フリーレンが、
もじもじと指をいじりながら口を開く。
「ゼーリエ。教えるのはいいんだけど……」
ちらりと、玉座の方に目を向ける。
ゼーリエは腕を組み、
苛立たしげに足を組み替えていた。
フリーレンは少し間を置いて言う。
「……魔法の研究費、もっと出してくれる?」
一瞬。
部屋の空気が止まった。
ゼーリエのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
「……結果の次第によっては、いくらでも出してやる」
低い声だった。
だが、次の瞬間——
ギロリ、とフリーレンを睨みつける。
「だから、早く言え……!」
フリーレンは「あ、うん」と頷くと、
ローブの中をゴソゴソと探り始めた。
紙の束を取り出し、
魔法で机を出す。
「じゃあ、一応契約書作るから……」
さらさらとペンを走らせながら言う。
「ゼーリエ、ハンコ持ってる?」
——ガタン。
玉座が鳴った。
ゼーリエが立ち上がっていた。
ゆっくりと、フリーレンの方へ歩み寄る。
「貴様……!」
肩が怒りで震えている。
息を荒くしながら、低く唸る。
「殺されたいのか……!!」
フリーレンは小さくため息をついた。
「ゼーリエはわがままだなぁ……」
「こういうのはね、信用が大事なんだよ」
その言葉に、ゼンゼが顔を覆う。
(火に油だ……)
だがフリーレンは気にした様子もなく、
話を続けた。
「最近研究してる魔法なんだけどね……」
部屋の空気が、少しだけ落ち着く。
フリーレンは指で机を軽く叩きながら説明する。
「SNSにログインしてる人をね……」
「目の前に召喚できる魔法だよ」
一同が固まった。
沈黙。
ゼーリエは顎に手を当てる。
「……ふむ」
「なるほど。近代魔法か」
フリーレンは人差し指を立てる。
「まだ試作なんだけどね」
「だから、ゼーリエが知らなくても無理ないよ」
ゼーリエの眉がぴくりと動く。
しかし次の瞬間、ふっと笑った。
「ふん」
腕を組む。
「面白い」
その目に、久々に好奇心が宿る。
「早速試してみるとするか」
そのまま魔力を練り始める。
フリーレンが「え、」と声を出す。
「……契約書」
ゼーリエが横目で睨んだ。
「後でいくらでも書いてやる……!」
「今はそれどころではない……!!」
魔力が部屋に満ちていく。
ゼーリエは一歩前に出た。
「では——」
指を構える。
「いくぞ……」
その場にいた全員が、思わず息を呑んだ。
次の瞬間——
魔法陣が、床に浮かび上がる。
——その時。
ピロン。
静まり返った部屋に、軽い通知音が鳴った。
「……チッ、なんだこんな時に……」
ゼーリエが舌打ちをし、眉をひそめてスマホを見る。
それは、SNS運営からメッセージがだった。
そして、そのメッセージをゆっくりと読み上げ始めた。
「……『アーク・アルカナ様、この度はご迷惑をお掛けいたしました』」
「『現在、アカウントの所有権は正常に復旧しております。』
「『今後はこのようなことが起こらないよう——』……」
ゼーリエのこめかみに青筋が浮かぶ。
「くっ……なんてタイミングだ……」
床に浮かび上がっていた魔法陣が、
静かに消えていく。
張り詰めていた空気も、
ふっと緩んだ。
ゼーリエはチラリとメンバーを見ると、
何事もなかったかのように玉座へ戻り、
ゆっくり腰を下ろす。
「……お前たち、ご苦労だった。
また何かあれば、協力を頼むかもしれん」
ユーベルが呆れ顔で肩をすくめた。
「もう、自分でなんとかしなよー」
ゼーリエがギロリと睨む。
「これは、アーク・アルカナの問題なのだぞ……!」
額に青筋が走る。
「貴様、私だけに押し付けるつもりか……!!」
ユーベルは苦笑いした。
「グループの問題なのはそうだけどさ。
ゼーリエに飛び火したのは、自分で煽ったからじゃんかー」
横から、フリーレンが真顔で言う。
「……とりあえず、早く現場に戻っていい?」
フェルンも強く頷いた。
ゼーリエの目線が少し落ちる。
声も、ほんの少し小さくなった。
「……それはすまんと思っている」
◇
深夜。
ゼーリエの寝室。
部屋は静まり返っていた。
ゼーリエは寝台に座り、スマホを見つめている。
画面の光だけが、薄暗い部屋を照らしていた。
その目は——
異様なほどに、ギンギンだった。
目を休ませず、
そのままスマホを操作し続ける。
しかし。
次の瞬間。
画面が切り替わる。
ログイン画面。
ゼーリエの眉がぴくりと動いた。
もう一度操作する。
だが——
入れない。
沈黙。
ゼーリエの目が、ゆっくりと見開かれる。
口元がわずかに歪む。
「やはり、きたようだな……」
その目は、先ほどよりも血走っていた。
次の瞬間。
ゼーリエが、ニタリと笑う。
「絶対にくると読んでいたぞ……!!」
一拍。
「五時間もスマホに張り付いていた甲斐があった……!!」
声は低い。
しかし、妙に嬉しそうだった。
その表情には——
どこか狂気が宿っている。
スマホの画面が更新される。
投稿。
また投稿。
30秒おきに。
画面には、次々と文章が流れていく。
『ゼーリエボカーン』
『大魔法使いボカーン』
『大陸魔法協会の創始者ボカーン』
さらに——
例の画像。
半目のゼーリエ。
それが、何枚も。
何枚も。
タイムラインに投下されていた。
ゼーリエの顔が、ぴくりと引きつる。
そして——
ゆっくりと立ち上がった。
「……いいだろう」
静かな声。
だが、その背中からは魔力が滲んでいる。
「ここからが、
アークアルカナの本当の戦いだ……!!」
◇
深夜。
玉座の間。
そこには、
アーク・アルカナのメンバーが全員集められていた。
漏れなく全員——
パジャマ姿だった。
フリーレンは髪も整えていないまま目をこすり、
ユーベルは眠そうに大きなあくびを。
フェルンは夜食を頬張りながら。
ゼンゼはナイトキャップを被ってウトウトとしていた。
そして今回は——
メトーデもいた。
以前、任務中に呼び出したことで
大陸魔法協会から注意を受けたため、
さっきは召集できなかったのだ。
しかし、
今夜は違う。
全員の前に立つのは——
恐ろしいほどに
目が充血したゼーリエだった。
「お前たち……」
低い声。
だが妙に張り切っている。
「今度は……
私のアカウントが乗っ取られたぞ……!!」
沈黙。
ゼーリエが拳を握りしめる。
「これから乗っ取り犯を……」
「処刑する……!!!!」
フリーレンは
先ほど同様に目をこすりながら言う。
「ゼーリエ、本当に勘弁してよ……
明日朝早いのに……」
ユーベルは先ほど同様に、
大きくあくびをしていた。
「どうでもいいから、さっさと処刑しようよ……」
フェルンはチキンを頬張りながら頷く。
「ちょうど夜食を食べていたので……モグモグ……
被害が少なくて……モグモグ……
助かりました……モグモグ……」
メトーデだけは、珍しく無言だった。
腕を組み、静かに状況を見ている。
どうやら事情は最初から知っているらしい。
ゼーリエが一歩前に出る。
手を前に突き出す。
「よし……いくぞ……!」
空気が張り詰めた。
次の瞬間。
ゼーリエが魔法を発動する。
巨大な魔法陣が床に展開された。
光が溢れ、玉座の間を満たしていく。
魔力が渦を巻き、柱が震える。
天井にまで魔法陣が広がり、
光が幾重にも重なった。
その中心から。
ゆっくりと人影が現れる。
そして。
現れたのは——
……
頭の禿げた小太りの中年男性だった。
ジャージ姿。
片手には、ポテトチップス。
「……え?」
男は椅子に座ったままパソコン作業をしていたらしい。
しかし突然召喚されたため、
前に突き出した腕のまま、
空気椅子のような姿勢になっている。
一瞬、固まる。
そして——
すぐに、バランスを崩した。
——ドシン。
男はそのまま床に崩れ落ちる。
虚しく座り込む。
手に持っていたポテチの袋が落ちた。
袋が開く。
中身が、「バサァ」と玉座の間の床に散らばり、
ポテトチップスが静かに転がった。
沈黙。
「「「「……」」」」
アーク・アルカナの面々は、
誰も言葉を発しなかった。
玉座の間の空気が、静まり返る。
……
すると。
メトーデが即座に前に出た。
メトーデは静かに杖を構える。
「ゼーリエ様……こいつを殺せば良いんですね?」
その声は穏やかだった。
だが——
一切迷いがない。
フリーレンが慌てて立ち上がる。
「ちょ……メトーデ。
やっぱり、それは流石に……」
穏やかに微笑むメトーデ。
「フリーレンさん、これは女神様の意志です」
その横で、ユーベルがまた大きくあくびをする。
「ふわぁ……むにゃむにゃ……」
「メトーデはガチファンだからこそ許せないのね……」
そして、目を擦りながらぼそりと言う。
その頃。
召喚された中年男性は完全にパニックだった。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「助けてええええええええええええ!!」
玉座の間に悲鳴が響く。
杖を構えるメトーデ。
泣き叫ぶ中年。
まさに——
一触即発。
その時だった。
それまで黙っていた ゼーリエが、ぽつりと呟く。
「……コイツ、知ってるぞ……」
「「「「え?」」」」
全員の視線がゼーリエに集まる。
ゼーリエは腕を組み、中年をじっと見ていた。
「……初期のライブから来ている奴だ」
「大体いつも、最前列を張っている」
一拍。
「だから……顔は覚えている」
玉座の間が静まり返る。
メトーデの目が、すっと細くなる。
「……なるほど」
杖をゆっくり持ち上げる。
「古参のファンであれば、尚更ですね」
そのまま中年に杖を向けた。
「ファンの面汚し……」
静かな声。
「私が、粛清します」
中年男性が絶叫する。
「やめでええええええええええええ!!!!」
その瞬間。
ゼーリエが前に出た。
メトーデの前に立ち塞がる。
「……待て、メトーデ」
メトーデの眉がわずかに動く。
「ゼーリエ様、どいてください」
視線は中年から外さない。
「そいつ、殺せません」
ゼーリエは腕を組んだまま言う。
「まずは……話を聞く」
そして中年の方を振り返る。
眉間に深い皺を寄せ、鋭く睨みつけた。
「貴様も、いつまでも怖気付くな……!!」
「言いたいことがあるなら、さっさと言え……!!」
中年男性は
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。
それでも必死に叫ぶ。
「はいいいいいいいいいいいい!!」
「すびばぜんんんんんんん!!!」
玉座の間に、
情けない謝罪が響き渡った。
……
……
ユーベルが目をこすりながら口を開く。
「……つまり、寂しかったってこと?」
中年の男は何度も頷いた。
「はい……
だんだん規模がデカくなるアルカナの人たちに……」
声が震える。
目に涙が溜まる。
「特に……最推しのゼーリエ様は最近忙しそうで……」
涙がぽろぽろ落ちる。
「前は……よくSNSでも構ってくれたのに……」ぐすん
フリーレンが腕を組む。
「歪んだ愛だね……」
フェルンが少し困った顔になる。
「なんか……ちょっと可哀想ですね……」
その横で、
ゼンゼは小さくため息をついた。
(やっぱり、めんどくさいことになった……)
ふと天井を見上げる。
(……とりあえず、天井のシミでも数えていよう。)
その空気を、冷たい声が切り裂いた。
——メトーデだった。
真顔。
杖を静かに構えている。
「講釈は垂れ終わりましたか?」
空気が凍る。
メトーデが改めて杖を男へ向けた。
「例え、愛情の裏返しでも……」
冷たい目。
「迷惑を掛けてはいけないことを、
なぜ理解できないのでしょうか」
その目は——
完全に本気だった。
腰が抜けた中年が叫ぶ。
「ごめんなざいいいいいいいいい!!」
「許じでええええええええええええ!!」
その時。
玉座の前から、低い声が響く。
ゼーリエだった。
「メトーデ、やめろ」
メトーデの杖が止まる。
ゼーリエはゆっくりと言った。
「……そいつを、許してやれ」
中年が、
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「ぜ、ゼーリエざまぁ……」
ゼーリエは腕を組んだまま言う。
「……そいつがやったことは良くないことだ」
少しだけ視線を落とす。
「だが、お前なら気持ちは理解してやれる……違うか?」
メトーデは無言のまま杖を構えていた。
ゼーリエは男の方へ顔を向ける。
しばらく見つめてから、
ぽつりと言った。
「……貴様、寂しかったのか?」
中年は鼻をすすった。
「……はい」と小さく呟き、涙を流す。
ゼーリエがメトーデの方を向き直る。
「……元々、我々の熱烈なファンの貴様であれば、
コイツの感情を理解できるはずだ」
メトーデは目を閉じた。
少しの沈黙。
「……ゼーリエ様、やめてください」
静かに杖を下ろす。
「……言わずもがなです……」
メトーデの目が、遠くを見た。
そこに、うっすらと涙が浮かぶ。
「私も……」
小さく息を吸う。
「マネージャーになる前……」
一拍。
「ゼーリエ様が使った後のティッシュを」
「一時期、集めてましたから……」
沈黙。
透き通った一筋の涙が、メトーデの頬を伝う。
「聖遺物として……」
さらに涙が溢れた。
ゼーリエの顔から血の気が一気に引く。
完全にドン引きしていた。
玉座の間の空気が凍る。
誰も、すぐには言葉を出せない。
ユーベルがそっとゼンゼに耳打ちする。
「……アイツ、今から解雇できないの……?」
ゼンゼは疲れた顔で小さく首を振る。
「……無理だ。もうメトーデ無しでは、
我々の仕事は回らない……」
ユーベルが引きつった顔で返す。
「……でも、流石にやばいってアイツ……」
フェルンも顔を引きつらせる。
「流石に……引きますね……」
フリーレンも顔を歪ませる。
「……うん」
「本当にドン引きだね……」
ユーベルが
さらにフリーレンの耳に顔を寄せる。
「……しかもさ。
ティッシュと今回の件あんま関係なくない……?」
フリーレンが淡々と言う。
「……単純に、
メトーデが性癖を晒しただけだよね……」
——その時。
床に座り込んだままの中年が、ぽつりと呟く。
「良いなぁ……」
一同の視線がゆっくりと中年へ向く。
そして——
さらにドン引きした。
ゼーリエが一度咳払いをし、
中年の方へ視線を向ける。
「と、とにかくだ……」
「二度と……こんなことはするな……!」
ギロリと睨みつける。
「わかったか……!!」
中年は背筋を伸ばして叫んだ。
「はいいいいいいいいい!!!」
勢いよく頭を下げる。
「ゼーリエざまあああああああ!!!!」
「ずびばぜんでじだあああああああああ!!!」
そのまま床に額を打ちつける勢いで土下座した。
ゼーリエは腕を組む。
「……ふん」
一拍。
そして言う。
「……近いうちに、
ファンミーティングを行う」
玉座の間が少しざわつく。
ゼーリエは続けた。
「必ず来い……」
視線を落とす。
「勿論、通常の金を払ってだ……!!」
続けて、ボソリと吐き捨てる。
「……チケットだけはこっちで抑えてやる」
中年は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら頷く。
「……ぜ、絶対いぎまず」
ゼーリエが立ち上がり、
ゆっくりと歩み寄る。
中年の前で足を止めた。
「……あと、貴様」
少しだけ目を細める。
「武道館ライブも二日とも来ていただろう……」
中年が顔を上げた。
驚きで固まる。
「え……」
震える声。
「い、行きました……」
ゼーリエはそれ以上何も言わない。
そのまま背を向ける。
「……私は、見ていたぞ」
静かな声だった。
ゆっくりと玉座へ戻り、そのまま腰を下ろす。
中年はしばらく固まっていた。
そして——
崩れる。
「あ……」
顔を覆う。
「ありがとうございばずううううううううううううう!!」
玉座の間に、
情けないほど大きな泣き声が響いた。
フェルンが目を丸くする。
「ゼーリエ様、武道館ライブの時の
ファンの顔を覚えてたんですね……」
フリーレンは少し引いた顔をした。
「それはそれで怖いよね……」
ユーベルが肩をすくめる。
「……でも、これに関してはゼーリエの勝ちかなぁ」
そのまま大きくあくびをした。
「とりあえず、眠いからさっさと帰してくれないかなぁ……」
目をこする。
玉座の間には、
まだ中年の溢したポテトチップスが散らばったままだった。
◇
こうして、
アーク・アルカナのアカウント乗っ取り騒動は一件落着した。
その後。
例のファンは、
新しいアカウントを作成する。
アカウント名は——
【ゼーリエ様に全てを捧げるアカウント】
内容は至ってシンプルだった。
ゼーリエのこれまでの偉業。
アイドルとしての活動記録。
ライブの感想。
過去の名シーン。
ただそれだけの、ファンアカウント。
しかし。
その熱量は凄まじかった。
投稿は毎日更新。
長文の考察。
ライブの細かいレポート。
ゼーリエの呼吸数の考察。
そして何より——
愛が重い。
その結果。
登録者は、
あっという間に一万人を突破した。
ファンアカウントとしては、
異例の速度だった。
なお。
ゼーリエ本人は——
そのアカウントを、しっかりとフォローしている。
その日も。
一つの投稿が流れてきた。
——ピロン。
“ゼーリエ様のためなら、床になっても良い”
添付されているのは——
ステージで歌うゼーリエの横顔。
一生懸命に歌っている瞬間だった。
ゼーリエはその画像を見つめる。
そして、目を閉じた。
……
少しだけ、過去の記憶が蘇った。
最初のライブの時のことを。
自分のグッズが、余っていた。
グッズが売れ残った販売ブースで、
少しだけ機嫌が悪かった時。
そこに——
挙動不審な中年が現れた。
その中年は周囲をキョロキョロ見回しながら言った。
「……ゼーリエ様関連のグッズ、全部ください」
結局。
本当に全部買っていった。
その後も。
その中年は毎回ライブに現れた。
両手にゼーリエの黄色いペンライト。
そして。
死に物狂いで叫ぶ。
「ゼーリエ様ああああああああああ!!!!」
「すきだあああああああああ!!!」
ゼーリエは思っていた。
(なぜ、コイツは
毎回、バラードの時にここ一番で叫ぶんだ……)
……そんなことを、ふと思い出していた。
ゼーリエは静かに目を閉じたまま、ぽつりと呟く。
「ふん……きもいな……」
そして——
ニヤリと笑う。
スマホを操作する。
その投稿に、そっといいねをつけた。
⸻
ちなみに——
その後、メトーデの“聖遺物”は、
全てゼンゼに処理させることになった。
ゼンゼは、その命令をゼーリエから受けた時——
目が、完全に死んだ。
◇
メトーデの家。
部屋の中央。
そこには、厳重に置かれたガラスケースがあった。
中には——
整然と並べられた、ティッシュ。
それが何のティッシュかは、
もはや説明するまでもないだろう。
メトーデが、その前に立ちはだかる。
まるで、最後の砦を守る騎士のように。
「ゼンゼさん……やめてください」
静かな声だった。
しかし、その目は必死だった。
「私の、ゼーリエ様——」
一瞬、言いかける。
だが、首を振る。
「……いえ」
ガラスケースを優しく撫でる。
「この子に……罪はありません」
ゼンゼの目には、もう光がなかった。
手を顔に当てる。
深く、深く息を吐く。
「……頼むメトーデ」
「どいてくれ……」
声が、完全に疲れきっている。
「それは……ゼーリエ様じゃない……」
ゆっくりと手を前にかざす。
「こんなことに、時間をかけたくないんだ……」
目を閉じる。
「本当に……勘弁してくれ……」
メトーデの目に涙が浮かぶ。
「待ってください……」
ゼンゼが、一歩前に出る。
「やめて……」
ゼンゼは無言だった。
手を振る。
——次の瞬間。
ゼンゼの手から放たれた炎の魔法が
ガラスケースの中へと広がる。
ティッシュが燃える。
静かに。
ゆっくりと、朽ちていく。
「いやあああああああああああ!!!!」
メトーデの絶叫が響く。
「ゼーリエ様あああああああああああ!!!!!!」
ゼンゼの目が、さらに死んだ。
(メトーデ……)
燃えていくティッシュを見る。
(このティッシュは……)
(ゼーリエ様じゃない……)
その日。
メトーデは——
生まれて初めて、仕事を休んだ。
⸻
ゼーリエは
メトーデを少し不憫に思った。
そのため。
お見舞いとして果物を持って、メトーデの家を訪ねた。
彼女は最初、布団の中で放心していた。
しかし——
ゼーリエにあるお願いをする。
「……ゼーリエ様」
震える声。
「一度だけで良いので……」
「抱きつかせてください……」
ゼーリエは、少し迷った。
だが。
「……チッ、一度だけだぞ」
ボソリとそう言って、許した。
メトーデは——
すぐさま抱きついた。
そして。
離れなかった。
その抱擁は。
三時間にも及んだ。