それは、
ゼーリエがゼンゼを無理やりにでも休ませるため
帰らせた日のことだった。
※36話『ゼンゼ、無理やり休む参照』
⸻
大陸魔法協会
玉座の間。
広い玉座の間で、
ゼーリエは一人考え込んでいた。
(……ゼンゼの仕事を、我々で分担するのは難しい)
それをすれば、ミスが起きるのは確実だ。
だが、そうでもしなければ
ゼンゼがまた無理をして倒れるのは目に見えていた。
前回はたまたま運が良かった。
だが——
一度壊れれば、人間は元には戻らない。
長命のエルフであるゼーリエは、
これまで多くの人間を見てきた。
だからこそ、それを痛いほど理解している。
しばらく考え込んだ後、ゼーリエは小さく息を吐く。
「……一人で悩んでいても仕方ない」
スマホを取り出し、
フリーレンとユーベルの三人のグループチャットを作る。
そしてすぐにメッセージを送った。
◇
(グループチャット)
ゼーリエ:
「貴様らに相談がある」
フリーレン:
「うわ、何いきなり」
ユーベル:
「また炎上したの?」
ゼーリエ:
「違う」
「今後の仕事の話だ」
ゼーリエ:
「今まではゼンゼが指揮をとっていたが、」
「それを我々自身で行おうと考えている」
ユーベル:
「いやー、難しいんじゃないそれは」
フリーレン:
「ダブルブッキングばっかで仕事来なくなっちゃうよ」
「フェルンも管理難しいってよく頭抱えてるよ」
ゼーリエ:
「そうだ」
「その未来がはっきり見える」
ユーベル:
「それは魔法?」
ゼーリエ:
「魔法じゃない」
「経験と統計だ」
ゼーリエ:
「ともかく、お前たちの意見を聞きたい」
フリーレン:
「私がマネージャーとして専属になるのはどう?」
「表に出ず、裏方に徹するよ」
ゼーリエ:
「ダメだ」
「第一、お前にできるとは思えない」
ユーベル:
「絶対無理でしょw」
フリーレン:
「酷い」
ゼーリエ:
「ユーベルは何か意見はないか」
ユーベル:
「うーん」
ユーベル:
「あれは?」
「マネージャー雇うのはどう?」
ゼーリエ:
「それは難しい」
「大陸魔法協会内の仕事の調整もするのは、外部の人間には頼めん」
ユーベル:
「違う違う」
「大陸魔法協会内の人間から探すんだよ」
ゼーリエ:
「ほう」
フリーレン:
「頭良いなぁ」
ゼーリエ:
「だが、募集はどうすればいいんだ」
ユーベル:
「協会内の掲示板でも使って集めるのが良いんじゃない?」
「どこかの日に面接あるって書いといたら、誰かしら来るでしょ」
ゼーリエ:
「なるほどな」
「ではそうするとしよう」
ゼーリエ:
「お前たちも協力しろ」
ユーベル:
「私はしばらくドラマの撮影立て込んでるから」
「日によっては厳しいかも」
ゼーリエ:
「そうか」
「では、来れたらでいい」
フリーレン:
「私も忙しいから」
「厳しいかも」
ゼーリエ:
「嘘をつくんじゃない」
フリーレン:
「酷い」
フリーレン:
「嘘じゃないよ」
フリーレン:
「本当だよ」
フリーレン:
「信じて」
ゼーリエ:
「貴様、連続で送ってくるな」
ユーベル:
「あれ、フリーレンって」
「そんな最近仕事入ってたっけ」
(フリーレンの返信が止まる)
(既読だけはついている)
ユーベル:
「え?」
ユーベル:
「なんで返さなくなるの」
ゼーリエ:
「よし、フリーレン」
「協会の掲示板にマネージャー募集を出す」
「面接はお前も付き合え」
ユーベル:
「それゼーリエだけで決めるのじゃダメなの?」
「それかゼンゼと決めればいいじゃん」
ゼーリエ:
「ゼンゼやフェルンには色々任せっぱなしにしていたからな」
「今回のことは私たちで決める」
ユーベル:
「にしても、フリーレン居なくても大丈夫じゃない?」
ゼーリエ:
「私たち全体の仕事を統括する者を決めるのだぞ」
「私一人で判断するより、他の者と選んだ方が説得力が出る」
「相性もあるからな」
ユーベル:
「ゼーリエは真面目だねぇ」
ユーベル:
「てかフリーレン全然返信しないじゃん」
「既読はついてるのに」
ゼーリエ:
「……仕方ない」
ゼーリエ:
「お前の欲しそうな魔導書を、面接の当日にくれてやる」
(既読)
(数秒後)
フリーレン:
「もう、仕方ないなー」
ユーベル:
「返信早っ」
ゼーリエ:
「現金な奴め」
フリーレン:
「リーダーのお願いをそんな無闇やたらに断れないよ」
ゼーリエ:
「どの口が言ってるんだ貴様」
ユーベル:
「二人とも頑張ってね〜」
フリーレン:
「よし」
フリーレン:
「1000年以上生きた魔法使いが」
フリーレン:
「大暴れしちゃうよ〜」
ゼーリエ:
「暴れるな」
◇
その後。
大陸魔法協会の掲示板に、
一枚の告知が貼り出された。
『 アーク・アルカナ
マネージャー募集 』
内容は、簡潔にこう書かれていた。
・超激務
・大陸魔法協会に所属しており、内部事情に詳しい者
・魔法使いの業務と両立できる者
・アーク・アルカナに詳しい者
・ゼーリエの機嫌が取れる者
要するに——
熱意があり、何より要領が良く、有能であること。
それが求められていた。
協会内で反感を買わないよう、
「魔法使い業務と兼任できる者」という条件も付けられている。
協会内にはアーク・アルカナのファンも多い。
だが最近は、魔法使いとしての業務が忙しくなり、
それどころではない者がほとんどだった。
さらに掲示には、仕事内容も包み隠さず書かれている。
そのせいもあり、応募者はあまり現れなかった。
そして——
一番最後に、小さく書かれていた条件。
『ゼーリエの機嫌が取れる者』
そんな人物がそうそう存在しないことは、
協会内では周知の事実だった。
言うまでもなく、
それが一番の難関である。
◇
面接当日。
玉座の間では、
ゼーリエが面接の準備を進めていた。
そこへ、ゼンゼが声をかける。
「……あの、マネージャーを
募集していることは知っていましたが」
「……本当に、私も同席しなくて良いんですか?」
ゼーリエは少しだけ視線を下げた。
どこか、申し訳なさそうに。
「……不要だ」
静かに言う。
「……お前に今まで押し付けてきたことだ」
そして、顔を上げる。
「私が舵を取り、私の目で判断する……」
「そして……今後を決める」
まっすぐな声だった。
ゼンゼは小さく息を吐く。
「……わかりました」
「……何かあれば言ってください」
その言葉に、ゼーリエは少しだけ微笑んだ。
「……うむ」
「そうなった時は、頼むぞ……」
◇
面接会場には、
アーク・アルカナの会議室が使われることになった。
募集時間は
12:00〜20:00。
その時間帯は、応募者の窓口として開放される。
そして面接当日。
やはりというべきか——
ユーベルはドラマの撮影で来られず、
フリーレンとゼーリエの二人で対応することになった。
会議室で待つゼーリエ。
しばらくして、扉が開く。
「きたよー」
時間ギリギリで、
フリーレンが現れた。
「……きたか、フリーレン」
フリーレンは軽く手を振る。
「じゃあ、早速……」
そう言いながら、両手を差し出す。
「例のものを……」
ゼーリエが小さく舌打ちした。
「……これが、約束していた魔導書だ」
ゼーリエが一冊の魔導書を差し出す。
フリーレンはそれを受け取ると、
ぱっと表情を明るくした。
「わーい、やったー」
「ありがとう、ゼーリエ」
ゼーリエはうざったそうな顔をする。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「……給料分の働きはしてもらうぞ、フリーレン」
フリーレンは魔導書を大事そうに抱える。
「もう、わかってるよ……」
「任せて、ゼーリエ」
フリーレンは椅子に座ると、
もうゼーリエの方すら見ずに魔導書を開いた。
ページをめくる音だけが響く。
ゼーリエは、ほんの少しだけ不安になった。
⸻
【 12:00 】
「じゃあ、私もらった魔導書を読んでるから」
「誰か来たら言ってね」
フリーレンが言う。
「うむ、いいだろう。好きにしろ」
ゼーリエは余裕そうに腕を組んだ。
「よろしくー」
フリーレンはそう返事をして、
さっそく魔導書を開き始める。
会議室は、静かだった。
⸻
【 13:00 】
「……誰も来ないね」
魔導書から目を離さず、
フリーレンが言う。
「……まだ一時間しか経っていない」
「これからだ」
ゼーリエは特に焦った様子もない。
「うーん……それもそうか……」
フリーレンはあっさり納得し、
また魔導書に視線を戻した。
⸻
【 15:00 】
「……誰も来ないねぇ」
フリーレンは、
ぼーっと魔導書を読みながら呟く。
「……まだ、わからん」
今度は、ゼーリエの声に
少しだけ焦りが混じっていた。
フリーレンが、ゆっくりと手を上げる。
「じゃあ……」
「私が応募しようかなぁ……」
少し、間。
ゼーリエがフリーレンを見る。
「……貴様、ふざけるな」
じっとりとした目で睨みつけた。
⸻
【 17:00 】
「……」
「……」
無言。
静かな会議室に、ページをめくる音だけが響いている。
フリーレンが小声で言った。
「……これさ」
「……なんだ」
「掲示板の紙……誰か破いたんじゃない?」
ゼーリエがゆっくり立ち上がる。
「そういうことか……」
「確認してくる」
数分後。
ゼーリエが戻ってきた。
表情は、暗い。
「……ちゃんと、貼ってあった」
「……世知辛いね」
フリーレンが大きくあくびをする。
⸻
【 19:00 】
「……私、帰って良い?」
フリーレンが帰り支度を始めようとする。
「……あと一時間だ」
「……もう少し待て」
そう言うゼーリエだが、
声は少し落ち込んでいた。
「……これ、絶対誰も来ないよ」
フリーレンが冷静に言う。
「……」
ゼーリエは何も答えない。
気まずい空気が流れる。
「……はぁ」
フリーレンは読んでいた魔導書を閉じ、
天井をぼんやり見上げた。
⸻
【 19:58 】
「じゃあ……私、帰るね」
フリーレンが立ち上がる。
「……うむ。ご苦労だった」
ゼーリエが小さく頷く。
もう終わりだ。
そう思った、その時——
会議室の扉が、ゆっくり開いた。
「……ギリギリになってしまい……申し訳ありません」
少し息を乱した声。
「……まだ……募集されていますか?」
扉の向こうに立っていたのは——
メトーデだった。
「……メトーデか」
ゼーリエは、もちろんメトーデを知っていた。
魔法使いとしては間違いなく有能。
回復魔法を得意とする一級魔法使いだ。
だが——
ゼーリエは、少しだけメトーデが苦手だった。
会うたびに、必ずと言っていいほど——
十分ほど頭を撫でられる。
一級魔法使いという立場もあり、
強く拒否することはしていない。
だが、本人としてはあまり気乗りしない行為だった。
ゼーリエは複雑な表情を浮かべる。
「……もちろん、まだ募集はしている」
「……ほ、本当ですか!?」
メトーデの顔が、ぱっと明るくなった。
その様子を横で見ていたフリーレンが、小声で言う。
「……この人だけしか来てないし」
「もうこの人で決定で良いんじゃない?」
ゼーリエも小声で返す。
「……ふざけるな」
「ちゃんと適性を見て判断する」
メトーデはまだ息が整っていなかった。
「本当にすみません……」
「仕事が長引いてしまって……」
「急いで来たんですけど……
ギリギリになってしまいました……」
髪も少し乱れている。
本当に急いで駆けつけたのだろう。
「いや……構わん」
ゼーリエは小さく頷く。
「では……早速、面接を開始するぞ」
すると、メトーデが慌てて声を上げた。
「あ、あの……ゼーリエさま」
「……面接の前に、
申し訳ないんですけど……」
少しモジモジしている。
ゼーリエの背中に、嫌な予感が走る。
「……なんだ」
メトーデが少し照れたように言う。
「……頭、撫でさせてもらっても良いですか?」
少し、間。
ゼーリエは深くため息をついた。
「……面接が終わってからにしろ」
メトーデの表情が、ぱっと明るくなる。
「……ありがとうございます!!」
メトーデが嬉しそうに頭を下げる。
「……あ、あとですね……」
また、もじもじし始める。
ゼーリエが少し眉をひそめた。
「……なんだ、まだ何かあるのか」
少しだけ苛立ちが混じる声。
メトーデが遠慮がちに続ける。
「……いえ、今度はゼーリエ様じゃなく……」
「……フリーレンさんになんですけど……」
フリーレンがびくっと反応した。
「え、私?」
一拍。
「……な、なに?」
メトーデが少し照れながら言う。
「……フリーレンさんの頭も……」
「……撫でさせてもらっても良いですか?」
しばらく、間。
フリーレンが困った顔でゼーリエを見る。
ゼーリエは目を逸らした。
「……め、面接が終わってからね」
フリーレンがぎこちなく答える。
「ありがとうございます……!!」
メトーデの表情が一気に明るくなる。
少し鼻息も荒い。
ゼーリエが咳払いをした。
「……よし、」
「改めて、面接を始めるぞ」
メトーデが背筋を伸ばす。
「はい、お願いします……!」
緊張しながらも、どこか嬉しそうだった。
こうして——
本日、唯一の面接が始まった。