ゼーリエ、アイドルになる。   作:ジュウヨン

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ゼーリエ、ユーベルに復讐する(中編①)

 

 

ゼーリエがユーベルへの復讐を誓った日から、

数日後——

 

「——こちら、お届け物です!」

 

やけに張りのある声が、廊下に響いた。

 

場違いなほど明るい。

 

その直後——

ゴロゴロ、と重たい車輪の音が連なってくる。

 

一台ではない。

 

……何十台もある。

 

「こちら、アーク・アルカナ様宛のお荷物になります!」

 

「……はい……」

 

ゼンゼは、ほとんど反射で答えた。

 

視線はもう、台車の方に向いている。

 

段ボール。

 

段ボール。

 

また段ボール。

 

積まれた箱の列が、途切れない。

 

(……え、多くない?)

 

一瞬、そんな感想が浮かぶ。

 

だが次の瞬間には——

 

(まあ、5000枚って言ってたし……)

 

自分で自分を納得させる。

 

納得は、できていない。

 

ただ、思考を止めているだけだ。

 

「中までお運びしますねー」

 

軽い調子で、配達員が言う。

 

「……お願いします……」

 

その言葉を合図に——

侵入が始まった。

 

部屋の中へ。

 

一箱、置かれる。

 

ドン、と鈍い音。

 

また一箱。

 

さらに一箱。

 

同じ音が、何度も重なる。

 

(ご、5000枚って……)

 

内心で、もう一度呟く。

 

数字としては理解していた。

 

だが——

“量”として目の前に現れると、意味が変わる。

 

壁際が埋まる。

 

床が見えなくなる。

 

生活の名残だった空間が、

無機質な箱に塗り潰されていく。

 

「じゃあ、どんどんいきますねー」

 

「……はい……」

 

返事が、薄い。

 

自分の声が、

自分のものじゃないみたいだった。

 

箱は止まらない。

 

積まれていく。

 

重なっていく。

 

……そして。

 

「あー、ここまでしか入んないですね」

 

配達員の一人が、手を止めた。

 

ゼンゼが顔を上げる。

 

——もう、入る余地がなかった。

 

足の踏み場も、ほとんどない。

 

かろうじて確保されているのは、

人一人が横向きで通れる隙間だけ。

 

「……」

 

言葉が出ない。

 

現実が、ようやく追いつく。

 

(……え、無理じゃない?)

 

遅い。

 

気づくのが、あまりにも遅い。

 

「まだまだ、結構ありますけど……」

 

配達員が廊下を指さす。

 

その先——

 

まだ、ある。

 

終わっていない。

 

「……そのまま、

 廊下にお願いします……」

 

絞り出すように言う。

 

それ以外、選択肢がなかった。

 

「了解です!」

 

明るく返される。

 

その明るさが、少しだけ恨めしい。

 

——結果。

 

廊下にも、積まれ始めた。

 

一列。

 

また一列。

 

箱が、壁のように並んでいく。

 

通路が、削られていく。

 

人が通るための空間が、

物に押し潰されていく。

 

やがて——

人一人が通るのも、やっとの幅になる。

 

通るには、

いちいち手で箱を押しのけるしかない。

 

(……終わった……)

 

ゼンゼは、何もない空間を見つめる。

 

視界の端で、まだ箱が増えている。

 

だが、もう追う気力もない。

 

その時——

 

足音がした。

 

規則的で、無駄のない歩き方。

 

廊下の角を曲がり——

そして、止まる。

 

……ゲナウだった。

 

完全に、道が塞がれている。

 

「……」

 

無言で、目の前の段ボールの壁を見上げる。

 

一つ、手で押してみる。

 

……びくともしない。

 

ゆっくりと、

視線が横に流れる。

 

ゼンゼと、目が合う。

 

その目は——

状況を、一瞬で理解していた。

 

そして、ほんの僅かに同情の色が混じる。

 

「……ゼンゼ、お前も大変だな」

 

ぽん、と肩に手が置かれる。

 

軽いはずなのに、

やけに重く感じた。

 

「これ、全部同じTシャツで……」

 

ゼンゼは、力なく言う。

 

視線は、箱の山に向いたまま。

 

「5000枚発注したんだけど……」

 

その言葉に——

 

ゲナウの表情が、

一瞬だけ固まる。

 

「あ、ああ……」

 

短い返答。

 

それ以上、広げない。

 

広げたくない。

 

「ゲナウ、何枚か買ってくれない……?」

 

ぽつりと。

 

希望というより、

ただの確認に近い声音だった。

 

ゲナウは、少しだけ考えるように間を置く。

 

「……ちなみに、どんなデザインだ?」

 

慎重な問い。

 

踏み込む前の、最終確認。

 

「まだ見せれないんだけど、ユーベルが——」

 

「要らん」

 

即答。

 

食い気味だった。

 

間すら与えない。

 

反射で切り捨てる。

 

「そっか……」

 

それ以上、

何も言わない。

 

言う気も、もうない。

 

ゼンゼはただ、

運び込まれていく箱をぼんやりと見つめる。

 

現実感が、薄い。

 

ゲナウはそれ以上関わらない。

 

関われば、引きずり込まれると分かっている。

 

          

目の前の箱を、

 

≪ディガドナハト≫

黒金の翼を操る魔法で、横にずらす。

 

無理やり通路を作る。

 

体を斜めにして、

その隙間を通る。

 

通り抜ける直前——

一瞬だけ、ゼンゼを見る。

 

何か言いかけて——

やめた。

 

「……」

 

結局、何も言わない。

 

そのまま、

足早に自分の部屋に入っていく。

 

逃げるように。

 

……静かになる。

 

残るのは——

 

段ボールの山。

 

運び終えた配達員たちが、

「ありがとうございましたー」と軽く言って去っていく。

 

扉が閉まる音。

 

それで、

完全に終わった。

 

「……」

 

ゼンゼは、動かない。

 

ただ立っている。

 

目の前の光景を、

受け入れきれないまま。

 

(どうするの、これ……)

 

誰にも届かない問い。

 

答えは、どこにもない。

 

ただ——

箱だけが、そこにある。

 

圧倒的な量で。

 

逃げ場を塞ぐように。

 

静かに。

 

確実に。

 

……。

 

 

 

玉座の間。

 

高い天井に、静かな空気。

 

紙をめくる音だけが、規則的に響いている。

 

……カリ、カリ、と。

 

ゼーリエは、

いつものように書類に目を落としていた。

 

だが——

ほんの僅かに。

 

その表情には、違う色が混じっている。

 

(……楽しみだな)

 

ペンを走らせながら、内心で呟く。

 

業務の重さも、

煩雑さも変わらない。

 

むしろ増えている。

 

だが——

 

「……ふ、ふふ……」

 

口元が、緩む。

 

抑えきれない何かが、滲んでいた。

 

理由は、明白だった。

 

——ガチャリ。

 

扉が、ゆっくりと開く。

 

重たい音。

 

それだけで、誰が来たか分かる。

 

「——来たか、ゼンゼ」

 

ゼーリエは、即座に顔を上げた。

 

普段なら、書類から目を離すことはない。

 

それなのに。

 

今は——

待っていた。

 

「……はい、ゼーリエ様」

 

ゼンゼが、力なく入ってくる。

 

足取りが重い。

 

視線も、どこか虚ろだ。

 

「発注していたTシャツが……

 全て到着しました」

 

その一言で——

 

空気が変わる。

 

「……ふふ、やっときたか……」

 

ゼーリエの肩が、わずかに揺れる。

 

「この日を——」

 

ゆっくりと、立ち上がる。

 

「どれだけ、待ち侘びたか……!!」

 

抑えきれない高揚が、声に滲む。

 

口角が、大きく吊り上がる。

 

……対照的に。

 

(いや、たった数日しか経ってない……)

 

ゼンゼの思考は、

ひどく冷静だった。

 

いや——

冷静でいないと、やっていられない。

 

現実との乖離が、あまりにも大きい。

 

ふと、視線を上げる。

 

ゼーリエは——

明らかに、楽しそうだった。

 

(……ダメだ、これ)

 

静かに、諦める。

 

その時——

ゼーリエの呼吸が、変わる。

 

少しずつ。

 

わずかに、荒くなっていく。

 

胸が上下する。

 

「よし——」

 

短く、言う。

 

「それでは、

 公式SNSアカウントで告知をするぞ」

 

その言葉に——

 

ゼンゼの思考が、一瞬止まる。

 

「え……?」

 

声が漏れる。

 

(こ、告知……?)

 

一拍、遅れて理解が追いつく。

 

——嫌な予感が、膨らむ。

 

ゼーリエは無言でスマホを取り出す。

 

迷いなく操作する。

 

指が、やけに軽やかだ。

 

そして——

 

送信。

 

 

 

【緊急告知】

 

今夜、二十時。

 

アーク・アルカナの歴史が動く。

 

生配信——予定。

 

 

……。

 

数秒の静寂。

 

次の瞬間——

通知音が、連続で鳴り始めた。

 

ピコン、ピコン、と。

 

止まらない。

 

拡散。

 

共有。

 

引用。

 

一気に、広がっていく。

 

ゼーリエのスマホの画面に、

コメントが流れ込んでくる。

 

“え、何突然”

“ワールドツアー?!”

“ドームでライブでもするのかな”

“武道館より大きい箱なんて、国内だとそこまでないよね”

“これは期待……”

“しょーもない告知だったらくっそ笑う”

“↑さすがにないでしょ”

“↑だよな”

 

「……ふ、ふふふ……」

 

ゼーリエが、笑う。

 

抑えきれないように。

 

「見てみろ、ゼンゼ」

 

スマホを軽く掲げる。

 

「ファンたちが——期待を寄せているぞ」

 

その声は、どこか甘い。

 

だが、その奥にあるものは——

 

明らかに、別の感情だった。

 

ゼンゼは、口を開けたまま固まっていた。

 

(こ、これは流石にまずい……)

 

喉が、乾く。

 

(こんなに期待させて……)

 

(実際はネタTシャツの販売告知なんて……)

 

想像するだけで、胃が痛い。

 

冷たい汗が、背中を伝う。

 

(絶対に荒れる……)

 

確信があった。

 

だが——

止められない。

 

止める術が、ない。

 

今回の計画は、完全に秘匿されている。

 

マネージャーのメトーデにすら——

何も伝えられていない。

 

「……」

 

嫌な沈黙が、落ちる。

 

——その時。

 

バンッ!!

 

扉が、勢いよく開いた。

 

荒い息。

 

足音が、一直線に近づいてくる。

 

「ぜ、ゼーリエ様……この投稿は一体……」

 

メトーデだった。

 

息が上がっている。

 

肩が上下し、呼吸が乱れている。

 

手には、まだ杖。

その先端には、乾ききっていない血。

 

任務の途中だろうか、

そのまま飛び込んできたのが分かる。

 

「ふん、メトーデか……」

 

ゼーリエは、軽く視線を向ける。

 

「良いところに来たな……」

 

口元が、ゆっくりと歪む。

 

嫌な予感しかしない笑み。

 

「今夜、公式サイトでとあるグッズの販売を開始する」

 

「貴様も手伝え」

 

あまりにもあっさりとした指示。

 

説明は、ない。

 

当然のように命じる。

 

メトーデの視線が、ゼンゼへ向く。

 

助けを求めるように。

 

「ゼンゼさんは……ご存知なのでしょうか」

 

その声には、明確な困惑があった。

 

「……話すと長いんだが」

 

ゼンゼは、一瞬だけ言葉を選ぶ。

 

そして——

 

「今はゼーリエ様に従ってくれ」

 

「もう、我々では——どうにもできない」

 

諦めたように、言う。

 

それが、最善だと分かっているから。

 

「……わかりました……」

 

メトーデは、小さく息を吐いた。

 

状況は分からない。

 

だが——

 

ゼンゼが把握している。

 

それだけで、かろうじて踏みとどまる。

 

「ふふ……」

 

ゼーリエの笑いが、漏れる。

 

「これは面白いことになるぞ……!」

 

その声は——

 

期待。

 

愉悦。

 

そして、わずかな狂気。

 

全てが混ざり合っていた。

 

静かな玉座の間に。

 

その音だけが、長く響いていた。

 

 

 

その日の、二十時前——

配信室。

 

白い照明に照らされた、無機質な空間。

 

中央にはカメラ。

 

その前に、並べられた椅子。

 

そして——

 

アーク・アルカナのメンバー全員が、

集められていた。

 

「……」

 

妙に、静かだった。

 

機材の小さな駆動音だけが、

かすかに響いている。

 

その中で——

ゼーリエだけが、異様だった。

 

口元が、緩んでいる。

 

抑えきれていない。

 

「……ふふ」

 

小さく、笑う。

 

それを見て——

ゼンゼの背筋に、冷たいものが走る。

 

(やっぱり、ダメだこれ……)

 

顔色は、完全に悪い。

 

目の下には、うっすらと影。

 

覚悟はしている。

 

だが——

納得は、していない。

 

隣では、メトーデも珍しく無言だった。

 

腕を組み、じっと前を見ている。

 

その表情には、わずかな不安。

 

——そんな、空気の中。

 

ユーベルが、

ひそひそと声を落とす。

 

「え……どういう状況、これ」

 

「なんかあったの……?」

 

軽い調子のはずなのに、

ほんの少しだけ慎重さが混じっている。

 

視線は、ゼーリエに向いていた。

 

本能的に、何かを感じ取っている。

 

「昼間の投稿の関連だとは思いますが」

 

フェルンが、淡々と答える。

 

「詳しくは、私も知りません……」

 

その手には——

湯気の立つ肉まん。

 

もぐ、と一口。

 

完全に、

通常運転だった。

 

「へ……投稿?」

 

ユーベルが眉をひそめる。

 

「……これです」

 

フェルンがスマホを差し出す。

 

片手で肉まんを持ったまま。

器用に操作している。

 

画面には——

例の投稿。

 

 

 

アーク・アルカナ(公式)

 

 

投稿内容:

 

【緊急告知】

 

今夜、二十時。

 

アーク・アルカナの歴史が動く。

 

生配信——予定。

 

 

 

ユーベルは、

それを見て——

 

「え、なんなんだろ……」

 

首を傾げる。

 

「ドームライブかな……」

 

少し間。

 

「それとも、大きいフェスに参加するとかかな……」

 

声が、少しだけ弾む。

 

期待。

 

純粋な、ワクワク。

 

その横で——

 

ゼンゼが、目を閉じる。

 

(違う……)

 

(そんな、綺麗なものじゃない……)

 

心の中で、否定する。

だが、口に出さない。

 

(ユーベル……可哀想に……)

 

同情してしまうが、

それも声にはならない。

 

「ふわぁ……」

 

フリーレンが、大きなあくびをする。

 

涙目で、目を擦る。

 

「早く帰りたいなぁ……」

 

完全に興味がない。

 

椅子にもたれかかり、

ぐでっとしている。

 

温度差が、ひどい。

 

同じ空間にいるのに、

見ているものが違う。

 

思っていることが、違う。

 

——そして。

 

時間だけが、進む。

 

カメラの赤いランプが、

まだ点いていないのが救いだった。

 

「——そろそろ、ですね」

 

メトーデの声が、

小さく響く。

 

その一言で——

空気が、わずかに張り詰める。

 

ユーベルは、

少しだけ姿勢を整える。

 

フェルンは、最後の一口を食べる。

 

フリーレンは、

やる気なさそうに座り直す。

 

ゼンゼは——

 

(来る……)

 

指先に、力が入る。

 

そして。

 

ゼーリエが、

ゆっくりと前に出る。

 

カメラの前へ。

 

その動きには、一切の迷いがなかった。

 

小さく、息を吐く。

 

そして——

 

カメラを、

まっすぐに見据える。

 

その目は。

 

完全に、“仕掛ける側”の目だった。

 

——カチッ。

 

小さな音。

 

赤いランプが、点灯する。

 

配信が、始まった。

 

 

 

画面に映るのは——

いつもの整ったセット。

 

照明も、構図も、完璧。

 

だが。

 

そこに座るメンバーの空気だけが——

明らかに、混沌としていた。

 

神妙な面持ちの者。(ゼンゼ、メトーデ)

期待で綻ぶ者。(ゼーリエ、ユーベル)

どうでもよさそうにボーッとする者。(フリーレン、フェルン)

 

その違和感を置き去りにして——

 

コメント欄は、

開始直後から爆速で流れていた。

 

“きたあああああ”

“重大発表!!”

“ワールドツアー確定でしょこれ”

“震えてきた”

“頼むぞマジで”

 

期待。

 

高揚。

 

熱。

 

それらが、画面越しに伝わってくる。

 

——その中心に。

 

ゼーリエが、ゆっくりと前に出る。

 

一歩。

 

また一歩。

 

カメラの真正面へ。

 

その表情は——

満ち足りていた。

 

完全に。

 

「——諸君」

 

たった一言。

 

それだけで、場の空気が締まる。

 

コメント欄の流れすら、

一瞬だけ“揃った”ように見えた。

 

「今宵、アーク・アルカナの歴史が動く」

 

声は低く、よく通る。

 

確信に満ちている。

 

“うおおおおお”

“来るぞ…”

“鳥肌やばい”

“言い方がガチすぎる”

 

期待は、さらに膨らむ。

 

画面の向こうで、

何万人もの呼吸が揃っているような錯覚。

 

——その隣で。

 

ゼンゼは、完全に死んだ目をしていた。

 

(やめてくれ……)

 

祈りに近い。

 

だが——

 

止まらない。

 

「我々は——」

 

ゼーリエが言葉を切る。

 

一拍。

 

絶妙な“間”。

 

期待を、さらに引き上げるための時間。

 

「新たな“象徴”を手に入れた」

 

断言。

 

迷いは、一切ない。

 

(しょ、象徴って)

 

(そんな大袈裟な……)

 

ゼンゼの思考が、冷静にツッコミを入れる。

 

だが、当然——

ゼーリエには届かない。

 

コメント欄は、さらに加速する。

 

“象徴!?!?!”

“やばい来るぞ”

“新プロジェクト?”

 

ゼーリエが、ゆっくりと手を掲げる。

 

その動作は、どこか儀式めいていた。

 

「では——見るがいい」

 

短く、告げる。

 

その一言で——

全てが決まった。

 

メトーデが、無言で操作を行う。

 

カメラが、切り替わる。

 

その表情は——

完全に、死んでいた。

 

だが。

どこか、覚悟を決めた顔。

 

——そして。

 

ドン。

 

鈍い音とともに。

 

机の上に、一枚の“何か”が置かれる。

 

……

 

沈黙。

 

本当に、一瞬だけ。

 

コメント欄の流れが——

止まる。

 

時間が、止まったように。

 

そして——

 

次の瞬間。

 

爆発した。

 

“?????????”

“は?”

“え?”

“ちょっと待って”

“これ何?”

“草”

“いや草じゃねえ”

“待て待て待て”

“理解が追いつかない”

 

 

 

“何、この変なTシャツ”

 

 

 

画面いっぱいに映し出されたそれは——

 

ユーベルの顔。

 

やたらと無駄に高精細で。

 

妙に鮮明で。

 

逃げ場がない。

 

ドヤ顔。

 

下からのアングルで、

絶妙に腹立つ表情。

 

そして、

その下に——

 

“人でなし”

 

無駄に仰々しいフォント。

 

無駄に力強い配置。

 

無駄にデカい。

 

……全てが、噛み合っていない。

 

絶妙にダサい。

 

いや——

逃げ場のないダサさ。

 

計算されていないのに、

なぜか“完成されてしまっている”タイプの最悪のTシャツ。

 

コメント欄が、さらに荒れる。

 

“なんだこれwwwww”

“公式何してんの”

“誰の企画???”

“コラじゃないの?”

“いや配信だぞこれ”

“逃げろ”

“何から?”

 

——その時。

 

ユーベルが、固まっていた。

 

数秒遅れて。

 

「え、あれ……?」

 

ぽつりと、呟く。

 

「これ——私じゃない?」

 

ようやく、自分だと気づく。

 

そして。

 

じわじわと、表情が引きつる。

 

「……え?」

 

理解が、追いついていない。

 

追いつきたくない。

 

隣で、フェルンがじっとソレを見つめながら。

 

「……確かに」

 

「言われてみれば、ユーベル様に似ていますね」

 

淡々とした感想。

 

いや、これは——

 

「似てるとかじゃなくない!?」

 

ユーベルは思わず息を呑み、

Tシャツを指差した。

 

「どっからどう見ても、私じゃん!」

 

小さく抗議の声を上げる。

 

カメラは回っている。

 

完全に、映っている。

 

逃げ場はない。

 

フリーレンは——

 

「……ふふ」

 

珍しく、笑っていた。

 

肩をわずかに揺らしながら。

 

「こ、これは……ひどいねw」

 

どこか楽しそうに。

 

完全に他人事だった。

 

——そして。

ゼーリエが、満足げに頷く。

 

「どうだ」

 

静かに、言う。

 

「これが——

 新たな“象徴”だ」

 

言い切った。

 

迷いなく。

 

誇らしげに。

 

……まさに、地獄だった。

 

ゼーリエが、満足げに頷く。

 

ゆっくりと。

 

誇らしげに。

 

「名付けて——」

 

一拍。

 

無駄に“間”を取る。

 

「“人でなしのユーベル”Tシャツだ……!!」

 

拳を固めて、言い切った。

 

一切の迷いなく。

 

——その瞬間。

 

コメント欄が、爆発する。

 

“命名センス終わってて草”

“まんまやんけ”

“いやマジでなんこれ”

“さっきまでの雰囲気返して”

“期待値の殺し方エグい”

“逆に欲しくなってきた”

 

カオス。

 

完全に、カオスだった。

 

——その隣で。

 

ゼンゼは、そっと顔を覆う。

 

「……」

 

言葉も、出ない。

 

(お、終わった……)

 

静かに。

 

確実に。

 

何かが終わった音がした。

 

メトーデも、目を閉じる。

 

ゆっくりと。

 

呼吸を整えるように。

 

(終わりましたね……)

 

結論だけが、頭に浮かぶ。

 

過程は、

もうどうでもいい。

 

——そして。

 

ユーベルが、

ゆっくりと顔を上げる。

 

ぎこちなく。

 

機械みたいに。

 

視線が、ゼーリエへ向く。

 

喉が、少し掠れる。

 

「え——」

 

「これ、何?」

 

問いというより、

確認だった。

 

信じたくないものを、確認するための。

 

「復讐だ」

 

即答。

 

間すら、与えない。

 

「いや、何に対する!?」

 

食い気味で返す。

 

当然の反応だった。

 

ゼーリエのこめかみが、ぴくりと動く。

 

空気が、わずかに冷える。

 

表情が、変わる。

 

「貴様がこの前作った、

 うんこボカーンTシャツに対しての報復に決まっている……!!」

 

声が、低い。

 

怒気が、滲む。

 

「あ、あれはさぁ——」

 

ユーベルが、

言いかけて——止まる。

 

言い返したい。

 

でも。

 

(いや、でも……)

 

少しだけ、思い当たる節がある。

 

「——にしても、こんな大々的にやる!?」

 

結局、そこに行き着く。

 

宣伝の規模。

問題は——そこだった。

 

顔が、真っ青だ。

 

完全に引いている。

 

コメント欄が、さらに燃える。

 

“ユーベル珍しく焦ってて草”

“重すぎる感情”

“愛じゃんもう”

“方向性が終わってる”

 

——その横で。

 

フリーレンが、じっとTシャツを見る。

 

目を細めて。

 

少しだけ、首を傾げる。

 

「……これ、普通に着るのは無理だね」

 

淡々と。

 

事実だけを、述べる。

 

フェルンが、間髪入れずに続く。

 

「確かに」

 

「頼まれても、絶対着たくないですね」

 

完全なトドメ。

 

逃げ場がない。

 

“公式が一番辛辣で草”

“フリーレンが正しい”

“フェルン正論すぎる”

“でも逆にライブで着たい”

“↑変な宗教団体みたいになりそう”

 

コメント欄を見て、

思わず吹き出すフリーレン。

 

——それでも。

 

ゼーリエは、全く揺るがない。

 

腕を組み、胸を張る。

 

「なお——」

 

来た。

 

全員が、そう思った。

 

嫌な予感しかしない前振り。

 

「在庫は——

 五千枚用意した」

 

言い切る。

 

誇らしげに。

 

——コメント欄。

 

“は?”

“正気?”

“売れると思ってんのか”

“在庫の未来が見える”

“倉庫壊れる”

 

現実が、追いついてくる。

 

ゼンゼが、ついに口を開いた。

 

観念したように。

 

「……ちなみに、

 事務所に入りきらなかったので廊下まで溢れてます」

 

静かな告白。

 

だが、その内容は重い。

 

“地獄で草”

“現場の人かわいそう”

“普通に迷惑で草”

“想像したらやばい”

 

ユーベルが、頭を抱える。

 

「ご、五千枚……?」

 

「頭おかしいでしょ……」

 

両手で、がしっと。

 

「あと、せめてさ……」

 

「作るなら、もっと可愛いデザインにしてよ……!」

 

絞り出すように言う。

 

最後の抵抗。

 

だが——

ゼーリエが、眉間に皺を寄せる。

 

「黙れ、ユーベル……!」

 

即座に叩き潰す。

 

「もし、売り切れなければ——」

 

一拍。

 

わざと、間を取る。

 

全員が、嫌な想像をする時間。

 

「これを貴様が着て、

 王都で手売り販売しろ……!!」

 

宣告。

 

断言。

 

逃げ道なし。

 

「いや、誰がやるかぁ!!!!」

 

ユーベルが、叫ぶ。

 

珍しく。

 

本気で。

 

配信だということを、

完全に忘れている。

 

フリーレンとフェルンは、

その様子を見てドン引きしていた。

 

コメント欄が、歓喜する。

 

“草”

“これは正しい”

“絶対やらせろ”

“むしろ見たい”

 

 

——だが。

 

今回の問題は、単純ではない。

 

宣伝の規模。

 

そして——

圧倒的な在庫。

 

さらに——

致命的なダサさ。

 

最悪な噛み合わせだった。

 

……というのも。

 

ユーベルの“うんこボカーン”Tシャツは、

少量生産だった。

 

ネタではあったが、

ちゃんとデザイナーに依頼をし、なかなかの完成度だった。

 

最低限のラインは、守っていた。

 

だが——

ゼーリエは違う。

 

勢い。

 

規模。

 

雑さ。

 

そして、遠慮のなさ。

 

全てが——

段違いだった。

 

ユーベルが、言葉を失う。

 

——その空気を、

ゼーリエが強引に断ち切る。

 

「——ゴホン」

 

わざとらしい咳払い。

 

仕切り直し。

 

何事もなかったかのように。

 

「では、この後二十一時から

 公式オンラインサイトにて販売が開始される……」

 

淡々と告げる。

 

「ちなみに、私とゼンゼでデザインしたものだ……」

 

その一言で——

ゼンゼの肩が、ビクンと跳ねる。

 

ユーベルが、

ギロリとゼンゼの方を見る。

 

(や、やめて……)

 

(私は、ただ言われた通りにしただけなのに……)

 

一瞬で、涙目になる。

 

記憶が蘇る。

 

深夜。

 

終わらない修正。

 

『そこをもう少し大きくしろ』

『フォントが弱い』

『もっと“圧”を出せ』

『絶妙にイラつく顔にしろ』

 

止まらない指示。

 

やり直し、繰り返す。

 

そして——

苦労の末に。

 

『よし——このカットでいくぞ』

『さすが、ゼンゼだ……!』

 

不要な賞賛を得た。

 

(思い出したくなかった……)

 

だが——

ゼーリエは、意に介さない。

 

一切。

 

「必ず、買え……!!」

 

配信カメラを指差し、

力強く、断言。

 

命令に近い。

 

コメント欄が、さらに荒れる。

 

“圧がヤバすぎる”

“絶対売れ残るwwww”

“ユーベルファンだけど困惑してる”

“絶妙にダサい”

“普通にいらねえ”

“ゼンゼ様が可哀想”

“絶対巻き込まれただけだろこれ”

 

ゼーリエは、それを見て——

小さく鼻を鳴らす。

 

「ふん、まあ見ているがいい……」

 

自信満々に、吐き捨てる。

 

その態度は、一切揺らがない。

 

そして——

プツリ。

 

配信が、終了する。

 

 

……

 

静寂。

 

一気に、音が消える。

 

配信室に残るのは——

重い空気。

 

誰も、すぐには口を開かない。

 

ただ一人。

 

ゼーリエだけが——

満足そうだった。

 

「……ふ」

 

小さく、笑う。

 

やり切った顔。

 

完全に。

 

ユーベルの“人でなしTシャツ”は——

果たして、どうなるのか。

 

膝から崩れ落ち、

その場で頭を抱えるユーベル。

 

ぐったりと項垂れるゼンゼ。

 

ボケーっとしているフリーレンとフェルン。

 

無言で思考を巡らせるメトーデ。

 

(この在庫——

 どう捌き切りましょうか……)

 

すでに次を考えている。

 

現実的に。

 

具体的に。

 

一方で——

 

ゼーリエは。

 

(まあ、なんとかなるだろう)

 

あまりにも、軽かった。

 

楽観的すぎるほどに。

 

……この温度差こそが。

 

最大の問題だった。

 

大量の在庫の運命は、いかに——

 

 

 

次回。

 

ゼーリエ、売れ残った大量の在庫に頭を抱える

 

 

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