季節がひとつ巡った。
倉庫の床は擦り減り、
鏡は貼り直され、
魔導増幅石は少しだけ性能の良いものに変わった。
三ヶ月。
ダンスレッスン。
ボイトレ。
基礎、基礎、基礎。
技術は——
そこそこ、形になった。
ゼーリエも、ようやくカウントを外さなくなった。
フリーレンも左右を間違えなくなった。
フェルンのリズムは安定し、
ゼンゼは羞恥を飲み込めるようになった。
だが。
ゼーリエは知っている。
アイドルに必要なのは——
“応援したくなる何か”。
未完成でもいい。
完璧でなくていい。
一生懸命さ。
「よし……」
王都の広場。
あの日と同じ場所。
「……久しぶりの路上ライブだ」
「今度は……全てオリジナル曲でいく」
ゼンゼがゴクリと息を呑んだ。
⸻
夕暮れ。
王都の路上。
人通りは多い。
だが——
最初の一曲。
誰も止まらない。
——二曲目
足は流れていく。
ゼンゼ作曲、ゼーリエ作詞のオリジナル曲。
技巧は増した。
ハモりも綺麗。
振り付けも揃っている。
だが。
“聞き馴染み”がない。
通行人にとっては、ただの知らない曲。
「……」
ゼンゼの喉がわずかに震える。
フェルンが視線を落とす。
フリーレンは無表情だが、わずかに呼吸が浅い。
ゼーリエは、冷静だった。
(想定内だ)
焦るな。
積み上げは、時間がかかる。
そして、三曲目。
——その時。
「ねえ……あの子、」
誰かが小さく言った。
それが最初だった。
視線の先。
ユーベルだ。
汗をかきながら。
全力で。
笑っている。
振り付けはまだ荒い。
一瞬、遅れる。
小さくつまずく。
だが、立て直す。
必死に、歌う。
客席に向かって、まっすぐ。
“見てほしい”という目。
だが同時に、
“楽しんでいる”目。
その妖しさは、消えていない。
笑顔なのに、どこか危うい。
無邪気なのに、底が見えない。
それが——目を引く。
一人、足が止まる。
二人。
…五人。
「たしか、前もやってた子たちだよね?」
「あの緑髪の子……なんか気になる」
立ち見が増える。
まだ多くはない。
だが確実に、増えている。
ゼーリエは横目で確認する。
(……やはりな)
四曲目。
ユーベルが観客に手を伸ばす。
「ねぇ、一緒にやろ?」
恥ずかしげもなく。
本気で。
子供が真似する。
青年が笑う。
拍手が起きる。
ゼンゼの胸が熱くなる。
(止まってる……)
以前とは違う。
確実に違う。
ゼーリエの歌声が広がる。
今度は“見せつける”声ではない。
“届ける”声。
プライドを少し削り、
観客の目線に降りて。
終演。
拍手。
前より多い。
銅貨も、前回より明らかに重い。
だが、それ以上に。
「また来るよー」
「次いつ?」
その言葉。
……
ユーベルが息を切らしながら笑う。
「……ふぅ、楽しかったねー」
ゼーリエは小さく頷く。
「……ああ」
視線を客席に向ける。
まだ、数十人。
だが。
前回ゼロだった“常連予備軍”がいる。
ゼーリエは確信する。
(やはり、ユーベルの存在が大きい……)
技術ではない。
完璧さでもない。
“目が離せない存在”。
原石は、磨かれ始めている。
そして何より。
観客が——
応援したくなっている。
ゼーリエは空を見上げる。
「次は……百人だ」
ゼンゼが驚く。
「……急に大きく出ましたね」
「……可能だ」
視線はユーベルへ。
汗だくで、子供とハイタッチしている。
その姿を見て、ゼーリエは微かに笑う。
「勝てるぞ……」
路上。
まだ無名。
まだ赤字。
だが、
確実に——
火は、灯った。
⸻
それから。
彼女たちの戦いは加速した。
路上ライブは、週に三回。
雨の日も。
風の日も。
観客は最初、十数人。
やがて二十人。
三十人。
投げ銭は、相変わらず少ない。
だが。
「今日も来ました」
「この前の曲、好きです」
そんな声が増えていった。
アーク・アルカナ。
少しずつ、名前が広がる。
⸻
だが。
大陸魔法協会の廊下では、冷たい声が飛ぶ。
「何をまどろっこしいことを」
「路上など、魔法使いとしての威厳がない」
「そんなことをして一体いつ財政が回復するのだ」
ゼンゼは、その声を聞くたびに胃が痛くなる。
(もし、“次も”失敗したら……)
初回の“十三人ライブ”が脳裏をよぎる。
石畳。
冷たい風。
銅貨数枚。
ゾッとする。
◇
玉座の間。
「……焦っているな」
ゼーリエが淡々と告げる。
「……いえ」
即答だが、声が硬い。
ゼーリエは目を閉じる。
(数字は伸びている……確実に)
焦る必要はない。
だが——
“次の一手”は必要だ。
「ふむ……」
しばしの沈黙。
そして。
「……そろそろタイミングか」
ゼンゼが顔を上げる。
「……何がですか?」
沈黙。
そして、ゼーリエが口を開いた。
「……小さな箱を借りる」
「え……」
ゼンゼの顔が一瞬で真っ青になるが、
ゼーリエは続ける。
「正式なライブだ」
ゼンゼの背中に冷たい汗が流れる。
(箱……)
初回の一人ライブが蘇る。
スカスカの客席。
笑顔のまま凍りつく心。
「……安心しろ」
ゼーリエが言う。
「今までレッスンもボイトレもしてきたではないか」
静かな声。
「それに……今度は一人ではない」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
「……はい」
「よし、早速やつらに相談するか」
ゼーリエは立ち上がる。
転移魔法陣が展開される。
◆フリーレン
木々の隙間から日が差し込む森の中。
フリーレンは魔導書を読んでいた。
「ライブ? 箱で?」
フリーレンが顔を上げる。
「ホールとか、そういうやつ?」
「そうだ」
ゼーリエが腕を組む。
「路上のほうが気楽だけど……」
フリーレンは路上ライブでの評判がそこそこ良い。
だが、ゼーリエが逃がさない。
「ステージを“目的地”にさせる段階だ」
少し考えて。
「……まあ、ゼーリエが決めたことなら、やるよ」
フリーレンは本を閉じた。
ゼーリエの口角が上がる。
「……まずは“一人目”だ」
転移魔法陣を展開し、次のメンバーの元へ向かう。
◆フェルン
安宿の、カビ臭い匂いが鼻をつく一室。
「……正式なライブですか」
「怖いか?」
「……少しだけ」
フェルンの声が小さくなる。
だが視線は強い。
「でも、やります」
「ステージの方が路上より良いものを見せられると思います」
ゼーリエは頷く。
「お前には期待しているぞ」
重い言葉。
思わず、
フェルンが息を呑む。
「……期待に、応えます」
彼女の目を見て、ゼーリエがニヤリと笑った。
◆ゼンゼ
道中で。
ゼンゼの表情は暗い。
「本当に……大丈夫でしょうか」
ゼーリエが即答する。
「ゼンゼ、お前は誰よりも踊れる」
「ですが——」
「お前は私たちを支えられる」
ゼンゼは息を呑む。
ゼーリエの言葉は、いつも簡潔だ。
だが重い。
⸻
最後に——ユーベル
街外れ。
「箱でライブをやるぞ」
「おーいいねー」
即答。
「人、いっぱい来るかな?」
「……来させるんだ」
ゼーリエの口角が上がる。
応えるように、
ユーベルもにやりと笑う。
「よし、燃えてきたね」
その目。
危うくて、楽しそうで。
ゼーリエは確信を強める。
(……この火は消えん)
⸻
夜。
執務室に戻る。
「全員、了承したな……」
ゼンゼは小さく息を吐く。
「……集客はどうしますか?」
「路上で告知する」
「それだけで……足りますか?」
ゼーリエは窓の外を見る。
広場で笑っていた子供。
拍手していた青年。
常連の顔。
「……足りなければ、足りるまでやるだけだ」
静かな声。
「路上で積み上げたものを……箱で証明する」
ゼンゼは頷く。
怖い。
だが。
一人だった初回とは違う。
今は五人。
未完成だが、確実に前進している。
ゼーリエが微かに笑う。
「次は、“二百人”だ」
その言葉は、もう無謀には聞こえなかった。
小さな箱。
小さなステージ。
だが——
そこから、
アーク・アルカナの本当の勝負が始まる。