魔法学校にて。
ラヴィーネが机に突っ伏しながら、
必死に眠気と戦っている時だった。
朝から頭が重い。
昨晩、少し夜更かししたせいかもしれない。
ぼんやりとした意識のまま、
このまま寝てしまおうかと考え始めた——その時。
「ねえ、ラヴィーネ見た?!」
……朝から、いつにも増してうるさい。
しかも、
よりにもよって耳元だ。
反射的に、
ラヴィーネが両手で耳を塞ぐ。
聞き慣れた声。
顔を上げると、
案の定、目の前には満面の笑みを浮かべたカンネが立っていた。
朝っぱらから、
やたらとテンションが高い。
「ちっ……うるせえなぁ……」
眠たそうに目を細めながら、
ラヴィーネが小さく舌打ちする。
「見たって、何をだよ」
鬱陶しそうに聞き返すと、
待ってましたと言わんばかりにカンネが身を乗り出してきた。
「アーク・アルカナが、
姉妹グループのメンバーオーディションをするんだって!!」
「やばくない!?」
勢いそのままに、
スマホの画面をぐいっと突きつけてくる。
距離が近い。
眩しい。
「見てよ、これ!!」
「三級魔法使い以上限定って書いてるんだけどさ!!」
「私、受けてみよっかなー!!」
矢継ぎ早に言葉を浴びせてくる。
終始、うるさかった。
……。
そこで、
ラヴィーネの視線がふと止まる。
……ていうか。
よく見たら——
こいつ、すっごいTシャツ着てんな。
真っ白な生地の中央に、
やたら勢いのある文字で、
『うんこボカーン!!』
と書かれている。
しかもその背景で、
満面の笑みのゼーリエが親指を立てていた。
意味が分からない。
何一つ分からない。
思わず、ラヴィーネがギョッとする。
(なんだその服……)
一体どこで売っていたのか。
いや、
そもそも誰が企画を通したんだ。
ツッコミどころが多すぎて、
眠気が少し吹き飛びそうになる。
Tシャツのインパクトが強すぎるせいで、
心なしか意識がさっきよりはっきりしてきていた。
……
実は、
ラヴィーネもオーディションの件については知っていた。
昨日から、
SNSでもかなり大きな話題になっていたからだ。
『アーク・アルカナ、姉妹グループ結成』
『新人オーディション開催決定』
『三級魔法使い以上限定』
そんな文字が、
嫌でも目に入ってきた。
当然、
それを見たであろう母や兄たちも騒ぎ始めた。
「ラヴィーネがアイドルになってるところ見たい!」
「絶対似合うって!!」
「センターも狙えるよ!!」
好き勝手、
盛り上がっていた。
……冗談じゃねえ。
誰が、なるか。
というか、
そもそもそんな簡単になれるわけがない。
全国規模のオーディションだぞ。
どれだけ人が集まると思っているのか。
……
「へえ……」
ラヴィーネが、
興味なさそうに呟く。
「まあ、頑張れよ」
それだけ言って、
再び机へ突っ伏した。
木製の机がひんやりしていて、
少し気持ちいい。
……正直、
あまり興味はなかった。
アーク・アルカナは——
今や魔法学校でも圧倒的人気だ。
休み時間になれば、
誰かしらが話題にしている。
新曲。
ライブ。
雑誌。
配信。
ゼーリエの発言。
どこそこのインタビュー。
教室の端では、
小さく曲を流している奴までいる。
もはや、
名前を聞かない日の方が少なかった。
当然、
カンネも大ファンだ。
というか——
かなり重症な部類だと思う。
何度か、
無理矢理ライブへ連れて行かれたこともある。
「一回だけ!!」
とか言いながら、
気付けば毎回付き合わされていた。
しかも日常的に、
ゼーリエの魅力や最近の動向について延々と聞かされる。
「昨日の配信見た!?」
「ゼーリエ様のあの一言さぁ!!」
「今回のライブの衣装やばくない!?」
……正直、
そればっかりで少しうんざりしていた。
まあ——
寄付の件だけは、
私も普通にカッコいいと思ったけど。
……。
その時。
カンネが、
ぐいぐいと肩を揺すってくる。
「ラヴィーネも受けようよ!!」
やたら真っ直ぐな目だった。
だが、
途中で少しだけ勢いが弱まる。
「私一人じゃ、寂しいし……」
俯き気味に、
ぼそりと呟いた。
……とんでもない奴だ。
私を巻き込む気満々じゃねえか。
「ふざけんなよ……」
ラヴィーネが、
うんざりしたように顔を上げる。
「私は、そんなに暇じゃねえ」
肩に置かれた手を払い、
目を細めながら続けた。
「第一、私たちは一級試験に落ちたんだ」
「修行しなきゃいけねえだろ」
少し、
教室の空気が静かになる。
言いたくはない。
だが、
ここはちゃんと言わなければいけなかった。
「私たちに……」
「アイドルなんて、してる暇はねえよ」
その言葉を聞いた瞬間。
カンネが、
「うっ……」と小さく声を漏らして黙り込む。
図星だったのだろう。
口を開きかけて。
何か言おうとして。
でも、
結局言葉にならなくて。
そんなことを何度か繰り返したあと、
カンネは小さく俯いた。
……少し、
可哀想な気もした。
だが——事実だ。
なんとしても、
次の一級試験には受かりたい。
一級試験は、
三年に一度しかない。
ここで足踏みなんてしたくなかった。
……落ちた時の絶望感は、
今でも鮮明に覚えている。
頭が真っ白になる感覚。
記憶は、
ほとんど残っていない。
しばらくの間、
食べ物の味すらまともに感じなかった。
一級魔法使いになれないまま、
一生を終える者も多い。
だが——
私は、そうはなりたくない。
悠長にしていたら、
本当にそうなってしまう。
そんなことで——
お袋たちを、
悲しませたくなかった。
……。
すると。
カンネが、
何か小さな声でぶつぶつ言い始めた。
「……だもん……」
声が小さすぎて、
上手く聞き取れない。
「……なんだよ、聞こえねえよ」
少しイライラしながら、
ラヴィーネが聞き返す。
すると。
カンネが、
俯いたまま小さく口を開いた。
「夢——だったんだもん……」
「アイドルに、なるの……」
絞り出すみたいな声だった。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに弱々しい。
その顔を見て、
ラヴィーネがわずかに眉を動かす。
……涙目だった。
今にも泣きそうな顔で、
制服の裾をぎゅっと握っている。
……泣くほどのことかよ。
そう思う。
だが同時に、
妙に胸の奥がざわついた。
なんだか、
すごく悪いことをした気分になる。
「試験に落ちた後とか、辛いことがあったとき……」
カンネが、
ぽつりぽつりと話し始める。
「元気づけて、もらったんだもん……」
その言葉には、
妙な実感があった。
少し間を空けて。
カンネが、
ゆっくり顔を上げる。
目元は赤いのに、
その奥だけは妙に真っ直ぐだった。
「私も……
そういう人たちを元気づけられるアイドルになりたい」
「受からなくても、いいの」
「せめて——オーディションだけでも受けてみたい」
小さい声なのに、
不思議と力強かった。
どうやら、
勢いだけで言っているわけではないらしい。
カンネの頬を、
一筋の涙がつうっと流れていく。
……。
ラヴィーネが、
ため息混じりに返す。
「じゃあ、受けたら良いじゃん……」
そして——付け足す。
「一人で」
敢えて、
そこを強調した。
なるべく巻き込まれたくない。
本音だった。
すると——
カンネが、
そっとラヴィーネの服の裾を掴む。
「ラヴィーネ、お願い……」
「ほんと……
ついてくるだけでいいから」
今度は、
完全に情へ訴えかけてきた。
これには正直——
少し心が揺れる。
……だが。
よく見ると、
さっきまで浮かんでいた涙が、
もうかなり引っ込んでいる気がした。
……なんだ、
泣き真似かよ。
いや。
……違うか?
本気ではあるんだろう。
たぶん。
きっと。
……。
……ていうか。
さっきから、
周囲の視線が痛いんだが。
教室のあちこちから、
ひそひそ声が聞こえてくる。
「あいつら、オーディション受けるんだ」
「根性あるなー」
「私も受けよっかな……」
「あんたはまず痩せなよ」
「これはこれでアリじゃない?」
「マニアック過ぎるって」
「ひどい」
みんな、
好き勝手言いたい放題だった。
……目立ちたくないのに。
しかも、
いつの間にか私まで受ける流れになってるし。
「ちょ、やめろよ……」
ラヴィーネが、
居心地悪そうに周囲を見回す。
「みんな見てるだろうが……」
すると。
カンネが、
ぱぁっと顔を輝かせた。
嫌な予感がする。
そして次の瞬間——
「ラヴィーネちゃん!!!!」
教室中に響く大声。
「一生のお願い!!!!」
「オーディション、一緒に受けて!!!!」
両手を合わせながら、
今日一番の声量で叫んできた。
……さては、
こいつわざとだな。
完全に、
周囲を味方につけようとしている。
実際、
教室の外にまで人が集まり始めていた。
ざわざわと、
廊下が騒がしい。
もう本当に、
やめてほしかった。
……。
……はぁ。
ラヴィーネが、
深々とため息を吐く。
まあ、
ちょっとぐらいならいいか。
これはもう、
逃げ切れそうにない。
なら、
今はダメージを最小限に抑えるべきだ。
「わ、わかったよ……」
「一緒に受けてやるから……」
しぶしぶ了承する。
そして、
心の底から懇願するように続けた。
「頼むから、静かにしてくれ……」
その瞬間。
「やったー!!!!」
カンネが、
飛び跳ねる勢いで喜び出す。
「じゃあ、約束だからね!!!!」
勢いよく、
小指を突き出してきた。
……声量は、
一切下がっていない。
「指切りしよ!!」
こいつ……
本当に人の話を聞かねえな。
約束事になると、
絶対に指切りを求めてくる。
そういうところも、
小さい頃から全然変わらない。
「ちっ、ガキ臭えなぁ……」
ラヴィーネが、
不本意そうに眉をひそめる。
それでも結局、
しぶしぶ小指を差し出した。
……結局、
いつも私が折れるんだ。
ぎゅっ——。
思ったより、
強く握られる。
……なんか、
今日やけに力強くねえか。
「はぁ……」
ラヴィーネが、
呆れたように息を吐く。
「一生のお願いを今世で二桁以上使ってくるのなんて、
お前ぐらいだよ……」
睨みながら、
軽口を叩く。
するとカンネは、
満面の笑みで言い返した。
「うん!」
「来世分も、その先の分も使ってるからね!!」
「じゃあ、よろしく!!」
そう言うと、
カンネは嬉しそうに自分の席へ戻っていく。
……なんて滅茶苦茶な奴だ。
結局、
最後までうるさかったし。
カンネが去ったあとも、
周囲の視線はまだラヴィーネへ集まっていた。
……ちっ。
小さく舌打ちして、
ラヴィーネは再び机へ突っ伏する。
別に、
視線が嫌だったからじゃない。
……ただ、
眠かっただけだ。
向こうでは、
カンネが友人たちから質問攻めにあっていた。
「本当に応募するの!?」
「歌とか練習してんの!?」
「カンネって踊れたの!?!?」
カンネは、
いちいち嬉しそうに答えている。
まるで、
もうアイドルにでもなったみたいだった。
……気楽なもんだな。
ラヴィーネが、
小さく息を吐く。
まあ……
泣かれるよりは、
ずっとマシか。
「受かったら良いな、カンネ……」
ぽつりと呟く。
そのまま、
再び机へ顔を埋めた。
——寝たふりをしながら。
私は、
カンネが楽しそうに夢の話をしているのを。
子守唄代わりに、
ずっと聞いていた。
【次回予告】
ラヴィーネは——頭を抱えていた。
『ついてくるだけでいいから!!』
確か、カンネはそう言っていたはずだ。
……なのに。
気付けば、
なぜか課題曲の練習にまで付き合わされている。
しかも——毎日だ。
放課後になるたび、当然のように腕を掴まれ、
近所の公園へ連行される。
最近では、
「今日も行くよ!!」の一言だけで、
半ば強制的に流れが決まっていた。
「なんで私まで練習しなきゃいけねーんだよ!」
「受けるとは言ったけど、
練習に付き合うなんて言ってねえだろ!」
ラヴィーネが本気で抗議しても、
「せっかくオーディション受けるのに、
下手なまま受けるなんて失礼でしょ!!」
「そんなこともわかんないとか、やばいよ!!」
なんて——
意味のわからないことを言ってきやがる。
え、私がやばいのか……?
まあ、一理ある……か?
……。
いや——ねえだろ!
……
「……アレ、ここどうやるんだっけ?」
案の定、
カンネの動きがまた止まる。
「ちっ、またかよ……」
ラヴィーネが眉間を押さえながら溜息を吐く。
「だから、手の動きはこうやるんだって何回も教えただろ」
そう言って、
動きをゆっくり見せる。
手の振り。
身体の向き。
重心移動。
ステップ。
一つずつ、
確認するみたいに丁寧に。
……それにしても。
カンネはダンスが下手すぎる。
なんで、私の方が上達早いんだよ。
体硬いし、
リズム感も死んでるし……。
動きも、
なんか全体的にバタバタしている。
もっと頑張ってくれ。
アイドルになりたいんだろ。
……なのに。
「ラヴィーネは、歌もダンスも上手いね!!」
なんて、
呑気に言ってくる。
汗だくのくせに、
やたらキラキラした目で。
……いや、
私のことはいいから自分のことに集中しろ。
……。
「そこ……ステップ、下手になってるぜ」
「なんで上半身の動きを意識したら、
今度は下半身がガチガチになるんだよ……」
ラヴィーネが、
呆れながらスマホの動画を見せる。
「いいか?」
「手の振りと脚の連動を意識すんだよ」
教えてやると、
カンネが「ふむふむ……」と真面目に頷く。
汗を拭いながら、
一生懸命に耳を傾けていた。
その顔だけは、
妙に真剣だった。
「ラヴィーネ、天才じゃん!」
……やめろ、
天才じゃねえ。
「どうやら、
とんでもない逸材を拾っちゃったみたいだね……」
……逸材って言うな。
そんなキラキラした目で見てくるんじゃねえ。
なんか、
変に期待されてる感じがして怖い。
……
……そして。
最悪なことに。
カンネの母親伝いで聞いたのか、
お袋や兄貴たちは、
私がオーディションを受けることに大はしゃぎしていた。
家では、
常にその話題で持ち切りだ。
「ラヴィーネ、絶対可愛いわよ〜!」
「お母さん達、応援してるからね!」
親指を立てながら、
キラキラした目で迫ってくる。
……いや、ふざけんな。
私は、
ついていくだけだ。
アイドルになる気なんて、
さらさらない。
……なのに。
それなのに。
お袋は、
肌の手入れ方法や、
アイドルらしい仕草について熱弁してくるし。
「笑う時はね、こう少し顎を引いて〜」
「姿勢!! 姿勢が大事なの!!」
「あと肌!! 睡眠!! 保湿!!」
うるせえ。
兄貴達は兄貴達で、
以前にも増してフリフリな衣装を買ってくる。
「これラヴィーネに似合いそうじゃないか!?」
「アイドルっぽい!!」
「絶対着てくれ!!」
こんな服、
いつ誰が着るんだよ。
まともな人間が着るもんじゃねえだろ。
だが——
「ラヴィーネ様、こちらもどうでしょう?」
「次はこちらをお召しになってください!」
気付けば、
メイドたちに次々と服を着せ替えられていた。
逃げようとしても、
笑顔で囲まれる。
うっとりと見つめてくるお袋たち。
兄貴たちは、
なぜか拍手していた。
……なんなんだよ、この空間。
ラヴィーネは——
心底、うんざりしていた。
次回、
『ラヴィーネ、カンネに巻き込まれる』
乞うご期待。
ジュウヨンです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
とうとう、本格的にラヴィーネとカンネが物語に参戦していきます。
アーク・アルカナの物語も、とうとう追われる側になりました。
アーク・アルカナ目線の話ばかり書いてきたので、
彼女たちが憧れる側になってるのに不思議な感覚になりました。
なんやかんやアーク・アルカナはトップアイドルですからね。
初期から見てる身としては、感慨深いです。
彼女たちの物語も、今や長編小説規模に足を踏み入れてます。
ここまで読んでいただいてる方々には本当に感謝しています。
今後ともよろしくお願いします。
ここまでで、本作で好きなキャラを教えてください。
-
ゼーリエ
-
ゼンゼ
-
フリーレン
-
フェルン
-
ユーベル
-
メトーデ