TS転生悪の組織の研究者VSど変態(魔法)少女 作:こばみご
『じゃあ、私が案内しますよ!今朝ぶつかりかけた縁です!』
引っ越ししたてで戸惑っていた私を引っ張ってくれたのはサキだった。
『大丈夫ですか?元気ないですよ。……あ、そうだ。これ食べますか?メロンパン』
魔法少女の仕事のせいで人付き合いの悪い私にずっと絡んでくれたのも、サキだった。
『……特にはないですよ。でも、ありがとうございます』
その恩を返したくて、何か私に力になれることがないかを聞いた時。彼女はそう言って、ただ曖昧に笑った。それが少し、悲しかった。
だから、だからせめて、サキのいるこの町を守ることが、彼女への恩を返すことに繋がると、そう信じて。そう信じて、今まで魔法少女をやって来たのだ。あらゆる敵をその力を持って殲滅し、真打まで習得し、翠玉の名を3番目にまで押し上げた。
だからこそ。
「どいつもこいつも……サキを侮辱するんじゃない!!」
槍を構えたキョウコは、そのまま強烈な一投を放つ。狙いはサキ、その右肩。利き手を潰し、戦闘を早々に終わらせるために。槍は雨を切りながらサキの方へと往き、あっという間に目の前まで迫った。彼女は覚醒してからまだ日が浅い、この速さならば──
「せいっ!」
しかし、サキもこの数日何もしてこなかったわけではない。ミコトの信じられないくらい厳しい稽古により、上位レベルの魔法少女たちの攻撃にも対応できるようにはなっている。
彼女が覚えた魔法から選んだのは、ミコトの「結界術」。肌に貼るように結界を展開し、それが着弾と同時に反対方向へと魔力を放出することで、サキは槍による攻撃を軽減することに成功した。
(ミコトさん曰く『なんとかアーマー』!これなら魔力のある限りはどうにかなるはずです!)
これはゲイボルグの対策として、ミコトが編み出したもの。現実にもある技術の応用だ。衝撃は殺せないが、おかげで大した傷はついていない。これなら十分、防御は出来る。
しかし。
「『ゲイボルグ』っ!」
「甘いっス」
サキの反撃。キョウコと同じ槍、キョウコと同じ魔法。前回アヤメと戦った時よりも鋭いそれは、しかし悪手だと言わざるを得なかった。魔法の理解度という点で見ても、本人に到底勝てるものではない。
キョウコは再生成した槍を構え、少し傾けた。サキのゲイボルグは柄に吸い込まれるように命中し、そして効力を失った。親指、その指先を掠らせたのだ。ミコトのやった芸当よりも、洗練されたもの。彼女は自分の魔法を熟知していた。
「ならっ!」
次にサキが選んだのは「凍結」。降りしきる雨が凍り、その全てがキョウコに向けて放たれていく。だが彼女はそれを避け、受け流し、そして打ち砕く。彼女に狙いをつけたそれは、だがやはりというべきか、大したダメージを与えられていない。
やっぱり、ダメか。サキは口を結ぶが、しかしこれは想定していたことだ。
防御の面で見れば、サキには十分な質と量の手段がある。しかしそれが攻撃となると、相手より質が数段劣るのだ。生存重視のため主に防御に偏向して稽古をしたサキには、主だった攻撃手段がなかった。「炎」、「凍結」、そして「必中」。話は聞いた、今も実物を見ている。だが足りない。今は1人だ、相手に攻撃を通すには、
「……キョウコちゃん。私はキョウコちゃんが思っているほど綺麗じゃありません。むしろ、醜い人間なんです」
「……馬鹿を言うな」
だが、それは今は大した問題ではない。少なくとも、サキにとっては。彼女には元々、キョウコと敵対する気はなかった。倒すために、この場に来たのではないのだ。あるのは一つ、対話の意思のみ。
『まあ、キョウコちゃんは簡単には信じないでしょうね』
『そんなあ……』
『学校では優等生だったと聞いています。そんないつもの貴女を良く知るからこそ、今の貴女とつながらないのでしょう』
作戦立案の時にヒトミに言われたことを、サキは思い出していた。優等生という言葉に訝しげな顔をするミコトをよそに彼女の予想を聞く。キョウコ視点でいきなり変わってしまった自分は、確かに洗脳でもされていると考えた方が自然だ。今まで踏み込んだ話をしてこなかったせいだと、彼女は自罰する。
『だから、これを教えておきます。貴方とキョウコちゃんなら、きっと……良い結果を引き出せるはずです』
言葉では不十分。だからこそ、より確実な方法をとる必要があった。そしてその方法なら、既に教わっている。なら後は、突っ走るのみだ。
「先生の手伝いをしてたのも、迷い込んだ猫の手当てをしてたのも……私を慰めてくれたのも!全部嘘だったって言いたいのか!?」
「はい。アレは打算です。そこに善意はなかった。善行をすれば、きっと何かつかめるって思ってたんです。でも駄目でした。駄目だったんですよ、それじゃ」
それは、理解できないものを探るがゆえに。人に好かれることをしてみれば、愛のなんたるかをつかめると考えて。人に配ってみれば、輪郭が見えると。もっとも、それは叶わなかったが。
キョウコの方へと駆け出す。飛んできた槍を、複製したそれで防ぐ。防ぐ。防ぐ。背後から迫る槍を弾こうとして、弾ききれずにつんのめる。それでもサキの歩みは止まらなかった。キョウコの手が鈍る。
「感謝されるたびに、あとから自分が嫌になりました。私はそんなことを言われるような、そんな人間じゃないのに」
「そんなことはっ」
「あるんです!」
結局のところ、サキは自分しか見ていなかった。自分の都合で、自分のために。そしてそんな自分を嫌悪して。他人からのそれが欲しかったというのに、これでは見えるものも見えない。
サキはキョウコに肉薄する。咄嗟に防御の構えを取るキョウコだが……しかし攻撃は来なかった。代わりに、暖かな感覚が彼女を包む。サキに抱きしめられたのだ。
そして、サキが魔法を発動する。それは「必中」でも、「結界術」でもない。
「っ!せ、精神汚染」
「なんてこと言うんですかッ」
読心はなにも、心を読むだけではない。その逆、読ませることもできる。サキからキョウコへ、様々なものが流れ込んでいく。古い記憶、最近の出来事、そして思ったこと。
しかしそれは、決して綺麗なものだけではなかった。暗い色をした、どろりとした感情までもが、彼女の内に入り込んでくる。首元を撫でられるような不快感に、キョウコは顔を顰めた。
「私は!……私は、碌な人間じゃないんです。私にないものを持っている他の子が、羨ましかった。そして自分の手元を見ながら、どうして私は、って思ってたんです」
やめろ、そんなことを言うな。サキは本当は、そんなこと思ってない。そう考えて、抱きつくサキを引き剥がそうとして。しかし、止まってしまった。彼女の身体が、震えていることに気がついたから。
「キョウコちゃん。キョウコちゃんの家に電気がついているのを見ただけで、キョウコちゃんが母親に作ってもらった弁当を見ただけで、妬ましくてたまらない時だってありました。私は、私はそういう人間なんです」
「……サキ」
「でも、一番嫌だったのは、嫌いだったのは……そんなことを思ってしまう自分。優しいキョウコちゃんが私に話しかけてくれるたびに、信頼してくれるたびに、醜い自分がちらついて……そしてそれを知られるのが怖かった。今も、とっても怖いです」
雨に消えそうな声でそう告白するサキを見て、キョウコは抵抗する気が失せてしまった。ヒトミが言うには、操られている人の心音にはすぐ分かるほど不自然に浮いたところがあるという。そして、彼女にはそんなものは無かった。どこまでも地続きの暗さ。その暗さが、サキがまったくの正気であることの証明だった。
心の声を繋ぐだなんて、自分で弱点をさらけ出すようなものだろう。ヒトミがそうしている所を、キョウコは見たことがなかった。震えるほど恐怖してもなお、サキはそれをやってのけたのだ。心中を明かし、疑いを晴らして、そして……
「遠ざけてしまった方が良いって、思っていたんです。けれどそれは駄目だって、本気で言ってくれた人がいたから……だから、まだ……私を、キョウコちゃんの友達でいさせて欲しいんです。私を信じて欲しいんです」
「当たり前っス!!言われなくたって……だから」
だから、そんなことを言わないで欲しい。そんなことを思わないで欲しい。大事な、大事な友人なんだ。それに私だって、碌な人間なんて言えないんだから。キョウコはサキを目いっぱい抱きしめ返す。そして吐露した。
「私だって……サキを、一番大事な友人を、蔑ろにしてしまった」
傷つけてしまった。こんなサキは嘘だと言って、一蹴してしまった。いや、違う、そもそも。
もっと踏み込むべきだった。本音を聞き出すべきだった。変に理想化して、それを押し付けてしまっていたかもしれない。彼女の本音を知ることを怖がって、魔法少女を言い訳にしていたのかもしれない。やって来たことは間違っていないとは思うけれど、それよりももっと優先するべきことがあった。
だから。
「……サキ。私の心も、覗いてほしいっス」
「……いいん、ですか?」
「もちろん。大丈夫っス」
サキが心を打ち明けてくれたのだから。キョウコは自分の心も知って欲しいと、そう言ってサキの目を見る。サキはしばらく考えていたようだったが、やがて恐る恐る魔法を使った。
キョウコの情念が、流れ込んでくる。恐怖や焦り、怒り。負の感情に目がいった。視る限りは、あまり──
「私は、魔法少女になんてなりたくなかったんス」
「……そう、だったんですね」
キョウコは、バツが悪そうにつぶやいた。視える感情と同じだ。キョウコが初めて魔法少女に変身した時、おぞましく大きな妖怪を倒した時、辛うじて連戦を制した時。好きでやっているようには、とても見えなかった。
けれど、彼女は3番手だ。ただの才能だけでは、そこまでたどり着くことは出来ないだろう。努力をしている様子が、記憶の中にもいくつもあった。それに、サキは少し戸惑う。ならどうして、そこまで。
「痛いし、怖いし、疲れるし……面倒くさいし。なんで全く知らない人を助けなきゃいけないんだって、誰かがやってくれればいいのにって、思ったこともあるっス。……でも」
記憶に、サキの姿が映った。これは確か、放課後に2人でカラオケに行った時のもの。2人してなんとも言えない点数をとって、笑いあったのが懐かしい。
ゲームセンターに行った。流行りの食べ物を食べた。あてもなく街を歩いた。なんでもない日常が、キョウコの記憶の中では、とても輝かしく見えた。愛おしく見えた。
そういったものを守りたいと、彼女は確かにそう思っていた。そしてそう思えたのは、サキがいたからなのだ。サキとの日常があったからこそ、キョウコは魔法少女でいられた。それが確かなことだった。
「サキがどんなことを思っていようと……私はサキに救われた。そのおかげでここまでやって来れたんス。だからどうか、自信をもって欲しい。サキがやってきたことまで、否定してほしくない。私が楽しかったことを、サキにもそう思っていて欲しいんス」
キョウコはサキに微笑みかけた。せめて、自分の事を少しでも好きになれるようにと。サキにはそれが眩しかった。自分のことを受け入れてくれたのが嬉しかった。ぼろぼろと涙が流れるのを、止められないほどに。
「キョウコちゃん……」
サキの抱きしめる力が、少しだけ強まった。そしてキョウコの胸に顔をうずめて。
しばらくの間、2人は無言で抱き合っていた。
「でも、変態なのも事実なんスよね……」
「いいじゃないですか!個性ですよ、個性」
「ちょっ……と、強烈すぎるっスねぇ」
そして、数分。落ち着いたキョウコは、ついでとばかりに流れ込んできたサキの情事の記憶を思い出し、げんなりしていた。サキが実は、内心で大きな悩みを抱えていた。それは分かる。だがそれはそれとして、不知火アカネの宣ったことが本当のことだとは、正直思っていなかった。
サキの方を見る。ハイレグ、ブーツ、グローブ、そして羽。これで操られたりしていない、純粋な魔法少女としての衣装なのだ。キョウコが困惑するのもやむなし。サキへの今までのイメージが玉砕してしまったのだ。ミコトがどこか遠い目をしていた理由が、今になって分かってしまった。
「一度えげつないものを見ちゃいまして。そこからハマってしまったんです」
「はあ…………待てよ。もしかして、市場で蛸を見た時に涎を垂らしていたのは」
「え、見られてたんですか?恥ずかしい……」
「…………」
身をくねらせながら頬を赤らめるサキに、キョウコは天を仰いだ。てっきり、慢性的な空腹からくる食欲だと思っていたのに。当時のキョウコがそれを見て飯を奢った時、嬉々として食らいついていたから、てっきりそう思っていた。実際はなんとも恐ろしいことを考えていたとは……
ネットサイトでよくある、年齢確認の部分。サキを見ると、あれは確かに必要なものなのだな、と。キョウコはそんなことを思った。
「あ、もしかして……キョウコちゃんも興味が」
「無いっス」
「そうですか……」
そんな顔をしないでほしい。でも、やっぱり嫌だった。キョウコはまだ純情でいたかった。
一体誰だ、サキをこんなのにしてしまったのは。聞くところによると、サキは蒸発した姉のアカウントを使っているらしい。付箋にパスワードが思いきり載っていたので、興味本位で入力したのが始まりだ、と。なんてもん遺してんだ。もっとまともなことしてやれよ。
「あと、最近は誘拐されてましたから。ミコトさんに頼んだら、えっちな生物を作ってくれたんです」
「えっちな生物」
「……キョウコちゃんやっぱり興味が」
「無いっス」
「そうですか……」
よし、とりあえず玉垣ミコトは殴ろう。キョウコは決意した。