ライブ告知配信から四日後。
王都の広場は、異様な熱気に包まれていた。
大陸魔法協会により、特設ブースが設けられ、
その前には——すでに長蛇の列ができている。
手売り開始前にもかかわらず、
集まったファンの数は相当なものだった。
列は大陸魔法協会の警備によって整理されているものの、
それぞれのメンバーのブース前では
小さな混雑が起きている。
少し離れた位置で、その様子を眺めるメンバーたち。
メトーデが落ち着いた声で告げた。
「では、10分後から開始となりますので、
それまで皆さん準備をお願いします……」
フリーレンが列の方を見て、思わず声を漏らす。
「うわー……今回は流石に規模が違うね」
フェルンも頷いた。
「……はい。私も少し驚いてます」
ユーベルは楽しそうに腕を組む。
「いっぱい来てもらえるならいいことだよ」
その横で、ゼンゼが小さくため息をついた。
「ユーベルに我々の気持ちがわかる日はこない……」
ゼーリエは腕を組み、淡々と言う。
「……とにかく、チケットを捌き切る」
フリーレンは苦笑した。
「これはもう、完全に体力仕事だね……」
するとユーベルが肩をすくめる。
「まあそれに関しては、
アイドル始めてから今まで、
ずっと体力仕事だと思ってやってきてるけどね……」
フリーレンはその言葉を聞いて、
少し顔を引き攣らせた。
「……ユーベルでもそう思うんだね」
ゼンゼが小さくため息をついた。
「そこは自覚してるんだな……」
そして。
ゼンゼは静かに空を見上げ、小さく呟く。
「どうか、何事も起きませんように……」
◇
十分後。
ついに、ゲートが開いた。
次の瞬間——
待ちわびていたファンたちが、
それぞれのメンバーのブースへと一斉に流れ込む。
特設ブース前は、瞬く間に熱気に包まれた。
一番人気は、やはりメディア露出の多いユーベルだった。
彼女の列は特に長く、
警備が慌てて誘導するほどの人だかりになっている。
だが、他のメンバーも決して負けてはいない。
ゼーリエの列も、ユーベルに劣らない勢いで伸びていた。
フリーレンとフェルンも、もともと安定した人気がある。
次々とファンが訪れ、チケットを手にしていく。
そして——
何より、目立ったのはゼンゼだった。
以前の手売りとは明らかに違う。
列の長さは、体感で三倍、いや四倍ほどにも膨れ上がっている。
メトーデがマネージャーとなり、
露出が増えた影響は明らかだった。
ゼンゼ自身も、それに気付いているのだろう。
どこか嬉しそうにしながら、
次々とチケットを手渡していく。
そこから先は、あっという間だった。
ファンは途切れることなく訪れ、
チケットは次々と捌けていく。
気が付けば。
2000枚のチケットは——
開始から二時間四十七分で、すべて完売した。
それは、アーク・アルカナの勢いを物語るには、
十分すぎる結果だった。
◇
その後——
アーク・アルカナ
会議室。
手売りを終えたメンバーたちは、椅子に座った瞬間、
ほとんど崩れ落ちるようにぐったりとしていた。
ただ一人、ユーベルだけは元気そうに笑っている。
「やっぱり、手売りは楽しいねー」
それを聞いた他のメンバーは、誰も返事をしない。
フリーレンが机に突っ伏しながら、力なく呟いた。
「もう……しばらく手売りはしたくない……」
ゼンゼも椅子の背にもたれながら小さく頷く。
「……同感だ」
フェルンも軽く肩を回しながら言った。
「流石に……ここまで数が多いと、骨が折れますね」
そんな中、ゼーリエだけは少し離れた場所で椅子に座り、
腕を組んだままぼんやりと考え事をしていた。
しばらくして、メトーデが静かに口を開く。
「では、皆さん。本日は本当にお疲れ様でした」
優しく微笑みながら続ける。
「二日後に、
残りのチケットのオンライン販売が開始します」
そして軽く手を叩き、締めに入ろうとした。
「それでは、今日は——」
「少し……いいか」
その言葉を遮るように、ゼーリエがゆっくりと立ち上がる。
室内に、わずかな静寂が落ちた。
ゼーリエは少し間を置き、前へと歩み出る。
そして静かに言った。
「……チケットの二百枚は、
この前回った病院や孤児院の者たち用に確保する」
視線を全員に向ける。
「……異論はないな?」
ゼンゼが思わず立ち上がりかける。
「ゼーリエ様……」
その目には、はっきりとした尊敬の色が浮かんでいた。
フェルンも身を乗り出す。
「そうするべきです」
フリーレンもゆっくり頷く。
「いいと思うよ」
ユーベルは腕を組みながら笑った。
「あの子たちにもまた会いたいし、最高じゃん」
その言葉を聞いたゼーリエは、
ほんの少しだけ表情を緩める。
「……お前たち、恩に着る」
口元がわずかに上がった。
その様子を見て、メトーデはうっとりとした表情になる。
「……素晴らしいです。ゼーリエ様」
⸻
——二日後。
時刻は、20時30分。
アーク・アルカナのメンバーたちは、
会議室のモニターの前に集まっていた。
チケット販売の様子を配信で見守るためだ。
オンライン販売は20時に開始されている。
すでに、三十分が経過していた。
メトーデが画面を見つめながら静かに言う。
「……この日に備え、サーバーを相当強化しましたが、
それでも重いようですね……」
フェルンがモニターを指差した。
「の、残り……1000枚を切りました」
ゼンゼが目を見開く。
「12800枚もあったのに……
こんなに早く捌けるのか」
唖然としている。
フリーレンも画面を見つめたまま呟いた。
「……さすがにすごいね」
ユーベルは少し引いたように笑う。
「わたしも……ちょっとひいちゃうね、これ」
ゼーリエも腕を組みながら、静かに言った。
「凄まじいな……」
さすがのゼーリエも、
その勢いには驚きを隠せない様子だった。
しばらく画面を見ていたフリーレンが、ぽつりと呟く。
「なんか……こんな時だけど、
路上ライブの頃を思い出しちゃうね」
声が、少し震えていた。
ゼンゼがそっと顔を逸らす。
「……フリーレン、少し黙ってくれ……」
その目元は、わずかに潤んでいる。
ユーベルも腕で目元を押さえながら笑う。
「なんか、いまだに現実味ないけど嬉しいね……」
フェルンは、涙を拭いながら頷いた。
「……ここまで頑張ってきて、本当に良かったです」
メトーデはその様子を見て、静かに微笑む。
そして、誰にも気づかれないように、
そっと目元を拭った。
その空気を見渡しながら、ゼーリエが言う。
「まだ、これからだ……」
そして、口元を歪める。
「感慨に浸るのは早いぞ……」
ニヤリと笑った。
そして——
ついに。
時刻は 20時34分。
モニターに表示された文字が変わる。
完売。
その瞬間——
配信のコメント欄は爆発した。
⸻
“1時間も経たず完売って……”
“やべえええええええええええええ”
“えぐすぎいいいいいいいいい”
“アークアルカナ!アークアルカナ!”
“買えたああああああ!!!!”
“マジで楽しみ!!!”
“なんか、俺まで涙出るわ”
“路上ライブしてたのが懐かしい”
“小さい箱でもライブやってほしいけどね”
“なんか遠くに行ったな”
⸻
モニターに「完売」の文字が表示されたあとも、
しばらく会議室は静まり返っていた。
最初に声を漏らしたのはゼンゼだった。
「……ふふ……か、完売した」
壊れたように笑っている。
フリーレンは大きく伸びをして、すぐに切り替えた。
「よし、ライブに向けて頑張っちゃうよー」
フェルンは拳を軽く握りしめる。
「武道館ライブに向けて調整していきましょう」
その目には、すでに次を見据えた強い意志があった。
ユーベルは椅子にもたれながら、ニヤリと笑う。
「ここまできたら、やるしかないね」
いつもの調子だ。
ゼーリエは腕を組み、静かに言った。
「我々の力を……見せつける」
その言葉に、部屋の空気が少し引き締まる。
そのとき——
メトーデが、
何かを思い出したように端末を取り出した。
誰かと連絡を取り始める。
「申し訳ございません……少し席を外します」
そう言い残し、部屋を出ていった。
ユーベルが首を傾げる。
「ん?……なんなんだろ、メトーデ……」
ゼーリエも無言のまま、ちらりと扉の方を見る。
気にはなっている様子だった。
フリーレンはそんなことを気にする様子もなく、
椅子に体を預けて呟く。
「武道館で歌うの楽しみだねー」
まだどこか余韻に浸っている。
フェルンとゼンゼは、
言葉もなく座ったままだった。
やがて。
会議室の扉が静かに開く。
メトーデが戻ってきた。
一度全員を見渡し、静かに口を開く。
「……会場のスケジュールを確認したところ、
翌日も使用可能とのことです」
一瞬の間。
続けて、
メトーデの言葉が、会議室に落ちる。
「よって——二日間での開催。
2daysでやることになりました……」
沈黙。
そして——
ゼーリエ、フリーレン、ユーベル。
三人が同時に声を漏らした。
「……は?」
配信のコメント欄は、すぐさま爆発する。
⸻
“まじ?”
“え、やばくね”
“2日目も行かなきゃいけないじゃん!”
“もう国内でもトップの勢いだな”
“やっべえ”
“ゼーリエの顔見る限りヤラセじゃなさそう”
“ユーベルってあんな感じで驚くんだ……”
“フリーレンのあんな顔初めて見た……”
⸻
対照的に、フェルンとゼンゼは黙っていた。
二人は、
事前にメトーデから可能性があることだけは聞かされていた。
だからこそ、今の反応を静かに見守っている。
ゼーリエ、ユーベル、フリーレンの三人だけが——
完全に初耳だった。
最初に立ち直ったのはユーベルだった。
椅子から身を乗り出す。
「また……手売りする?」
どこか楽しそうに目を輝かせている。
フェルンが少し引いた顔をする。
「ユーベル様……切り替えが早いですね」
フリーレンの顔がみるみる青くなる。
ゼンゼは遠い目をしていた。
ゼーリエも露骨に嫌な顔をしている。
そんな三人を見て、メトーデは穏やかに微笑んだ。
「いえ、今回は手売りは無しです……」
その瞬間。
フリーレン、ゼンゼ、ゼーリエの三人が
同時に胸を撫で下ろした。
ユーベルだけが唇を尖らせる。
「ちぇっ、つまんないのー」
メトーデは続ける。
「ですが……」
少し間を置く。
「その分、今まで以上にレッスンを詰める予定です」
にこやかな笑顔。
「皆さん、一緒に“成長”しましょう……」
その言葉を聞いた瞬間。
一同の顔色が、真っ青になった。
フェルンの顔が固まる。
「“成長”……?」
目が揺れる。
「“成長”したい……」
小さく呟く。
「“成長”しなきゃ……」
一人でぶつぶつ言い始めた。
ゼンゼが慌てて肩を掴み、必死に揺さぶる。
「フェルン……だめだ。戻ってくるんだ……」
ユーベルは苦笑いする。
「まあ……頑張るしかないね……」
諦め顔だ。
その隙に。
ゼーリエとフリーレンが、こっそり席を立つ。
倒れたトラウマを思い出したのか、
そっと部屋を抜け出そうとしていた。
だが、
すぐにメトーデに捕まった。
「はなしてー」
フリーレンが抵抗する。
「離せ……」
ゼーリエも腕を引く。
メトーデは楽しそうに微笑む。
「あらあら、うふふ……」
コメント欄は、相変わらず大盛り上がりだった。
そして改めて、メトーデがカメラに向き直る。
「二日目のチケットは、オンライン販売にて——」
「三日後の20時から販売予定です……」
ユーベルが手を振る。
「二日とも来てね〜」
フリーレンも笑顔を作る。
「二日とも、頑張っちゃうよ〜」
フェルンは丁寧に頭を下げる。
「お待ちしています」
ゼンゼも小さく頷く。
「……頑張ります」
最後に、ゼーリエ。
腕を組んだまま、短く言った。
「……来い」
⸻
そして——
三日後の夜。
二日目のチケットは、
予定通り20時に販売開始された。
結果は——
言うまでもない。
約30分で完売。
こうして、アーク・アルカナは
武道館2daysという大舞台へと歩み始めた。
そしてこれから——
武道館ライブに向けて、
レッスンとボイストレーニングの激化が始まる。
読んでいただきありがとうございます。
ジュウヨンです。
全然方向性の違う話ですが、新しく作品を書き始めました。
『社畜の俺。疲れて口裂け女をビンタしたら同棲が始まった。』
社畜と口裂け女の、ちょっと甘酸っぱい同棲ラブコメです。
もしよかったら、気軽に読んでいただけると嬉しいです。