ゼーリエが椅子に深く腰掛け、腕を組む。
「……よし。早速だが、志望動機を聞かせろ」
面接官のような口調だった。
メトーデは姿勢を正す。
「アーク・アルカナの大ファンなので、
皆さんの力になりたくて……」
少し控えめな声だった。
ゼーリエはじっとメトーデを見つめる。
「……そんな動機だけで務まるほど、
ヤワな仕事ではないぞ」
横からフリーレンが静かに口を挟む。
「フェルンの仕事風景、見てるけどさ」
「わりと激務だよ」
メトーデはこくりと頷いた。
「はい……わかってます」
一度言葉を区切る。
そして、真っ直ぐな目で続けた。
「でも……アーク・アルカナの人たちを
支えたいんです……」
その視線は、まっすぐだった。
——だが。
次の瞬間。
メトーデの表情がふっと緩む。
どこか、うっとりとした顔になる。
「特に……ゼーリエ様とフリーレン様……」
二人を見つめながら、静かに言った。
「本当に可愛い……」
「お世話してあげたいんです……」
しばらく、沈黙。
ゼーリエとフリーレンの背中に、
ぞくりとしたものが走る。
フリーレンが、
そっとゼーリエの方へ顔を寄せた。
そして小声で囁く。
「……やっぱりこの人、やめとく?」
ゼーリエは少しだけ考える。
腕を組んだまま、数秒沈黙した。
そして、ぽつりと呟く。
「……いや」
フリーレンが目を瞬く。
ゼーリエは小さく息を吐いた。
「……他に応募者がいない」
フリーレンは少し考え、
そして静かに頷いた。
「……それはそうだね」
メトーデはきょとんとしていた。
「……?」
◇
ゼーリエが軽く咳払いをする。
「……メトーデ」
「貴様に何ができる?」
仕切り直すように、静かに問いかけた。
メトーデは少し姿勢を正す。
「ご存知だとは思いますが、
回復魔法は、ある程度得意です」
落ち着いた声で続ける。
「募集要項にもありましたが、
魔法使いとしての業務との兼任も……」
「問題なくこなせると思います」
そう言って、鞄から一枚の資料を取り出した。
「現状の自分の業務を……」
「簡単にですが、データにまとめてきました」
メトーデはそれを、そっと机の上に差し出す。
「もし……ご採用いただければ」
「この空いた時間は、
すべてアーク・アルカナのマネジメントに充てる予定です」
ゼーリエとフリーレンは、
その資料に目を落とした。
そして——
二人の表情が、ゆっくりと固まる。
しばらく沈黙。
フリーレンが小さく呟いた。
「これ」
「相当忙しいんじゃない……?」
ゼーリエも眉をひそめる。
「……お前、」
低い声で言う。
「本当に大丈夫なのか……?」
資料から目を上げ、メトーデを見る。
「……相当、辛くなるぞ」
ほんの少しだけ——
心配するような声音だった。
メトーデは、にこりと微笑んだ。
「大丈夫だと、思います……」
だが、そこで言葉を切る。
少しだけ視線を落とし、
もじもじと指を絡める。
「……ただ」
ゼーリエの眉がわずかに動いた。
「……ただ、なんだ」
神妙な顔で問い返す。
メトーデは少し顔を赤くした。
そして、遠慮がちに言う。
「私が疲れた時は……」
一度、言葉を区切る。
「ぎゅって、させていただければ……」
会議室に、静寂が落ちた。
ゼーリエとフリーレンの顔が、
同時に引きつる。
数秒の沈黙。
やがてゼーリエが、ゆっくりと口を開いた。
「……検討しよう」
静かな声だった。
フリーレンは、遠い目をしていた。
◇
ゼーリエが、ふっと表情を引き締めた。
「……では、もう一つ聞こう」
先ほどよりも、低い声だった。
「メンバーの不祥事や、
SNSで炎上した場合……どう対処する?」
その言葉に、フリーレンが一瞬だけ視線を逸らす。
(炎上なんて……
ゼーリエぐらいしかしないじゃん……)
心の中でだけ呟いた。
メトーデは少し考える。
「そうですね……」
顎に指を当て、静かに答えた。
「まず、状況を確認します……」
「事実関係を整理して……
謝罪が必要なら、迅速に対応しますね……」
ゼーリエが小さく頷く。
「うむ……」
「基本だな……」
少し感心したような声だった。
だが、メトーデはそこで終わらなかった。
「そして、その後……」
言葉を続ける。
ゼーリエが首を傾げる。
「……ん?」
まだ何かあるのか、という顔だった。
メトーデは、にこりと微笑む。
「メンバーのメンタルケアをします……」
どこか楽しそうな笑みだった。
フリーレンが、少し身を引く。
「ぐ……具体的には……?」
恐る恐る尋ねる。
メトーデは、フリーレンの方をじっと見つめた。
そして、にっこりと微笑む。
「うふふ……」
「聞きたいですか……?」
その視線は、どこか粘りつくようだった。
会議室の空気が、ぴたりと止まる。
ゼーリエとフリーレンが同時に凍りつく。
しばらく沈黙。
フリーレンが、そっと一歩引いた。
「……いや、」
「やっぱいいや……」
小さく首を振る。
ゼーリエは腕を組んだまま、遠くを見る。
(……今後は炎上しないよう、
より気をつけねば……)
静かに、そう決意した。
会議室には、
なんとも言えない空気が漂っていた。
◇
ゼーリエは腕を組んだまま、次の質問を投げる。
「……では、次だ」
「ライブ当日にトラブルが起きた場合、
どう対処する」
メトーデはすぐに答えた。
「機材、導線……
そして、観客の安全を最優先します……」
迷いのない声だった。
フリーレンが小さく声を漏らす。
「おぉ……」
思わず感心したようだった。
メトーデは続ける。
「それでも、不安そうなメンバーがいたら……」
「安心させます……」
ゼーリエが目を細める。
「……どうやってだ」
メトーデは少しだけ微笑んだ。
そして、口を開く。
「頭を——」
その瞬間。
ゼーリエが手を上げて遮った。
「……いや、言わなくていい」
◇
ゼーリエが腕を組み直す。
「……掲示の最後に書いてあった条件を覚えているか」
メトーデはすぐに頷いた。
「はい……」
ゼーリエは淡々と言う。
「私の機嫌を取れる者」
そして、まっすぐメトーデを見る。
「……どうするつもりだ」
メトーデは少し黙った。
「……」
真剣な顔で考えている。
やがて、ゆっくり口を開いた。
「ゼーリエ様が怒っていらっしゃる時は……」
一瞬、言葉を区切る。
「撫でて……」
「ぎゅっと……抱きしめて……」
少しずつ声が甘くなっていく。
「気が落ち着くまで……」
一拍。
メトーデの頬がほんのり赤くなる。
「そして……」
「ふふ……」
「ふふふふ……」
口元が緩みきる。
気づけば、
口の端からうっすら涎まで垂れていた。
会議室の空気が凍る。
ゼーリエは口を開けたまま、
完全に固まっていた。
フリーレンはその様子を見ながら、
そっと胸に手を当てる。
(……私、比較的落ち着いた性格でよかった……)
心の底から、そう思った。
◇
ゼーリエは小さく息を吐いた。
「……気を取り直して」
そして、ゆっくりと言う。
「最後の質問だ……」
メトーデは背筋を伸ばした。
「はい……」
気を引き締めた声だった。
ゼーリエが静かに問いかける。
「なぜ、この仕事をしたい……」
少し、沈黙。
メトーデは視線を落とし、
ゆっくりと言葉を探す。
そして、顔を上げた。
「最初にも言いましたが……」
「私は、アーク・アルカナの大ファンです」
静かな声だった。
「だから……皆さんを支えたいと思っています……」
そこで、一度言葉を切る。
「私は……」
「ゼンゼさんが一人でされた、
最初のライブから観に行ってます」
ゼーリエの眉が動く。
「……あれに来ていたのか」
少し驚いた声だった。
フリーレンはきょとんとする。
「そんなのあったんだ……」
どうやら、初回ライブの存在を今初めて知ったらしい。
メトーデは少し言いにくそうに視線を逸らす。
沈黙。
そして、気まずそうに口を開いた。
「観客は……」
「私を含めても、十人と少し……」
……。
会議室に、静かな空気が落ちる。
メトーデは小さく息を吸った。
「正直……」
「とても、痛々しかった……」
声は小さかった。
それでも、言葉を続ける。
「でも……」
「一人で健気に踊る彼女の姿は……
とても美しかった……」
遠くを思い出すような目だった。
「踊りを終えた時……
拍手は、まばらでした」
「彼女はいつもの無表情のままでしたが……」
少し、微笑む。
「それでも、どこか嬉しそうに見えました……」
メトーデはゆっくりと顔を上げる。
「助けてあげたい」
「支えてあげたい……」
「そう、思いました」
言い切る。
そして、まっすぐに二人を見つめた。
沈黙。
ゼーリエとフリーレンは、
何も言わずその話を聞いていた。
メトーデは、もう一度口を開いた。
「その後も……」
「アーク・アルカナの、
すべてのライブやイベントに参加しました……」
ゼーリエの記憶がよみがえる。
「……確かに、」
「お前は毎回来ていたな……」
ぽつりと呟いた。
フリーレンが目を丸くする。
「そうなんだ……」
「全然、知らなかった……」
ゼーリエが静かに補足する。
「……こいつは、
私たちに特に話しかけたりしない」
「だから、お前が知らなくても無理はない……」
フリーレンは不思議そうに首を傾げた。
「話しかけてくれても良かったのに……」
メトーデは少し困ったように笑う。
「いえ……」
「皆さんの邪魔になりたくなかったので……」
そして、少しだけ視線を落とす。
「誰も見ていない路上ライブの時も……」
「私は……影から見ていました……」
寂しそうに、微笑んだ。
フリーレンは心の中で思う。
(いや……そこは話しかけてよ……)
横を見ると、
ゼーリエの表情もどこか引きつっている。
メトーデは慌てたように続けた。
「……だからっ」
「今日、マネージャーの面接があると知って……」
「改めて、皆さんの力になれる……と」
少し照れたように笑う。
「恥ずかしながら……
気合いを入れて来ました……」
少し俯く。
「あがってしまって……」
「変なことを言ってしまっていたら、
すみません……」
顔を上げる。
「でも……、」
「本気なんです……」
目が、少し潤んでいた。
会議室に静かな空気が流れる。
ゼーリエは腕を組んだまま、黙っていた。
どこか、感傷に浸っているようだった。
フリーレンも、ふと思う。
(人間って、すごいな……)
(ここまで思えるものなんだな……)
そして、ぼんやりと天井を見上げた。
静寂。
やがて、フリーレンが口を開く。
「……この人で、いいんじゃない?」
ゼーリエが視線を向ける。
フリーレンは続けた。
「他に人もいないし……」
少しだけ笑う。
「……何より、本気だよ。この人」
その言葉が、静かに背中を押す。
ゼーリエはしばらく考えた。
そして、小さく息を吐く。
「……うむ」
「……そうだな」
一拍。
「よし、」
ゼーリエが決心する。
「決まりだ」
そして、メトーデを真っ直ぐ見た。
「……メトーデ」
「貴様は、アーク・アルカナのマネージャーとして
正式に“採用”だ」
メトーデの目が見開かれる。
ゼーリエは続ける。
「内容や今後については、追って伝える……」
「……覚悟をしておけ」
鋭い視線だった。
だが、その瞳はどこか優しかった。
メトーデは固まっていた。
信じられない、という顔だった。
ゼーリエが小さく言う。
「……どうなんだ?」
その瞬間。
メトーデの表情が、
ゆっくりと崩れる。
「……はい……っ……!!」
声が震える。
「……よろしく……」
「お願い……しま……す……っ……」
大粒の涙が、ぽろぽろと溢れた。
こうして——
メトーデ。
アーク・アルカナのマネージャー。
——採用、決定。
⸻【後日談】⸻
翌日。
大陸魔法協会
アーク・アルカナ会議室。
ゼーリエが腕を組み、
集まったメンバーを見渡す。
「皆、知っているとは思うが……」
隣に立つ女性を顎で示す。
「こいつの名前はメトーデだ」
メトーデが少し緊張した様子で背筋を伸ばす。
ゼーリエは続けた。
「こいつが、アーク・アルカナの
正式なマネージャーとして加入することになった」
一拍。
「……まあ、」
「仲良くしてやってくれ」
ぱち、ぱち、と拍手が起こる。
メトーデが深く頭を下げた。
「メトーデです……」
「精一杯、頑張ります……」
顔を上げると、
ゼンゼがじっとこちらを見ていた。
少しして、ぽつりと口を開く。
「……そういえば」
「私の最初のライブ、来てくれてたよね……」
死んだ目で、遠い過去を思い出している。
メトーデはすぐに頷いた。
「はい……行きました……」
少し照れたように微笑む。
「覚えていてくれて嬉しいです……」
その瞬間。
なぜかゼンゼの表情が、どんどん暗くなる。
「……観客、十三人しかいなかったんだよ」
一拍。
「……未だに、
あの時の光景が私の脳裏に焼き付いてる」
ゼンゼは遠い目をした。
ユーベルが目を丸くする。
「えっ、知らなかった……
そんなことあったんだw」
少し笑ってしまう。
その横で、メトーデが首を傾げた。
「……私は、良いと思いましたよ?」
きょとんとした顔だった。
ゼンゼが顔を上げる。
メトーデは続けた。
「一人で踊っている姿……とても綺麗でした」
「……本当に」
静かな声だった。
お世辞で言っているようにも感じない。
ゼンゼの表情が、ほんの少しだけ柔らぐ。
(……こんな風に思ってくれる人もいたのか)
胸の奥で、何かがほどける。
過去の自分が、少しだけ報われた気がした。
「へー」
ユーベルが軽い調子で言う。
「じゃあ、ゼンゼ推しなんだねー」
メトーデは少しだけ首を振った。
「……私は、箱推しです」
そして、まっすぐに言う。
「皆さんを、愛しているんです……」
そう言って、スマホを取り出した。
画面をこちらに向ける。
「これ……」
自然と一同が覗き込む。
そこには——
今までのアーク・アルカナのグッズが、
ずらりと並んでいた。
アクリルスタンド、缶バッジ、タオル、
ペンライト、限定ポスター。
ほとんどが揃っている。
いくつか欠けている物はあるが、
それでも異様なほどの収集率だった。
「……」
一同が静かに画面を見つめる。
メトーデは少し悔しそうに言う。
「……ユーベルさんのグッズは、
毎回すぐに売り切れるので……」
「争奪戦なんです……」
ユーベルが、少し得意げにニヤける。
メトーデは続けた。
「だから、転売品を買ったりもしてるんですけど……」
ユーベルの笑顔が止まる。
「中には、市場に出なくて……」
「揃ってない物もあって……」
少し恨めしそうに言った。
ユーベルの表情が引きつる。
(……こいつ、思ったより重いな)
ユーベルはそっとゼーリエの方へ体を寄せ、
小声で耳打ちした。
「……メトーデで大丈夫なの……?」
「ここまでのファンに、マネージャー務まる……?」
ゼーリエは鼻を鳴らす。
「ふん……安心しろ……」
腕を組んだまま言う。
「熱意が高すぎるのはまあ置いておくとして……」
少しだけ視線をメトーデへ向ける。
「……こいつのマネージャーとしての思いは、」
「“本物”だ」
一拍。
「……私が保証する」
はっきりと言い切った。
フリーレンも小さく頷く。
「……私も、大丈夫だと思う」
ユーベルは少し考えた。
そして、肩をすくめる。
「……まあ、」
「リーダーが決めたんなら、私は従うよ」
小さく息を吐く。
諦めたような顔だった。
だが——
その口元は、ほんの少しだけ笑っていた。
その様子を見ていたフェルンが、一歩前に出る。
「これからお願いします……メトーデ様」
フェルンが丁寧に頭を下げる。
メトーデは慌てたように手を振った。
「あらあら、フェルンさん……」
「私のことは“メトーデ”と呼んでください……」
だがフェルンは首を横に振る。
「いえ……そういうわけには……」
少しモジモジしている。
メトーデは、ふとフェルンをまじまじと見つめた。
「……ですが、フェルンさん」
「な、なんでしょうか……」
フェルンがわずかに身構える。
メトーデは、うっとりとした表情で言った。
「近くで改めて見ると……」
「本当に可愛いですね……」
フェルンの眉がぴくりと動く。
メトーデは頬を赤くしながら続けた。
「失礼ですが……」
「ギュッてしても……」
一拍。
「良いでしょうか……」
真っ直ぐな目だった。
フェルンは、間髪入れず答える。
「やめてください。」
氷のように冷たい声だった。
「あら、手厳しい……」
メトーデがシュンと肩を落とす。
その様子を見ながら、
ユーベルがそっとゼーリエとフリーレンに耳打ちする。
「……メトーデで……本当に大丈夫なの……?」
二人の表情は、どこかぎこちない。
ゼーリエが小声で答える。
「……とりあえず、雇ってみて」
「……そこから考える……」
明らかに声が小さい。
だが、すぐに咳払いして切り替えた。
「……メトーデ」
「はい、ゼーリエ様……」
メトーデが背筋を伸ばす。
ゼーリエは静かに言う。
「改めて……」
「これから、頼んだぞ……」
メトーデはまっすぐ頷いた。
「はい……」
「私が必ず、アーク・アルカナの皆さんを
サポートしてみせます……」
ゼーリエは小さく頷く。
「うむ……」
柔らかく微笑んだ。
だが。
メトーデがモジモジしながら口を開く。
「ゼーリエ様……」
「早速……」
「記念に、ギュッてしても——」
その瞬間。
ゼーリエの目から光が消えた。
「……」
長い沈黙。
やがて、ぽつりと呟く。
「……少しだけだ」
完全に諦めた声だった。
メトーデの顔がぱっと輝く。
「……ゼーリエ様、ありがとうございます」
……
その日の二人の接触は——
15分に及んだ
会議室の隅で、その様子を見ていた一同。
((……本当に、この先大丈夫かなぁ……))
アーク・アルカナの思いが、
一つになる。
——メトーデ以外の。