TS転生悪の組織の研究者VSど変態(魔法)少女   作:こばみご

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「私たちは二人で一人前だ」と、かつてあいつはそう言った。


相棒

 ミコトの固有魔法、結界術は実は汎用的なものだ。かつて、いや今現在ですら、退魔師の殆どが使っている基本の術。壁を張り攻撃を防ぐ、空間を移動するなど、ほとんどの技が単純なもので、他の固有魔法と比べるとどうしても地味なものとなる。そして大きな問題は、それ単体では相手を殺しきるような一手を生み出しにくい事。いわゆる火力の不足だ。ゆえに、結界術だけではない、他の部分が重要となる。

 

「きついな……」

 

 だからだろう、ミコトはそうつぶやいた。それは落ち着いた響きだったが、その表情は確かに物語っている。剣では自分が劣っていると。記憶の殆どを取り戻し、戦闘の勘が戻ってもなお。

 

 型が違うとはいえ同門の士、少し切り結べば分かる。この5年で、サツキの剣の腕はミコトを上回っていたのだ。かつての自分の出不精のせい、サツキのたゆまぬ努力、そのどちらもだろう。一瞬、だが確実に、ミコトの剣の方が遅い。

 

 一つ、二つ、三つ。斬り合うたびに、遅れていく。そうして、一手。致命的なまでに動きに差が出たその時を、サツキは見逃さない。

 

「まずは一本」

「……!」

 

 一閃。回避しようとしたミコトの左足、その膝下。刃は紙を切るように骨を通り越し、そしてその深さのまま、足を両断した。

 

 

 ……はず、なのに。

 

 

 しかし、確かに斬ったはずの足は、何事もなかったかのようにミコトについたまま。切り傷すら、彼女にはついていない。彼女は涼しい顔をして、刀を構えなおした。サツキの頬に一筋、汗が流れる。

 

「……『不変』、ですね」

「察しがいいな、まったく……」

 

 信仰される者たちの住まう地、神域は不可侵にして不変。多量の魔力によって成す、結界術の極致であるそれを、かつてミコトは再現してみせた。もっとも、真打の発動時というごく限られた瞬間のみでだが。

 

 しかし今、彼女は片手間でそれを発動した。斬られた直後、断面に這うように発動したそれによって、ミコトの身体が疑似的な時間遡行を起こした。それが今の現象の仕組み。斬った感触があるのに、しかし斬れていない。これは骨の折れそうな話だ。

 

 が、それほどの効果なら消費魔力も多いだろう。少ないなら、最初から全身にかけておけばいい話だ。サツキはそこまで考え、魔法を刀に纏わせた。やることは変わらない、只、斬るのみ。

 

 

 飛び出した2人は同時に刀を振る。片方は縦に、もう片方は横に。そして刀が衝突すると同時、大きな金切り音が響いた。ザリザリと削るような音が、刀から絶え間なく鳴る。双方の膂力に大した差はないが……ミコトの刀が押し込まれる。正確には、サツキの刀が1ミリ食い込んでいた。

 

「ッ!」

 

 すぐさまミコトは鍔迫り合いをやめ、後ろに飛び退く。刀を見れば、確かに刃に欠けが生じていた。結界術で保護はしていたが、それでもたった数瞬で刃こぼれするほどに、サツキの魔法が強力だったのだ。昔の感覚でいけばすぐに刈られる。

 

「(長い間受け止めるのはマズい、それは分かってたはずだが……)」

 

 斬谷サツキの固有魔法は「斬撃」。ただ、触れたものを斬るだけのシンプルなもの。しかしそれゆえに、きわめて攻撃性能が高い。木の棒ですら、鉄を両断しうる武器になる。

 

 ミコトの結界術とは対をなすもの。いわば矛と盾。どちらが優秀かは、各々の魔法の質で決まる。そういう意味でも、これは地力の勝負。どこまでも地に足の着いた、逸話の証明。

 

「76戦75敗、そしてこの前の1勝……このまま連続で勝たせてもらいます」

「生意気な、退魔忍のくせに」

「怒りますよ!!」

「ずっと怒ってるじゃないか!」

 

 サツキが刀を振れば、斬撃が飛ぶ。襲い来るその一つ一つが、人体を切断しうる威力のものだ。それを避け、逸らし、回避しきれないものは出来るだけ軽傷に留めながら、近づいていく。後手に回ればいずれ食い破られる、ミコトは攻めることを選んだ。

 

 袈裟斬り、水平斬り、斬り上げ。鋭い剣だが、先の剣戟で分かった通り、サツキの技術の方が上だ。危なげなく、それを対処していく。

 

 

 昔は、全てミコトが上を行っていた。サツキはその背中を見て、憧れ、いつか同じ場所に立ちたいと。彼女の相棒だった(こがね)の魔法少女が死に、ミコトが魔法庁から消えてからも、彼女は死ぬ気で鍛錬した。そして、いつの間にか──追い越してしまった。それがどうにも寂しい。少なくとも、サルバシオンの本拠地で戦った時、今こうして刃を交えた瞬間、サツキはそう思っていた。

 

 ミコトが刀を大きく振りかぶる。強力な一撃。しかし、あからさまに隙がある。誘われていると見た方がいい。なら、受け流してから反撃か。サツキは、片足を一歩後ろに引こうとし──

 

「!?」

 

 足が何かに当たる。いや、背面にも。壁を背にした、そんな感覚。これ以上後ろに下がれない。

 

 訓練室は広い、部屋の端にはまだ遠いはず。見れば、薄らとガラスのようなものが後ろにある。結界だ。音もなく生成されたそれが、サツキの動きを阻んでいた。下手人は勿論。

 

「よそ見か?」

 

 ミコトが刀を振り抜く。咄嗟に防御をしたが、不自然な体勢では十全に受けきれるはずもない。衝撃がサツキを襲い、腕が痺れる。数瞬の隙。それを逃すミコトでもない。振り抜いた刀の切っ先は、既に再びサキの方を向いている。

 

 腕か、足か。いや、彼女の得意技は突きだ。なら──!

 

 サツキは身をよじる。人体の弱点、正中線を狙った刺突は、回避しきれずに左肩に突き刺さった。鋭い痛みを彼女が襲う。

 

 が、利き手でなかっただけマシだろう。比較的安い授業料で済んだと、顔を顰めながら、サツキはそう考えることにする。

 

「卑怯とは言うまいな」

「……。言いたいですが、言いません」

 

 何処かに驕りがあった。それゆえの被弾だ。(しろがね)を前にして楽に勝てるとは思っていない。それでも、甘く見ていた。全盛の彼女と真っ向から打ち合い、何処か浮ついていたのかもしれない。

 

 

「全力で行きます」

 

 一つ息をつく。気配が変わる。刀が煌めいた。

 

 振る。防ぐ。避ける。刃が飛ぶ。さらに出力の上がったそれが、ミコトを襲う。逸らしきれず、腕が斬れる。「不変」で無効化しつつ反撃を繰り出すが、どれも捌かれてしまう。飛んだ刃はそのまま、壁や天井を斬り裂いていった。

 

「おま、建物!」

「大丈夫です!」

 

 ほんとかよ。ミコトは訝しんだ。魔法庁がどんな材質でできているのかは知らないが、見たところサツキの魔法の前では大して機能していないようだ。建物が崩れうる、それほどの威力。彼女もなりふり構わなくなってきた。

 

 結界を張っても、あっという間に真っ二つ。まるで意味のないそれに、ミコトは舌打ちをする。半端な防御はほとんど意味がない。かといって、全力は魔力の消費が激しい。なら、どうするか。

 

「斬」

 

 ミコトの胴を、横に一薙ぎ。彼女は二つに分かれ、そのまま上半身が崩れ落ちていく。

 

 斬った──否。

 

 サツキは身を翻し、背後に向かって刀を振るう。空を切るはずのそれは、しかし受け止められた。斬られたはずのミコトが、何事もなかったかのように、そこにいた。

 

「勘がいいじゃない!」

「『視界だけに頼るな』と言われてますからね……!」

 

 張った結界を鏡のようにし、見える景色を誤魔化した。そして結界術の技の一つである空間転移、それによる背後からの奇襲。にもかかわらずサツキは一瞬で看破し、カウンターを加えてきた。人を斬った感触が無かった故に。

 

 防御の技術ばかりを伸ばしたせいで、空間転移はどうしてもそれより劣る。だとしても、今の技は初見なはずだ。傷一つつけられないのは、どうにも不味いか。

 

 

「(『君には決め手がない』、か……)」

 

 昔、師匠にそう言われたことを思い出す。基本的な結界術だけではどうしても攻撃で劣る、だから工夫をしろ、と。今更ながら、耳が痛い。

 

 かつては、防御を主体としていても問題なかった。後ろに金がいて、攻撃は彼女が担っていたから。だが、もういない。結果ミコトは、ただ硬いだけの置物となってしまった。それだけでは、(くろがね)の魔法少女には勝てない。

 

「今は1人だ」

 

 だから。ミコトは考えを変えることにした。染みついた受けの姿勢を崩す。当たらなければ意味がない。なら当てればいい。ダメージが入れば、それでいい。

 

 ミコトが飛び出す。懐に入り、幾度も刀を交わしながら、彼女はサツキの背後に結界を張った。先程と同じ狙い、ではなく。

 

 サツキの一撃が、ミコトの刀を押し上げる。がら空きの胴体に、再び刀が入った。が、彼女は動じない。それでよかったからだ。

 

「っ!?」

 

 回避だなんだと面倒だ。「不変」があるのだから、強気に攻めればいい。弱点がバレる前に、魔力が枯渇する前に倒してしまえばいい。相手は魔法少女、所詮は同じ人間なのだから。

 

 ミコトは胴を滑る刀を無視して、サツキに蹴りを放つ。攻撃の真っ最中、同じく無防備な胴にめがけて放たれたそれは腹に当たり、サツキは吹き飛ばされる。

 

 が、距離が離れるのを、あらかじめ張った結界が防いだ。距離にして2メートル弱、それを空間転移によって埋め、今度はミコトの一太刀がサツキを襲う。袈裟斬りが、彼女を斜めに撫でた。血が噴き出る。

 

 しかし、その程度では倒れない。サツキは反撃の一振りを振って──しかしミコトは、それを意に介さずに距離を詰めてくる。

 

 そして、もう一閃。ミコトの攻撃が、腹に突き刺さる。内臓を破らんとするそれに、サツキは苦悶の表情を浮かべた。

 

「……まだですッ!」

 

 それでも、止まらない。斬ろうと止まらないのは、サツキも同じだった。互いに己が身を省みない、鮮烈な剣技の応酬。傍から見れば自棄になったような、捨て身の剣戟。建物が揺れるほどに。

 

 刀が躍り、火花が散る。そして音が舞う。白い光の足跡が、幾重にも見えた。

 

 斬る、斬られる。一歩の距離を空間転移で詰め、ミコトはサツキを斬る。それを避け、逸らし、しかしサツキは傷を増やしながら、それでもミコトを斬り刻んでいく。だが、彼女に目立った傷がつくことはない。表面上は、ミコトの優勢。

 

 

 だが。やはり、この戦いは、地力の勝負だ。

 

 ミコトは、「不変」を十全には使いこなせていない。新しく会得した技だからである。このレベルの戦闘内では、まだ一瞬効果を発生させるので精一杯だ。だからこそ、斬られた瞬間に発動していた。

 

 そして、もう一つ。防御の技術を伸ばしたミコトは、やはり空間転移においては劣る。サツキから見ても、一瞬の隙があった。また、一瞬。そこが狙い目で、彼女にはそれが出来た。

 

 

 また一歩分、距離が縮む。ミコトは刀を構え──そして体勢を崩した。

 

「は」

 

 床が、窪んでいた。削りとられたかのように、ミコトが足を出したそこが。サツキが斬撃を飛ばした時に出来た窪みだ。型は違えど同門の士、どう斬りだして来るかは大体分かる。()()()()()。サツキはそこへ誘導し、そしてミコトはそれを踏んだ。そういう話だった。リソースを魔法の発動に回していた彼女は、足元が疎かになっていたのだ。

 

 サツキは上段から縦に一文字、刀を振り下ろす。ミコトはそれを受けようとして──刀が斬られた。先程刃こぼれした部分、そこを起点に真っ二つに。彼女が目を見開く。そしてその時にはもう、サツキが構えていた。

 

 

「終わりです」

 

 突きが、ミコトの心臓に刺さった。抵抗なく、するりと。

 

 魔法を使う暇もなく、刀が奥まで入り込む。痛みはなかった。ただ、胸からにじみ出る血が白い衣装を染めていくのを見て、妙に納得した。安堵すらあるかもしれない。

 

 やはり、自分は半人前だった。常々思っていたことを、この期に及んでまた思う。足りない才を齢と努力で誤魔化してきたのが、玉垣ミコトという人間だった。元々大してない差が、とうとう埋まっただけの事。だから負ける。だから取りこぼす。だから、だから──

 

 手足の力が抜けて、視界が狭まっていく。耳が遠くなる。ぐらりと、身体が傾いて。

 

 

「……あ」

 

 幻覚が見えた。幻覚だと、そう分かっているのに、目が離せなかった。サツキの背後に、ミコトにしか見えない位置に、金髪の少女が見える。泣きぼくろのある目が、小ばかにするように歪んでいた。

 

『約束、破っちゃうの?』

 

 一言、彼女はそう言った。挑発的な声で。本当に破るとは、かけらも思ってないような声で。

 

 

 ああ、そうだった。最期に約束してたんだったな。

 

 ああ、そうだった。お前はいつも、俺を信じてくれたな。

 

 ああ、そうだった──この程度の窮地、いくらでも経験してきたな。

 

 

「まだだ」

「──」

 

 足に力を入れ、斃れかけた身体を無理やりに起こす。そして刺さった刀の柄を握る手に、折れた自分の刀を刺した。まさかこれでも動けると思ってはいなかったサツキは、一瞬固まって、そして手を離してしまった。

 

 

 だが。

 

「まだ、立つんですね」

 

 だが、サツキは鉄の魔法少女だ。しぶとい敵など、いくらでも相手をしてきたのだ。

 

 だから、彼女は最後の業で、ミコトを仕留めることにした。

 

 それは魔力総量の3割を消費して放つ、各々が到達した魔法の最奥。ただの一つで、容易に戦局を変えうる力を持つ。それが──

 

 

永世(えいよ)真打」

 

 

 斬谷サツキの魔法は「斬撃」。ただ、触れたものを斬るだけのシンプルなもの。しかしそれゆえに、きわめて攻撃性能が高い。木の棒ですら、鉄を両断する武器になる。ならば、無手でも十分。

 

 腰を深く落とし、右手に左手を添える。疑似的な居合の体勢となったサツキは、その渦巻く魔力が臨界に達した時、腕を振るった。

 

 

「『暁』」

 

 

 地面が、空気が、雨が、そして天が割れた。極限の一刀に、斬れぬものはない。魔法でさえも一刀に伏せる、それがサツキの繰り出す真打。「不変」すら破り、そして蝕む。断面に、「斬撃」の効力が残るからだ。

 

 今度こそ終わった。終わってしまったと、サツキは確信した。右腰から左肩へ、二つに泣き別れたミコトが、ずるりと──

 

 

「馬鹿言え」

 

 ──斃れない。彼女は斃れなかった。二足で立ち、折れた刀を構え、瞳の色は失われていない。「不変」は、破ったというのに。サツキの目が、大きく見開かれた。真打を受けて立っていたものは、今までいなかった。彼女が、銀の魔法少女が、最初になった。

 

 だから結局、この戦いは地力の勝負だった。ミコトがこの5年で最も磨いた技術は、魔力の操作。大気の、そして他人(サキ)の魔力を四六時中弄っていた彼女に、自分の体内の傷を突き合わせることなど造作もない事だった。培ってきた技術がものをいう、そういった勝負。

 

 

「銀華真打」

 

 

 「不変」は破られている。だがこの場合、それは既に関係なかった。相手にもう攻撃手段は残されていないのだから、いまさら何から守る必要もない。

 

 それはただの一突き。防ぐことかなわず、また避けることもできない一撃。当たればいい、それだけを突き詰めた一撃。それが、玉垣ミコトの真打。

 

 

「『瞬月』」

 

 

 音もなく、一瞬で。ミコトは、サツキの首を貫いた。

 

 喉の奥、骨に届いた衝撃が、そのまま意識さえ揺らす。ぶれる視界で、サツキはミコトを見た。

 

 あの時と同じ目だ。妖怪を蹴散らし、自分を助けてくれたあの時と同じ、敵を射殺さんとするその目。ぎらついた光が、瞳に宿っていた。 

 

 ああ、私の憧れは未だ健在だ。薄い笑みを浮かべながら、そして彼女の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う」

「お、起きたか」

 

 サツキの目が覚める。体を起こそうとして、しかし痛みが走ったのか、呻いて寝転がっていた。魔法で傷口は塞いだけれど、十分ではなかったようだ。他人の肉体だと、やはりやりにくい。

 

「負けたんですね、私」

 

 さっきのことを思い出してか、彼女は納得したようにそういった。穏やかな顔をして、少し微笑んでいる。……なんで微笑んでるんだ。傷だらけで笑みを浮かべているのでちょっと怖い。いや、傷をつけたのは俺だけど……

 

「……まあ、死ななくて良かったよ」

「あの、それはこちらのセリフだと思うんですが」

 

 いや、そうかもしれないけれど。サツキからしても、流石に真っ二つに斬った人間がピンピンしているのは驚きらしい。でも、体が2つに別れるのは経験したことあるし……それに、綺麗に斬ってくれたからな。くっつける分には楽だ。

 

 まあ、そうしてもすぐ斬れるから、その度に繋げないといけないんだけど。今も神経を尖らせながら魔力を巡らせているわけだし。気合いでどうにかしている状態だ。

 

「……魔法、解除できない?」

「それは無理ですね。四半刻は消えないと思います」

「ええェ〜〜……」

 

 嘘だろ、この後もあるってのに。頑張って避ければよかったかもしれない。当たりどころが今より悪くなる可能性を考えると、これでも運が良いのかもだが。

 

 ……随分派手にやりあってしまった。周囲を見れば、それはもう酷いことになっていた。地面がえぐれてるわ、壁が傷だらけだわ。すぐにでも、幾度目かのリフォームが入ることだろう。

 

「ともかく。俺はあくまでサルバシオンとしてやらせてもらうからな。もちろんお前にも手伝ってもらうけど。勝ったんだから納得してくれ」

「ええ、分かってますよ。不知火アカネの側というのが業腹ですが……」

「そんなに」

 

 すごく嫌そうな顔をしているが、一応従ってはくれるようだ。そんなにボスのこと嫌い?

 

 だがこれで、戦力が増えた。まあ、傷だらけだから収支はプラマイゼロかもしれない。結局どちらが勝とうが狐塚タマモと戦うことは変わらなかったろうし、もう少し戦闘規模を抑えることは……出来なかっただろうな。師匠の弟子だし。

 

 

 ……それに、そのおかげで思い出すことができた。彼女の顔を、声を、そして……名前も。

 

「あいつは……()()()はさ」

「!……はい」

「最期に『生きろ』って言ったんだよ」

 

 あの時。タマモの攻撃を防御しきれなかった俺は、心臓を抉られた。使い物にならなくなった俺なんて捨てればいいものを、それでもあいつは庇ったんだ。そして、遅れてきたボスに俺を押し付けて、あいつは殿になった。その意味が分かっているだろうに、チハルは俺に笑いかけて……「君は生きてね」、だなんて。

 

「俺は、あいつに生きてて欲しかったのにな……」

「……先輩」

 

 髪を結んだリボン(遺品)を撫でる。駄目だ、どうしても、堪えきれそうになかった。大粒の涙が、瞳からこぼれだす。止まるものでもないし、止めなくていいとも思った。

 

 あの時に、無理やりにでも動くことが出来れば。俺が死ぬべきだったと、今でもそう思う。玉垣ミコトではなく、八雲チハルが生き残るべきだった。その方がきっと──

 

 

 

 

 

「八雲ォ???」

 

「えっ…………あ、今気づいたんですか?」

「あれッ、お、んえ……八雲、って八雲?」

「そうですね、想像の通りですよ」

 

 止まった。涙が。引っ込んでしまった。ど、どうしよう。

 

 ちょっと待ってくれ。八雲チハルは、八雲だった。想像の通りってことはつまり、あのど変態の関係者ということになる。母ではない、父でもない。とすれば……

 

 ……いや、待った。そもそもだ。()()()()()()()()()()今にして思えば不自然だった。怪物の強化案なんて、いくらでもあったのだから。

 

「ですから。私は、不知火アカネのそういう所が嫌いなんです」

 

 ………………俺も嫌いかもォ!!!

 

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