TS転生悪の組織の研究者VSど変態(魔法)少女 作:こばみご
ぼふんという音とともに、煙がタマモを覆い。そしてすぐ、それが四方八方に散った。中から出て来た彼女は、その一瞬で姿が変わっている。スーツは和服に変わり、頭部からは耳が、腰からは4本ほど尾が生えていた。擬態を解き、人外としての姿を現したのだ。まさに漆黒と呼べる髪が、風になびく。
「化けの皮とは、よく言ったものだ」
「ちょっと。耳と尻尾を隠してただけじゃない」
タマモはまったくの無手。にもかかわらず、その姿にはまるで隙が無い。尻尾の揺らめく様には余裕すら感じられた。
対してアカネは、二つの剣を構える。それはユキネと同じ、双剣の型。しかし、圧がまるで違う。全てを焼き尽くさんばかりの烈火が剣から発せられ、夜闇に紅が渦巻いた。
一歩、二歩と、少しづつ近づいていく。両者の距離が3メートルを切った時、タマモが動いた。
魔力弾。ただ塊を撃ちだすだけのそれは、しかしタマモの魔法によって極限まで圧縮されていた。指を軽く振れば、それが音速を超えて撃ちだされる。が、アカネは軽い動作でそれを避けた。彼女の後方にあった壁に、暗い穴が一つ。遅れて轟音が鳴る。
お返しとばかりに、アカネは火球を飛ばす。降りしきる雨をものともせず進み、それはタマモへと肉薄し──だが、彼女が手をかざしただけで、瞬く間に霧散した。初めから、何もなかったかのように。
「あら。私からの
「捨てた。悪趣味だからな」
「残念ね」
タマモの扱う術、その一つは結界術。そしてもう一つが「
なら、一度に対処しきれない火力で攻撃すればいい。アカネが剣を指揮棒のように振るえば、周りを埋め尽くさんばかりに炎が灯った。それはまるで死神の洞窟。それが一斉に、タマモへと向かっていく。
彼女は魔法を使うが、しかし四方八方から来る炎は防ぎきれない。いくらか被弾し、そのまま爆風に吹き飛ばされたが、地面に爪を立てることによって距離が離れすぎるのを防いだ。
「……チッ」
呪いが解けたアカネの魔法は、以前にも増して苛烈になっていた。見れば、彼女はこちらを見下ろしながら、ゆっくりと近づいてきている。圧倒的な個。見惚れるほどの力。面白くは、ない。
「……怪物なんて作らずに、貴女一人で潰しに来ればよかったんじゃない?」
「殺すのはお前だけで十分なんでな」
「へえ、だから手加減したってわけ?八雲サキを誘拐したのもその一環って?」
アカネたちはサキの魔力を使うことによって怪物を強化した。それは元をたどれば、負の魔力で構成された怪物は、魔法少女の正の魔力を受け付けないから。
だが、それならばアカネの魔力を使えばいいだけの事。もしくはミコトでもいい。何故なら彼女らは負の魔力を持った──堕転した魔法少女なのだから。そちらの方が手っ取り早く、そしてより強い怪物を作ることが出来たのだ。
それをしなかったのは、サキが狙いだったこと。そしてタマモの言うとおり、魔法少女たちへの手加減が目的だった。狐塚タマモを殺すなら、周りの彼女たちまで殺すのが一番手っ取り早い。しかしアカネにとっては、彼女たちも被害者だ。いずれ死ぬ運命を課せられた、贄の子羊。それを殺すのは、どうしても躊躇われる。
「でもそんなのだから、今の今まで手をこまねく羽目になったんじゃない」
「お前以外まで殺すほど人間は捨てちゃいないさ……!」
「もう人じゃないのにね」
雨を束ね、槍の形状にする。それをいくつも作りだしたタマモは、それをアカネに向けて放った。それは彼女の魔法によって瞬く間に蒸発していくが、しかしそれこそがタマモの狙いだ。
水蒸気によって視界を阻害されたアカネに、タマモが肉薄し振りかぶる。その手には結界を纏わせており、爪は刃のような形状になっていた。回避しきれず、アカネの頬に傷がつく。だらりと、血が滴った。想像よりは深い。
「間合いだ」
しかしそれを介しないアカネは、握りしめた剣で斬りつける。それはタマモの爪とぶつかり、凄まじい衝撃を生み出した。大気が震え、地面が軋む。それでも両者は一歩も引くことは無かった。
だが──分が悪い。タマモは直感した。元々後衛の彼女は、力ではアカネに劣っている。これ以上正面からぶつかるのは悪手だと判断したタマモは、空間転移によってアカネの後ろをとった。彼女の結界術は、ミコトと比較して空間転移に寄っている。ゆえに彼女よりも早く、そして正確。
魔力弾を放つ。先程よりも近い距離、そして強い圧縮。それが5つ。放たれたそれは、回避を試みるアカネの輪郭を掠めた。彼女の顔がより一層険しくなる。
「……それも、魔法少女を食って得た力か。随分な邪神だな」
「そう言わないで頂戴な。これでも、強大な妖怪は退治してるのよ?生贄を対価に人々に安寧をもたらすなんて、神話じゃよくある話でしょ?」
吐き捨てるアカネに、タマモは宣う。事実、彼女は魔法少女たちの成長に使えそうなやつを残して、妖怪たちを自ら退治していた。人類単位で見るのならば、彼女は味方であるのかもしれない。
だが、だからといって。アカネの気が晴れるはずもない。それどころかその顔は憎悪に染まり、タマモを鋭く睨みつけた。
「……なら、私の家族が死んだのも、生贄か」
「あー……そういう事になっちゃうかしらね。言い訳、聞きたい?」
「いらん」
不知火アカネは、この世で最初に魔法少女になった。才能のあった彼女の元に、タマモによって妖怪がけしかけられ……家族が全員、犠牲になった時に。
アカネは己の無力を、妖怪を、世界を恨み。そして覚醒し、紅玉の魔法少女となった。そういう話だった。怨嗟は今も、その身を焦がしている。その手で滅さない限りは、鎮まることもない。
出力が上がる。爆炎と共に、アカネが駆けだす。魔法を駆使したそれは、通常をはるかに上回る速度だ。瞬く間に近づいた彼女は、二刀に炎を纏わせ、そして振り抜く。タマモも爪を使い応戦するが、しかしやはり不利だ。首元を狙った一撃、それを結界を張ることによって防ぐが……炎が、それを蝕んでいく。
「な……!?」
本命は剣ではなく、出力を増した炎。周囲をうねるそれが、結界を食い破っていく。これは、自分と同じく……
「面倒ねぇ……!!」
なら、それに付き合わなければいい。そう考えたタマモは上空へと空間転移し、収束魔力弾を撃ちだした。30を優に超えるそれは、柱のように地面へと突き刺さる。しかし、そのうちのどれもアカネには当たらなかった。回避の様はまるで、舞を踊っているかのように。
真正面から撃ちあっても駄目。遠距離からの一方的な攻撃も、有効には思えない。タマモはそう結論付けた。ならば彼女の間合い、その外側のギリギリだ。
背後への転移、そしてそれを予測した一閃。しかしその刃は、あと数センチ届かない。そのままタマモは魔力弾を一発撃ちだす。それはアカネの腹を貫き……しかし、彼女は止まらない。
「クソ女……!」
「口が悪いわよ!」
穴の開いた腹から炎があふれ、傷をふさいでいく。堕転してから修得した、再生の炎。最近の
アカネはそれに対し、突貫を選ぶ。回避は最小限、弾けるものは弾き、それでも防ぎきれなければ、食らってから治す。この程度の傷なら戦闘に支障が出ないと踏んだのだ。魔法がその身に突き刺さろうと、剣を振るのは止めない。炎嵐が、タマモを襲った。
それを辛うじて抑えつつ、収束魔力弾をいくつも撃ちだす。しかし、斃れない。3秒もすれば、元通りになっている。何度繰り返そうと、点の攻撃では決定打にならない。
だが、それはアカネも同じだった。引き撃ちに徹されてしまえば、剣は届かない。元々魔法の射程も長くはなく、炎を当てても軽症で済まされてしまう。
このままでは泥試合だ。回避の巧さ、傷の回復、どちらも厄介極まりない。このままでは、魔力が切れるまでやりあうことになる。そんな悠長な時間はなかった。
私が殺す。この場で殺す。今、殺す。ならば。
「これしかないわよね」
いつの間にか、雨は止んでいた。雲が割れ、月の光が二人を照らす。今夜は満月だった。
あれほど激しかった技の応酬を止め、2人が構える。一瞬の静寂の後、魔力が吸い込まれるように彼女らの元へと集っていった。指に、そして剣に。
それは星の終わりに似ていた。人差し指のただ一点に集まるそれは空間すら歪ませ、飲み込んでいく。対するは紅。まだ夜も深いというに、背後の空が焼けている。双剣は橙に染まり、灼熱が辺りを燃した。
「孤城真打」
「焔真打」
寸分違わず同時に繰り出す。指先から放たれたそれが、剣と衝突し、そして──
「っ!?」
「あーもう!なんだっての!」
衝撃が、ユキネとアヤメを襲った。一騎打ちの最中、ひときわ大きな音が、光が散っていた場所から、規格外の魔力と共に暴風が吹く。そして轟音。戦闘を中断しその場で凌がなければ、吹き飛ばされてしまいそうなほどだ。
そうして、しばらく。10~20秒程度のそれに耐えていると、次は凄まじい速度で何かが飛んできたのだ。それは魔法庁の屋上、2人の間に飛来した。周囲のコンクリートは無残に崩れ、粉塵が煙となって辺りに立ち込める。
ぐらぐらと建物が揺れる。辛うじて倒壊は免れたが、いつそうなるかも分からない。それほどの衝突。所々で悲鳴が聞こえる中、いきなりの出来事に2人は戸惑いを見せるが……しかし、予感があった。魔力のあった方向で強者同士の激突が起こっていたのは想像に難くない。おそらく、その結果が飛来してきたのだ、と。
少しずつ煙は解けていき、その姿が明らかになっていく。周囲に点々と、赤いものが散っていた。そして露わになったソレは、彼女のよく見たことのあるものだった。
「──嘘だ」
それを視界に捉えた時、思考が止まる。目の前の光景を、ユキネは信じることが出来なかった。右半身の消し飛んだ身体を、虚ろな瞳を、絶え絶えの息遣いを。数時間前まであんなにも揚々としていたアカネは、虫の息となっていた。
手のひらから剣を取り落としたことも理解しないようなくらい動揺したまま、ユキネは彼女へと近づいていく。そして残っている左手を取って、口を震わせながら、そのまま動けなくなってしまった。平時から遠く離れた、放心した顔で。
「……はあ……」
終わりか。アヤメはそう思った。既に頭領は瀕死、すぐにでも息絶える。頭を失えば、もはや碌な統率も取れまい。今までの悪の組織と同じだろう。戦いは、終わったのだ。サルバシオンの敗北という形で。
しかし……疑問があった。不知火アカネの実力は相当なものだ。アヤメも、自分では足止めが限界だと考えていた。サツキならば戦いになるが、しかし彼女は地下にこもったきりで、おそらくサルバシオンの誰かと戦闘している。そして、キョウコはサキに。ひょっこり帰って来たヒトミも、職員の避難をさせていた。
なら一体、誰がこれを?
「ようやく……死んでくれたかしらね」
気配はなかった。はずなのに、いつの間にかそこにいる。音もなく現れた彼女は、目の前で倒れ伏すアカネと同じくらいに傷を負っていた。両腕は無く、腹は炭化しており、そこから黒い血が流れている。それでも立っていた。
アヤメには、その顔に見覚えがあった。余計なものが付いているし、顔色も悪い。しかし彼女は確かに、自分らの上司である狐塚タマモだ。
「あー……局長?なにその恰好。イメチェン?」
「まあ、そんな感じね……似合ってる?」
「それなりに」
浅い息を吐くタマモに、アヤメは少なからず困惑していた。彼女が戦えることにも、今の姿を見るからに人でなかったことも驚いた。そして何より、その傷で普通と変わらず動き、会話ができることに唖然とする。並の生物ではありえない。
「……大丈夫なの?それ」
「一応ね。……」
「局長?」
「ちょっと待ってね、今考えてるのよ」
不知火アカネは、狐塚タマモに討たれた。なるほど、それなら辻褄が合う。色々問いただしたいことはあるが、ひとまずはそれでいいだろう。それよりも、後処理を先にするべきだ。アヤメはそう考えた。頭では。
脳の論理的な部分は、既に一段落が付いたと結論付けている。しかし、それ以外の部分は。本能とも言うべき部分が、警鐘を鳴らしていた。どうしても、違和感が拭えない。タマモから発せられる剣呑な空気が、アカネに、ユキネに……そしてアヤメに向いていたから。
「うん、そうね」
今日の献立を決めるような軽さで、タマモが口を開く。そしてアヤメの方を向いた。薄い笑みを浮かべる彼女は、しかし目の奥が笑っていない。アヤメの背筋に、冷たいものが走った。全身の肌が粟立つ。第六感にしたがって、彼女は咄嗟に飛び退いた。
「貴女で補給しましょうか」
しかし、距離は一瞬で詰められる。視界一杯に移るタマモは、結界術によって腕を形作り、それを振り下ろさんとしていた。
感覚が引き延ばされ、いやにゆっくりと、自分の身体に爪が食い込まんとするのが見える。そして──だが、それがアヤメを襲うことは無かった。直前で止まったのだ。いや、止められたと言うべきか。
「あらあらあら……美しい兄妹愛ってやつかしら」
ユキネが攻撃を止めた。一振りの剣を、両手で持って。決壊しそうな表情を浮かべながらも、それでも受けとめていた。身体を動かしていた。タマモが目を見開き、そして明確に表情が歪む。
あのボロ雑巾を見て、心折れたと思っていたのに……しかし今、彼女は確かにそこにいる。立ち向かってくる。鬱陶しいことこの上ない。
なら、まとめて殺してしまおうか。そうして、次の戦闘に備えればいい。それが良い。タマモは一歩後退し、そして義手の先端に魔力を集めていく。それはキュルキュルという風音と共に大きくなっていき、ビー玉程度の大きさになった。
それだけでも、当たればただでは済まない。アカネだからこそ軽傷で済んだのだ。ミコトならばともかく、碌な魔力操作のできない目の前の存在に、後れを取ることなどない。この一発で仕留めると、人差し指を弾くように、振ろうとして。
「っ!」
そして、タマモは自分に近づくものの気配に気づいた。そう遠くない場所、地面から
そして見えた。それは、よく見たことのあるものだった。
指先の弾が、ゲイボルグとぶつかる。衝撃と共にそれは崩れ、そして破片が彼女の元へと飛び散った。速度の乗り凶器と化しているそれを、結界の展開によって防ぐ。豪雨が窓に当たるよりも、悲惨な音が響いた。
「どうっスか?」
「防がれちゃってますね。もっとちゃんと狙わないと!」
「狙いの問題じゃないっスよ……」
学校帰りの団欒のような軽さの会話が、タマモの耳に入る。並ぶ2人の姿が、正面に見えた。1人は3番手、必中の槍使い。そしてもう1人。八雲チハル、その妹。姉を超えうる魔法の持ち主。
「さ、妖怪退治っス」
「神だよ、クソガキ」
風がなびく。第二幕が、始まろうとしていた。