ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼーリエ、チャリティーライブをする

 

 

 

年に一度。

 

大陸魔法協会では、

子どもたちのためのチャリティーイベントが行われる。

 

王都の病院を訪れ、

入院している子どもたちの前で魔法のショーを披露する。

 

だが——

 

正直なところ、

盛り上がっているとは言い難かった。

 

イベントを終えたゲナウとファルシュが

玉座の間に戻ってくる。

 

出ていった時と同じ無表情。

 

だが——

 

どこか、明らかにゲンナリしていた。

 

このイベントは、

毎年そんな調子だった。

 

最近では

「今年で打ち切りにしてはどうか」

という話まで出ている。

 

玉座に腰掛け、

ゼーリエは静かに考えていた。

 

(……どうにかできないものか)

 

少し前。

 

体調を崩した時のことを思い出す。

 

寝台の上で、

遠い昔の記憶を思い返していた。

 

母との思い出。

 

——歌のことを。 ※ 42話『ゼーリエ、歌を教える』参照

 

そして、そこから。

 

ゼーリエの胸の中には、

ある決意が芽生えていた。

 

 

大陸魔法協会。

 

アーク・アルカナの会議室。

 

定例のチームミーティングが行われていた。

 

仕切っているのは、マネージャーの

メトーデだ。

 

「……ということになります。

皆さん、特にここまででご質問等はありますか?」

 

少し微笑み、

間を空ける。

 

「……無ければ、今日は——」

 

その時。

 

「……毎年、大陸魔法協会がこの時期に

チャリティーイベントをやっていることは知っているか?」

 

口を開いたのは、

ゼーリエだった。

 

一同がそちらを見る。

 

ゼンゼは、少しだけ遠い目をした。

 

(……もうそんな時期か、すごい悲惨なんだよな。

 私の初回一人ライブを思い出す……)

 

心の中でそう呟く。

 

ユーベルが思わず吹き出す。

 

「あのクッソ盛り上がんない行事ねwww」

 

フェルンが静かに続ける。

 

「……毎年不評なので、

とうとう今年から打ち切られるとも噂があります」

 

フリーレンが首を傾げた。

 

「……ゼーリエ、それがどうかしたの?」

 

ゼーリエは、淡々と言った。

 

「……今年は、アーク・アルカナで

病院の子供らに向けてのチャリティーライブを行うぞ」

 

一瞬、部屋が静まり返る。

 

メンバーは皆、驚いた顔をしていた。

 

——ただ一人を除いて。

 

ゼンゼだけは、静かにゼーリエを見ていた。

 

前回、母の話を聞いていたからだ。

 

「……ゼーリエ様」

 

小さく呟く。

 

その目は、どこか尊敬の色を帯びていた。

 

フェルンが頷く。

 

「……私は良いと思います」

 

メトーデも静かに言った。

 

「……ゼーリエ様、さすがです」

 

ユーベルがニヤリと笑う。

 

「へー、珍しいね〜。どういう風の吹き回し?」

 

ゼーリエは小さく目を細める。

 

「……別に、特に意味はない」

 

フリーレンが肩をすくめた。

 

「……でも、良いんじゃない?」

 

ユーベルも軽く手を上げる。

 

「私も賛成かな〜」

 

フェルンが、静かに口を開いた。

 

「……それであれば、別で孤児院も回りたいですね」

 

その言葉には、どこか静かな重みがあった。

 

ゼーリエが小さく頷く。

 

「……それも良い。」

 

そして続けた。

 

「では、日程が決まり次第、ライブを行うぞ」

 

視線を横へ向ける。

 

「メトーデ、調整しておけ」

 

メトーデが、すぐに応じた。

 

「小児病棟となると——」

 

一度、言葉を区切る。

 

「機材の制限があります」

 

「小規模ライブになると思われますが……」

 

ゼーリエは即答した。

 

「構わん」

 

メトーデは静かに頭を下げる。

 

「承知しました……」

 

こうして——

 

ゼーリエの意向により、

ファンへは一切発表せず。

 

アーク・アルカナによる

病院でのチャリティーライブが行われることになった。

 

 

王都中央病院。

 

ライブ当日。

 

小児病棟の一室には、多くの子どもたちが集められていた。

 

ベッドに横たわったままの子。

車椅子に座る子。

 

そして——

 

ただ虚ろな目で前を見つめている子もいる。

 

笑っている子も、確かにいる。

だが、どこか遠慮がちな空気だった。

 

周囲を見渡し、

ユーベルが苦笑いする。

 

「……いやぁ、見事にみんな暗いね〜」

 

横で

ゼンゼが静かに言う。

 

「……こればかりは、ね」

 

フェルンが真面目な顔で頷く。

 

「楽しんでもらえるよう、頑張りましょう」

 

フリーレンが腕を軽く回す。

 

「よーし、頑張っちゃうよ〜」

 

その時。

 

ゼーリエの視線が、ふと止まった。

 

一人の少女。

 

痩せた身体。

ベッドの上から動けないらしい。

 

虚ろな目。

 

どこか寂しそうに、天井を見つめている。

 

——その姿が。

 

一瞬だけ、母の面影と重なった。

 

ゼーリエは、ゆっくりとその少女へ歩み寄る。

 

そして声をかけた。

 

「……貴様、暗いな」

 

少女はちらりとこちらを見た。

 

そしてすぐ、そっぽを向く。

 

「……おねえちゃんにはわからないよ」

 

ゼーリエは小さく頷いた。

 

「……あぁ、そうだ」

 

一拍。

 

「……だが、昔の私も身体が弱かった」

 

少女がちらりと見る。

 

「……ふぅん」

 

まるで信じていない目だった。

 

「ぜんぜん見えないね」

 

ゼーリエは小さく鼻を鳴らす。

 

「……ふん、そうだろうな」

 

少しだけ視線を落とす。

 

「……私が動けない時、

母が歌を聞かせてくれたんだ」

 

遠い記憶を思い出すような目。

 

「母も……身体が弱かった。私よりずっと弱かった」

 

「それでも、一生懸命に歌ってくれた」

 

少女は黙って聞いている。

 

ゼーリエはゆっくりと言った。

 

「今日は、精一杯私たちが唄う」

 

「良ければ……少し付き合ってくれ」

 

そして——

 

小さく微笑み、頭を下げた。

 

その光景を見ていたユーベルが、

思わず目を見開く。

 

(……は?)

 

心の中で、思わず声が漏れた。

 

あのゼーリエが。

 

誰にも頭を下げない、あのゼーリエが。

 

子どもたちに向かって——

頭を下げた。

 

ユーベルは一瞬、

何を見たのか理解できなかった。

 

だが。

 

何かを察したのか、何も言わない。

 

ただ静かに、その様子を見ていた。

 

しかし——

 

少女の表情は、まだ暗いままだった。

他の子どもたちも、似たような様子だった。

 

その様子を見回し

ゼーリエは、ふっと優しく微笑んだ。

 

 

その後、ライブは予定通り始まった。

 

最初にステージの中央へ出たのは、

ゼーリエ。

 

小さな会場には似つかわしくないほどの存在感。

重厚で、伸びやかな歌声が響く。

 

続いて

ユーベルが軽やかにステップを踏む。

 

軽快なダンス。

明るく弾む歌声。

 

その横で、

フェルンが安定したリズムで歌う。

 

正確で、揺るがない歌とダンス。

 

そして——

 

フリーレンが歌い出す。

 

空気が、すっと静まる。

 

透き通るような歌声。

不思議と耳を引き寄せる雰囲気があった。

 

背後では

ゼンゼが舞う。

 

キレのある、完成されたダンス。

 

それぞれの力が噛み合い、

ステージは確かに輝いていた。

 

アーク・アルカナは——

 

以前よりも、

明らかに完成度が上がっていた。

 

そして。

 

アーク・アルカナのいつもの曲順を、

すべて歌い終える。

 

子どもたちの反応は様々だった。

 

目を輝かせている子もいる。

楽しそうに手を叩く子もいる。

 

だが——

 

ベッドの上で静かに見ている子もいた。

 

そして。

 

最初に声をかけた、あの少女も、

その一人だった。

 

メンバーたちの間には、

どこか手応えのない空気が流れていた。

 

その空気を察した

ユーベルが、何か軽口を言おうとした——

 

その時。

 

「……これは、遠い昔に母が私に歌ってくれた曲だ」

 

静かな声が、会場に響いた。

 

口を開いたのは、

ゼーリエだった。

 

「私が体調を悪くした時に……

唄ってくれた……」

 

少し間が空く。

 

会場は、しんと静まり返っていた。

 

ゼーリエはゆっくりと目を閉じる。

 

そして言った。

 

「……アカペラで悪いが、聞いてくれ」

 

静かに目を開く。

 

一度だけ、空を見上げる。

 

それから——

 

歌い始めた。

 

音源はない。

 

伴奏もない。

 

ただ、声だけ。

 

アカペラの歌だった。

 

突然の出来事に、

メンバーたちは一瞬呆気に取られる。

 

だが——

 

誰も何も言わない。

 

ただ黙って、

ゼーリエの歌を聴いていた。

 

フリーレンは、その歌を知っていた。

 

かつて、フランメが同じ歌を口ずさんでいるのを、

聞いたことがあったからだ。

 

フリーレンは静かに目を細める。

 

(……やっぱり、そうだったんだ)

 

それ以上、何も言わない。

 

ただ黙って歌を聴いた。

 

会場の子どもたちも、静かだった。

 

誰も騒がない。

誰も声を出さない。

 

ただ——

 

ゼーリエの歌を聴いていた。

 

ゼーリエは、

歌いながら思い出していた。

 

——遠い昔。

 

母のことを。

 

身体が弱く、

いつも苦しそうにしていた母。

 

ゼーリエが体調を崩した時。

 

母はベッドの傍に座り、

弱々しい声で歌ってくれた。

 

ゼーリエの額を、

優しく撫でながら。

 

歌声は時々途切れた。

 

息が苦しそうだった。

 

本当は——

 

母自身も、辛かったはずだ。

 

それでも。

 

ゼーリエを癒すためにと、

一生懸命に歌ってくれた。

 

その記憶を辿るように、

ゼーリエは歌う。

 

ふと。

 

最初に声をかけた、あの少女が——

 

いつの間にか、

顔を上げていた。

 

ゼーリエは気づかない。

 

ただ歌っている。

 

そして気がつけば——

 

ゼーリエの頬を、

涙が伝っていた。

 

それでも、歌は止めない。

 

やがて——

 

歌が終わる。

 

 

——静寂。

 

誰も拍手をしない。

 

子どもたちは、ただ

ゼーリエを見ていた。

 

その時。

 

パチン。

 

小さな音が鳴る。

 

最初に拍手をしたのは、

あの少女だった。

 

力はこもっていない。

弱々しい拍手。

 

だが——

 

確かに、芯のある音だった。

 

やがて。

 

ぽつり。

 

ぽつりと。

 

他の子どもたちも拍手を始める。

 

音は、少しずつ増えていき——

 

やがて、大きくなる。

 

その拍手は、

小さな会場いっぱいに響き渡った。

 

その日。

 

一番大きな拍手だった。

 

泣いている子どもも、

少なくなかった。

 

 

終演後。

 

会場の片付けが始まる中、

ゼーリエは、あの少女の元へ歩いていった。

 

ベッドの横で立ち止まる。

 

すると——

 

少女の方から口を開いた。

 

「……おねえちゃんは……とっても歌が上手だね」

 

そう言って、少女は涙を拭った。

 

さっきまで暗かった顔は、

少しだけ明るくなっていた。

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

ゼーリエの頭に、二つの記憶がよぎる。

 

遠い昔。

 

母の声。

 

『ゼーリエは歌が上手だね』

 

そして——

 

あの森の中。

 

フランメの声。

 

『師匠は歌が上手だね』

 

二人の笑顔が、

一瞬だけ重なった。

 

ゼーリエは少しだけ目を細める。

 

そして——

 

「……ふん、当然だ」

 

そう言って笑う。

 

溢れそうになった涙を誤魔化すように、

乱暴に手で拭いながら。

 

「わたしも、おねえちゃんみたいに……

歌が上手になりたい……」

 

少女が、少し恥ずかしそうに言った。

 

ゼーリエは、ふっと鼻を鳴らす。

 

「……ふん。病気が治ったら、

そんなものいつでも教えてやる」

 

そう言いながら、どこか照れたように目を逸らした。

 

だが——

 

少女の表情が、ふっと曇る。

 

「……わたしの病気、」

 

少し言葉を探すように、視線を落とす。

 

「……治らないかもしれないの」

 

小さな声だった。

 

少女は指先をぎゅっと握りしめたまま、続ける。

 

「だから……おねえちゃんに、

歌を教えてもらえないかもしれない」

 

ゼーリエは黙って聞いていた。

 

そして、

飾らない声で言う。

 

「……ふん。お前は強い。大丈夫だ」

 

間髪入れずに続ける。

 

「焦らず、ゆっくり治せ」

 

はっきりと言い切った。

 

その言葉を聞いた瞬間——

 

少女の顔が、ぱっと明るくなる。

 

「……うん!」

 

力強く頷いた。

 

ゼーリエは小さく微笑む。

 

そして——

 

「それまで、私はずっと待っているぞ……」

 

「“約束”だ」

 

そう言って、

優しく少女の頭に手を置いた。

 

そこへ——

 

「お嬢ちゃ〜ん」

 

軽い声が割り込んできた。

 

ユーベルが、にやにやしながら近づいてくる。

 

「教わるならねー、このお姉さんも上手いけど……」

 

そう言いながら、ゼーリエを指さし。

 

「こっちのお姉さんの方がもっと上手いよ〜」

 

今度は、

フリーレンの方を指さして笑った。

 

フリーレンは少し気まずそうな顔をして、

小さく手を振る。

 

ゼーリエが目を細める。

 

「ユーベル、貴様……」

 

一瞬、空気が張り詰める。

 

だが——

 

直後、ゼーリエはふっと微笑んだ。

 

「ふっ……あぁ、そうだ」

 

そして頷く。

 

「フリーレンの方が私より上手い」

 

なぜか、少し得意げだった。

 

ゼーリエは知っている。

 

母から自分へ。

自分から、

フランメへ。

 

そしてフランメからフリーレンへ。

 

歌が受け継がれていることを。

 

その事実が、どこか誇らしかった。

 

ユーベルが顔をしかめる。

 

「え、なんかすごく気持ち悪いんだけど」

 

そして、くすくす笑う。

 

フリーレンも、つられて笑った。

 

すると——

 

少女が、もじもじしながら口を開く。

 

視線はゼーリエへ向けたままだ。

 

「……でも、わたし……」

 

少しだけ勇気を出すように言う。

 

「おねえちゃんに、教えてもらいたい……」

 

ゼーリエの顔が、みるみる赤くなる。

 

ユーベルがすかさず茶化す。

 

「ゼーリエ、モテモテじゃんw」

 

「ユーベル、貴様いい加減にしろ……」

 

ゼーリエがギロリと睨む。

 

「こっわw」

 

ユーベルはまったく気にせず笑った。

 

そして——

 

少し間を空け。

 

少女の耳元へそっと顔を寄せる。

 

小さな声で囁いた。

 

「……この人、教えるの下手だけど」

 

ちらっとゼーリエを見る。

 

「……ちゃんと教えてくれるだろうから、頑張りなよ」

 

そう言って、

少女に小さな笑顔を向けた。

 

少女はぱっと顔を上げる。

 

「うん!」

 

元気よく返事をした。

 

その表情には——

 

さっきまでの暗さは、

もうどこにも残っていなかった。

 

少女が、遠慮がちに尋ねる。

 

「わたしも、おねえちゃんみたいに上手になれる?」

 

ゼーリエは鼻を鳴らした。

 

「ふん、当たり前だ。誰が教えると思っている」

 

一拍。

 

「……その代わり」

 

「少しは練習しておけ。

私に教わるんだからな」

 

ゼーリエがニヤリと笑った。

 

「うん!わかった!」

 

少女が明るく返事をする。

 

そして。

 

その様子を見ていたフェルンは

思わず目元を押さえた。

 

「……ゼーリエ様」

 

「私にも……先ほどの歌を教えてください」

 

ゼーリエは、少し顎を上げる。

 

「……ふん、いいだろう」

 

どこか満更でもなさそうだった。

 

すると——

 

フリーレンが手を挙げる。

 

「よーし、じゃあお姉さんもソロで歌っちゃうよー」

 

そう言って、突然歌い始める始末。

 

(収拾つかなくなってる……)

 

その様子を見ながら、

ゼンゼは心の中で呟く。

 

だが。

 

同時に、どこか安心したように微笑んだ。

 

会場の空気は——

 

先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

活気があり、

笑い声も聞こえる。

 

その様子を見ながら、

メトーデは静かに思う。

 

(……この人たちを好きになって、本当によかった)

 

こうして——

 

チャリティーライブは円満に終了した。

 

その後、メンバーたちは子どもたち一人一人と握手を交わす。

 

配ったアーク・アルカナのTシャツにサインを書き、

グッズも手渡していく。

 

——だが。

 

その日、珍しいことが起きていた。

 

一番人気だったのは、

ユーベルではなく。

 

ゼーリエだった。

 

子どもたちが、次々とゼーリエの前に並んでいた。

 

やがてすべてを終え、

病院を後にしようとしたその時。

 

一人の女性が、声をかけてきた。

 

あの少女の母親だった。

 

「……今日は、本当にありがとうございました……」

 

声はかすれていた。

 

目の下には大きな隈。

顔も酷くやつれている。

 

日々の苦労が、

一目で分かる姿だった。

 

それでも、必死に言葉を続ける。

 

「……あの子……今日は久しぶりに笑ってました」

 

ゼーリエは、静かに聞いていた。

 

「……そうか」

 

少し間を空け、

 

そして言う。

 

「……今度は、大きいライブに招待してやる」

 

少女の母親が顔を上げる。

 

ゼーリエは続けた。

 

「娘に、“来い”と伝えておけ」

 

その言葉を聞いた瞬間——

母親の目から涙が溢れた。

 

「……ありがとうございます」

 

深く、頭を下げる。

 

ゼーリエは小さく鼻を鳴らした。

 

「ふん」

 

それだけ言うと、

振り返ることもなく。

 

そのまま病院を後にした。

 

 

後日。

 

ゼーリエは、静かに一枚の書類を差し出した。

 

向かいにいるのは、

メトーデだ。

 

「……メトーデ」

 

「これを、この前行った病院に寄付しておけ」

 

一拍置く。

 

「私の名は伏せろ」

 

メトーデは書類に目を落とす。

 

そして——

 

わずかに目を見開いた。

 

「……こんなにですか?」

 

寄付額は、

思わず声に出てしまうほどの額だった。

 

その瞬間。

 

ゼーリエの視線が、じっとりと向けられる。

 

「……黙って従え」

 

低い声。

 

メトーデは小さく息を吐き、

すぐに背筋を伸ばした。

 

「……はい。かしこまりました」

 

そして、柔らかく微笑む。

 

その寄付は——

 

誰の名も記されることなく、

静かに病院へ送られた。

 

 

別日。

 

今度は孤児院でもライブが行われた。

 

この日は、

フェルンがいつも以上に気合いが入っていた。

 

フェルンはステージの中央に立つ。

 

そして——

 

静かに、

ゼーリエから教わったあの歌を歌った。

 

孤児院の子どもたちは、

じっと耳を傾ける。

 

歌が終わる頃には、

あちこちから拍手が起こっていた。

 

評判は、驚くほど良かった。

 

その結果——

 

後日。

 

あの歌は、

ゼーリエとフェルンのデュエット曲として

正式にリリースすることが決定した。

 

その提案を、

メトーデから聞いた時。

 

ゼーリエは、少し不服そうな顔をした。

 

「……ふん、まあいい」

 

腕を組みながら続ける。

 

「だが、中途半端な出来では出さんぞ」

 

そして——

 

ニヤリと笑った。

 

メトーデは落ち着いた様子で頷く。

 

「……もちろんです」

 

「私が作曲家と話し合い、

イメージ通りに作れるよう努めます」

 

その言葉に、ゼーリエが目を丸くする。

 

「……貴様、そんなこともできるのか」

 

メトーデは、にこりと微笑んだ。

 

「……ゼーリエ様のイメージを汲み取って、

なるべく良いものに仕上げます」

 

「ゼーリエ様も、その際はお付き合いくださいね」

 

柔らかな笑顔だった。

 

だが。

 

ゼーリエの表情は、わずかに引きつる。

 

「……ほどほどに頼む」

 

最近、ゼーリエは過労で倒れたばかりだ。

 

その原因の一端が、

メトーデのブラックな仕事ぶりにあることを——

 

もう、十分に理解していた。

 

 

その数日後——

 

王都では、あるニュースが話題になっていた。

 

テレビやネット記事、

さらにはまとめサイトまで。

 

どこもかしこも、同じ話題を取り上げていた。

 

ニュース番組のキャスターが読み上げる。

 

「人気アイドルグループ、

アーク・アルカナが王都中央病院を訪れ——」

 

「小児病棟の子どもたちへ

チャリティーライブを行いました」

 

画面には、ライブの様子が映る。

 

「さらに、大陸魔法協会の大魔法使い

ゼーリエが——」

 

「病院へ多額の寄付を行っていたことも明らかになりました」

 

一方、ネットでは——

 

まとめサイトが盛り上がっていた。

 

・【悲報】ゼーリエ様、善人だった

・【朗報】ゼーリエ、子供には優しかった

 

それらを見ていたゼーリエは——

 

ワナワナと震えていた。

 

「……誰が広めた……」

 

低い声。

 

完全にキレている。

 

横で見ていた

ゼンゼが、遠い目をする。

 

「人の口に戸は立てられませんからね……」

 

一方、

メトーデは穏やかだった。

 

「まあ、仕方ありませんね……」

 

微笑む。

 

その後も——

 

SNSやメディアでは、ゼーリエは持ち上げられ続けた。

 

取材も何度も来たが、

アーク・アルカナはこの件について一切コメントしなかった。

 

そしてある日。

 

一枚の写真がネットニュースに掲載される。

 

記者にカメラを向けられたゼーリエが、

 

「……しつこいぞ、貴様ら」

 

そう言いながら——

 

中指を立てている写真だった。

 

普段なら炎上確実の一枚。

 

だが——

 

その時は、なぜか一切炎上しなかった。

 

むしろネットでは。

 

“ツンデレで草”

“ゼーリエ様らしくて好き”

 

などと好意的に受け取られていた。

 

 

——そして。

 

王都中央病院。

 

あの少女の病室。

 

少女は、

そのニュース写真を見ていた。

 

そして母親に言う。

 

「ねぇ、おかあさん」

 

スマホを差し出す。

 

「これ、プリントして」

 

母親は写真を見る。

 

そこには——

 

堂々と中指を立てているゼーリエ。

 

母親はぎこちない笑顔になる。

 

「……せめて別の写真にしなさい」

 

少女はむくれる。

 

「えーこれがいいのになぁ……」

 

少しだけ沈黙が流れる。

 

やがて——

 

少女の表情が、真剣になる。

 

ぽつりと呟いた。

 

「……わたし、歌の練習する」

 

少し間を空けて、続けた。

 

「おねえちゃんみたいに……歌が上手になりたいから」

 

一拍。

 

「……元気になったら、

教えてくれるって“約束”してもらったの。」

 

母親は、驚いた。

 

娘が「何かをしたい」と言うのを、

母はほとんど聞いたことがなかった。

 

それも——

 

未来の話を。

 

母親の胸が、ぎゅっと締めつけられた。

 

母親は、少し震える声で答える。

 

「じゃあ……今度、練習帳を買ってあげるね」

 

少女は、小さく頷いた。

 

「おかあさん、ありがとう……」

 

母親は顔を背ける。

 

そして——

 

こっそりと、目元を擦った。

 

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