けよ”

“↑↑↑それを言ったら戦争だろうが”

 

コメント欄は白熱している。

 

だが。

 

ゼンゼは気づかない。

 

そのまま。

 

ゆっくり。

 

眠りに落ちた。

 

座ったまま。

 

すぅ、と。

 

同接。

 

4100。

 

減らない。

 

むしろ、少しずつ増えていた。

 

 

十時間後。

 

朝。

 

ゼンゼの目が開く。

 

「……ん」

 

周囲を見回す。

 

そして。

 

気づく。

 

「……あ」

 

「配信をつけたまま寝てしまっていた……」

 

そして、

 

ボヤけた目を擦りながら、

 

配信画面を確認する。

 

同接、

5000。

 

(!?)

 

(増えてる……)

 

そして、その下のコメント欄に恐る恐る目を向ける。

 

コメント欄:

“あ、起きた”

“おはよう、天使さん”

“寝てても可愛いし、起きてても可愛いって何なんだよ”

“生まれてきてくれてありがとう”

“俺、12時間くらいパソコン見てた。これから討伐の仕事行ってくる”

“↑兄弟。でも不思議と身体軽いだろ?”

“↑ああ。配信見る前より軽いよ”

“↑きめぇ”

“やばい奴しかいなくて安心する”

 

ゼンゼは、しばらく画面を見つめた。

 

コメントは。

 

ほぼ寝る前と同じメンバー……。

 

「……」

 

ゼンゼは、かなり引いた。

 

だが。

 

そのまま。

 

小さく笑う。

 

無表情のまま。

 

ほんの少しだけ。

 

口元が緩む。

 

そして小さな声で言う。

 

「……皆さん、身体には」

 

「気をつけてくださいね」

 

少し間。

 

「……私も気をつけます」

 

最後にボソリと呟くように言って、

配信を切った。

 

その日。

 

【身体には気をつけてくださいね】

【私も気をつけます】

 

がトレンド入り。

 

アークアルカナの希少種、ゼンゼ。

 

彼女はファンを大事にしている。

 

たとえ、12時間

無言でも。

 

——そういうことに、

ファンたちはしている。

 

彼女のファンたちは、

目をギンギンにしながら

無理やり瞼を持ち上げ、

それぞれ学校や職場へ向かっていく。

 

だが。

 

表情は、どこか明るかった。

 

 

一方

その頃。

 

フリーレンとシュタルクは、魔族討伐へ向かっていた。

 

戦士であるシュタルクは、今の時代では魔法使いよりも需要が高い。

 

そのため、忙しい日々を送っている。

 

だが。

 

「……シュタルク、なんか眠そうだね」

 

目の下に大きな隈。

 

明らかに寝不足だった。

 

「大丈夫?」

 

シュタルクは、少し遅れて反応する。

 

「……ん? ああ……」

 

ぼーっとした顔のまま答える。

 

「配信見てたからさ……」

 

フリーレンが少し驚く。

 

「へえ。配信なんて普段

私たちの以外見ないのに」

 

「珍しいね」

 

「そんなに遅くまで見てたの?」

 

「誰?」

 

すると。

 

シュタルクの目が急に輝いた。

 

「……ゼンゼ様だよ!!」

 

「昨日、珍しく一人でやってらしたんだ……」

 

一拍。

 

「それをさっきまで見てた!!」

 

「十二時間!!」

 

「ぶっ通しで画面に張り付いてた!!」

 

フリーレンの顔から血の気がひいている。

 

「きもいって思ってんだろ……!?」

 

「コメント欄でも“きもい”って煽られたよ!!」

 

「“●ね”とも言われたさ!!」

 

フリーレンは、完全に引いていた。

 

シュタルクは続ける。

 

「……それでも俺は」

 

少し間。

 

「幸せだった」

 

「今も……幸せなんだ」

 

シュタルクは、どこか遠くを見つめていた。

 

先ほどまでの眠たそうな目は、

もうどこにもなかった。

 

フリーレンは思う。

 

(こいつ昨日の討伐で、かなり疲れてなかったっけ……)

 

(……まあいいか)

 

一瞬、空を見上げる。

 

(考えるのはやめよう)

 

「そ、そうなんだ……」

 

フリーレンがぎこちなく笑う。

 

シュタルクは大きく息を吸った。

 

すると次の瞬間、走り出した。

 

「最高だあああああ!!」

 

「早く行こうぜフリーレン!!」

 

「俺は“無敵”だああああああ!!」

 

深夜テンションのまま走っていく。

 

それを見送りながら。

 

フリーレンが小さく呟いた。

 

「……きもいなぁ」

 

驚くほど冷たい目で。

 

だが、その声も表情も

“今”の戦士シュタルクには決して届かなかった。

 

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