ユーベルが加入した路上ライブの、翌日。
協会の空き倉庫が“レッスン場”になった。
鏡は、ひび割れている。
床は石畳。
音響は、中古の魔導増幅石。
予算?
ほぼゼロ。
それでも——
「……やるぞ」
ゼーリエの一言で、全員が横一列に並んだ。
◇
最初に露呈したのは——
ゼーリエだった。
「……やっぱり、ゼーリエ様の歌声は素敵です」
ゼンゼが恥ずかしそうに言う。
「うん、良い感じだね……」
フリーレンは特に表情を変えない。
「ゼーリエ、“意外に”歌上手いよねー」
ニヤけるユーベル。
ゼーリエの目が細くなる。
「貴様、“意外”とはどういう意味だ……?」
「ゼーリエ様、気にせず進めましょう」
フェルンが仕切り直す。
「ふん……まあいい」
ゼーリエの目線が険しくなる。
「見るが良い、“大魔法使い”の真髄をな……!!」
ゼーリエが勢いづいてステップに入っていく。
「……ん?」
「……んん?」
「……ちっ、なぜ足がもつれるのだ」
魔力制御は完璧。
浮遊魔法で空中三回転も可能。
だが。
地上のステップが壊滅的だった。
動きが硬い。
リズムが遅れる。
そして妙に——威厳だけはある。
ユーベルが腹を抱える。
「ガタガタじゃんかwwww」
フリーレンが冷たい視線を送る。
「これが……」
「“大魔法使い”の真髄……?」
「おい、フリーレン……
ゼーリエ様をイジるんじゃない……」
釘を刺すゼンゼ。
「戦闘態勢にしか見えません」
フェルンが冷静に言う。
「……戦闘態勢ではない」
ゼーリエの眉間に皺が寄る。
◇フリーレン
歌い出すと、空気が変わる。
澄んだ声。
圧倒的な歌唱力。
倉庫の空気が、一瞬で透き通る。
「……フリーレン様、本当に歌がお上手ですね」
フェルンが驚いたように口に手を当てた。
「えーそう?照れるなぁ……」
フリーレンも満更ではない様子だ。
「うん……路上で聴いた時よりも、臨場感あるね……」
珍しくユーベルも感動している。
「ふん……当然だ」
なぜか誇らしげなゼーリエ。
「……なんでゼーリエが偉ぶるの?」
フリーレンがじっとりとした目でゼーリエを見つめる。
ゼーリエが手を払うように言う。
「うるさい、そのまま続けろ」
「まあいいか……じゃあ、どんどんやっちゃうよ〜」
フリーレンが勢いよくダンスの振りに入る。
だが——
三歩目で止まる。
「……あれ、手はどうすればいいの?」
振り付けの途中で止まる。
左右がわからない。
カウントも忘れた。
「長命なのに身体感覚は鈍いんですね」
フェルンが冷たい視線を向ける。
「……ひどい」
フリーレンがむくれる。
◇フェルン
歌は普通。
悪くない。
だが、突出もしない。
ダンスの理解が早い。
形も綺麗。
だが——
何かが足りない。
「……何かが足りんな」
ゼーリエが腕を組む。
「……無難で良いと思います」
ゼンゼが補足する。
フェルンは少しだけ眉を下げた。
「しかし、呑み込みが異様に早い」
「フェルン……貴様は化けるぞ」
フェルンがきょとんとする。
「……頑張ります」
「うむ、頼んだぞ」
フェルンが拳をぎゅっと握る。
◇ゼンゼ
路上ライブの頃から分かっていたが、
ダンスが相当上手い。
そして、意外にも歌も上手い。
繊細で、安定している歌声だ。
だが。
表情が硬い。
やらされている感が、滲む。
「……ゼンゼ、もっと楽しめ」
「……無理です」
即答。
観客を想像するだけで、頬が赤くなる。
羞恥心が、どうしても消えない。
◇
そして、
最後の一人。
ユーベル。
音楽が鳴り始める。
——その瞬間。
空気が変わった。
技術は未熟。
音程は時々揺れる。
振り付けも、ほとんど自己流。
だが。
——楽しそうだ。
全身から“楽しい”が溢れている。
笑顔。
汗。
息切れ。
それでも踊る。
くるり、と回る。
少しバランスを崩す。
転びかける。
それでも笑う。
「ねぇ……もう一回やろうよ」
息を切らしながら。
瞳の奥に、
妖しい光。
危うさ。
触れたら切れそうな気配。
ゼンゼが呟く。
「……目が離せない」
フェルンも小さく頷く。
フリーレンがぽつり。
「……スター性だね」
ゼーリエは、黙って見ていた。
ユーベルがまた回る。
汗が飛ぶ。
息が荒い。
それでも笑う。
その瞬間。
ゼーリエの中で、何かが繋がった。
表情に、自然と笑みが浮かぶ。
◇
確信、
(これだ)
完璧である必要はない。
上手い必要すらない。
最初は、不安だった。
だが——
“見たい”と思わせる。
それだけで、十分だ。
磨けば光る。
いや。
既に光っている。
荒削りの原石。
「……ユーベル」
「なに?」
「貴様がセンターだ」
倉庫の空気が止まった。
全員が固まる。
「えっ……」
ユーベルが目を丸くする。
「……本気?」
「ああ、本気だ」
ゼーリエが、わずかに笑った。
「こいつを磨けば……可能性はある」
その声は、
路上で折れかけた時のものではない。
確信。
「私たちはお前を軸に構築していく」
言い切った。
ユーベルは少し考えて、
そして肩をすくめる。
「んー……まあ、よくわかんないけどいいよ」
あっさりと答えた。
「よし、決まりだな……」
ゼーリエは頷く。
「……ゼンゼ」
びくり、と肩が震える。
「……はい」
「お前は支えろ。歌で、技術で」
フェルンを見る。
「さらに技術を磨き、安定を作れ」
フリーレンへ。
「歌で空気を支配しろ」
そして。
自分の胸の内で呟く。
(私は——土台だ)
長命の魔法使いは理解した。
時代は、
もう自分ではない。
だが。
導くことはできる。
ユーベルが、にやりと笑う。
「……面白くなってきたね」
「楽しいか?」
「うん」
即答だった。
ゼーリエは頷く。
「……ならば、勝てる」
倉庫の中。
壊れかけの鏡に映る五人。
未完成。
未熟。
赤字。
それでも。
確実に、何かが動き始めていた。
路上から。
ゼロから。
“天性の原石”を中心に。
大陸魔法協会再建計画は、
小さな空き倉庫から、
本格的に動き始めた。
⸻
方向性が決まり、
レッスンが一段落した頃。
床に座り込んだユーベルが、くるくると指で髪を巻きながら言った。
「ねぇ、そういえばさ、」
「グループ名ってなんなの?」
「……」
空気が止まる。
五秒。
…十秒。
「……え?」
ユーベルが顔を上げる。
「決めてないの……?」
苦笑いが浮かぶ。
「……盲点でしたね」
ゼンゼが気まずそうに視線を逸らす。
ゼーリエが腕を組む。
「……よし」
一言。
「今から決める」
「……では、一人ずつ意見を聞いていく」
◇
「まずはフリーレンだ」
「え、私?」
フリーレンが慌てる。
「え〜……」
「別に私はなんでもいいかなぁ……」
ゼーリエの眉が、ぴくりと動く。
「ダメだ」
「考えろ」
「直感でいい」
「え〜……」
少し考える。
天井を見る。
うーん、と唸る。
そして。
「……“魔法少女〜ず”は?」
「ダサい、却下だ」
即答。
「えっ……」
フリーレンが固まる。
「せっかく考えたのに……」
肩を落とす。
「酷いよ……」
◇
「次は、フェルン」
フェルンが小さく息を吐く。
「そうですね……」
少し考える。
「“大陸魔法協会・アイドル研究部”というのはどうでしょう」
「……うーん」
ゼーリエが腕を組む。
「悪くはないが、硬いな……」
ゼンゼが補足する。
「……最近はこういう実在組織っぽい名前も流行ってはいます」
「無しではないですね……」
ゼーリエが頷く。
「よし、候補に加える」
「私はもうちょっと可愛い感じがいいなー」
ユーベルが寝転がりながら言う。
「……あと、“略しやすい名前”」
「それ、重要だよ」
ゼーリエが頷く。
「確かに、重要だな」
ゼンゼも感心する。
「……良い意見ですね」
ユーベルがにやりと笑う。
「……でしょ?」
◇
「次はユーベル、お前だ」
「んー」
ユーベルが少し考える。
そして。
楽しそうに笑う。
「“ジャックナイフ・シスターズ”」
「“ジャクシス”って略せるし」
「良くない?」
「……」
一同、沈黙。
ゼーリエが眉をひそめる。
「……物騒だな」
ゼンゼも微妙な顔。
「悪くはないですが……」
「ユーベルのイメージが強すぎますね……」
「え〜」
ユーベルがむくれる。
「可愛いと思うんだけどな〜」
フリーレンが心の中で呟く。
(ジャックナイフは嫌だなぁ……)
ゼーリエがため息をつく。
「……まあ、候補には加えよう」
「やったね」
ユーベルが軽くガッツポーズ。
◇
「……そして、最後」
「ゼンゼ」
びくり。
肩が跳ねる。
「……私ですか」
「そうだ」
ゼンゼは少し考え込む。
床を見る。
天井を見る。
沈黙。
やがて、小さく口を開いた。
「……“アーク・アルカナ”というのはどうでしょう」
全員が顔を上げる。
「“神秘的な方舟”、という意味です……」
一瞬、沈黙。
「……我々が、大陸魔法協会を救済する“方舟”になれれば、
という思いで考えました……」
ゼンゼの頬が、みるみる赤くなる。
「……すみません、少し……大げさでした」
ゼーリエが少し驚いた顔をする。
「……いや、悪くない」
フリーレンが頷く。
「うん、むしろ良い響きだね」
フェルンも頷く。
「ゼンゼ様、センスありますね」
一瞬、場が和む。
ユーベルがニヤッとする。
「“アクアル”って略せるしね〜」
ゼンゼの顔がさらに赤くなる。
◇
「……では、意見は出揃ったな」
ゼーリエが言いかける。
「待って……」
フリーレンが割り込む。
「ゼーリエがまだ出してないよ」
フェルンも頷く。
「そうです」
「ゼーリエ様だけ出さないのは不公平です」
ユーベルが口角を上げる。
「そうだよ、“リーダー”」
「……うむ」
ゼーリエが諦めた顔をする。
少し考える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……“最強魔法使い〜ず”はどうだ」
沈黙。
ゼンゼがじとっと見る。
「……ゼーリエ様」
「真面目に考えてください」
「……これが限界なのだ」
遠い目。
ユーベルが爆笑する。
「だいぶ“無し”じゃない?」
フェルンが肩を震わせている。
「……エルフは同じセンスなんですね」
「……ちょっと待って」
フリーレンが否定する。
「一緒にしないでよ……」
◇
ゼーリエが咳払いする。
「……では、多数決だ」
「良いと思うものに挙手しろ」
◇
「“大陸魔法協会・アイドル研究部”」
ゼンゼが一人、手をあげる。
「……私は良いと思った」
フェルンが少し微笑む。
「ゼンゼ様、ありがとうございます」
ゼンゼの頬が少し紅潮する。
◇
「“ジャックナイフ・シスターズ”」
ユーベルだけ挙手。
「えー可愛いのになー」
むくれる。
(……ジャックナイフにならなくてよかった……)
フリーレンが密かに胸を撫で下ろす。
◇
「——では最後、」
「“アーク・アルカナ”」
ユーベルとゼンゼ以外、
ゼーリエ、フリーレン、フェルン。
三人が挙手。
短い沈黙。
ゼーリエが頷く。
「……では、決まりだな」
ゼンゼがホワイトボードに書く。
少しだけ震える手で。
大きく。
『アーク・アルカナ』
こうして。
路上から始まった無名のアイドルグループは、
ようやく
名前を手に入れた。