ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼーリエ、温泉旅館に行く(前編)

 

 

 

武道館ライブから、一ヶ月が過ぎた。

 

あの日の成功をきっかけに、

アークアルカナの仕事は爆発的に増えていた。

 

取材、配信、レッスン、収録。

朝から晩まで予定が詰まり、

気がつけば一日が終わっている。

 

まさに、

売れっ子という言葉がぴったりの状態だった。

 

ゼーリエは、大陸魔法協会の仕事の合間を縫って

芸能の仕事をこなしている。

 

他のメンバーもまた、

それぞれが様々な仕事に引っ張りだこだった。

 

そんな日々の中で、

今日は久しぶりにチーム全員が集まる

朝の打ち合わせの日だった。

 

会議室には、すでに五人が集まっている。

 

しかし。

 

その光景は、

打ち合わせという言葉から想像されるものとは程遠かった。

 

長机を囲むようにして——

 

全員が、机に突っ伏していた。

 

誰一人として顔を上げない。

 

部屋の中にあるのは、静寂だけだった。

 

忙しさのあまり、空き時間には少しでも体を休める。

それが、いつの間にか全員の癖になってしまっていた。

 

そんな中、沈黙を破ったのは——

 

ユーベルだった。

 

机に頬を押しつけたまま、ぼそりと呟く。

 

「本当に疲れた……」

 

だが、返事はない。

 

誰も動かない。

 

誰も喋らない。

 

ユーベルは、

ゆっくりと目だけ動かして周囲を見回した。

 

「……誰か、話してよ」

 

無言。

 

「……ねえ、誰か」

 

無言。

 

「……」

 

無言。

 

しばらくして、ユーベルは小さく息を吐いた。

 

そして、机に突っ伏したまま横を向く。

 

視線の先には——

 

同じように机に伏している、長命のエルフの姿があった。

 

ユーベルが、ぽつりと呟く。

 

「ゼーリエ……老けた?」

 

その瞬間。

 

ゆっくりと顔が上がる。

 

鋭い視線が、横から突き刺さった。

 

ゼーリエが、

ギロリと睨みつける。

 

「……エルフは老けん」

 

ユーベルが小さく笑う。

 

「お、喋れるじゃん」

 

ゼーリエは再び机に腕を組み、その上に顎を乗せた。

 

「……疲れている。話しかけるな」

 

「なんかさ、変だと思わない?」

 

ユーベルがぼんやりと天井を見ながら言う。

 

ゼーリエが面倒くさそうに目だけ動かした。

 

「何がだ……」

 

「今日、みんなのスケジュール空じゃない?」

 

その言葉に、静かに反応したのは

フェルンだった。

 

机に伏せたまま、小さく呟く。

 

「……なんなら、明日も空ですね」

 

「どういう風の吹き回しなんだろうねー」

 

ユーベルがぼんやりと言う。

 

隣では、

フリーレンがぐったりと机に頬をつけたまま呟いた。

 

「帰って寝たいなぁ……」

 

その声に、低い声が重なる。

 

ゼンゼが、机に伏したまま短く答えた。

 

「……同感だ」

 

会議室の空気は、

相変わらず重たいままだった。

 

会議室の扉が、静かに開いた。

 

入ってきたのは、

メトーデだった。

 

両手には、

小型のカメラがしっかりと握られている。

 

メトーデは室内を見渡し、少し困ったように微笑んだ。

 

「皆さん、お集まりですね……」

 

だが。

 

返事はない。

 

五人全員、相変わらず机に突っ伏したままだった。

 

その中で、顔を横に向けたままの

ユーベルが、だるそうな声で聞く。

 

「……今日一体何があるの?」

 

メトーデは、にこりと微笑んだ。

 

「ふふ……最近皆さん忙しいだろうなぁということで……」

 

少し間を置き、

わざとらしくカメラを持ち上げる。

 

「今日は特別な企画を持ってきました」

 

その言葉に、机に頬を押し付けたまま

フリーレンが、ぼんやりと視線だけ向けた。

 

「……さっきからメトーデが

手に持ってるカメラは何か関係してるの?」

 

メトーデは嬉しそうに頷く。

 

「ありますよ、フリーレンさん」

 

そして、少し楽しそうな声で言った。

 

「皆さん、是非当ててください……」

 

その瞬間。

 

椅子がガタッと音を立てた。

 

ゆっくりと立ち上がったのは、

ゼーリエだった。

 

鋭い視線を向けながら言う。

 

「勿体つけずにさっさと言え……」

 

メトーデは、すぐに姿勢を正した。

 

「ゼーリエ様、申し訳ございません……」

 

しかし、そこで一歩近づき、そっと耳元で囁く。

 

「ですが、もう企画は始まっていまして……」

 

さらに小声で続ける。

 

「……台本なんです」

 

ゼーリエの眉が、わずかに動いた。

 

「……チッ」

 

小さく舌打ちすると、そのまま椅子に座り直す。

 

それを見ていた

フェルンが、静かに口を開いた。

 

「……配信でしょうか?」

 

メトーデは首を横に振る。

 

「フェルンさん。少し惜しいですが、違います」

 

そして続けた。

 

「配信は……しません」

 

その言葉に、

ゼンゼが、机に伏したまま低く呟く。

 

「……一日中レッスン漬けとか?」

 

メトーデは、にこりと微笑む。

 

「ゼンゼさん……

 それも悪くないですが、違います」

 

ゼンゼは顔を机に押しつけたまま、心の中で呟いた。

 

(悪いよ……)

 

しばらく沈黙が流れる。

 

その空気を破ったのは、

再びユーベルだった。

 

「うーん……」

 

少し考えたあと、ふと口を開く。

 

「全員で、ロケするとか?」

 

メトーデの口角が少し上がる。

 

「……何のロケですか?」

 

ユーベルは一瞬考え、

すぐに諦めた。

 

「えー……フリーレン、パス」

 

いきなり振られたフリーレンは、

少し間を空けてから口を開く。

 

「私……」

 

ぼんやりと天井を見ながら続けた。

 

「まあ希望は、温泉とかかなぁ……」

 

その瞬間。

 

メトーデの笑顔が、少しだけ深くなる。

 

「フリーレンさん……」

 

そして、静かに言った。

 

「……正解です」

 

フリーレンがゆっくりと顔を上げる。

 

「……へ?」

 

会議室の空気が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

誰もすぐには言葉を発しない。

 

メトーデは、その沈黙を楽しむように、

わざと少し間を置いた。

 

そして、ゆっくりと口を開く。

 

「我々はこれから、温泉ロケをします……」

 

その言葉に、

机に突っ伏していた何人かの肩がわずかに動いた。

 

メトーデは続ける。

 

「武道館ライブのDVD特典映像として、

一泊二日の温泉旅行ロケの映像を撮ることになりました……」

 

再び——沈黙。

 

誰もすぐには反応しない。

 

数秒の空白のあと。

 

突然。

 

「……うぅ……」

 

机に突っ伏したまま、

ゼンゼが泣き出した。

 

「……何させられるんだろうって

 内心すごくビクビクしてた……」

 

その声に、隣で顔を伏せていた

フェルンも小さく頷く。

 

「私も……本当に怖かったです」

 

その様子を見ながら、

ユーベルがぼそりと言った。

 

「もうこれ以上疲れたら……

 再起不能になるって確信はあったね……」

 

会議室の空気が、ほんの少しだけ緩む。

 

机に頬をつけたまま、

フリーレンがのんびり呟いた。

 

「でも、仕事とは言え温泉は楽しみだね」

 

メトーデは優しく微笑む。

 

「ロケなので仕事は仕事ですが、

 ほぼプライベートと考えてください」

 

カメラを軽く持ち上げながら続けた。

 

「特に、こちらが指示することはありません……

私が基本カメラを持ち回る程度です」

 

その説明を聞き、ユーベルが顔を少し上げる。

 

「それは良いねぇ……」

 

その横で、腕を組んだ

ゼーリエが、ふんと鼻を鳴らした。

 

「温泉など大昔に山に篭っていた時以来だな……」

 

ユーベルが興味深そうに言う。

 

「私は全然入ったことないやー」

 

フリーレンがゆっくりと体を起こしながら答えた。

 

「前はちょくちょく入ってたけど、

アイドル始めてからは全くだね」

 

フェルンが少し姿勢を正す。

 

「ですが、どちらの温泉に行かれるのでしょうか」

 

メトーデは答える。

 

「王都から少し離れた山奥の温泉地です……」

 

その言葉に、ゼンゼがようやく顔を上げた。

 

「静かそうで良いね……」

 

ユーベルが伸びをしながら笑う。

 

「いやー楽しみだねー」

 

フリーレンも小さく頷く。

 

「流石にゆっくりできるよね……」

 

その様子を見て、メトーデは満足そうに微笑んだ。

 

「ふふ……」

 

そして、軽く手を叩く。

 

「もうロケバスも準備してあるので、向かいましょう」

 

 

 

ロケバスに揺られること、数時間。

 

王都の街並みはとっくに遠ざかり、

窓の外には深い山の景色が広がっていた。

 

木々が生い茂り、

舗装された道もどこか細くなる。

 

やがてバスはゆっくりと速度を落とし、

砂利を踏む音とともに停車した。

 

ドアが開く。

 

外に降り立った一行の前には、

山あいにひっそりと建つ温泉旅館があった。

 

木造の建物からは湯気がわずかに立ち上り、

いかにも人里離れた秘湯という雰囲気を漂わせている。

 

「おー秘湯って感じで良いね〜」

 

嬉しそうに声を上げたのは、

ユーベルだった。

 

周囲を見回しながら、軽く腕を伸ばす。

 

その横で、

ゼンゼが小さく頷いた。

 

「……ああ、人目が無さそうで何よりだ」

 

それを聞いて、

フリーレンも周囲を見回す。

 

「大きいとこだと、

騒がれちゃうからね……」

 

隣で荷物を整えながら、

フェルンが静かに言った。

 

「最近はもう、

 変装なしでは行動できないレベルです」

 

その会話を聞きながら、

少し離れたところに立つゼーリエは首を傾げていた。

 

(……そうなのか)

 

腕を組みながら、ぼんやりと考える。

 

(私もちょくちょく王都に出るが……

 未だに声すら掛けられんぞ……)

 

どうにも腑に落ちない。

 

すると隣から、低い声が聞こえた。

 

「私もだ……」

 

「考えたくもない……」

 

ゼーリエがちらりと横を見る。

 

そこには、

うんざりした表情のゼンゼの姿があった。

 

(……ちっ、ゼンゼもそっち側か)

 

ユーベルが大きく伸びをした。

 

「そんなんは良いから早く入ろうよ〜」

 

待ちきれないといった様子で旅館の方を指差す。

 

それを見て、

メトーデがくすりと笑った。

 

「そうですね……」

 

カメラを構え直しながら言う。

 

「では、早速入りましょう」

 

 

 

旅館の引き戸が静かに開き、

中へと案内された。

 

廊下には畳の匂いがほのかに漂い、

木造の柱や障子が並ぶ落ち着いた空間が続いている。

 

外の山の空気とはまた違う、柔らかな静けさがあった。

 

その間、入口付近では

メトーデが女将に丁寧に挨拶をしている。

 

「本日は、よろしくお願いいたします……」

 

簡単な説明を受けたあと、

仲居に先導され、一行は客室へと向かった。

 

やがて案内されたのは、広々とした大部屋だった。

 

襖が開く。

 

畳敷きの部屋に、低い机。

 

窓の向こうには山の景色が広がり、

さらに奥には露天風呂へと続く扉まである。

 

部屋に入った瞬間、

ユーベルが声を上げた。

 

「部屋に露天風呂ついてるじゃん!」

 

窓の方へ歩いていきながら、楽しそうに振り返る。

 

それを見て、

フリーレンがのんびり頷いた。

 

「いいね〜」

 

湯気の立つ露天の方を眺めながら言う。

 

続いて、

フェルンが様子を確認する。

 

「大きいサイズなので、全員で入れそうですね」

 

その言葉に、後ろから小さく声が漏れる。

 

「早く入りたい……」

 

待ちきれない様子で呟いたのは、

ゼンゼだった。

 

フリーレンは窓際に立ち、外の景色を眺める。

 

「……景色も良いね」

 

山の木々が広がり、

遠くからは水の流れる音も聞こえる。

 

ユーベルが腕を組みながら頷く。

 

「うーん、自然を感じるね〜」

 

その一方で、部屋の中央に立ったまま

ゼーリエは、周囲を見回していた。

 

柱、畳、障子。

 

普段見慣れている建物とは、明らかに違う構造だ。

 

「……旅館とは初めて来たが、見慣れぬ作りだな……」

 

その言葉に、フェルンが少し誇らしげに言った。

 

「ゼーリエ様、“和”です。」

 

ゼーリエが眉をひそめる。

 

「……フェルン。なんだそれは」

 

すると、横からフリーレンが口を挟んだ。

 

「ゼーリエ……

 長く生きててそんなのも知らないんだね」

 

どこか得意げな顔をしている。

 

ゼーリエがゆっくりとフリーレンの方を向いた。

 

「フリーレン、貴様は知っているというのか?」

 

フリーレンは腕を組み、少し胸を張る。

 

「むふふ……“和”だよ、ゼーリエ」

 

その得意げな顔を、

ゼーリエはじっとりとした視線で見つめた。

 

(嫌な師弟コンビだな……)

 

しばしの沈黙。

 

その空気を見て、

ゼンゼが小さく咳払いをする。

 

「ゼーリエ様……気にしないでおきましょう。

 こういうのは雰囲気を楽しむものです……」

 

それを聞いたゼーリエは、もう一度部屋を見回した。

 

畳の匂い。

静かな山の景色。

湯気の立つ露天風呂。

 

少しだけ頷く。

 

「ふむ……」

 

そして短く言った。

 

「まあ、嫌いではない」

 

だが、

ぜーリエの視界に何かが引っ掛かる。

 

「……ん?」

 

ゼーリエが机の上に視線を落とした。

 

そこには小さな皿が置かれており、

色とりどりの菓子が整然と並んでいる。

 

見慣れない形状と色合いに、

ゼーリエは少し首を傾げた。

 

「……見慣れんが、菓子か?」

 

その横から、

ゼンゼが答える。

 

「ゼーリエ様、和菓子です」

 

その瞬間、ゼーリエの目が細くなった。

 

「……また“和”か」

 

ぽつりと呟く。

 

どうやら、

この単語が妙に気になっているらしい。

 

 

……

 

ちょうどその頃、廊下から足音が近づいてきた。

襖が開き、部屋に入ってきたのは

メトーデだった。

 

「皆さん、お待たせしました……」

 

女将との挨拶を終えたらしく、

手にはいくつかの包みを抱えている。

 

そして、にこりと笑った。

 

「では、早速浴衣に着替えましょう」

 

そう言って、それぞれに布の包みを手渡していく。

 

受け取った

ユーベルが中を覗き込みながら言った。

 

「実は、浴衣って着たこと無かったんだよね〜」

 

興味深そうに布を広げてみせる。

 

その横で、ゼーリエが眉をひそめた。

 

「……浴衣とはなんだ?」

 

するとすぐ隣で、

フリーレンがさらりと言った。

 

「“和”だよ、ゼーリエ」

 

その瞬間。

 

ゼンゼが素早くフリーレンの肩を掴み、

耳元で小声を落とす。

 

「おい、フリーレン……」

 

声を潜める。

 

「ゼーリエ様に“和”と二度と言うな……」

 

さらに低い声で続ける。

 

「ややこしくなる……」

 

フリーレンは少し驚いた顔をする。

 

「えー、だって“和”じゃんか」

 

しかしゼンゼは真顔のままだった。

 

「……とにかく、二度と言うな……」

 

妙な確信を持った口調だった。

 

フリーレンは口を尖らせる。

 

「気に入ってるのに……」

 

「ちぇっ……別にいいよーだ」

 

少しだけいじけたように、そっぽを向いた。

 

「……イマイチわからんが、着れば良いのだな」

 

そう言って、

ゼーリエは手に持った浴衣を広げてみせた。

 

するとすぐに、

メトーデが一歩前に出る。

 

「ゼーリエ様、私が着させて差し上げますよ?」

 

やけに目が輝いている。

 

「……」

 

ゼーリエは一瞬その顔を見たあと、静かに言った。

 

「……いや、自分で着る」

 

メトーデは少し肩を落とす。

 

「あら、残念です……」

 

しゅんとした様子で下がった。

 

ゼーリエは浴衣を手にしたまま、隣を見る。

 

「……ゼンゼ、教えろ」

 

呼ばれた

ゼンゼがすぐに頷いた。

 

「勿論です、ゼーリエ様……」

 

そうして、一同はそれぞれ着替えを始める。

 

しかし——

 

思った以上に手こずっていた。

 

帯の位置、布の重なり、袖の通し方。

慣れない服に、あちこちで小さな混乱が起きている。

 

その中で、

フリーレンが声を上げた。

 

「フェルン〜手伝ってよー」

 

助けを求めるように振り返る。

 

すると

フェルンが淡々と言った。

 

「フリーレン様、着れなかったんですね」

 

その様子を見ていたゼーリエが口を挟む。

 

「貴様、さっきは“和”を語っていたではないか……」

 

フリーレンはまったく悪びれず答える。

 

「それとこれとは違うんだよー」

 

フェルンは自分の帯を整えながら言った。

 

「私が終わるまで待っててください」

 

フリーレンはすぐに不満そうな声を出す。

 

「フェルン〜早くしてよー」

 

ゼーリエも小さく唸る。

 

「ゼンゼ……早くしろ……」

 

帯の結び方で少し詰まっている。

 

ゼンゼは慎重に手を動かしながら答えた。

 

「すみません……慣れないもので……」

 

その光景を、少し離れた場所から

メトーデが見ている。

 

「あらあら……うふふ……」

 

どこか幸せそうな表情で、

うっとりと眺めていた。

 

そんな中で、

ユーベルが軽く手を挙げる。

 

「私は着れたよー」

 

それを聞いたゼーリエがすぐに言った。

 

「ユーベル、貴様終わったのであれば手伝え」

 

しかしユーベルは面倒そうに肩をすくめる。

 

「え〜めんどくさいなー」

 

そしてゼーリエの方を見て言った。

 

「でも、もう終わりそうだよ?」

 

ちょうどその時。

 

ゼンゼが最後の帯を整える。

 

「……終わりました、ゼーリエ様」

 

ようやく、

ゼーリエも浴衣へと着替え終わった。

 

帯を締め、

ゼーリエがゆっくりと姿勢を整える。

 

慣れない衣装ではあるが、

不思議と堂々として見えた。

 

それを見て、

ユーベルが感心したように口を開く。

 

「おー。ゼーリエ、意外と似合ってるじゃん」

 

ゼーリエは鼻を鳴らす。

 

「ふん……私は元来、なんでも似合う……」

 

ユーベルは肩を揺らして笑う。

 

「言うね〜」

 

少し離れた場所では、

メトーデが固まっていた。

 

「……眼福です。」

 

小さく呟く。

 

明らかに興奮している。

 

その光景を横目で見ながら、

フリーレンが羨ましそうにゼーリエを見つめた。

 

「フェルン〜私も着たいよ〜」

 

呼ばれたフェルンは、

落ち着いた手つきで自分の帯を整えながら答える。

 

「今からやるので、待ってください」

 

しかしフリーレンは待てないらしい。

 

「早く私に“和”をまとわせて〜」

 

その言葉に、

ユーベルが思わず苦笑する。

 

「フリーレン、それしか言わないじゃん」

 

フェルンが困ったように声をかける。

 

「フリーレン様、暴れないでください」

 

帯を結ぼうとしている最中なのに、

 

当の本人は落ち着きがない。

 

「早くして〜」

 

フリーレンは袖をぶらぶらさせながら急かしていた。

 

フェルンはため息を一つつく。

 

「動くと結べません」

 

「うー」

 

フリーレンは一瞬だけ止まる。

 

しかし三秒後。

 

またもぞもぞ動き出した。

 

フェルンのこめかみに、

うっすらと青筋が浮かぶ。

 

「……フリーレン様」

 

低い声だった。

 

フリーレンがぴたりと止まる。

 

「……はい」

 

部屋の空気が、ほんの少しだけ静かになった。

 

 

……

 

やがて——

 

全員の着替えが終わった。

 

それぞれが浴衣姿になり、

部屋の空気が少しだけ華やぐ。

 

カメラを手に持ち、それを見渡しながら、

メトーデがゆっくりと口を開いた。

 

「皆さん、お似合いですね……」

 

どこか息が荒い。

 

「皆さんのマネージャーになって、

 本当に良かったと思えた瞬間です……」

 

目にはうっすら涙まで浮かんでいた。

 

その様子を見て、

ユーベルが苦笑する。

 

「……泣くほどのこと?」

 

メトーデは胸に手を当てて、しみじみと頷いた。

 

「……それは、もう……」

 

そしてユーベルをじっと見つめる。

 

「ユーベルさん……

 抱きついても良いですか……?」

 

「えー」

 

ユーベルは少し考えたあと肩をすくめた。

 

「ちょっとだけならいいけどさ……」

 

メトーデの目が輝く。

 

「……では、お言葉に甘えて……」

 

次の瞬間。

 

ぎゅっ。

 

メトーデがユーベルに抱きついた。

 

「浴衣のユーベルさん……浴衣のユーベルさん……」

 

何かを噛みしめるように、ぶつぶつ呟いている。

 

「ちょっとw」 

 

ユーベルが笑いながら身をよじる。

 

「くすぐったいってww」

 

その光景を、

少し離れたところから二人のエルフが眺めていた。

 

フリーレンが小声で言う。

 

「ゼーリエ、あの人……私たちが選んだんだよ」

 

それに対して、

ゼーリエが同じように小声で返す。

 

「……言うな、フリーレン」

 

フリーレンは肩をすくめ、小さく笑った。

 

そして、くるりとその場で一回転してみせる。

 

「ふふん、私も結構似合うでしょ」

 

そう言って袖をひらりと広げる。

 

それを見て、

フェルンが素直に頷いた。

 

「はい。とてもお似合いですよ」

 

その言葉を聞き、

フリーレンは少し得意げな顔になる。

 

ゼーリエがフェルンの方へ視線を向けた。

 

「フェルン、お前も……」

 

そこまで言ったところで、言葉が止まる。

 

視線が、

フェルンの胸元あたりでぴたりと止まっていた。

 

フェルンがゆっくりと目を細める。

 

「……なんでしょうか、ゼーリエ様」

 

声音がほんの少し冷たい。

 

ゼーリエは視線を外し、軽く咳払いをする。

 

「いや……別に……」

 

しかしその直後。

 

ちらりと、今度はフリーレンの胸元へ視線を移す。

 

そして——

 

「……ふっ」

 

小さく、鼻で笑った。

 

フリーレンの目が細くなる。

 

「ゼーリエ……今、笑ったね?」

 

静かな声だった。

 

フリーレンはそのままフェルンの方へ向き直る。

 

「でもね、フェルン。

 大きければ良いってわけじゃないんだよ」

 

どこか得意げに言う。

 

フェルンは腕を軽く組み、

自然と胸を張る形になっていた。

 

フリーレンは続ける。

 

「大事なことはね、もっと“別”にあるんだよ……」

 

妙に意味深な顔で語る。

 

しかしフェルンは表情を変えない。

 

「……フリーレン様、私はそもそも何も言ってません」

 

そう言って、じっとフリーレンを見つめた。

 

横で、

ゼンゼがぼそっと呟いた。

 

「早く温泉に入りたいな……」

 

それを聞いた

フェルンが冷静に言う。

 

「おそらく、そろそろ入る流れなのでは?」

 

その言葉を聞いた瞬間、

ユーベルに抱きつていたメトーデが、スッと姿勢を正した。

 

さっきまでの様子が嘘のように、

急にキリッとする。

 

「その通りです。早速入りましょう……」

 

ゼンゼが呆れた顔で言った。

 

「お前……切り替えが早いな」

 

ユーベルは自分の浴衣を見下ろす。

 

「もう、浴衣乱れちゃったじゃん」

 

フェルンが淡々と返す。

 

「この後すぐに脱ぐので、

ちょうど良かったのでは?」

 

フリーレンが目を丸くした。

 

「え、せっかく着たのにもう脱いじゃうの?」

 

ゼンゼが苦笑する。

 

「温泉あるあるだな……」

 

フリーレンは自分の袖を見つめて言った。

 

「せっかく“和”をまとったのに……」

 

フェルンが落ち着いた声で言う。

 

「フリーレン様、大丈夫です。

 またすぐに着れます」

 

しかしフリーレンは顔をしかめた。

 

「これ、着るの結構めんどくさいんだよね……」

 

それを聞いたゼーリエが呆れたように言う。

 

「貴様、フェルンに着せてもらっていたではないか……」

 

フリーレンは平然と返す。

 

「着させてもらうのも結構面倒なんだよ〜」

 

フェルンがすっと視線を向けた。

 

「フリーレン様、今後は自分で着てください」

 

「えー」

 

フリーレンがすぐに甘える。

 

「着せてよ〜フェルン〜」

 

しかしフェルンは、ぷいっとそっぽを向いた。

 

フリーレンは肩を落とす。

 

「とほほ……」

 

それを見てユーベルが笑う。

 

「当然の結果だね〜」

 

その時。

 

メトーデがにっこり笑いながら口を挟んだ。

 

「あらあらフリーレンさん、

 それでは、私が着させてあげますよ……」

 

少し息が荒い。

 

その瞬間。

 

フリーレンの顔が露骨に引きつった。

 

「……じ、自分で覚えるよ」

 

メトーデは少し寂しそうに微笑む。

 

「……そうですか」

 

しゅん。

 

——しかし。

 

この時。

 

これから起こる出来事を、

誰一人として予想していなかった。

 

まさか——

 

この後、

ゼンゼが大惨事を起こすとは

 

この時の誰も思っていなかった。

 

 

(中編へ続く)

 

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