ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼンゼ、宴会で暴れる(後編)

 

 

それから——

 

次々と料理が運ばれてきた。

 

卓の上には、

刺身、しゃぶしゃぶ、焼き魚、天ぷら。

 

色とりどりの小鉢や煮物も並び、

中央には湯気の立つ鍋。

 

そしてもちろん——

横には徳利と地酒。

 

いかにも温泉旅館らしい、

豪華な夕食だった。

 

……

 

ユーベルが目を輝かせる。

 

「うっわ、めっちゃ美味しそうじゃん!」

 

身を乗り出して卓を覗き込む。

 

フリーレンも頷いた。

 

「うん。“和”の真髄だね……」

 

腕を組みながら、

うんうんと満足げに頷いている。

 

……。

 

その場が、一瞬静まり返った。

 

誰も何も言わない。

 

フェルンが静かに箸を持ちながら呟く。

 

「……フリーレン様」

 

「本当に理解して言ってますか?」

 

フリーレンは真顔で答えた。

 

「雰囲気でね」

 

ゼーリエがこめかみを押さえる。

 

「……やはり何も知らんではないか」

 

小さく、ため息をついた。

 

そして卓の上を見渡す。

 

「普段、生魚はあまり食わんが……」

 

刺身を見つめる。

 

「……食えるのか?」

 

フェルンが頷いた。

 

「……ゼーリエ様、とても美味しいですよ」

 

その横で、ゼンゼも口を開く。

 

「是非、食べることをお勧めします」

 

珍しく、少し身を乗り出していた。

 

目がわずかに輝いている。

 

ゼーリエがちらりと見る。

 

「……ほう」

 

「珍しい。ゼンゼがそこまで言うとはな」

 

腕を組んで頷いた。

 

「折角だ。色々試すとするか……」

 

すると、横からフリーレンが親指を立てる。

 

「ゼーリエ、いらないなら私が食べてあげるからね」

 

ゼーリエの視線が、すっと動く。

 

じっとりとした目。

 

そして——

 

自分の皿を、すっと引き寄せた。

 

守るように腕で囲う。

 

フリーレンがむっとする。

 

「……ケチ」

 

ゼーリエが鼻を鳴らす。

 

「ふん、貴様の胃袋は底無しだからな」

 

「警戒して当然だ」

 

その様子を見ていたユーベルが、

腹を抱えて笑った。

 

「食べる前からバトってんじゃんwww」

 

肩を揺らして爆笑している。

 

その横で、メトーデが静かにカメラを回していた。

 

「ふふ……」

 

「言えば、おかわりもご用意してくださるそうですよ」

 

にこやかに言う。

 

フェルンが少し首を傾げた。

 

「メトーデ様は食べられないのですか?」

 

メトーデは優しく微笑む。

 

「ふふ、フェルンさんありがとうございます」

 

「私は撮影がありますので、

 皆さんが食べ終えてからいただきますよ」

 

カメラを軽く持ち直す。

 

その言葉に、ゼンゼが少し申し訳なさそうに言った。

 

「……なんか、すまないな」

 

メトーデはすぐに首を横に振る。

 

「そんな、お気になさらないでください……」

 

穏やかな笑み。

 

そして、少し柔らかい声で続けた。

 

「私は、皆さんのマネージャーとして

 帯同させていただけるのが何より幸せですから……」

 

その言葉に、

 

フェルンが少し目を丸くする。

 

「メトーデ様……」

 

ゼンゼも静かに頷いた。

 

「……いい人だな」

 

二人の表情が、少しだけしんみりする。

 

……

 

しかし。

 

その直後だった。

 

メトーデの視線が、ふと横へ向く。

 

そこには——

 

フリーレンとゼーリエ。

 

フリーレンが箸を伸ばし、

ゼーリエの皿の刺身を狙っている。

 

ゼーリエがそれを防ぐ。

 

「やめろと言っているだろう……!」

 

「一枚ぐらい良いじゃんかー」

 

「よくない……!」

 

「ゼーリエはケチだなぁ……」

 

「貴様、いい加減にしろ……!!」

 

ばちばちと小競り合いが始まっていた。

 

それを見て、

メトーデの目が、ゆっくりと細くなる。

 

頬がほんのり赤くなり、

 

呼吸が少し荒くなる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

カメラを握る手が震えた。

 

「本当に尊いですね、これは……」

 

うっとりと呟く。

 

フェルンとゼンゼは、その様子を見た。

 

……。

 

さっきまでの感動が、

 

すっと冷めた。

 

フェルンが小さく言う。

 

「……ゼンゼ様」

 

ゼンゼも静かに頷く。

 

「……ああ」

 

二人の絆は、

さらに固く結ばれた。

 

だが、メトーデはそんなことなどお構いなしに、

 

カメラを回しながら恍惚の表情を浮かべていた。

 

「ふふ……いいですね……」

 

「もっと……もっと、ください……」

 

メトーデの頬に、涎が垂れる。

 

間違いなく、

誰よりも楽しんでいた。

 

 

……

 

メトーデが、

カメラを軽く構え直す。

 

そして、改めて口を開いた。

 

「では……いただく前にですが、」

 

卓をぐるりと見渡す。

 

「皆さんに一言ずついただいて、

 最後は乾杯の音頭を是非ゼーリエ様に……」

 

その言葉に、ゼーリエが小さく頷いた。

 

「うむ……」

 

そして、迷いなく言う。

 

「では最初は、ゼンゼから一言を」

 

その瞬間。

 

ゼンゼがびくっと肩を震わせた。

 

「私が最初ですか……」

 

少し戸惑った顔で、卓を見回す。

 

だが、やがて小さく息をつき——

ゆっくりと立ち上がった。

 

一度、言葉を選ぶように考える。

 

そして、口を開いた。

 

「……正直、最初の一人ライブの時は、

 どうなるかと思ってました……」

 

少しだけ視線を落とす。

 

「けど、

 みんなとライブをして、配信もして……」

 

「少しずつ積み上げて……

 ここまで来れて……」

 

ゼンゼの声が、少し震える。

 

「……本当に頑張って……

 良かったと思います……」

 

目が、少しうるんでいた。

 

その横で、ユーベルが小声で呟く。

 

「ゼンゼ、まだお酒入ってないよね……」

 

茶化すような声だが、

ちゃんと話は聞いている。

 

フリーレンも小さく返した。

 

「……最初からクライマックスだね……」

 

ゼンゼは続ける。

 

「……特に、フェルンとは」

 

「メトーデがマネージャーになるまで、

 一緒にチームを支えてきて……」

 

ゆっくりとフェルンを見る。

 

「フェルンがいなければ、

 私はここに来れてなかった……」

 

少し恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「だから……フェルンのことは、

 一番の戦友だと思っている……」

 

フェルンが、目を潤ませる。

 

「……ゼンゼ様」

 

ゼンゼは少し照れたように笑う。

 

「倒れたりもしたし、色々あったけど……」

 

「これからもアークアルカナを

 支えていこうと思ってます……」

 

そう言って、ゆっくり席に座った。

 

 

……

 

ゼーリエが静かに頷く。

 

「……うむ」

 

「ゼンゼ、ご苦労だった」

 

ほんの少し、表情が柔らぐ。

 

「……これからも……頼むぞ」

 

わずかに微笑んだ。

 

ゼンゼはすぐに背筋を伸ばす。

 

「……ゼーリエ様」

 

そして、深く頭を下げた。

 

「お任せください」

 

 

……

 

ゼーリエが腕を組み、

軽く卓を見渡す。

 

「順番的に、次はフリーレンだな……」

 

名前を呼ばれたフリーレンが、

少し顔をしかめた。

 

「えぇ……

 こういう湿っぽいの苦手なんだけどなぁ……」

 

ぶつぶつ言いながら、ゆっくり立ち上がる。

 

軽く頭をかきながら、口を開いた。

 

「……私も、最初はゼーリエに路上で誘われた時は、

 アイドル?って思ってたけど」

 

少しだけ肩をすくめる。

 

「まあここまで来れて良かったかなぁとは思ってる……かな」

 

ゼーリエが鼻を鳴らした。

 

「ふん、素直になれない奴め……」

 

フリーレンは気にせず続ける。

 

「……まあ、強いて言うなら……」

 

少し遠くを見る。

 

「最近は仕事増えてばっかで、

 魔法の研究できてないのは辛いかなぁ……」

 

ユーベルが苦笑する。

 

「めちゃくちゃ素直じゃん……」

 

ゼンゼも小さく頷いた。

 

「……流石だな」

 

フリーレンは肩をすくめる。

 

「……うん。それぐらいかなぁ……」

 

ゼーリエが頷く。

 

「うむ、これからもお前は歌で我々を支えろ」

 

するとフリーレンが、ふと思い出したように言った。

 

「あ、あと……」

 

ゼーリエが目を向ける。

 

「……ん?」

 

フリーレンは、何気ない調子で続けた。

 

「最初に言ってた魔法研究に予算を出してくれるって話だけど……

 あれどうなったの?」

 

「……」

 

ゼーリエが沈黙する。

 

「……」

 

フリーレンがまっすぐ視線を向ける。

 

卓の上に、妙な静寂が落ちた。

 

数秒の沈黙の後。

 

ゼーリエがゆっくり口を開く。

 

「メトーデ、調整しといてくれ……」

 

メトーデが、

わずかに引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……かしこまりました」

 

その様子を見ながら、

フリーレンは満足そうに席へ座る。

 

「いやぁーやっと言えたよ」

 

肩の力を抜く。

 

「意外とタイミングないんだよね、こういうのって」

 

フェルンが即座に言った。

 

「フリーレン様、最低です」

 

ユーベルも笑いながら言う。

 

「まあ、言うタイミングは間違えてるかなぁ」

 

フリーレンは気にした様子もない。

 

「別にいいもーん」

 

そしてゼーリエを見る。

 

「じゃあゼーリエ、次いっちゃおうよ」

 

ゼーリエは一瞬言葉に詰まり、

 

「う、うむ……」

 

とだけ答えた。

 

 

……

 

ゼーリエは軽く咳払いをして、気を取り直す。

 

「では、次はフェルンだ」

 

フェルンが静かに頷いた。

 

「はい」

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

姿勢を正し、

一度周囲を見渡してから口を開いた。

 

「まず、ゼンゼ様……

 先ほどのお言葉、ありがとうございました」

 

ゼンゼの方を見て、柔らかく微笑む。

 

「私もゼンゼ様にいただいた言葉と同様、

 ゼンゼ様のことは一番の戦友と思っています」

 

ゼンゼが少し照れたように目を伏せる。

 

「……ありがとう」

 

小さく呟いた。

 

フェルンも軽く頭を下げる。

 

そして続ける。

 

「私は、最初はフリーレン様を

 監視するという名目で加入をしたので」

 

少しだけ苦笑する。

 

「正直不本意ではありましたが、

 ここまで皆様と一緒に活動ができて

 本当に良かったと思ってます」

 

そのまま言葉を続けようとする。

 

「今後、より一層努力をして、

 もっと成長できれば……」

 

一瞬、言葉が止まる。

 

「……成長?」

 

少し首を傾げる。

 

「……成長って……」

 

そして、

 

ぽつりと呟いた。

 

「……何……?」

 

空気が、固まった。

 

フェルンの目が、わずかに泳ぎ始める。

 

ゼンゼが慌てて声を掛ける。

 

「フェルン……戻ってきて……」

 

メトーデが、くすりと笑った。

 

「あらあら……ふふ……」

 

そしてカメラを一瞬だけ止める。

 

卓の横を回り、ゆっくりとフェルンへ近づいていく。

 

誰も止めない。

 

止められない。

 

メトーデはフェルンの横に立つと、そっと身をかがめ——

 

耳元で囁いた。

 

「帰ったら、一緒に“成長”していきましょうね……」

 

フェルンの目が、かすかに揺れる。

 

「……はい……」

 

小さく答える。

 

「成長します。成長させてください。もっと成長しなきゃ……」

 

ぶつぶつと呟きながら、そのまま椅子に座った。

 

魂が抜け落ちたような顔だった。

 

メトーデは満足そうに微笑む。

 

「ふふ……」

 

そして何事もなかったかのように元の場所へ戻る。

 

再びカメラを構え直した。

 

ゼンゼが小さく青ざめる。

 

(こ、怖すぎる……)

 

(カメラ切ってた……)

 

(証拠が残らないように……)

 

横でフリーレンが、

小声でユーベルに耳打ちする。

 

「……え、何今の……」

 

ユーベルはすぐに小声で返した。

 

「……やめて」

 

「触れたら呪われるよ……」

 

その様子を見て——

 

ゼーリエは、

わずかに引いた顔をしていた。

 

「…………」

 

小さく間を置き、

 

「次は、ユーベルだ」

 

ユーベルが、

めんどくさそうに椅子から立ち上がる。

 

「まぁ、私だよねぇ……」

 

軽く肩を回しながら言った。

 

「うーん……何喋ったら良いか

 イマイチわかんないんだよね」

 

頭をかきながら、少し考える。

 

「これまで、それなりに辛かったこともあったけど、

 やっぱり楽しかったからさ……」

 

卓の上の料理をぼんやり見ながら続ける。

 

「でも、わからなくなる時もあるんだよ」

 

「今の私は、魔法使いよりも

 アイドルの方が向いてるのかな……って」

 

少しだけ苦笑する。

 

「前までは、魔法使いとしても

 それなりには頑張ってきたつもりだったから」

 

小さく息を吐く。

 

「でも、ファンのみんなの来てよかったって顔を見たりとか」

 

「チームのみんなとステージに立ってたら」

 

肩をすくめた。

 

「そんなのどうでも良くなるから」

 

そして、少し笑う。

 

「その時は……サイコーって感じかな」

 

少し間が空く。

 

「……ごめん。何が言いたいか自分でもわからないや」

 

そう言って肩をすくめた。

 

ゼーリエが腕を組む。

 

「……ふん、貴様らしい」

 

そして、周囲を見渡した。

 

「だが、皆考えてることは同じらしいぞ」

 

ユーベルがちらりと周りを見る。

 

ゼンゼも、フェルンも、フリーレンも。

 

皆、真剣な顔で聞いていた。

 

ゼーリエが静かに言う。

 

「……迷わずに進むことができればどれだけ楽か」

 

「だが……それでも、

 迷いながらでも進まなくては行けないこともある」

 

少し視線を落とす。

 

「……私だってそうだ……」

 

そして顔を上げる。

 

「だが……それでも進む」

 

「間違っていれば……その時考える」

 

ユーベルが少し笑った。

 

「……行き当たりばったりだねぇ」

 

ゼーリエは鼻を鳴らす。

 

「ふん、行き当たりばったりの何が悪い」

 

腕を組んだまま言った。

 

「迷いながら、進め」

 

そして——

 

口元を少しだけ歪める。

 

「そちらの方が……面白い」

 

ニヤリと笑った。

 

ユーベルも同じように笑う。

 

「それ……良いね」

 

ゼーリエがふっと息を吐く。

 

「……ふん」

 

そして少し眉をひそめた。

 

「だが、貴様のせいで、

 言いたかったことが無くなってしまった」

 

ユーベルが即座に返す。

 

「私のせいにしないでよ」

 

肩をすくめる。

 

「まあ、私の言いたいことはそんな感じかな」

 

軽く手を振った。

 

「じゃあ、これからもよろしくってことで……」

 

そして椅子に腰を下ろしながら言う。

 

「もう、早くご飯食べちゃおーよ」

 

ゼーリエが、静かに頷く。

 

「うむ……」

 

一度、卓を見渡す。

 

そしてゆっくりと口を開いた。

 

「では、皆……」

 

ほんの少しだけ間を置く。

 

「武道館ライブ……ご苦労だった……」

 

静かな声だった。

 

「ここまで来れたのは……」

 

視線を一人一人に向ける。

 

「お前たちがいたからこそだ」

 

そして、小さく息を吐く。

 

「私だけでは……決して不可能だった」

 

ゼンゼが、思わず目を伏せる。

 

(ゼーリエ様……)

 

フリーレンが小さく思う。

 

(らしくないなぁ……)

 

フェルンも同じことを思っていた。

 

(らしくないですね……)

 

ユーベルは、少し肩をすくめる。

 

(やっぱり、湿っぽいのは苦手だなぁ……)

 

その空気を感じ取ったのか、

ゼーリエが鼻を鳴らした。

 

「ふん、私らしくないことは言ったが……」

 

少しだけ視線を逸らす。

 

「まあ……」

 

そして、小さく言った。

 

「これからも、頼む」

 

ゼーリエが杯を持ち上げる。

 

「それでは……」

 

皆もそれに合わせて杯を持つ。

 

静かに息を呑む。

 

ゼーリエが言った。

 

「乾杯……!」

 

その瞬間——

 

「「「「かんぱーーーい!!」」」」

 

 

ユーベルが、さっそく料理に箸を伸ばす。

 

一口食べて、目を輝かせた。

 

「美味しい……頬っぺたがおちちゃうよ……」

 

フェルンも静かに頷く。

 

「……ほんと、疲れが吹き飛びますね……」

 

湯気の立つ料理を前に、自然と表情が緩んでいた。

 

その横で——

 

ゼーリエが刺身を口に運ぶ。

 

「生魚……悪くないな……」

 

少し意外そうな顔で呟いた。

 

フリーレンは、ひたすら鍋の前に張り付いている。

 

箸で肉を揺らしながら言う。

 

「しゃぶしゃぶも最高だよ、これ……」

 

完全にしゃぶしゃぶ担当になっていた。

 

 

……

 

その時。

 

フェルンがふと、隣を見る。

 

ゼンゼの方だった。

 

フェルンが首を傾げる。

 

「……ゼンゼ様、お箸が進んでいないようですが……」

 

ゼンゼは、じっと卓を見ている。

 

「……」

 

フェルンがもう一度声を掛ける。

 

「ゼンゼ様……?」

 

ゼンゼが、ゆっくり顔を上げた。

 

「……フェルン……」

 

そして——

 

突然、立ち上がる。

 

そのままフェルンの方へ歩き、

 

ぎゅっと抱きついた。

 

フェルンが少し驚く。

 

「……ゼンゼ様、どうされました?」

 

ゼンゼはフェルンに頬擦りしながら言った。

 

「フェルン……君は良いやつだ……」

 

「見た目も良い。私が男だったなら、

 放っておかなかっただろう……」

 

すりすりしている。

 

フェルンはきょとんとしていた。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

ゼンゼが、にやりと笑う。

 

「よかったね……私に“生えて”なくて」

 

フェルンが真顔になる。

 

「……ゼンゼ様、何を言ってるんですか?」

 

ゼンゼの顔が、ぐしゃっと歪む。

 

「……うう、フェルンがいてくれてよかった……」

 

突然、ガチ泣きし始めた。

 

フェルンが少し身を引く。

 

「……あ、ゼンゼ様酔ってます?」

 

ゼンゼが即座に言う。

 

「……酔ってないよ!!」

 

ゼンゼが出した中で、一番大きな声だった。

 

フェルンがゼンゼをゆっくりと引き剥がす。

 

そして顔を見る。

 

真っ赤だった。

 

「……」

 

無言で、

スッと距離を取るフェルン。

 

ゼンゼが涙目で言う。

 

「ううう……酷いよフェルン……」

 

「メトーデがマネージャーになってから」

 

「君と関わることが減ったから寂しいんだよぅ……」

 

フェルンが戸惑った顔になる。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど……」

 

その横から、ユーベルが笑いながら言った。

 

「そういえばゼンゼ、

 さっき一気にお酒煽ってたねw」

 

フリーレンがゼンゼの様子を見て、

少し眉を上げた。

 

「ゼンゼ、すっごい酔ってるじゃん」

 

鍋から目を離し、心配そうに言う。

 

「大丈夫?水持ってこようか?」

 

珍しく、優しい声だった。

 

すると——

 

ゼンゼが、ぎろりとフリーレンを睨む。

 

「なんで私に水を飲ませようとするんだ……!」

 

フリーレンが引く。

 

「えぇ……親切心じゃん……」

 

ゼンゼが、指を突きつける。

 

「フリーレン……!

 お前はいつもテキトーなことばっか言いやがって……!」

 

そして、びしっと言い放った。

 

「ゼーリエさまを見習え……!」

 

「あの方はじょうだんを言わない……。

 挙句じょうだんも全く通じないガチガチのお方だぞ……!」

 

少し離れた席で——

 

ゼーリエが酒を飲みながら言う。

 

「……ゼンゼ、聞こえてるぞ……」

 

ほんの少し、

イラッとしていた。

 

ゼンゼがはっとする。

 

「ゼーリエさまぁ……ちがうんです……

 これはですね……」

 

慌ててゼーリエの方へ歩いていく。

 

涙目だった。

 

その様子を見て、

ユーベルが腹を抱える。

 

「暴れまくってるwwww」

 

ゼンゼがゼーリエの前まで来て、

至近距離で顔を近づける。

 

ゼーリエが眉をひそめた。

 

「……酒臭いな、貴様」

 

露骨に嫌な顔をする。

 

ゼンゼがしょんぼりする。

 

「そんなこと言わないでくださいよぅ……」

 

そして——

 

そのまま、ゼーリエの膝に頭を埋めた。

 

「私だって……私だって、

 ふだん頑張ってるんですぅ……」

 

ゼーリエは酒を一口飲む。

 

「……知っている」

 

そして、ぽんぽんとゼンゼの頭を撫でた。

 

ゼンゼの顔がさらにぐしゃぐしゃになる。

 

「ゼーリエ様ぁ……すきです。

 尊敬してますぅ……」

 

膝に頬擦りしまくっている。

 

ゼーリエは満更でもない顔で酒を飲んでいた。

 

その光景を——

 

メトーデがカメラ越しに見ている。

 

「んふー……んふー……」

 

鼻息がやたら荒い。

 

カメラを構えながら大興奮していた。

 

その横で。

 

フリーレンが、メトーデを見てドン引きしていた。

 

ユーベルが腹を抱えながら笑う。

 

「ゼンゼすごいことになってるじゃんww」

 

まだ笑いが収まらない様子だった。

 

「これはファンも大喜びなんじゃない?w」

 

その言葉に——

 

ゼンゼが、ゆっくりとユーベルの方を向いた。

 

「……ユーベル」

 

低い声だった。

 

「お前、ゼーリエ様に馴れ馴れしくし過ぎなんだよ……」

 

ユーベルが笑いながら首を傾げる。

 

「え?」

 

ゼンゼが立ち上がる。

 

少しふらつきながら、ユーベルの方へ歩いていく。

 

「一番の理解者みたいな立ち回りしやがって……」

 

ユーベルが苦笑いする。

 

「うわ、こっちきた……w」

 

ゼンゼが目の前まで来て、言う。

 

「そのポジションはな……」

 

一拍置く。

 

「本来、私のものだ……」

 

そして——

 

ユーベルの顔を至近距離で見つめた。

 

酔った目で、じっと見ている。

 

「わかったか……?」

 

ユーベルはきょとんとする。

 

「へ?」

 

「うん。別にそんなつもりないよ、わたし」

 

あっさりした返答だった。

 

ゼンゼが、しばらくユーベルを見つめる。

 

そして——

 

「なら……良いんだ」

 

満足そうに頷いた。

 

ユーベルが笑う。

 

「……何その確認」

 

ゼンゼは何も答えない。

 

そのまま——

 

ゆっくりと。

 

ユーベルの膝に頭を置いた。

 

ユーベル。

 

「え?」

 

次の瞬間。

 

すー……すー……

 

寝息が聞こえ始めた。

 

ユーベルが吹き出す。

 

「寝たんだけどこの人www」

 

フリーレンが呆れた顔をする。

 

「やりたい放題だね……」

 

フェルンが小さく言う。

 

「ゼンゼ様、後でこれを見たら何を思うんでしょうか……」

 

ユーベルが肩を震わせる。

 

「やっばいでしょ……w」

 

起こさないように、小さな声で笑った。

 

少しして。

 

ユーベルが、ふっと表情を緩める。

 

「でも、なんか悪くないね……」

 

そう言いながら、

ゼンゼの頭を撫でた。

 

フリーレンがぽつりと言う。

 

「きっと、普段から抑えてるんだね……」

 

フェルンが静かに頷く。

 

「ゼンゼ様、酔うとすごいんですね……」

 

ゼーリエが酒を飲みながら言う。

 

「……そのままという訳にもいかん」

 

「誰か布団まで連れて行ってやれ」

 

すると——

 

ユーベルが、にやにやしながら言う。

 

「別に私はこのままでも良いけどね〜」

 

膝の上のゼンゼを、楽しそうに撫で続けていた。

 

メトーデが、にこやかに立ち上がる。

 

「ふふ……では私が運びましょう……」

 

ゆっくりとゼンゼの方へ歩み寄った。

 

ユーベルの膝で眠っているゼンゼを覗き込み、

優しく声を掛ける。

 

「ゼンゼさん……布団の方に移動しましょう……」

 

肩を軽く揺すり、起こそうとする。

 

すると——

 

ゼンゼの目が、ぱちりと開いた。

 

ぼんやりした視線が、目の前の人物を捉える。

 

メトーデだった。

 

その瞬間。

 

ゼンゼの顔色が、

見る見るうちに青ざめる。

 

そして——

 

「……ひいいいいいいいいいい!!」

 

絶叫。

 

ゼンゼがユーベルの膝から転げ落ちるように離れ、

一気に距離を取る。

 

メトーデがきょとんとする。

 

「あら……どうされました?」

 

不思議そうに首を傾げながら、また一歩近づく。

 

ゼンゼが震える指でメトーデを指差す。

 

「メトーデ……お前はフェルンを洗脳して……!」

 

声が震えていた。

 

「許せない……でも怖い……!」

 

そのまま——

 

ガクッ。

 

ゼンゼがその場に崩れ落ち、床にうずくまる。

 

肩を震わせながら、絞り出すように言った。

 

「何も……できない……」

 

ポロポロと

大粒の涙を溢す。

 

「……私は……無力だ……」

 

メトーデは、その様子を見て微笑む。

 

「あらあら……うふふ……」

 

まるで微笑ましいものを見るような顔だった。

 

すると。

 

ゼンゼの体から力が抜ける。

 

そのまま、ぴたりと動かなくなった。

 

……

 

スゥー……スゥー……

 

寝息が聞こえ始める。

 

また寝た。

 

ユーベルが肩を震わせる。

 

「こいつマジなんなのwwww」

 

必死に声を殺して笑っている。

 

メトーデはその様子を見つめながら、

うっとりと言った。

 

「あぁ……本当に可愛らしい……」

 

フリーレンが酒をちびちび飲みながら呟く。

 

「醍醐味だねぇ……」

 

ユーベルがゼンゼを見下ろしながら言う。

 

「起こすのもめんどくさいし、このままここで寝かせとく?」

 

その言葉に——

 

ゼーリエが、大きくため息を吐いた。

 

「……チッ」

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

そして、床で寝ているゼンゼの肩を掴むと——

 

そのまま引きずるようにして、布団の方へ運んでいく。

 

誰も手伝わない。

 

というより、全員その様子を面白そうに見ていた。

 

少しして。

 

布団に寝かされたゼンゼが、

すぅすぅと寝息を立て始める。

 

「……うう……ゼーリエ様ぁ……」

 

寝言だった。

 

ゼーリエが鼻を鳴らす。

 

「……ふん、騒がしい奴だ」

 

うざったそうに言いながらも、表情はどこか柔らかい。

 

その様子を見ていたフリーレンが、ふと卓の方を見る。

 

「ゼンゼのご飯、食べないなら食べて良いよね……」

 

ユーベルが肩をすくめる。

 

「……良いんじゃない?」

 

ゼーリエも短く言った。

 

「残すのも勿体無い……そうしろ」

 

フリーレンの顔がぱっと明るくなる。

 

「やったー。お刺身まだ食べたかったんだよねー」

 

嬉しそうに、ゼンゼの卓の料理に箸を伸ばす。

 

ユーベルは酒を手に取りながら言う。

 

「私もまだまだ飲みたいかなー」

 

フェルンは少しお腹をさすった。

 

「私はもうお腹いっぱいです……」

 

ゼーリエが視線を向ける。

 

「メトーデ、お前もそろそろ食事にしろ」

 

メトーデが少し驚いた顔をする。

 

「あら……いいんですか?」

 

ユーベルがにやりと笑う。

 

「もう十分良い絵は撮れたでしょ〜」

 

ちらっと、布団で寝ているゼンゼを見る。

 

フェルンが申し訳なさそうに言う。

 

「ゼンゼ様には申し訳ないですが……」

 

少し間を置く。

 

「撮れ高を作っていただいて、正直ありがたかったですね」

 

フリーレンが思わず笑う。

 

「フェルン、言うねえ……」

 

メトーデが微笑んだ。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます……」

 

カメラの電源を切る。

 

そして立ち上がり、

女将に食事を出してもらうため、部屋の外へ向かった。

 

部屋の中では——

 

ゼーリエが酒を口に運ぶ。

 

「……ふん、まだまだ夜は長いな」

 

静かな旅館の一室。

 

一人の寝息と、

 

五人の談笑する声が、

 

ゆっくりと夜に溶けていった。

 

 

 

翌朝。

 

酷い二日酔いで、

ゼンゼは目を覚ました。

 

頭が割れるように痛い。

 

「……う……」

 

こめかみを押さえながら起き上がる。

 

昨晩の記憶は——

 

まったく無かった。

 

……

 

朝食の席。

 

ユーベルは、

ゼンゼの顔を見るなり吹き出す。

 

「ぷっ……」

 

肩を震わせて笑っている。

 

ゼンゼが怪訝そうに見る。

 

「……なんだ」

 

ユーベルは手を振る。

 

「いや、なんでもないw」

 

フェルンはというと——

 

妙に気まずそうだった。

 

「……ゼンゼ様、

 ご体調は大丈夫ですか……?」

 

どこか様子を伺うような声だった。

 

フリーレンは、なぜかやたら優しい。

 

「お味噌汁飲む?

 二日酔いには良いらしいよ」

 

「あと、水もいっぱい飲んだ方がいいよ」

 

「無理しないでね」

 

ゼンゼは眉をひそめた。

 

(……なんだこの空気)

 

一方で——

 

ゼーリエとメトーデはいつも通りだった。

 

ゼーリエは淡々と食事をし、

 

メトーデは穏やかに微笑んでいる。

 

(……気のせいか?)

 

違和感を抱えながらも、

 

ゼンゼはそのまま日常に戻っていった。

 

 

 

彼女が——

 

宴会での出来事に気づいたのは。

 

武道館ライブDVDが、

 

二週間後に発売された後だった。

 

 

 

そこからしばらく。

 

ゼンゼは——

 

グループチャットを一切既読にしなかった。

 

そして、

 

誰とも顔を合わせようとしなかった。

 






ジュウヨンです。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ひとまず、ここまでで物語は一区切りとなります。
今後の展開として、アーク・アルカナにはさらなる試練が訪れていきます。

とうとう、前に少しだけ登場していた、
あのアイドルユニットがついにストーリーに本格的に絡んでいきます。


今回は、箸休めとしてライブ後の労いも兼ねて温泉回を入れましたが、
もともとやりたかった回でもありました。

気づけばもうすぐ50話近くになりますが、
これからもマイペースに続けていければと思っています。

直近の回についてアンケートを取っているので、
よろしければご協力いただけると幸いです。

また、
感想や評価、お気に入り登録などもいただけると大変励みになりますので、
よろしければお願いいたします。
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