大陸魔法協会・特設配信室。
水晶型の映像投影装置、魔力増幅陣、音声伝達用の風精霊契約術式。
準備は完璧――のはずだった。
「……始まったか?」
ゼーリエが低く問う。
フェルンが画面を見つめる。
「映像は出ています。コメントも流れています」
画面には、
“ゼーリエ様きた!”
“ゼンゼ可愛い”
“ユーベル、ビジュいいな”
と、穏やかな流れ。
だが――
⸻
宿屋にて、
画面を見つめるシュタルクが首を傾げた。
「……あれ? なんか静かじゃない?」
⸻
ゼンゼが小さく言う。
「コメント欄が……“無音?”って……」
画面に流れる文字。
“声出てないよ”
“BGMだけ聞こえる”
“無言配信かな”
一同、凍りつく。
フェルンが冷静に確認する。
「音声術式……接続されていません」
「…………」
ゼーリエの眉がわずかに動く。
「……今の会話は」
「全部……無音です」
ゼンゼが静かに告げる。
沈黙。
ユーベルだけが吹き出した。
「え、なにそれ最高じゃん」
「……最高ではない」
だがコメントは意外にも荒れていない。
“無音でも雰囲気いいな”
“ゼーリエ様が無言で頷くの面白い”
“ユーベルが笑ってるのだけは分かる”
ゼンゼは顔を覆う。
「私……さっき自己紹介で噛んで……」
「全部、無音だ」
ゼーリエの一言で、ゼンゼはさらに赤くなる。
ユーベルがカメラに向かって大きく手を振る。
「無音でも楽しめるとか、私たち最強じゃんw」
コメント欄:
“ポジティブ草”
“ユーベル推せる”
“逆にレア回”
フェルンが淡々と修正術式を再構築する。
魔法陣が再展開され、風精霊が再契約される。
「……接続します」
一瞬のノイズ。
そして――
「……聞こえているか?」
ゼーリエの声が、ようやく届いた。
コメント欄、爆速。
“きたああああ”
“声!!!”
“思ったより落ち着いた声”
“無音10分は草”
ユーベルが爆笑する。
「やっと喋れたー!」
ゼンゼは小さく頭を下げる。
「すみません……初回から……」
フリーレンがぼそっと言う。
「まあ、これはこれで私たちらしいよね」
ゼーリエはため息をついた。
「……初回から失態とはな」
ユーベルが肩を揺らして笑う。
「私たちトラブルばっかりだねー」
その一言に、なぜか場が和む。
フェルンが数字を確認する。
「同時接続数……多くはありません。
ですが、離脱率は低いです」
つまり——残っている。
コメント欄は温かい。
“この空気感好き”
“なんか家族会議みたい”
“無音も含めて伝説回”
ゼーリエは静かに言った。
「……悪くない」
ユーベルが即座に拾う。
「ゼーリエ、今の切り抜きポイントだよ」
「……切り抜きは、作るなと言ったはずだが」
笑いが起きる。
大爆発的ヒットではない。
だが、確実に“好きな人が残る配信”。
数字は控えめ。
熱量はじわじわ。
そして最後。
「次回は、音声を最初から繋ぐ……」
ゼーリエの宣言。
コメント欄:
“当たり前w”
“期待してる”
“次も見る”
静かに、だが確実に。
大陸魔法協会の配信は、第一歩を踏み出した。
⸻
初回配信から数日後。
大陸魔法協会
アーク・アルカナ
配信室
2回目の配信の事前準備中。
フェルンが静かに報告する。
「例の“無音10分”の切り抜きですが……予想外に拡散しています」
「……なに?」
水晶モニターに映る再生数。
同接は控えめだった。
だが、切り抜きは伸びている。
コメント欄:
”無音なのに威厳だけで成立するゼーリエ様“
“音声なしで10分耐えきる魔法協会”
“ユーベルだけ状況を楽しんでて草”
ユーベルが腹を抱える。
「やば、タイトル天才じゃんw」
切り抜きタイトル、
『大陸魔法協会の大魔法使いさん、
初回ライブで“静寂の10分”をお届けしてしまう』
ゼーリエは腕を組む。
「……笑い事ではない」
◇
そして。
準備が終わり、
ライブ配信の第二回が始まった。
序盤は何事もなく順調だった。
音声も完璧。
問題なく進行していく。
だが、コメント欄にぽつりと
刺客たちが現れる。
”ゼーリエ様ちょっと怖い“
“無言の圧が強いw”
“機嫌悪そう?”
ゼーリエの眉がぴくりと動く。
「怖い……だと?」
ユーベルが横目で見る。
「あ、拾うんだ」
フェルンが小声で。
「ゼーリエ様、流してください」
しかしゼーリエは止まらない。
「私は機嫌が悪いのではない。常に理知的なだけだ」
コメント欄:
“効いてる?”
“反応してくれた!”
“かわいい”
ゼーリエ、さらにピキピキ。
「……“かわいい”とは何だ」
ユーベル、ついに吹き出す。
「やめてよゼーリエ、全部拾うのやめてw」
また流れる。
“アンチほぼなくて平和だな”
“少数のコメントに全力で反応するの草”
ゼーリエ、画面に少し身を乗り出す。
「ふん……少数でも意見は意見だ」
フェルンが即座に制止する。
「ゼーリエ様、コメントをする視聴者は
全体の0.3%と言われています」
「……割合の問題ではない」
依然として、
ゼーリエの眉間に皺が寄っている。
フリーレンは横で、複雑な表情。
少し困ったような、でもどこか懐かしむような。
(ゼーリエ、昔からこうなんだよね……)
ゼンゼは無言。
ただ、コメント欄をじっと見つめている。
すると刺客がまた一人。
コメント欄:
“ゼーリエ様、実は繊細そう”
空気が止まる。
ユーベルが横を見る。
フェルンが息を止める。
フリーレンが視線を逸らす。
ゼンゼは動かない。
ゼーリエの額に、見えないヒビが入る。
「……誰が繊細だ……?」
ユーベル、限界。
「やばい、今日一番面白いwww」
コメント欄、爆速。
“ユーベル爆笑”
“この構図完成してる”
“フェルンがマネージャーすぎる”
“ゼンゼ静かで逆に怖い”
フェルンが冷静に締める。
「ゼーリエ様、
アンチに反応するのはアルゴリズム上も不利です」
「あるごりずむとは何だ」
「つまり、気にしない方が伸びます」
ゼーリエは一拍置き、深呼吸する。
「……今後は拾わん」
コメント欄:
“フラグ”
“絶対拾う”
ユーベルが肩を震わせる。
「やっぱり、私たちってこんなんばっかりだねー」
フリーレンが小さく笑う。
「でも……なんやかんや盛り上がってるね」
フェルンが最終報告。
「同接は前回より微増。
コメント数は倍です」
爆発的ヒットではない。
だが——
確実に“キャラが立った”。
ゼーリエは静かに言う。
「……次回は、理性的に進行する」
コメント欄:
“無理”
“期待してる”
ゼンゼが、ようやく小さく呟いた。
「……ゼーリエ様、少し可愛かったです……」
部屋の空気が固まる。
ゼーリエ、再びピキ。
ユーベル、大爆笑。
第二回配信、成功(?)