少女の名前はフェルン。
彼女は今、舞い込んできた一つの仕事を前に、頭を抱えていた。
◇
大陸魔法協会
アークアルカナ事務所。
フェルンは事務机に向かい、パソコンで作業をしていた。
スケジュール整理。
ライブ関連の資料確認。
SNSの簡単なチェック。
いつもの業務だ。
その時だった。
画面の通知が静かに点灯する。
新しいメール。
送り主は——
××××出版。
フェルンは少しだけ眉を動かし、メールを開いた。
◆
From:××××出版 担当者 ●●●
タレントのフェルン様への
雑誌出演を依頼したくご連絡いたしました。
——依頼内容——
グラビア撮影
少年誌掲載予定
◆
フェルンはしばらく画面を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
(……少年誌のグラビア撮影、か)
椅子にもたれかかる。
天井を見る。
(こういう依頼、今までもちょくちょく来てたけど……)
(全部断ってたんだよなぁ……)
フェルンは目を閉じる。
しばらく沈黙。
(アイドル活動をしている以上……)
(避けて通れない仕事、か……)
視線をパソコンへ戻す。
ふと、ある人物の顔が浮かぶ。
フリーレンだ。
(フリーレン様もソロデビューをしたし……)
(私も今後は、単体の仕事を受けた方が良いかもしれない)
しばらく考える。
ほんの数秒。
そして——
キーボードに手を置いた。
静かに、返信を書き始める。
◆
件名:Re:雑誌出演の件につきまして
××××出版
担当 ●●● 様
お世話になっております。
大陸魔法協会 アーク・アルカナ所属のフェルンです。
この度は雑誌出演のお声掛けをいただき、誠にありがとうございます。
ご提案いただきましたグラビア撮影の件につきまして、
ぜひお受けさせていただきたく存じます。
詳細なスケジュールや撮影内容等につきまして、
改めてご相談させていただけますと幸いです。
何卒よろしくお願い申し上げます。
――――――――――
フェルン
大陸魔法協会
アーク・アルカナ
◆
フェルンは送信ボタンを押した。
カチッと小さな音が鳴る。
フェルンは背もたれに体を預けた。
そして、小さく呟く。
「……まあ」
少しだけ目を細める。
「やるからには、ちゃんとやろう」
その声は、いつも通り落ち着いていた。
⸻
数日後、
大陸魔法協会
アーク・アルカナ事務所。
昼下がりの静かな室内。
パソコンのキーボードを叩く音だけが、淡々と響いている。
机を挟んで座っているのは二人。
フェルンとゼンゼだ。
フェルンは画面を見つめながら、ふと思い出したように口を開いた。
「……ゼンゼ様」
「私宛に写真撮影の仕事依頼が入ったの、見られました?」
ゼンゼはキーボードを打ちながら答える。
「……あー、そのメールなら私も見たよ」
少しだけ視線を上げる。
「グラビア撮影、みたいな感じだよね……」
フェルンは画面から目を離さない。
そのまま淡々と言った。
「はい」
一拍。
「あれ、私受けることにしました」
ゼンゼは「へぇ……」と小さく返しながら、作業を続ける。
「そうなんだ……」
カタカタとキーボードを打つ。
だが。
その手が、途中で止まった。
「……え」
ゆっくりフェルンを見る。
「……受けるの?」
一拍。
少し眉を寄せる。
「……大丈夫?」
「結構、肌見せる感じだと思うけど……」
フェルンは相変わらず画面を見たままだ。
マウスを操作しながら答える。
「大手出版会社の少年誌グラビアです」
「大丈夫だと思います」
ゼンゼは少し困ったように笑う。
「まあ、フェルンが大丈夫なら良いんだけど……」
フェルンは手を止めない。
「少年誌ですから」
「過激なことはないはずです」
その声は妙に自信があった。
ゼンゼは「へぇ……」とだけ返す。
そして画面に視線を戻した。
(……あれ)
(少年誌のグラビアって、そういう感じだったっけ……)
ほんの少しだけ考える。
だが。
(まあ、本人が大丈夫って言ってるから大丈夫か……)
小さく息を吐き、再びキーボードを叩き始めた。
事務所にはまた、静かな作業音が戻る。
⸻
王都。
××××出版 本社
その一角に設けられた撮影スタジオ。
照明機材、カメラ、背景セット。
スタッフが慌ただしく動き回っている。
撮影当日だった。
その入口に立つフェルンへ、一人の男が駆け寄ってくる。
「それではフェルンさん!本日はよろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる担当者。
フェルンもすぐに丁寧に頭を下げた。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
大手企業らしい、きちんとした応対。
その様子に、フェルンは少し安心する。
(……ちゃんとした現場だ)
(やっぱり大手だ)
担当者は笑顔で頷く。
「では、こちらが衣装になるのでご確認ください!」
そう言って、袋を差し出した。
フェルンは両手で丁寧に受け取る。
「どうも、ご丁寧にありがとうございます」
軽く頭を下げてから、袋の中を見る。
そして——
……数秒。
動きが止まった。
袋の中には、水着が入っていた。
しかも。
わりと面積が小さい。
フェルンの思考が止まる。
(……少年誌だから)
(せいぜいワンピース姿になるぐらいだと思ってたのに……)
(下調べしておくべきだった……)
(私のミスだ……)
じわじわと顔が赤くなる。
フェルンは袋を持ったまま、ゆっくり顔を上げた。
「こ、これを着るんですか……?」
震える声。
担当者は、にっこり笑った。
そして——
親指を立てた。
「大丈夫です!」
「みんな最初はそう言います!」
フェルンが瞬きをする。
「……そうなんですか?」
担当者はさらに自信満々で頷く。
もう一度、親指を立てた。
「でも皆さんすぐ慣れます!」
フェルンの目が、じわっと潤む。
(……別に慣れたくないんだけど……)
心の中で、静かにそう呟いた。
◇
控室。
フェルンは鏡の前に立っていた。
手には、先ほど渡された水着。
しばらく沈黙。
「……」
視線を逸らす。
「……もう、仕事受けちゃったし」
小さく呟く。
「着るしかないよね……」
だが。
もう一度、水着を見る。
「……いや」
「でも……」
鏡を見る。
「いやー……」
「どうしよう……」
腕を組んで考える。
また水着を見る。
「……」
鏡を見る。
「……」
そのまま。
十分ほど経過した。
コンコン。
ドアの向こうから声がする。
「フェルンさんー、準備大丈夫ですかー?」
フェルンがハッとする。
「は、はい!」
時計を見る。
(……もう時間がない)
深呼吸。
そして、小さく呟いた。
「……私はプロだ」
一拍。
「……無になるんだ」
フェルンは静かに着替え始めた。
◇
撮影スタジオ。
照明が焚かれ、カメラが向けられる。
カメラマンが声をかける。
「少しだけ胸を張ってください」
フェルンがぎこちなく姿勢を整える。
「こ、こうですか……?」
カメラマンが頷く。
「うん、いいですね!」
シャッター音。
カシャ……
カシャカシャ……
フェルンの心の声。
(……よくない気がする)
カメラマンが次の指示を出す。
「次は座ったポーズで」
フェルンが恐る恐る座る。
「こ、こうでしょうか……?」
カメラマンの目が輝く。
「おぉ!いいですね!」
シャッター音。
カシャ……
カシャカシャ……
カシャカシャカシャ……
現場の熱量はどんどん増していく。
カメラマンは完全に乗っていた。
しかしフェルンは。
(……絶対よくない気がするんだけど)
カメラマンがさらに続ける。
「では、次は上目遣いでお願いします!」
フェルンが一瞬固まる。
沈黙。
(……)
(……もうどうにでもなれ)
フェルンはゆっくり顔を上げた。
シャッター音が響く。
カシャ……
カシャカシャ……
カシャカシャカシャ……
カシャカシャカシャカシャカシャ……
……
そのまま撮影は続いた。
◇
撮影は、数時間後。
無事——終了した。
照明が落ち、スタッフたちが機材を片付け始める。
担当者が満面の笑みで近づいてきた。
「本日はお疲れ様でした!!」
元気よく頭を下げる。
フェルンも軽く会釈した。
「お疲れ様でした……」
担当者は横にいるカメラマンを指差す。
「いやぁ、うちのカメラマンもノリノリでしたよ!!」
そのカメラマンはというと——
満足そうな顔で、親指を立てていた。
ぐっ。
フェルンの表情が少し引きつる。
担当者がさらに続ける。
「今後とも是非!お付き合いよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる担当者。
フェルンは、ぎこちなく笑う。
「は、はい……」
「こちらこそ……」
苦笑い。
そのまま軽く会釈をして、スタジオを後にする。