フェルンのグラビア撮影から
数日後。
大陸魔法協会
アーク・アルカナ事務所。
机の上に、一冊の雑誌が置かれていた。
出版社から送られてきた——サンプルだ。
フェルンはそれを見つめる。
(……とうとう、きましたか)
静かにページを開く。
その瞬間。
後ろから、ぬっと人影が増える。
ゼーリエ。
ゼンゼ。
フリーレン。
ユーベル。
いつの間にか全員が覗き込んでいた。
ページを見た瞬間——
一同、沈黙。
フェルンの顔が一瞬で真っ赤になる。
ゼーリエが腕を組んだ。
「……ほう」
まじまじとサンプルを見つめる。
ユーベルがニヤニヤする。
「フェルン、グラビアなんて受けたんだね……」
フェルンは顔を覆った。
「……」
ゼーリエが感心したように呟く。
「これは……とんでもないな……」
フリーレンが雑誌を覗き込む。
「ポーズはわりと普通なんだけど……」
一拍。
「フェルンのグラマラスな体型のせいで……すごいことになってるね」
フェルンが小さく震える。
ユーベルがさらに笑う。
「これさ……少年雑誌に載るんでしょ?」
ページを指差す。
「少年たち、とんでもないことになるんじゃない?」
ゼンゼが無言でフェルンを見る。
特に——胸のあたりを。
ぽつりと呟く。
「……素直に、発育が良くて羨ましい」
フェルンが慌てて体を手で隠す。
「み、見ないでください……!」
ユーベルが笑う。
「隠されても、こっちで見ればいいもんね」
雑誌を見ながらニヤニヤする。
フェルンが慌てて雑誌を奪った。
「見ないでください!」
ゼーリエが腕を組んだまま言う。
「ふむ……」
フェルンが涙目になる。
「これ……どうにかできませんかね……」
フリーレンが首を傾げる。
「今からどうにかできるもんなの?」
ユーベルが肩をすくめる。
「いや、厳しいでしょー」
いたずらっぽく笑う。
「もうどうせなら堂々としてればいいのにw」
フェルンが無言でユーベルを睨む。
ゼンゼが少し考えてから口を開く。
「……おそらく」
「今の状況で全部ボツは難しい」
フェルンが固まる。
ゼンゼが続ける。
「だけど……写真はなるべく控えめなものを要望して、
選んでもらうくらいならできるかもしれない……」
フェルンが勢いよく立ち上がる。
「交渉してきます!」
すぐに準備を始める。
すると横から声がした。
「……私も行くよ」
フリーレンだった。
フェルンが振り向く。
「フリーレン様……!」
フリーレンが得意げに鼻を鳴らす。
「ふん、」
胸を張る。
「私がガツンと言ってあげるよ……」
「お姉さんに任せなさい……」
フェルンの目が輝く。
「フリーレン様……」
「流石です……」
尊敬の眼差しを向ける。
「よし、行くよ——フェルン。」
一拍
「……人としての尊厳を、取り戻しに!」
フェルンの目に光が宿っていく。
「——はい!!」
二人が鋭い目をし、堂々とした出立で部屋を出る。
その様子を見て——
ユーベルがにんまり笑った。
「……これは、面白いことになるねw」
◇
王都。
大手出版会社 本社。
会議室。
テーブルの上にはノートパソコン。
その画面には——
撮影された写真データが並んでいた。
担当者が苦笑いしながら頭を掻く。
「いやー」
少し申し訳なさそうに言う。
「あれでも、なかなか控えめなの選んだんですけどねー」
フェルンとフリーレンが画面を覗き込んでいる。
次々と写真が切り替わる。
クリック。
次。
クリック。
次。
……。
フェルンの顔がどんどん固まっていく。
実際にデータを見ると——
確かに。
もっとエグく見える写真もあった。
角度。
ポーズ。
光の当たり方。
同じ水着でも、破壊力がまるで違う。
どうやら担当者は嘘をついていないらしい。
会議室に沈黙が落ちる。
カチ。
最後の写真が閉じられる。
二人は無言だった。
フリーレンがぽつりと言う。
「……もうこれは、」
少し肩をすくめる。
「どうしようもないね……」
フェルンが固まる。
「そ、そんな……フリーレン様……」
フリーレンがさらに続けた。
「もう腹を括ろう、フェルン」
フェルンがゆっくりと横を向く。
そして——
涙目で、キッとフリーレンを睨んだ。
フリーレンは平然としている。
担当者が慌てて口を挟む。
「だ、大丈夫です!!」
身を乗り出す。
「うちの読者たちも喜びますよ!!」
さらに力強く頷く。
「フェルンさんのファンもきっと増えると思いますよ!!」
フェルンは沈黙した。
そして——
(……そういうことじゃない)
フェルンの目は、完全に死んでいた。
静寂。
見かねたフリーレンが、口を開く。
「そうだよフェルン」
「もう、切り替えていこう」
普段より、妙に力強い。
フェルンの返事は、
——勿論ない。
「……フェルン?」
フリーレンが首を傾げる。
「おーい、フェルーン」
もう一度呼ぶ。
それでも、返事はない。
フリーレンが声を掛け続けるが、
その後もフェルンの返事はなかった。
◇
一ヶ月後。
本日が——
件の雑誌の発売日だった。
だが。
フェルンは、
頑なにその雑誌を見ることはなかった。
本屋の前を通っても、視線を逸らす。
SNSも見ない。
完全に——
頭の中から、その記憶を消し去ろうとしていた。
しかし。
そんな器用な風に、人間の身体はできていない。
机の上。
スマートフォンが震える。
通知。
グループチャット。
フェルンは、嫌な予感を覚えながら画面を見た。
◇
(グループチャット)
ユーベル:
今日発売だったから買ったよー
なんかSNSですっごい話題になって急遽表紙になったらしいよ
フリーレン:
おーいいねー
ユーベル:
『今話題の、魔法アイドルグループの衝撃のNo.1スタイル』
だってさ
ゼーリエ:
打ち出しの内容はともかく、表紙になるのはすごいな
ユーベル:
すっごい売れてたよ
アークアルカナのメンバーとして誇らしいね〜
フリーレン:
なんか私もそういう仕事来ないかな
ゼンゼ:
こないと思う
フリーレン:
いやーどうなるかわからないよ〜
ゼンゼ:
絶対こないと思う
ゼーリエ:
フリーレン、黙れ
ユーベル:
世知辛いねー
……
(少し、間が空く)
ユーベル:
てかフェルン全然反応しないじゃん
ゼーリエ:
察してやれ
ユーベル:
おーい
フェルーン
フリーレン:
寝てるんじゃない?
ゼンゼ:
今、お昼の2時だよ
フリーレン:
てか、既読ついてない?
◇
「ひっ……!」
フェルンが慌てて画面を閉じ、
スマートフォンを机に伏せる。
天井を見上げる。
(……)
目を閉じる。
(……何も見ていない)
(私は、何も見てない)
(私は)
(何も)
(知りません)
スマートフォンが、また震えた。
フェルンは——
その日は、それ以降スマホを開かなかった。
⸻
翌日。
大陸魔法協会・会議室。
今日はレッスン日だった。
フリーレン、ゼーリエ、ゼンゼ、フェルンが
既に席に着いている。
だが——
フェルンの表情は、完全に死んでいた。
何かを悟ったような顔で、ただ机を見つめている。
そこへ。
ガチャッ。
遅れてユーベルが入ってきた。
そして、開口一番。
「フェルンー」
ニヤニヤしながら近づいてくる。
「せっかくだから持ってきたよー」
差し出されたのは——
フェルンがデカデカと表紙に載った雑誌だった。
フェルンの顔が引きつる。
「ひっ……」
小さく声が漏れる。
「や、やめてください……」
ユーベルが笑う。
「フェルンがフル無視するから持ってきたんじゃんか〜」
フェルンが睨む。
「こうなると思ってたから返さなかったんです……!!」
だがユーベルは気にしない。
むしろ嬉しそうだった。
「せっかくの仲間の晴れ舞台だよ!」
雑誌を掲げる。
「持ってくるに決まってんじゃんか!」
ユーベルは妙に元気だった。
そして、突然言う。
「よし、」
「お祝いに私が肩を揉んであげよう」
フェルンの顔が真っ赤になる。
「結構です!!」
即答。
ユーベルが首を傾げる。
「あ、なんならついでに胸も揉んでいい?w」
手でジェスチャーする。
フェルンの顔が一瞬で真っ赤になる。
「——ユーベル様!!」
次の瞬間。
フェルンが魔法を放つ。
ドンッ!!
「うわっ!」
ユーベルが笑いながら避ける。
「落ち着いてよフェルンw」
「冗談じゃーんwww」
逃げ回るユーベル。
バンッ!
ドゴン!
机が砕ける。
椅子が吹き飛ぶ。
ゼンゼが青ざめる。
「やめて……」
「暴れないで……」
震える声。
「部屋が壊れる……」
「ただでさえ協会は今予算がないんだから……」
「やめて……」
珍しく完全に狼狽していた。
ユーベルは魔法を避けながら雑誌を眺める。
「ていうかさー」
ページをめくる。
「どうしたらそんなに成長するのww」
「魔法なの?それとも遺伝?ねえ教えてよーwww」
フェルンが叫ぶ。
「——知りません!!」
さらに魔法。
ドンッ!!
会議室の壁にヒビが入る。
ゼンゼが半泣きになる。
「本当にやめて……」
「これ以上、暴れないで……」
会議室は、どんどんボロボロになっていった。
その光景を——
フリーレンとゼーリエは、ぼんやり見ていた。
二人とも天井を見上げる。
((……早くレッスン始まらないかなぁ))
フリーレンがあくびをする。
ゼーリエも静かに腕を組む。
崩壊していく会議室に響くのは——
ユーベルの笑い声。
フェルンの怒鳴り声。
そして、
必死に止めようとするゼンゼの声だった。
⸻
後日談……
雑誌の発売から数日。
フェルンのSNSは——
異常なことになっていた。
フォロワーが、爆発的に増えている。
通知。
通知。
通知。
止まらない。
スマートフォンを見つめるフェルンの目は、
完全に死んでいた。
それ以降。
フェルンは、以前のように
レッスン風景の写真や、
衣装の写真などを投稿することはなくなった。
投稿するのは、
活動告知だけ。
そして——
フェルンは。
あの雑誌を、
一度も開くことはなかった。
——ちなみに、
ユーベルは三冊持っている。