これは、アーク・アルカナが初ライブを終えた直後の——
ゼーリエとフリーレンが、
まだスマホの操作に慣れていない頃の話である。
⸻
大陸魔法協会。
アーク・アルカナ会議室。
重い空気の中で、
ひとりの魔法使いが不機嫌そうに腕を組んでいた。
「……だから、いらんと言っているだろう」
ゼーリエが鬱陶しそうに言う。
その前で、ゼンゼが深く頭を下げていた。
「……ゼーリエ様。そこをなんとかお願いします」
「何度でも言うぞ。私にスマホは不要だ」
子供のような言い分だった。
その様子を見て、ユーベルがニヤニヤと笑う。
「ゼーリエも強情だねぇ」
その横では、もう一人。
「フェルン、私もスマホはいらないからね」
フリーレンが、まったく悪びれもせずに
魔導書を読みながら言っている。
「1000年以上生きてきて、一度も困ったことないし」
魔導書から、一切目線を動かさない。
「……こいつもかよ」
ユーベルが苦笑する。
フェルンは小さく息を吐いた。
「……ですが、フリーレン様」
「今後チーム内で連絡を取る時に、
スマホがなければ不便です」
落ち着いた声で説明する。
しかしフリーレンは頬を膨らませた。
「フェルンがその度に教えてくれたらいいじゃんかー」
フェルンは無言で、冷たい視線を送る。
「……」
「ふーんだ。そんな目で見ても無駄だよ〜」
フリーレンは意に介さない。
そのやり取りを見ていたゼーリエが、
苛立ったように言った。
「貴様らは何故、
そんなに我々にスマホを使わせたがる」
ゼンゼが姿勢を正す。
「……お言葉ですが、ここで覚えておかなければ
この先アイドルの活動において、明らかに不利です」
一度、言葉を切る。
「今後、SNSや配信を展開すること等も視野に入れると、
間違いなく活動の足枷になります」
さらに続ける。
「それに……」
一瞬言いにくそうにするゼンゼ。
「……ゼーリエ様がスマホを使えないことが
世間に知られた場合、」
一拍。
「かなり、恥ずかしいと思います……」
ゼンゼは申し訳なさそうに言った。
ゼーリエは一瞬、言葉に詰まった。
「……そ、そんなにか」
ゼンゼが頷く。
「間違いなく……、
長命についてのイジリが多く入るかと……」
ユーベルが吹き出す。
「めちゃくちゃ言うじゃんww」
肩をすくめる。
「まあ、でもさ」
一拍置いて続ける。
「少なからずあって困ることはないよねー」
さらに言葉を足す。
「ゼーリエたちが持ってなくて、
こっちが困ることはあるだろうけどさ」
ゼンゼが頷く。
「……ユーベルの言う通りです」
「精一杯お教えしますので……
どうかお願いします」
しばらく沈黙。
やがて、ゼーリエが小さく鼻を鳴らした。
「……ふん、そこまで言われては仕方ない」
「不本意だが、スマホを覚えてやる」
ゼンゼの表情が、わずかに明るくなった。
フェルンもフリーレンの方を向いた。
「フリーレン様、私も頑張って教えますので」
しかし、フリーレンは首を振る。
「私はいいやー。どうせSNSもやんないしさー」
「ゼーリエと違って、
イジられるぐらいなら別に気にしないしね」
フェルンは少し考え、静かに言った。
「……フリーレン様。今の時代、
魔導書もスマホで公開されているものがあります」
フリーレンの目が見開かれた。
「え、そうなの?」
「それを早く言ってよフェルンー」
ユーベルが首を傾げる。
「え、そんなのあった——」
「ユーベル様、黙ってください」
フェルンがすぐに遮る。
ユーベルは肩をすくめて口を閉じた。
ゼンゼとフェルンが小さく頷き合う。
「では、これから頑張って操作を覚えていきましょう」
ゼーリエが腕を組んだまま頷いた。
「うむ」
フリーレンは気楽そうに言う。
「がんばっちゃうよー」
◇
その後。
会議室の一角では、
急遽「スマホ教室」が開かれることになった。
講師はゼンゼとフェルン。
受講者は——ゼーリエとフリーレン。
なお、ユーベルはというと。
「面倒くさそうだから私は帰るねー」
そう言い残して、早々に部屋を出ていった。
残された四人。
ゼンゼは机の上にスマホを置き、
深呼吸してから説明を始めた。
「では……まずは電源ボタンを入れます」
すると、ゼーリエが眉をひそめる。
「電源、とはなんだ……?」
一瞬、空気が止まった。
フリーレンが横から覗き込み、得意げに言う。
「ゼーリエ、そんなこともわからないの?」
そして、適当にボタンを押した。
「ここだよ」
ポチッ。
フェルンがすぐに指摘する。
「フリーレン様、そこは音量ボタン(+)です」
「……」
ゼーリエがフリーレンを見る。
フリーレンも黙る。
沈黙。
やがてゼーリエが鼻で笑った。
「ふん、フリーレン。情けない」
「“大魔法使いの勘”で答えを導いてやる」
自信満々でスマホを手に取る。
「……ここだな」
ポチッ。
ゼンゼが静かに言った。
「……ゼーリエ様、そこは音量ボタン(−)です」
再び沈黙。
ゼーリエ
「……」
フリーレン
「……」
ゼンゼは額を押さえた。
「……ちゃんと説明するので、最後まで聞いてください」
フェルンがスマホを持ち、
落ち着いた声で説明を続けた。
「……では、私が説明します」
気を取り直し、
「この電源ボタンを押すと、画面が光ります」
ぽち、とボタンを押す。
画面が明るく点灯した。
「そこで、横にスライドしてもらってもいいですか?」
恐る恐るゼーリエが画面に触れる。
指を滑らせると――
画面が切り替わった。
「が、画面が……」
「変わった、だと……?」
ゼーリエが目を見開く。
横からフリーレンも覗き込んだ。
「なんか、いっぱい四角いのが出てきたけど……」
「似ててよくわかんないね……」
ゼーリエはしばらく画面を睨んでいたが、
やがて指で一つの四角を長押しした。
すると。
ぶるぶる、とアイコンが震え始める。
「……ん?」
「長く押すと、
ぷるぷる震えて動くようになったぞ」
画面を覗き込むゼーリエ。
「“アンインストール”? 」
「……何か出てきたな」
少し考える。
そして、結論を出した。
「……とりあえず、押すか」
「やめてくださいゼーリエ様……!」
ゼンゼが慌てて手を止めた。
「……それは、消してはいけません」
ゼーリエは不満そうに顔をしかめる。
その様子を見て、フリーレンが得意げに腕を組んだ。
「むふー、ゼーリエ怒られてるじゃん」
そして自信満々に説明する。
「これはね、横にね。
シュッシュッてして遊ぶためのものなんだよ」
フェルンが即座に言った。
「フリーレン様、全然違います」
◇
フェルンとゼンゼは、
スマホの基本機能について順番に説明していった。
まずは電話機能。
フェルンが簡単に操作を見せる。
通話画面が表示されるのを見て、ゼーリエが腕を組んだ。
「ふむ……なるほど」
少し考えるように呟く。
「この電話というので、
遠くの人間と話をすることができるのだな」
その横で、フリーレンが画面を覗き込んでいた。
「す、すごいね……」
小さく呟く。
「1000年以上生きてても、
まだ驚くことがあるんだね……」
するとゼーリエが鼻で笑う。
「ふん、その程度かフリーレン」
腕を組んだまま言った。
「私はお前よりも長く生きているのだぞ」
少し間を置く。
「そんな私でさえ……今衝撃を受けている」
フェルンが静かに言う。
「……張り合うところじゃありません」
ゼンゼが小さく咳払いをした。
「……次に進んでもいいでしょうか」
◇
続いて、カメラ機能の説明。
フェルンが操作を見せると、
フリーレンが興味深そうにスマホを覗き込んだ。
しばらく触っていたが――
やがて小さく声を上げる。
「ゼーリエ……すごいよ」
フリーレンが少し驚いたように言った。
「私、写真が撮れるようになっちゃったよ……」
小さく、シャッター音が鳴る。
しかしゼーリエは腕を組んだまま、鼻で笑った。
「ふん、フリーレン」
少し見下すような口調で言う。
「貴様は、そんなものではしゃぐのか……」
フリーレンがじっとゼーリエを見る。
「……じゃあ、ゼーリエはどうなの」
その瞬間。
ゼーリエが得意げにスマホを掲げた。
「ふん、私を見てみろ……」
誇らしげに言う。
「映像が撮れるようになったぞ……」
フリーレンが一瞬固まる。
「……こ、これはすごいね」
ゼンゼとフェルンは顔を見合わせた。
そして。
何も言わなかった。
「……」
「……」
◇
その後。
フェルンとゼンゼは、ひと通りの説明を終えた。
二人の表情には、明らかに疲れが出ていた。
ゼンゼが小さく息を吐く。
「……ざっくりとした説明は以上です」
「また、わからないことがあれば言ってください……」
フリーレンが手を挙げた。
「はーい」
ゼーリエは腕を組んだまま言う。
「ふん、私は大丈夫だ」
「わからないことなどない」
フェルンとゼンゼは顔を見合わせた。
(……絶対わからないこと出てくるんだろうな)
フリーレンが気楽そうに言う。
「私は都度、フェルンに聞くよー」
「よろしくねー」
フェルンが頷いた。
「もちろんです」
「頑張りましょう、フリーレン様」
その様子を見て、ゼーリエが鼻で笑う。
「ふん、1000年以上生きた魔法使いがそのザマか……」
「情けないぞ、フリーレン」
ゼンゼは小さく息を吐いた。
(……嫌な予感がする)
◇
その後。
事務室。
ゼンゼは机に向かい、書類を整理していた。
(ふぅ……もう夜か)
時計を見る。
(そろそろ仕事を終えるかな……)
肩を軽く回す。
(今日は久しぶりに家に帰るかなぁ)
その時。
——ピロン。
スマホの通知音が鳴った。
「……ん?」
ゼンゼが画面を見る。
「……なんか来てる」
スマホを手に取る。
◇
(個人チャット)
ゼーリエ:
「あ」
ゼンゼ:
「ゼーリエ様、どうされました?」
ゼーリエ:
「あ」
ゼンゼ:
「文字、打てますか?」
ゼーリエ:
「あ」
ゼンゼ:
「今からそちらに向かいますので、お待ちください」
ゼーリエ:
「あ」
◇
ゼンゼは急いで玉座の間へ向かった。
扉を開けると、そこには不機嫌そうなゼーリエがいた。
スマホを睨みつけている。
「……ダメだ、ゼンゼ」
苛立った声だった。
「これは壊れている……文字が打てん」
ゼンゼは静かに歩み寄った。
「……見せていただいても、よろしいでしょうか」
スマホを受け取り、画面を確認する。
少し操作してから、小さく息を吐いた。
「……壊れていません」
ゼーリエが怪訝そうに眉をひそめる。
「ゼンゼ……じゃあなんだと言うんだ」
ゼンゼは画面を指さした。
「キーボードの入力が『あ』になっています」
ゼーリエは一瞬だけ黙った。
そして、わずかに顔をしかめる。
「なんだそれは。私は知らんぞ」
ゼンゼは困ったように視線を落とした。
「つまり……壊れていません」
短い沈黙が落ちる。
ゼンゼは気まずそうに咳払いをした。
「……文字の打ち方を教えますね」
ゼーリエが不満そうに言う。
「……最初から教えておけ」
ゼンゼは内心で肩を落とした。
さっき説明したばかりなのに……、と思いながら。
ゼンゼはもう一度、文字入力の方法を説明した。
◇
しばらくして。
ゼンゼは机に手をつき、明らかに疲れた様子だった。
「……こ、これでひらがなが打てるはずです」
ゼーリエがスマホを見ながら呟く。
「……これ、さっき教えてもらったやつか」
ゼンゼは返事をしなかった。
ただ静かに目を閉じる。
ゼーリエは満足そうに頷いた。
「うむ、これでもう大丈夫だ」
ゼンゼが慌てて口を開く。
「いや、でもまだ文字変換等も覚えた方が——」
「ゼンゼ」
ゼーリエが遮った。
「私が、“大丈夫”だと言っているだろう」
そう言いながら、こちらを見ることなくスマホを操作している。
そのとき。
ゼンゼのスマホが通知音を鳴らした。
突然の音に、ゼンゼは画面を見る。
◇
(個人チャット)
ゼーリエ :
「おくれたぞ」
ゼーリエ:
「ぜんぜ」
ゼーリエ:
「ぜんぜ」
ゼーリエ:
「みれてるか」
ゼーリエ:
「おい」
ゼーリエ:
「すごいぞこれ」
ゼーリエ:
「へんじをしろ」
◇
ゼンゼは、ゆっくり顔を上げた。
視線の先には、ゼーリエがいる。
ゼーリエは勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「ふっ」
満足そうに言う。
「これで、もう大丈夫だろう」
「帰って良いぞゼンゼ……ご苦労だった」
ゼーリエはニヤニヤしながらスマホを触っている。
ゼンゼは静かに息を吐いた。
この先が思いやられる、という顔だった。
疲れた様子で玉座の間を出る。
廊下を歩きながら小さく呟く。
(早く帰って寝よう……)
◇
ゼーリエはスマホを見ながら口元を歪めた。
「よし……」
「早速、フリーレンにも送ってやるとするか」
「あいつの悔しがる顔が目に浮かぶな……」
画面を眺める。
「グループチャット……?」
「よくわからんが、フリーレンの名前がある……」
ゼーリエは迷いなくボタンを押した。
「よし、ここに送るか」
◇
(グループチャット)
ゼーリエ:
「おい」
ゼーリエ:
「ふりれん」
ゼーリエ:
「へんじをしろ」
フリーレン:
「ん?私?」
「どうしたのゼーリエ」
ゼーリエ:
「ふりれんおまえのもじ」
ゼーリエ
「どうやてだすんだそれ」
フリーレン:
「え、なんのこと?」
ゼーリエ:
「はてな」
フリーレン:
「ああ 」
「『?』のこと?」
ユーベル:
「お、二人ともスマホ使えるようになったんだね」
ゼーリエ:
「ふりれんそれだ」
ゼーリエ:
「なぜそんなもじがうてる」
フェルン:
「色々突っ込みどころはありますが 」
「ゼーリエ様は文字の変換はされないのですか」
ゼーリエ:
「ふえるんそれどうやてやる」
ゼンゼ:
「ゼーリエ様、少々お待ちください 」
「すぐに行きますね」
ユーベル:
「え、何このやりとり」
ゼーリエ:
「ぜんぜはやくこい」
フリーレン:
「ゼーリエまだ全然使えてないじゃん」
ゼーリエ:
「ふりいれんだまれ」
ユーベル:
「“ふりれん”じゃなくて“ふりいれん”になってるww」
フェルン:
「工夫されましたね」
ゼーリエ:
「ふえるん」
ゼーリエ:
「きさまばかにするな」
フリーレン:
「ゼーリエ、ゼンゼにはやく教えてもらいなよ」
ユーベル:
「フリーレンはちゃんと使えるようになってるの」
「本当に笑うんだけど」
フリーレン:
「先生が優秀だからだよ」
フェルン:
「恐縮です」
ゼーリエ:
「ぜんぜおまえがわるいのか」
ゼーリエ:
「ふざけるな」
ゼーリエ:
「はやくこい」
ユーベル:
「お腹痛いwwwwww」
◇
自宅から急いで駆けつけたゼンゼ。
玉座の間では、
ゼーリエが怒り心頭の様子だった。
ゼンゼは必死に頭を下げ、
改めて文字の打ち方を教えることになった。
その結果、ゼーリエはある程度文字入力が使えるようになった。
その頃には、既に空は明るくなっていた。
ゼーリエは満足そうだった。
⸻
その日。
ゼンゼはスマホの通知音を
一日で三回オフにした。
その頃——
フリーレンはオンラインで大量に魔導書を購入し、
フェルンから厳重注意を受けた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ジュウヨンです。
個人的に、今回はとても好きな回です。
今後、早く投稿したい回があるので、
ここ何日かは連日投稿するかもしれません。
アンケートの集計もとっているので、
よろしければお願いします。
是非、参考にしたいので、
今までで好きだった回など、もしあれば
コメント等で教えていただけると幸いです。