ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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【第二部】2章:“最高”の舞台
ゼーリエ、歌を教える


 

大陸魔法協会。

玉座の間の奥にある、ゼーリエの寝室。

 

普段なら、

重厚で静まり返った空気に包まれているその部屋で——

 

荒い呼吸だけが、静かに響いていた。

 

この世界で最も魔力の強い魔法使いが、

ベッドに伏している。

 

額に手を当てながら、わずかに目を細めている。

 

傍らには椅子を寄せて座る

ゼンゼの姿があった。

 

本来ならマネージャーの

メトーデが付き添うはずだったが、

その日は任務で一日外出している。

 

代わりに看病を任されたのがゼンゼだった。

 

ゼンゼは少し心配そうに声をかける。

 

「ゼーリエ様、大丈夫でしょうか」

 

ゼーリエはゆっくりと目を開けた。

 

「……ああ」

 

小さく息を吐く。

 

「体調を崩したことなど、いつぶりだろうな」

 

ゼンゼは少し考え、首を横に振った。

 

「……少なくとも、私と知り合ってからは

一度も見たことも聞いたこともないですね」

 

ゼーリエはかすかに笑う。

 

「……ふっ、そうだな」

 

天井をぼんやりと見つめる。

 

しばらく沈黙が流れた。

 

やがて、ゼーリエがぽつりと呟く。

 

「懐かしいな……」

 

ゼンゼは首を傾げる。

 

「そんなに久しいのですか?」

 

ゼーリエは少し間を置いた。

 

「……それもそうだが」

 

ゆっくりと視線を横に向ける。

 

「……思い出すんだよ」

 

ゼンゼは静かに続きを待った。

 

ゼーリエが言う。

 

「路上ライブの時に、

フリーレンが師に歌を教えてもらったと

話していたのを覚えているか?」

 

※ 2話『フリーレンとフェルン、アイドルになる』参照。

 

ゼンゼはすぐに頷く。

 

「はい、覚えています」

 

ゼーリエは目を細める。

 

「その師……」

 

「……フランメに歌を教えたのは、私だ」

 

ゼンゼは一瞬だけ目を見開いた。

 

「……そうなんですか?」

 

少し驚いた様子で言う。

 

「……でも、今なぜ関係が?」

 

ゼーリエは小さく息を吐く。

 

「……こんな風に、あの子が体調を崩した時」

 

「看病がてらに、私が歌を歌ってやってたんだ」

 

ゼンゼは静かに聞いていた。

 

少し意外そうに言う。

 

「……そんなことがあったんですか」

 

ゼーリエは天井を見たまま、遠い昔を見るような目をする。

 

「懐かしい……」

 

ゆっくりと言葉を続ける。

 

「私が……あの子に魔法を教え始めた時のことだ」

 

その言葉と共に、ゼーリエの意識は

ゆっくりと過去へと沈んでいった。

 

——遠い昔。

 

まだ世界が今より少しだけ騒がしく、

 

そして、

一人の人間の少女が魔法に憧れていた頃の記憶へと。

 

 

まだフランメが幼く、

世界の広さを知らなかった頃のこと。

 

森の奥の簡素な空き地。

そこが、二人の修行場だった。

 

教えた魔法は、ことごとく吸収された。

 

一度見せれば覚える。

二度教えれば使いこなす。

 

人間の子どもとは思えない速度で、

フランメは成長していった。

 

ある日の修行の終わり。

 

フランメは目を輝かせて言った。

 

「師匠、もっといろんな魔法を教えて!」

 

それを聞いて、

ゼーリエは小さく笑う。

 

「ふっ……焦らなくても良い」

 

ゆったりとした声で続ける。

 

「……魔法は逃げん。」

 

だがフランメは首を横に振った。

 

「人生なんて、きっとあっという間だよ!」

 

小さな拳を握る。

 

「だから、早く教えて!」

 

ゼーリエはわずかに目を細めた。

 

——妙に達観した子だ。

 

人間の寿命は短い。

 

それを、子どものくせにどこか理解しているようだった。

 

「……ふん、仕方のない奴だ」

 

そう言いながら、ゼーリエは次の魔法を教える。

 

教えれば覚える。

 

覚えれば使える。

 

そして、また次を求める。

 

そんな日々を、何度も繰り返した。

 

——ある日。

 

いつものように修行をしようとした時だった。

 

ゼーリエはフランメの顔を見て、眉をひそめた。

 

頬が赤い。

 

呼吸も少し荒い。

 

「……熱がある」

 

ゼーリエは屈み込み、

フランメの額に自分の額を当てる。

 

やはり熱い。

 

フランメはぼんやりとした目で言った。

 

「せんせ……」

 

か細い声。

 

「魔法……」

 

ゼーリエは小さく息を吐いた。

 

「……本当に、お前は……」

 

思わず笑みが浮かぶ。

 

だがすぐに首を振った。

 

「……流石にダメだ」

 

「体調が良くなってからだ」

 

フランメは弱々しく首を振る。

 

「せんせぇ……」

 

涙目で言う。

 

「嫌だぁ……」

 

「魔法……教えて……」

 

ゼーリエはしばらく黙った。

 

やがて。

 

「……はぁ……」

 

小さくため息をつく。

 

少しだけ間を置いてから言った。

 

「……仕方ないな」

 

フランメが、かすかに目を開く。

 

だが、ゼーリエは魔法を教えなかった。

 

代わりに——

 

静かに口を開いた。

 

しかし、言葉は出ない。

 

わずかな沈黙。

 

痺れを切らしたフランメが

 

何か言おうと

口を開きかけた、

 

その時。

 

——歌声が流れた。

 

小さな声。

 

ゼーリエの歌だった。

 

その声は、ゆっくりと

森の空気に溶けていく。

 

それは魔法ではない。

 

もっと原始的で。

 

もっと古いもの。

 

ずっと昔。

 

まだ幼かった頃。

 

母が、よく歌ってくれた歌。

 

遠い遠い記憶の中に残る、

 

ただ一つの歌だった。

 

 

ゼーリエは昔、身体が弱かった。

 

魔法の勉強をしては体調を崩す。

その繰り返しだった。

 

その度に、母が看病をしてくれた。

 

ゼーリエの母もまた、身体が弱かった。

 

震える手で布を水に濡らし、

静かに絞る。

 

そして、それを

ゼーリエの額の上に優しく乗せた。

 

しばらくすると布はすぐに温くなる。

母はまた水に濡らし、絞り、取り替える。

 

自分も苦しいはずなのに、

それでも母は何度もそれを繰り返した。

 

そして——

 

いつも、歌を唄ってくれた。

 

消え入りそうな、小さな声。

 

どこの歌なのか、ゼーリエは知らない。

 

けれど。

 

その歌が大好きだった。

 

それだけで、

苦しみが少し和らぐような気がした。

 

ゼーリエはぼんやりと母を見る。

 

「お母さん……私に、お歌を教えて……?」

 

母は一瞬困ったような表情を浮かべる。

 

——そして。

 

「体調が……良くなってから、ね?」

 

優しく微笑み、

ゼーリエの頬に優しく触れる。

 

結局。

 

ゼーリエが母から

歌を教えてもらえることは、

一度もなかった。

 

ゼーリエの体調が回復しても、

看病をした母が反動で寝込む。

 

その繰り返しだった。

 

やがてゼーリエは成長し、

体調を崩すことはなくなった。

 

だが。

 

母は変わらない。

 

母も長命のエルフだ。

生命力は強い。

 

けれど、

生まれつきの体の弱さはどうにもならなかった。

 

多くの時間を寝台の上で過ごし、

苦しそうに息をする日も少なくなかった。

 

ゼーリエは魔法を研究した。

 

母の苦痛を、少しでも和らげようとして。

 

だが。

 

どれも効かなかった。

 

母の苦しみは、年々増していく。

 

その時だった。

 

ふと、思い出す。

 

自分がよく体調を崩していた頃。

 

母が歌ってくれた、あの歌を。

 

何故か母の歌を聞くと、

身体の痛みが和らいだ。

 

それが魔法ではないことを

ゼーリエは誰よりも理解していた。

 

母の愛情。

 

自分に同じことは決してできない。

 

そんなことは、痛いほど理解していた。

 

だが。

気がつけば——

 

ゼーリエは、母の前で

同じ歌を唄っていた。

 

母が、自分にしてくれたことを

返すように。

 

ゼーリエは滅多に歌わない。

人前で歌うのは、好きではなかったからだ。

 

歌うことに慣れていない。

 

不器用で、

音程もどこかズレていた。

 

お世辞にも

上手とは言えない歌声。

 

それでも。

 

母は、黙って聴いてくれた。

 

苦しそうに息をしながら、

静かに目を閉じて。

 

やがて——

 

歌が終わる。

 

母は小さく言った。

 

「……ありがとう」

 

少し間を置いて。

 

「ゼーリエは……歌が上手だね」

 

その言葉が、嬉しかった。

 

それからゼーリエは、

母の前でよく歌うようになった。

 

母の病気は、良くならない。

 

それでも。

 

ゼーリエが歌う時だけは、

母は穏やかな顔をしてくれた。

 

苦しみが、少し遠のいたような

そんな安らいだ表情を見せてくれた。

 

ゼーリエは——

 

その顔を見るのが好きだった。

 

もっと褒められたくて。

 

魔法の勉強の合間、

疲れた時は森へ行って歌った。

 

母が上手だと言ってくれた歌。

 

誰が作ったのかも分からない、

古い歌。

 

何度も歌った。

 

繰り返し歌った。

 

そうしているうちに、

少しずつ上手くなっていった。

 

そのたびに母の元へ戻り、歌った。

 

母は、そのたびに喜んでくれた。

 

病に侵され、身体が苦しくても。

 

それでも、笑ってくれた。

 

その時間が——

 

ゼーリエは大好きだった。

 

母に褒められたくて。

 

母の苦しみを、

少しでも和らげてあげたくて。

 

意味がないことだと、

理解していた。

 

それは、ゼーリエにしては珍しく

合理性に欠けた行為だった。

 

それでも。

 

ただ、

そのためだけに。

 

ゼーリエは歌を唄った。

 

 

ある日。

 

魔族に、ゼーリエの村が襲われた。

 

その時、ゼーリエは村にいなかった。

 

魔法の修行で、外へ出ていた。

 

その日も——

 

魔法の修行の終わり際に

森で歌の練習をしていた。

 

母に褒められたくて。

 

母の苦しみを、

少しでも和らげてあげたくて。

 

歌が少し上手くなった気がして、

帰り道はどこか足取りが軽かった。

 

母に聞かせよう。

 

そう思っていた。

 

だが——

 

村に着いた時には、

すべてが終わっていた。

 

家は壊れ、煙が立ち上り、

人の気配はなかった。

 

そして。

 

母は——

 

魔族に殺されていた。

 

ゼーリエはしばらく動けなかった。

 

ただ立ち尽くしていた。

 

頭の中で、同じ言葉が何度も繰り返される。

 

——自分が村にいなかったから。

 

——自分が、森で歌っていたから。

 

母に褒められたくて。

 

母の苦しみを少しでも和らげてあげるために作った、

その時間のせいで。

 

母は死んだ。

 

皮肉だった。

 

……

 

気がついた時には、

 

魔族の姿はどこにもなかった。

 

いつ、どうやって戦ったのか。

 

覚えていない。

 

ただ。

 

全てを消し去っていた。

 

魔法で。

 

残ったのは静寂だけだった。

 

そして、ゼーリエは思った。

 

——やはり、歌は意味を成さない。

 

無意味だ。

 

歌では、何も守れない。

 

それから。

 

ゼーリエは歌を唄わなくなった。

 

唄う理由がなくなったから。

 

練習も、

もちろんやめた。

 

もう誰に聞かせるわけでもない。

 

母は、

もういないのだから。

 

 

ゼーリエが歌を歌うのは、

あの日以来のことだった。

 

長い沈黙の年月を経て、

ようやく口からこぼれた歌。

 

森の静かな空気の中で、

その声はゆっくりと消えていった。

 

やがて、歌は終わる。

 

ゼーリエは口を閉じた。

 

目の前では、

フランメがじっと横になっている。

 

何も言わない。

 

ただ、静かにゼーリエを見つめていた。

 

やがて、歌の余韻が完全に消える。

 

森は静まり返った。

 

風の音だけが、かすかに枝を揺らす。

 

その静寂の中で。

 

フランメが、ぽつりと呟いた。

 

「先生は……歌が上手だね」

 

小さく。

 

けれど、はっきりと。

 

そして

——笑顔で。

 

その瞬間。

 

ゼーリエの中で、

何かが繋がった。

 

遠い記憶。

 

母の声。

 

『ゼーリエは歌が上手だね』

 

その言葉が、突然、鮮明に蘇る。

 

視界が揺れた。

 

目の前が霞む。

 

景色がぼやける。

 

喉が鳴った。

 

呼吸が乱れる。

 

胸の奥で、何かがほどけていく。

 

抑えようとしても、声が震える。

 

気がつけば。

 

涙が溢れていた。

 

止まらなかった。

 

ぽたぽたと地面に落ちる。

 

フランメは驚いた顔をする。

 

事情など知らない。

 

ただ、自分の師が突然泣き出したのだから。

 

「せんせぇ……?」

 

熱で苦しいはずなのに。

 

フランメは弱々しく手を伸ばす。

 

小さな手で、

泣き崩れるゼーリエに触れようとする。

 

「大丈夫……?」

 

その声は、どこまでも優しかった。

 

「あぁ……すまない……」

 

ゼーリエはそう言って、目元を拭った。

 

「……大丈夫だ」

 

だが——

 

拭っても、拭っても。

 

涙は止まらない。

 

嗚咽が漏れる。

 

自分でも抑えられない。

 

母を殺された日。

 

ゼーリエは泣かなかった。

 

涙は出なかった。

 

自分は冷酷なのだと思った。

 

それ以上に——自分の無力を呪った。

 

母を守れなかった。

 

自分のせいだと、何度も思った。

 

そして、考えた。

 

必要なのは、歌ではない。

 

強さだ。

 

誰よりも強くなろう。

 

多くの魔法を知り、

 

大事なものを失わないだけの強さを得るんだ。

 

そう思った時、

胸に溢れてきたのは涙ではなかった。

 

ただひたすらに、

 

強さへの純粋な焦がれだった。

 

だから、泣いている暇などなかった。

 

泣くより先に、

 

前へ進むしかなかった。

 

そのために。

 

歌は切り捨てた。

 

不要なものだと決めた。

 

だが——

 

その歌を。

 

「上手だ」と言ってくれた少女が、

今、目の前にいる。

 

その言葉を聞いた瞬間、

母の顔を思い出した。

 

あの優しい声。

 

胸が締め付けられる。

 

もしかしたら。

 

自分が歌うことには、

意味がなかったのかもしれない。

 

母のためだと思っていたが、

 

結局、何も守れなかったのだから。

 

むしろ。

 

あの日、修行を終えたあと。

 

歌の練習などせず、

 

すぐに帰っていれば。

 

母を救えたのかもしれない。

 

そんな考えが、何度も頭をよぎる。

 

どうにもならないと分かっていても。

 

ゼーリエは、自分の運命を呪った。

 

それでも。

 

歌は嫌いではなかった。

 

嫌いになれなかった。

 

母との思い出を、否定したくなかったからだ。

 

だからゼーリエは決めた。

 

歌は——思い出の中に閉じ込めておこうと。

 

二度と歌わない。

 

そうすれば、あの日の記憶は壊れない。

 

そう思っていた。

 

だが。

 

目の前では、

フランメが心配そうにこちらを見ている。

 

涙に濡れた

ゼーリエの姿を、戸惑いながら見つめている。

 

そして、小さく言った。

 

「先生……」

 

少しだけ躊躇ってから。

 

「私にも、歌を教えて……?」

 

森に静寂が落ちる。

 

風が枝を揺らす音だけが聞こえる。

 

ゼーリエはしばらく黙っていた。

 

そして——

 

「……体調が良くなってからだ」

 

そう言って、優しく微笑んだ。

 

その日から。

 

魔法の修行の合間に、

 

時々、歌を教える日々が始まった。

 

それだけで、

あの頃の自分が救われるような

そんな気がした。

 

 

寝台の横で、ゼンゼは黙って話を聞いていた。

 

話が終わる頃には、

 

ゼンゼは、

静かに涙を流していた。

 

「……良い話ですね」

 

そう言って、そっと涙を拭う。

 

ゼーリエは少しだけ目を細める。

 

「……話したのは、お前が初めてだ」

 

その表情は、

いつもの厳しいものではなかった。

 

どこか穏やかだった。

 

ゼンゼは姿勢を正す。

 

「……光栄です」

 

少し間が空く。

 

そしてゼンゼが、ふと首を傾げた。

 

「……少し、気になったのですが」

 

「大魔法使いフランメは、

歌が上手だったんですか?」

 

ゼーリエは小さく笑う。

 

「上手かったな……」

 

「すぐに追い抜かれたよ……」

 

懐かしそうに目を細めた。

 

ゼンゼは、気まずそうな顔をする。

 

「……やっぱり、そうなんですね」

 

その言葉に、

 

ゼーリエの眉がぴくりと動いた。

 

「……“やっぱり”?」

 

「……どういうことだ?」

 

何かを察したように、さらに目を細める。

 

ゼンゼは慌てて視線を逸らした。

 

「あ……いえ、なんでも」

 

誤魔化そうとする。

 

だが。

 

ゼーリエの声が低くなる。

 

「言え。」

 

少し苛立っている。

 

ゼンゼは顔を引きつらせた。

 

「言いたくないです。」

 

即答だった。

 

ゼーリエの眉間に皺が寄る。

 

「怒らんから、言え。」

 

先ほどより、明らかに苛立っている。

 

ゼンゼは疑わしそうな顔をする。

 

「……本当ですか?」

 

ゼーリエは即答した。

 

「本当だ。だからさっさと言え」

 

怒りを抑えようとしているが、

 

抑えきれていない。

 

ゼンゼは小さく息を吐いた。

 

「……信じますね。」

 

一拍。

 

そして――

 

「……フリーレンの方が、ゼーリエ様より上手いので」

 

ゼーリエの目が細くなる。

 

ゼンゼは続けた。

 

「きっとフリーレンの師匠であるフランメも、

ゼーリエ様より上手かったんだろうなと

考えてしまいました」

 

沈黙。

 

長い沈黙。

 

その後。

 

玉座の間には。

 

病に侵され弱々しくも、

 

それでも全力で

ゼーリエが

 

ゼンゼに怒り散らす声が

うっすらと響いていた。

 

 

その頃——

 

森の奥。

 

静かな木漏れ日の中で、

フリーレンとフェルンは

久しぶりに魔法の修行をしていた。

 

最近はアイドル活動ばかりで、

純粋な修行の時間が減っていた。

 

魔力の制御。

 

魔法の精度。

 

基礎を確認するような訓練が続く。

 

そして——

 

休憩。

 

木の根元に腰を下ろし、水を飲む二人。

 

フェルンが静かに口を開いた。

 

「フリーレン様。聞いてもいいですか?」

 

フリーレンはぼんやり空を見上げたまま答える。

 

「ん?いいけど、どうしたの?」

 

フェルンは少し考えてから言った。

 

「フリーレン様は歌が上手ですよね」

 

フリーレンはすぐに胸を張る。

 

「ふふーん。まあ自信はあるかな」

 

少し得意げだった。

 

フェルンは淡々と続ける。

 

「独学ですか?」

 

フリーレンは首を振った。

 

「ううん。師匠に教えてもらったんだよ」

 

フェルンの目がわずかに細くなる。

 

「……かの大魔法使いフランメですね」

 

「そうそう」

 

フリーレンは軽く頷く。

 

「それがどうかしたの?」

 

フェルンは少し考え込む。

 

「……いえ、特に何がという訳でもないのですが……」

 

フリーレンが首を傾げる。

 

「ん?何考えてるのさ」

 

フェルンはぽつりと呟いた。

 

「大魔法使いフランメは……誰から教わったんでしょうね」

 

フリーレンは少し考える。

 

「……誰かは教えてくれなかったけど」

 

「すごく上手な人から教わったって聞いたよ」

 

そして思い出すように言った。

 

「……熱出た時に歌ってもらって」

 

「それで感動して、教えてもらうようになったんだってさ」

 

フェルンは小さく頷く。

 

「……そうなんですね」

 

その表情はどこか納得していた。

 

「もう大丈夫です」

 

「変なことを聞いてしまい、すみませんでした」

 

立ち上がる。

 

「修行を再開しましょう」

 

フリーレンも立ち上がる。

 

「うん」

 

少し肩を回す。

 

「アイドル活動ばっかしてて

身体が鈍って仕方ないからね」

 

腕を振る。

 

「よーし」

 

「1000年以上生きた魔法使いが

大暴れしちゃうよー」

 

フェルンが軽く頭を下げる。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

その時——

 

フリーレンの脳裏に、

ふと昔の記憶が浮かんだ。

 

遠い昔のこと。

 

まだ修行をしていた頃。

 

フランメのもとで魔法を学んでいた時の記憶。

 

フリーレンが聞いた。

 

「師匠はさ。歌上手だけど、誰から歌を教わったの?」

 

フランメは少しだけ目を細めた。

 

「……そうだ。ある人から教えてもらったんだ」

 

「へえ、誰?」

 

フリーレンが聞く。

 

フランメは肩をすくめた。

 

「ふっ、その人に怒られそうだから言わないさ」

 

フリーレンは首を傾げる。

 

「ふぅん。でも、その人歌が上手だったんだね」

 

フランメが少し驚く。

 

「ん?なぜだ?」

 

フリーレンはあっさり答えた。

 

「師匠が上手だから」

 

少し間が空いた。

 

フランメは小さく笑った。

 

「ふふ……そうだな」

 

「とても、上手だったよ」

 

空を見上げる。

 

「私が聴いてきた人の中では、一番上手だった」

 

そして懐かしそうに言った。

 

「あの人に憧れて練習したからな」

 

フリーレンは特に深く考えず頷く。

 

「ふぅん。そうなんだね」

 

フランメが手を振った。

 

「……さっさと修行を再開するぞ、フリーレン」

 

フリーレンは嫌そうな顔をする。

 

「……魔力制御、本当に辛いんだけどこれ……」

 

フランメは即答した。

 

「……黙ってやれ」

 

フリーレンは頬を膨らませる。

 

「……酷いなぁ」

 

そこで記憶は途切れた。

 

フリーレンはぼんやりと考える。

 

(師匠が歌を教えてもらったのって……)

 

頭をよぎる人物。

 

傲慢で。

 

偉そうで。

 

面倒くさくて。

 

そして——

 

大陸魔法協会の創始者。

 

アーク・アルカナのリーダー。

 

よく見知ったエルフの

眉をひそめた顔が目に浮かぶ。

 

フリーレンは小さく呟く。

 

「……まさかね」

 

そう言って。

 

何事もなかったかのように、

 

修行を再開した。

 

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