勇者ヒンメルの
死から28年後
北側諸国
グラナト領近辺の林道
「今日はよくあんなに早く起きれましたね。凄いです、フリーレン様」
紫色のロングヘアーの少女―――フェルンが晴天の下嬉しそうに言う。
「ふふん。私は起きる時はちゃんと起きるんだ」
答えたのは、フェルンよりも一回り小さな体躯のフリーレンと呼ばれたエルフの少女。
尖った耳をピンと張り、平たい胸を張りながら誇らしげに言う。
すると、もう一つの人影――赤髪の青年シュタルクが苦笑した。
「明日は嵐かもしれないな……」
「シュタルク、それどういう意味?私はシュタルクにババア呼ばわりされたこと、まだ忘れてないんだけど」
「……はいすみません」
しょぼんとするシュタルク。比例するように背負う斧がやけに小さく見える。
だが突然、先の森から大きな地響きが伝わってきた。
「……魔物でしょうか」
フェルンが首を傾げると同時に現れたのは猪のような形の魔物。
瞬時にフェルンとフリーレンは杖を召喚し構えた。
先ほどまでショボショボしていたシュタルクまでも、既に斧に手を掛けている。
「……どこか興奮気味ですね」
「どうしたんだろうね。だけど取り敢えず倒すのが先だ。幸い、そこまで強くはない」
「そうだな。どうやら俺達を敵としてばっちり認識したみたいだぜ!」
前に出たシュタルクが斧を構え、猪の魔物の突進を受け止める。
「今だ!フリーレン!」
空から一般攻撃魔法――――ゾルトラークが空気を突き破り放たれる。
しかしその一撃は危機を察した猪の魔物が半身ズラしたことで、魔物の胴体を少し消し飛ばすだけに留まった。
辺りを、土煙が舞う。
「このままッ!」
殺せてはいないが、致命傷。
猪の魔物がよろめく隙を逃さずシュタルクが止めの一撃を放とうと斧を上段に構えた。
――――その時だった。
轟音と共に、猪の魔物を濁った黒色の閃光が穿った。
胴体に巨大な穴が空いた猪の魔物は、糸が切れた人形のようにその重い体を地面に倒した。
シュタルクが突然のことに斧を掲げたまま体を硬直させる。
「一般攻撃魔法に似た魔法だね」
冷静にフリーレンが言う。
「……しかし、直前まで分かりませんでした」
「そうだね。でもこの魔力……そう、こんなところで出会うなんてね」
二人は鋭い視線と共に、魔法を撃った主のいるであろう方を見る。
ザっと地面を踏む音と共に姿を現した存在。
それは尖った耳が特徴の珍しい灰色の髪のエルフの少女で、探偵の着そうな黒のロングコート、そして右手に先端に剣が取り付けられた銃剣のような長い杖を持っていた。
「――――やぁフリーレン。久しぶりだな……いや、そこまでか」
そのエルフは、抑揚の抑えられたアルトボイスで言いながらフッと笑った。
「ベトス……確かに80年ぶりくらいだ。でも人間にとってはとても長い期間だよ」
「……確かにそうだな」
「だから、久しぶりだね、ベトス」
フリーレンが段々と昔を回顧する表情になったのを見たフェルン。
疎外感を抱いてしまったのか、態々二人の間に入りフリーレンの顔をじっと見る。
「フリーレン様、この御方は誰ですか?」
「ああ、ベトスだよ。私よりも長生きしているエルフで、魔導書専門の本屋をやっているんだ。昔一度だけ行ったことがあるけど、良い本をたくさん揃えていたよ。高かったけど」
シュタルクが「マジかよ……」と驚愕の表情を浮かべる。
「フリーレンより生きてるって凄いな……それにエルフなんてフリーレン以外に見たことなかったぜ」
「本当に神話時代から生きているかもしれませんね」
「まさに生きる証人だな……」
二人がフリーレンの方を見ると、いつもと変わらない淡泊な表情。
だがフェルンはその表情に普段と少し違う、どこか昔を懐かしむような表情をしていることを察知し、ムスッと頬を膨らませた。
「
フリーレンの隣では、ベトスが杖を置くためか剣先を地面に突き刺していた。
「ヒンメルと旅をしていた時にも出会ったよ」
「ああ、勇者一行は相変わらず随分特徴的だった。ナルシストな勇者、飲んだくれのヤバ僧侶、果ては耐久力の可笑しい戦士。特にハイターは面白かったな。会えて、実際に触れれて光栄だった」
「夜に一緒に酒を飲んでいたらしいね」
「ああ。ハイターは随分酒に詳しかったよ」
「次の日別れた後もずっとその話をしていたよ。次会ったらもっと酒の話をすると豪語していた」
どこかうんざりとしたような、しょぼんとした表情を浮かべるフリーレン。
ベトスはフリーレンを見て一瞬目を見開いたが、やがて視線を外し静かに言った。
「……そうか。それは悪いことをしたな。結局一度しか会うことは無かった。エルフの時間間隔で物事を捉えていると、いつもそういう結末になる。」
「ならいつか、ハイターのところに行ってあげたらいいよ。きっと喜ぶ」
「そうだな。高級な酒でもぶっかけてやるか。ボースハフトとかな」
ニタリと笑いながら冗談めかして言うベトスに、フリーレンは少しだけ笑みを浮かべた。
「それはやめておこうよ。生臭坊主だよ?」
「流石に冗談だ」
肩を竦めるベトス。
連動して肩辺りまで伸びた濃灰の髪がサラリと揺れる。
「ところで、フリーレン達はどこに行くつもりなんだ?」
「北部高原だよ。魂の眠る地、オレオールに向かう旅」
「へぇ、魂の眠る地オレオールね……丁度いいな。俺も北部高原に行こうと思ってたんだ。付いて行ってもいいか?」
「えー……魔法使いはもう間に合ってるよ」
断わるフリーレンにベトスは困惑するでもなく、不敵な笑みを浮かべた。
「魔導書付きなら?」
「……どんな?」
「そうだな……靴の匂いをフレグランスな香りにする魔法とかどうだ?」
「……じゃ、早速行こうか」
内心興奮を抑えきれない様子で決め顔をするフリーレンに、フェルンとシュタルクは「えー……」と立ち尽くすしかなかった。
「フリーレン様、これ以上パーティが増えると路銀が足りなくなります」
「……魔導書はお金に換えたら千金の価値があるんだよ?」
「そういう話じゃありません」
毅然と言い放つフェルンに、フリーレンは弱腰になる。
見かねたベトスが懐から布袋を取り出した。
「全財産金貨2枚だ。これなら文句はないだろ」
フェルンが受け取り手の平に出すと、光沢を放つ金色の硬貨が二枚。
「凄いな、金貨が二枚もあったら当分何にも困らないぜ」
「……そうですね」
「けどいいのか?全財産なんだろ?」
「俺は金にそこまで興味はない。伊達に長生きしてない。じゃ、そういうことでよろしく」
ベトスが手を差し出すと、フェルンは渋々握手した。
横ではフリーレンが満足気に頷く。
「それじゃ、新しい仲間と共に冒険に行こうか――――――」
前世の俺は、ただの無職の男だった。
詳しい記憶もない。黒歴史なので思い出したくもないが。
あるのはモンクの叫びの人のようにぼや~とした親の顔と、自分のあっけない死に様。
だが今世においてベトスという名のエルフの少女となった俺は今、フリーレンの仲間達との冒険を始めた。
葬送のフリーレンの世界に転生して幾星霜。
膨大な時間の中で意識も感覚もライスシートのように伸びに伸びたが、薄くなった原作知識で何とか主人公御一行との邂逅を果たした。
したくはないが、神に感謝するしかない。
それに、オレオールにも興味がある。
……特等席で、見させていただこうじゃないか。旅の結末を。
エルフであるフリーレン、久遠に生きれる君がそこまで固執する世界というものを、ね。
俺は地面に刺していた銃剣を参考にした杖を抜き、彼女たちの後を追う為に一歩を踏み出す――――――その時だった。
「あ」
傍の苔に足を取られ、盛大に転んだ。
衝撃を受けた肩がズキリと痛む。
俺は昔から不運なのかは分からないが、よくコケる。
「何で転んでいるの?」
いつの間にか俺の前に来ていたフリーレンが俺に問いかける。
「……ただの不運だ」
「そ、ならさっさと行こう」
フリーレンが俺に手を差し伸べる。
俺は思わず目を見開いた。
……分かってはいたが、変わったな。昔はそんなことをするタイプではなかったのに。
俺は少しだけ笑みを浮かべてその手を取った。
「さ、行こう。次の街へ」
To be continued.