ライブハウスのロビー。
まだ本番前だというのに、すでに熱気がある。
テーブルに並ぶのは――
・五色の魔法ペンライト
・ランダムブロマイド
・直筆メッセージカード
・ロゴステッカー
ゼンゼがごくりと唾を飲む。
「……来ました」
扉が開く。
ファンが流れ込む。
◇圧倒的人気
「ユーベルの紫ください!」
「ブロマイド、ユーベル出るまで引きます!」
「直筆カード、ユーベル残ってますか!?」
列が、一気に紫に染まる。
ユーベルは笑顔で対応。
「ありがと〜楽しんでね〜」
一人一人、目を見て話す。
距離が近い。
自然体。
なのに、どこか危うい。
その“妖しさ”が、やはり強い。
ゼーリエは腕を組み、静かに観察する。
(……さすがだな)
天性。
磨いた原石は、もう光っている。
◇二番人気
「フェルンのペンライトありますか?」
「落ち着くんだよなぁ」
フェルンの前には、安定した列。
爆発力ではない。
だが、確実。
「ありがとうございます」
丁寧に、真面目に。
ブレない。
その安心感が刺さっている。
フェルン本人は若干戸惑いながらも、
淡々とこなす。
◇三番人気
「フリーレンの声好きなんだよ」
「ブロマイド当たった!」
フリーレンはいつも通り。
テンションは低い。
だが、優しい声。
「ありがとうねー」
静かな微笑み。
それだけで満足するファンがいる。
◇
そして、
ゼーリエとゼンゼ。
列は……ある。
だが、短い。
途切れる時間もある。
「ゼーリエ様の黄、一本ください」
「ゼンゼさん……応援してます」
言葉は温かい。
だが、爆発はしない。
隣の紫の列が、明らかに長い。
ゼンゼの手が、少し震える。
ゼーリエは無表情だが、視線は動いている。
(……やはり、数字は正直だな)
◇
ライブ前の物販終了。
裏側。
在庫確認。
ユーベル関連は、ほぼ完売。
フェルンも好調。
フリーレンも健闘。
ゼーリエとゼンゼは……やや残り。
沈黙。
ゼンゼが小さく言う。
「……やはり、センターは違いますね」
ゼーリエは静かに息を吐く。
「……センターだからな」
強がり。
ほんの少しだけ。
「……落ち込みましたか?」
ゼンゼが恐る恐る問う。
「落ち込んでいない」
一拍。
「……ほんの、少しだけだ」
ゼンゼは苦笑する。
「……私もです」
⸻
その時、
扉が開く。
ユーベルが飛び込んでくる。
「やばい、めっちゃ楽しい!」
汗だくで笑う。
「みんな買ってくれたねー!」
その顔は、純粋な喜び。
自分が売れたことへの優越ではない。
“みんなが来てくれたこと”への嬉しさ。
フェルンが言う。
「ユーベル様、センターが板についてきましたね」
「……そう?」
ユーベルは首を傾げる。
「だって、楽しいよ!」
ゼーリエは、その姿を見る。
少しだけ胸が痛む。
少しだけ誇らしい。
(私は……導く側だ)
自分が最前でなくとも。
この炎を作ったのは、自分だ。
ゼンゼが小さく言う。
「……少し、悔しいですね」
ゼーリエが、ふっと笑う。
「……私たちも負けてはいられん」
目に光が戻る。
「……ゼンゼ、ライブで取り返すぞ」
物販は人気投票。
だが。
本番は、これから。
「……見せつける」
落ち込みは、ほんの一瞬。
悔しさは、燃料になる。
ステージの向こうから、開演を告げる音が鳴る。
二百人。
満員。
彼女たちの戦いが始まる。
◇
暗転。
二百人の熱気。
ペンライトが揺れる。
ゼーリエが小さく呟く。
「——行くぞ」
イントロが鳴る。
……はずだった。
「――……」
音が、出ない。
一瞬の沈黙。
そして遅れて、片側スピーカーからだけ歪んだ音が鳴る。
「っ――!」
歌い出しのタイミングが狂う。
ゼーリエとフェルンが半拍ずれ。
フリーレンが一瞬止まる。
ゼンゼが音を探す。
ダンスも噛み合わない。
フォーメーションが半歩ずれる。
明らかに、ぐだぐだ。
観客もざわつく。
「え、トラブル?」
「なんか、音ズレてない?」
見抜かれる。
完璧ではないことが、はっきりと。
ゼンゼの頭が真っ白になる。
(終わった……)
あの路上の悪夢が、よぎる。
だが。
ユーベルは、止まらなかった。
音が歪もうが。
歌が遅れようが。
構わない。
全力で、踊る。
全力で、笑う。
汗が飛ぶ。
振り付けを少し変えて、自然に合わせる。
マイクが一瞬途切れても、
地声で叫ぶ。
「いくよー!!」
観客の視線が、集まる。
“失敗”よりも。
“必死さ”へ。
転びかける。
立て直す。
笑う。
その姿は、作り物じゃない。
本物の一生懸命。
フェルンがそれに合わせる。
ゼーリエも、腹を括る。
(……完璧を捨てろ)
フリーレンがハモりを支える。
ゼンゼがリズムを取り直す。
バラバラだった歯車が、少しずつ噛み合う。
そして——
曲のサビ。
ユーベルが客席に手を伸ばす。
「一緒に跳ぼうよ!」
観客が跳ねる。
ペンライトが揺れる。
大歓声。
失敗は、もう関係ない。
“必死な姿”が、心を掴んでいる。
⸻
終曲後。
曲が終わる。
荒い息。
汗だく。
沈黙のあと――
爆発的な拍手。
歓声。
二百人が、立っている。
ゼンゼは信じられない顔をする。
ゼーリエは静かに息を吐く。
(……勝った)
完璧ではなかった。
だが、届いた。
ユーベルがマイクを握る。
息を整えながら、笑う。
「音声さーん」
客席がくすりと笑う。
「次は、頑張ろーね!」
ざわっとしたあと、大きな笑い。
ユーベルは、にかっと笑う。
「でも、楽しかったよ!」
そして舞台袖の音響スタッフへ、手を振る。
その笑顔は、責めない。
気遣い。
優しさ。
ゼーリエの目がわずかに細まる。
フェルンが小さく呟く。
「……強いですね」
フリーレンがぽつり。
「うん、完全にスターだね」
ゼンゼは胸を押さえる。
(……ユーベルがセンターでよかった)
ユーベルは、何も考えていない。
ただ楽しかっただけ。
だがその姿は——
誰よりも、
アイドルだった。
ゼーリエは静かに思う。
(私が、導くと決めたが……)
尊敬に近い感情が芽生える。
二百人の熱狂。
トラブルすら味方に変えた夜。
アーク・アルカナは、
——この瞬間、本物になった。
⸻
アンコールが終わり、照明が落ちる。
汗と歓声の余韻が、まだ空気に残っている。
ゼンゼが恐る恐るロビーを覗く。
「……列、できてます」
終演後の物販スペース。
開演前より、明らかに熱が違う。
◇
「フェルンのブロマイドください!」
「フリーレンの白、もう一本!」
「ゼーリエ様の黄、全部ください!」
「ゼンゼ様の歌、今日一番刺さりました!
グッズ全部ください!」
さっきまで残っていた在庫が、次々と消えていく。
フェルンは丁寧にサイン。
「本日はありがとうございました」
安定の微笑み。
フリーレンは静かに言う。
「またねー」
それだけで、ファンが満足している。
ゼンゼは必死に目を合わせる。
「き、来てくれてありがとうございました……」
震えはあるが、逃げない。
ゼーリエは堂々と。
「次も来い」
命令口調なのに、どこか温かい。
そして——
「か、完売です……」
ゼンゼの声が裏返る。
フェルン、完売。
フリーレン、完売。
ゼーリエ、完売。
ゼンゼ、完売。
机の上は、ほぼ空。
「……全部か?」
ゼーリエが聞き返す。
「……はい」
ゼンゼの目にうっすらと光が反射する。
しかし。
「……ロゴシールだけ、少し余ってます」
ゼンゼの表情が少し暗くなる。
「……うむ」
ゼーリエの表情が若干曇る。
だが。
大盛況。
数字以上に——空気が違う。
◇
ユーベルは列の中心だった。
「またライブ行きます!!」
「嬉しい! ありがとうねー!」
ハイタッチ。
笑顔。
目をまっすぐ見て話す。
「楽しかったです!」
「ほんと? よかった!」
一人一人、ちゃんと“向き合う”。
流れ作業じゃない。
子供が前に出る。
小さな手。
ユーベルはしゃがむ。
目線を合わせる。
「楽しかった?」
こくり、と頷く子。
「お姉ちゃんも楽しかったよ!
またきてね〜」
手を振る。
その光景を、周囲の大人たちが見ている。
優しい空気が広がる。
完璧だった。
技術ではない。
“アイドル”として。
◇
フェルンも子供に軽く会釈。
「気をつけて帰ってくださいね」
フリーレンは少しぎこちなく手を振る。
「……また歌うね」
ゼンゼは深く頭を下げる。
「本当に……ありがとうございました」
ライブ前にあった不安や緊張はどこか抜けているようだった。
汗で顔が塗れ、額に髪がへばりついている。
いつもの無表情が少し柔らかくなっているように見えた。
ゼーリエは腕を組みつつも、
一人のファンに言う。
「次は、もっと良いものを見せる」
誓い。
威厳ではなく、約束。
⸻
片付け後
静かなロビー。
紙くずひとつ落ちていない。
二百人分の熱が、まだ残っている。
ゼンゼが呟く。
「……成功、なのか?」
フェルンが頷く。
「間違いなく、成功です」
フリーレンが小さく笑う。
「箱でライブするのも、なかなか悪くないね」
ユーベルは満面の笑み。
彼女の代名詞とも言える“怪しさ”は少し抜けている。
「楽しかったー!」
ゼーリエは全員を見る。
あの音響トラブル。
ぐだぐだな開幕。
それすら、もう遠い。
「お前たち……よくやった」
短い言葉。
だが、重い。
ゼンゼの目が潤む。
「次はどうしますか?」
フェルンが問う。
ゼーリエは口元をわずかに上げる。
「次は……もっと大きい箱だ」
ユーベルが笑う。
「次のライブが楽しみだね」
路上から始まった物語。
銅貨から始まった夢。
二百人を満員にし、
グッズを完売させ、
笑顔を残した夜。
アーク・アルカナは、
もう“実験”ではない。
本物のアイドルの道を、
確実に踏み出していた。